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016 老いた将の願い

 リーザと別れて、宿に帰ろうと通りを歩いていた正司は、ふと考えた。

「ここって、偉い人たちが住む区画なんだよな」


 通りからは立派な門と広い庭が並んでいる。

 奥に屋敷と呼べそうな豪華な建物が建っている。


 それどころか、木々に隠れて奥が見渡せないほど広いものもある。


「真っ直ぐに帰らないで、ちょっと歩いてみようかな」


 クエスト表示があるかもしれない。

 そう思って正司は、大通りから外れた。


 できるだけ大回りしようと、わざと守衛がいる場所から遠ざかるような道を選んで歩いた。


「せっかくの景色だし、楽しみながら散策しましょうか。ついでにクエストを持っている人を探せればいいですね」


 景観に配慮しているらしく、街路樹が等間隔に植わっている。


「営業で社長さんたちが住んでいる高級住宅街を歩いたことがあるけど、こっちの方が立派かなあ」


 正司はそんなことを思った。

 なにしろここにあるのは大量生産品ではない。職人が手間暇かけてひとつひとつ細工したものだ。


 門扉の装飾ひとつとっても、どれだけの金を掛けているのか。


 通りをしばらく歩いているうちに、正司は目当てのものを見つけた。

 クエストマークである。


「あった! けど、屋敷の中じゃん」


 人通りは極めて少ない。

 都合良く、クエストマークのある人物が歩いているはずがない。少し考えれば分かることだった。


「どうしようかな。またの機会にしてもいいんだけど、頻繁にここに来ることはできないし……」


 そもそもクエストマークを持った人が、外へ出るかどうかも分からない。

 また、これまでのクエストには、時間制限らしきものがあった。


「……よし、こっそり忍び込んでみよう」

 すぐにそう決断した。


〈気配遮断〉を使えば気付かれることはないし、外で会えそうならば、そのときに話を聞けばいいのだ。


 正司は自分の気配を消し、そっと通用門の門扉を開いた。


 ――キィ


 小さな音が鳴るが、だれも正司には気付かない。


「やけに兵が多い?」

 庭師がするような仕事を屈強な兵士がやっている。


 槍を振り回した方が似合いそうな男が花壇の世話をしているのだ。

(何かの罰ゲームかな?)


 熊を絞め殺してそうな連中が一列になって芝を刈っている。

 似合わないこと、この上ない。


「この屋敷、なにか変ですね」

 早くも後悔しはじめた正司であったが、ここまで来たのだからと建物の裏口にまわる。


 薪を運んでいる屈強な男の後に続き、正司は建物の中に入った。

 そこは厨房だったらしく、やはりコワ面の男たちが料理をしていた。


「やはり何かがおかしい」

 雑巾片手に、柱を拭いているのも、いかにも強そうな男である。


 間違い探しのような絵図だが、その理由はまったく想像できなかった。

「逆に興味が湧いてきますね」


 この謎を解きたいと思いつつ、正司はクエストマークのある場所へ向かうのであった。




「旦那様、そろそろ風が冷たくなってまいりました」


「エドマンか……わしは寝ていたのかな。おまえが来たのに、まったく気付かなかった」

 水差しを手に、部屋に入ってきたエドマンにライエルは静かに言った。


「そうですね。庭を見ながら目を閉じていたようにも見えました。熟考していらしたのかとも考えましたが、お声をかけることに致しました」


「では寝ていたのだな。近頃はとんと夢と現実の区別がつかん」

「どうぞ。井戸から汲んできたばかりの水です」


「すまんな……それと部下たちには屋敷の維持はよいから、職務に励むように言ってくれんか」

「申し訳ありませんが、出来かねます。彼らは好きでやっているのですから」


 ライエルの隣に立ち、エドマンは外を眺める。

 庭から号令が聞こえてくる。だが訓練しているわけではない。


 下で芝刈りをしているのだ。


 外がよく見えるようにベッドを窓の近くに寄せていたため、室内の配置が少しおかしいことになっている。


 エドマンが窓を閉めてよいかと尋ねると、ライエルは「そうだな」と告げる。


 エドマンが窓を閉め、鍵をかけた。

「もう少ししたら夕食になりますので、そのときまた参ります」

「ああ……すまんな。いつも迷惑をかける」


「なにを仰いますやら……では失礼致します」

 エドマンが丁寧に一礼して、部屋から去っていった。


 同じ室内で、息を殺して二人のやりとりを見ていたのは、他ならぬ正司である。


 先ほど部屋の外まで来たものの、どうやって中に入ろうかと思案していたら、ちょうどエドマンがやってきた。


 正司はエドマンに続いて部屋に入り、二人の会話を黙って聞いていた。

 エドマンが出て行ったのを確認すると、正司はひとつ息を吐いて、気配遮断を解除した。


「……暗殺者か? いつからここにいた?」


 正司が現れたのは、ライエルと呼ばれた老人の目の前。

 さすがに気配遮断を解いた瞬間に気付かれる。


「はじめまして、タダシと言います。勝手に部屋に入ったこと、謝罪いたします。それと先ほどの問いですが、私は暗殺者ではありません」


「ふむ……では他国の間者かな。とすると、わしの動向を知りたがっているのは、ミルドラルといったところか」


「すみません、間者でもありません」

「? ではおまえさんは誰なのだ?」


 ここで初めてライエルは正司に興味を持ったようだ。


「えっと……話が長くなるのですけど」


「構わんよ。わしに残された時間は少ないが、老人は暇なのでな。おまえさんの話を聞く余裕くらいある。話してみなさい」


 初対面の男が部屋に入ってきたのに、この剛胆さ。

 正司は、目の前の老人にがぜん興味を持った。


「でしたら、そうですね。私が信奉しているクエストなるものの話から……」

 正司は最近毎回となった説明をライエルに行った。


「すると、おまえさんはわしの望みを叶えるために、わざわざ屋敷に忍び込んだと?」

「まあ、そういうことになります」


「……なんとも呆れた奴だ。よく見つからずにこれたものだ」

「そこはもう、そういう技能があるということで、理解していただければ」


「たしかに、部屋に入り込まれたわしが言うことではないな。しかし……願いか」

「はい。何でも……というわけにはいきませんが、全力を尽くします」


「わしの願いはもう一度戦場に立つことだな」


 ライエルは遠い目をした。

 だが、正司の目の前にクエスト受諾の表示がでない。


「それは自身の願いと少し違うように感じますが」

「……そうだな。戦争は相手が必要なもの。なるほど、わし自身の願いか」


 何が「なるほど」なのか、ライエルは真剣に考えはじめた。

 正司は戦場に立ちたいという言葉を聞いて、この人はやはり軍人なのかと考えた。


 執事らしきエドマンとの会話でも部下がどうこう言っていたこともあり、屋敷で働く者たちは、どうみても兵士である。


 つまりこの人は軍のお偉いさんで、加齢によって職を追われたか、身体が動かなくなって隠居したかなのだろうと正司は見当をつけた。


(それでも兵が慕ってついてくるなんて、人望があるんだな。私が現れても慌てて人を呼ぶ素振りもなく、肝も据わっている。なかなかできることではないですよね)


 正司がそんなことをつらつら考えていると、当のライエルもうーん、うーんと悩み声が漏れていた。


「どうされました? 悩みが見つかりませんか?」


「そうだのう。せっかく来て貰ったところ悪いが、わしにはもう欲というものが抜け落ちてしまっているらしい。欲しいものも、してほしい事もないようだ」


 そう言われてしまえば、正司の方が困ってしまう。

 クエストマークがたしかにライエルを指しているのだ。


(これはまだ信頼を得ていないとかかな?)


 リーザのときも、最初は何もないと突っぱねられた。

 ならばと正司はいろいろ質問してみることにした。


「みたところ、身体がご不自由のようですが、ご病気でしょうか」


「いや、病気ではない。老衰といったところだ。足腰が弱くなってもう十年近くなる。ここ数年はこのように寝たきりの状態でな」


「怪我や病気ではないのですね」

 それでは正司の出番はない。


「わしもあと十年若かったら、こんな無様な姿をさらすことはなかったのだがな」

「……はあ」


 と相づちをうった瞬間、正司の目の前にいつもの文言が浮かんだ。


 ――クエストを受諾しますか? 受諾/拒否


(キター!)


 内心大喜びで、受諾を押す。


「なるほど、分かりました。若返ればいいのですね!」


「ん? ああ、そうだ。若返ることができれば最高なのだが、もう何年も前からコインは王国が押さえてしまっておる。欲しくても『もの』が出回らん。国主様や部下たちが血眼になって探してくれたのだが、手に入らなかったのだよ。中には魔物を狩りに行くと言い出す者もおったが、そんな不確かなもののために国防を疎かにできん。本末転倒だと叱ったのだ」


 ライエルが蕩々と語るが、正司は半分も聞いていない。


(コインはグレード5の魔物が落とすんだよな。凶獣の森の北に行けばG4とG5の魔物がわんさかいた。そこなら手に入る……)


 コインはもっとも出現率が低い。


 そして年齢を下げるもの以外にも、魔力と体力を上げるものが存在し、どれだけG5の魔物を倒せばよいのか分からないくらいである。


「若返りが願いでしたら、魔物を狩ってコインを取ってくればいいわけですね」

 正司はすでに算段をつけていた。


「そうだが、生半可な覚悟ではG5の魔物が出る一帯までたどり着くこともできん。そこから狩りを続けるなど、正気の沙汰ではないな」


(凶獣の森の拠点から北に進んだところが一番いましたね。これは比較的簡単なクエストじゃないですか)


 何も考えず魔物を狩るだけの簡単な仕事だ。

「では行ってきます」


「お、おいっ!」

 正司はすぐさま凶獣の森へ跳んだ。


「……えっ!?」

 あとには、呆然としたライエルだけが残された。


「旦那様、どうされました?」

 エドマンが入ってくる。


「いまここにだれかいなかったか?」

「……はて? 私はここまで廊下を歩いてきましたが、どなたともすれ違いませんでした」


「……夢だった?」


 ライエルがそう言うと、エドマンは鍵のかかった窓を見てから「そうかもしれませんね」と言った。


「楽しい夢でしたか?」


「ああ……けっさくな夢だったよ。だれかが魔物を狩って、わしのために年齢を下げるコインを手に入れに行ってくれる夢だった」


「まあ、それは危険でございましょう」

「そうだな。……夢でよかった」


「では夕食の用意をしてきましたので、召し上がりましょう」


「夢か……夢だよな。だがいい夢だった」と嬉しそうに呟くライエルに、エドマンは「よかったですね」と微笑みかけた。




 凶獣の森の平原に正司は出現した。

 自分の部屋からこの世界に落ちた場所である。


「家は残っていたか……よかった」

 この平原付近には、G3の魔物がよく出没する。


 正司が作った家……というか、ほぼ要塞のようになっているこの建物は、G3の魔物が襲ってきたくらいでは、びくともしない。


「薬師のクレートさんからもらった種をここに撒きたいし、塀を作るかな」

 平原をすっぽりと囲うようにして壁を作ることにした。


「出入り口は……なくてもいいですよね」

 正司の場合、瞬間移動があるので、門を作る必要は無い。


 ちょうど平原が円形に近い形であったので、正司は五階建ての建物くらいの壁をつくることにした。

 ぐるりと一周作り終えると、なかなか壮観である。


「完全に自分の城みたいになったな……まてよ」


 壁を作ったまでは良かったが、周囲の木よりも壁の方が高い。

 魔物がこの人工物を見て、興味を示すことも考えられる。


「もしくは、狩りに来ただれかに見つけられるとか」


 一応森の切れ目まで千キロメートルあるため、よほどここを目指してこない限り、見つけられるとは思えないが、それでも念には念を入れたい。


「壁の外に堀を巡らせるのはいい手ですけど、どうせならば壁も見つからないようにしたいですね」


 上に乗っている木ごと、地面を盛り上げればいいのではと考え、正司は実行してみることにした。


「堀をつくるのに削った土を下に押し込む感じで……こうかな」


 木が倒れないよう、地面の下の土をゆっくりと盛り上げ、ちょっとした小山をつくることに成功した。


 盛り上げた土の高さは五メートルほど。


 それでも遠目には正司が作った壁は木に隠れて見えなくなった。

 ついでに壁に沿って溝が掘られたので、壁を越えるのが余計難しくなった。


「これでいいでしょう。……暗くなってきたし、今日はこれでお終いにしようか」

 正司は久し振りに拠点で就寝するのであった。




 翌朝、正司は宿屋に戻り、宿の延長をお願いした。

 ただし、素泊まりで。


「仕事ができましたので、そちらに泊まることが多くなると思います」

 と頻繁に帰ってこられないことを伝える。


「そうなのかい? だったら、無理して部屋を押さえなくてもいいんだよ」

「いえ、知人が連絡に来ることもありますので」


「わかった。じゃ、部屋を引き払うことになったら、言っとくれ」

「ありがとうございます。あまり顔を見せられないかもしれませんけど、引き続きよろしくお願いします」


「はいよ。あんたも仕事、がんばんな」

「はいっ」


 宿のおかみさんと別れたあと、正司は瞬間移動でもう一度草原に戻る。

 薬草の種を撒くための畑を作りたかったのである。


 草が出ている表層を土中に押しやり、一メートルくらい下の土を上に持ってくる。

 現代日本でも行われている『畑の天地返し』である。


「栄養は……どうしましょう。落ち葉とか入れればいいのでしょうか」


 その辺の知識はほとんど持っていない正司であるが、そもそもこの世界に肥料がどの程度浸透しているか分からない。


 薬草が野草の類いならば、それほど気にしなくても育ちそうではあるが。


「森で魔物を狩るついでに、落ち葉を拾っておきましょうか」

 正司の知識では、落ち葉が畑にいいくらいしか分からない。


「まっ、なんとかなるでしょう」

 そう呟いて、凶獣の森の北部に向かった。


 気配遮断をした正司は、攻撃するまで魔物に発見されることはない。

 また、森の中を歩き回ったおかげで、マップの灰色部分がかなり少なくなっている。


「やはり山脈の麓はG5の魔物が多いですね」


 ためしに山脈まで足を伸ばしたところ、不安定な足場の斜面に多くの魔物がいたので、早々に退散している。


 休憩のときに、倒した魔物を情報で確認する。

 G4とG5の出現率はほぼ半々。


 午前中だけで数百匹の魔物を倒したため、コインも二枚ゲットすることができた。

「といっても、若返りのコインじゃないみたいだけど」


 一枚は前と同じフラスコの絵柄。魔力を増やすコインだ。

 もう一枚は力こぶの絵が描かれていた。


 イラストからおそらく体力を増加させるのだろうと推測する。

「お昼だけど、一度宿に帰ろうかな」


 昨日は拠点に泊まってしまったので、宿には戻っていない。

 正司はお昼を食べるついでに、一度ラマ国に戻ることにした。




「おや、あんた。仕事は順調かい?」

「はい。ただ、時間がかかりそうです」


「そうかい。まあ、焦らずやるしかないね。……それでこの後も続けるのかい?」

「そうですね。こうやって時々は戻ってきますので、お願いしますね」


「分かっているよ。商売がんばんな」

「ありがとうございます。お昼を食べたらがんばります」


「そうかい、そうかい。だったら、いっぱい食べなきゃね」


 この宿はずっとキープしておくつもりである。

 あとはリーザがいつこの町を出発するかだが、事前に人を寄越すだろうから、数日おきに戻ってくればいいと正司は考えている。


 正司は、お昼を食べるとすぐに凶獣の森へ跳んだ。




 この日から正司は毎日、朝早くから凶獣の森でG5の魔物を中心に狩りを続け、疲れると拠点に戻って薬草栽培や、家の要塞化に邁進した。


 すでに土魔法の扱いはかなり上達しており、自由に建築できるようになっていた。

 そのため……。


「本館が日本のお城みたいになっちゃったな」


 最初は日本家屋を目指したのだが、途中から自重を忘れてしまってどんどん広がっていき、それでは飽き足らずに上へ上へと伸びていったら、天守閣ができてしまった。


「別館は……なんだか、博物館みたいになったけど」

 倉庫を造るつもりだったが、よく考えれば正司には『保管庫』がある。


 保管庫に入れておけば勝手に分別されるし、腐ることもない。

 そういうわけで、せっかく倉庫を造ったにもかかわらず、入れるものがなくなってしまった。


 ではどうしようかと考えた末、展示室を作ればいいと思い立ち、土魔法で魔物を再現してみたのである。


 なるべく正確に魔物の姿形を思い出し、造形していった。

 すると、徐々に慣れてきたことで、制作ペースもあがり、魔物の石膏像が所狭しと並ぶことになった。


 また、畑にはたっぷりと落ち葉を混ぜ込んでから、薬草の種を撒いた。

 かかさずに水やりをした結果、最近ようやく芽が出てきた。


 そんな生活を続け、来る日も来る日も魔物狩りをして、疲れたら拠点で制作をする。

 ときおり宿に戻って過ごす日々を繰り返した。


 そしてようやく……。

「な、長かった。ようやく若返りのコインを十枚手に入れることができた」


 一日千体近くの魔物を刈り続けた。


 すべてがG5の魔物ではないが、これだけ集中して狩ると、もはや流れ作業のようになってくる。

 慣れたどころか、慣れすぎてしまった感がある。


「素材も溜まったなぁ」

 肉など、どれくらいあるか数えていない。薬草も、もう本葉が出ている。


 集めた若返りのコインは、暦を模したものだった。

 宿の受付に置いてある日めくりカレンダーのような図案が描かれていた。


「これでクエスト達成だな。さて帰るか」

 正司はラマ国に跳び、その足でクエストを受けた館まで向かった。


 庭では以前と変わらず、兵士たちが庭仕事に精を出していた。

 以前と違うのは、庭の片隅で訓練をしているところだろうか。


 気配遮断をしたまま館に入り、ライエルの部屋の前まで向かう。


 ――コンコン


「来客か? 入ってよいぞ」

「おじゃまします」


 室内にはライエルしかいなかった。

 正司が入ると、ライエルが目を大きく見開いて驚いていた。


「おまえさんは……あのときの!?」

「ようやくコインが溜まったんですよ」


 正司はライエルのベッドのそばに寄り、保管庫から十枚のコインを取り出した。


「これは……若返りのコイン? ど、どうやって? しかも十枚だと!?」

「頑張って集めてきました」


「馬鹿なっ! 頑張れば集まるものではないぞ。本当に全部、若返りのコインではないか」

「凶獣の森に籠もったんですよ。中々落とさなくて、大変でした」


「本当なのか? 凶獣の森といえば、ここから向かえば……今頃到着したころではないか? どうやってこんなに早く往復できるのだ」


「瞬間移動がありますので」

「…………」


 ライエルはこめかみを押さえている。

「でもちゃんと十枚集まって良かったです」


「信じないわけにはいかんが……盗んだものではないのだな?」

「もちろんです。ちゃんとG5の魔物を狩って手に入れたものです」


「では他のコインはどうしたのだ? 体力と魔力を上げるコインも出たであろう」

「ちゃんとありますよ。これですよね」


 保管庫から袋に入ったコインを取り出した。

 ライエルはそれを丁寧に手に取り、「信じられん。ちゃんとある」と呟いた。


「素材や皮などもありますよ」

 保管庫から次々と取り出す。


「いやいい。もう分かった。というか、どこから取り出したのだ。ものすごい魔道具だな」


 うず高く積み上がった皮や素材に、ライエルは信じるしかなかった。

 だが、若返りのコインを含めて、ライエルがいま手にしているコインをすべて正司に返す。


「せっかく頑張って取ってきてくれたところ悪いが、すべてを買い取るほど、わしは金持ちではないのだ。屋敷にある資金をかき集めても、一枚分に足りるかどうか……」


「これは私がクエストを達成するためにやっていることですから、お代はいただきません」


「何を言う。このコインにどれほどの価値があるのか、知らぬわけではなかろう」


「コインなんて、魔物を狩りに行けばタダで手に入りますし」

「…………」


 今回、ライエルが若返りのコインを必要だと言ったので取ってきたのである。

 自分が必要になったらいつでも取りに行ける。正司はそう思っている。


「というわけで貰ってください。クエストが完了しませんので」

 正司としてはコインよりも貢献値の方が重要である。


「そうか。おまえさんがどの国の者か分からんが、ラマ国が強くなくては困るのだな」

「そうですね?」


「分かった。これは貰っておこう」


 ライエルがそう言うと、クエスト完了が表示された。

 もらえた貢献値は1。だが正司にとって、それは貴重なポイントであった。


「ありがとうございます。無事クエストが完了しました」


「礼を言うのはこちらの方だ……ほれ」

 ライエルがコインを割ると、ライエルの身体が光り輝いた。


 次々と割っていく。すると、外見がみるみる若返っていく。

「すごい、すごいぞ、これは。力が、活力が漲ってくる」


 最後の一枚を割ると、ライエルの姿は四十代後半くらいになった。

「凄い効果ですね」


「それをおまえさんが言うか。だが、たしかにな。全盛期を思い出したわ……おっと、お礼と言ってはなんだが、これを受け取ってくれ」


 ライエルは割り符を正司に渡した。

「これは?」


「ラマ国限定だが、裏書きした人物が無制限に責任を持つ割り符というやつだ。国主様が裏書きされたものだが、わしの名前も入っておる」


「これは貴重なものなのではないでしょうか」


「コインに比べたら、カスだ。だが国内ならば、おまえさんはわしと国主様の後ろ盾を得たことになる。どこでも通行可能だ。このまま国主様にも会いに行けるぞ。行ってみるか?」


「いえ、偉い人に会うのは緊張しますので、遠慮させていただきます」

「欲のないやつだ……というか、おまえさんの雇い主こそ偉い奴なんじゃないのか?」


「私はクエストを探して旅をしている者ですから、自由民ですね。……っとそろそろおいとま致します」


「まだ良いではないか」


「いえ、エドマンさんが近づいてきましたので……それでは」

 正司は瞬間移動を発動させ、ライエルの前から消えた。




「瞬間移動……本当に使えるのだな。やはりあれは夢ではなかったのか」

 若々しい肉体に戻ったのを夢で片付けるわけにはいかない。


 つまり前回と今回の出来事は、現実に起こったことだったのだ。


 ――コンコン


 扉がノックされ、エドマンが入ってきた。

「旦那様、そろそろお夕食が近くなっ……旦那様!?」


「エドマン、見てくれ! この姿を!」

「ど、ど、どうなさったのですか!?」


「夢の人物がまた現れてな。十枚のコインを置いていったのだ」

「まさか……まさか……いえ、旦那様、おめでとうございます」


「ああ、これで戦場に立てる。王国の思い通りにはさせんぞ」

「その意気でございます、旦那様」


「よし、部下を呼べ! これから忙しくなるぞ!」

「ハイッ! ただちに呼んで参りますっ!!」


 エドマンは駆け出していった。



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