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014 笑わない少女

 町を歩いて正司が次に見つけた三角の印は、古びた建物の中にあった。

 外の空き地で、子供たちが遊んでいる。


「ここは……孤児院のように見えますが、どうなんでしょう」


 ここは町のはずれ。

 建物は急な崖に接して建っている。


 落石ひとつで建物が崩壊しそうな場所である。

 あまり好んで住みたいと思わない、危険な場所だった。


 遊んでいる子供たちに統一感があり、近くに民家もないことから、やはりここは孤児院なのでは? と正司は考えた。


 身寄りのない子を集めて、生活させているのだろうと。

 着古した衣服の子供たちが多数、草だらけの空き地を走り回っている。


「さて、建物の中に入ってもいいのでしょうかね」

 クエストをくれる人物は建物の中にいる。


 正司は古びた建物に近づいた。

「これはまた……風情がありますね」


 一応褒めてみたが、自分でも何を言っているのか分からない。

 建物は老朽化した木造建築で、複数の雨漏りの跡が見て取れた。

 火をつけたら、簡単に燃えそうである。


 このような建物に住む人ならばクエストくらい発生するだろうと思う反面、やっかいごとの匂いもする。


「あのー、ごめんください」

 戸と呼べるのか分からない怪しげな板きれに向かって、正司が声をかける。


「はーい」

 中から女性の声が聞こえた。


「どちら様かしら?」

 顔を出したのは、正司より少し若い、二十代半ばの女性だった。


「えっと、私は旅の魔道使いで、タダシと申します」

「……はあ。私はワブルです」


「ここは孤児院でよろしいのでしょうか」

「はい。ご覧の通りの有り様ですが、かろうじて孤児院に見えるかと思います。けっして廃墟ではありませんよ」


 ワブルはニコッと笑ったが、それは決められた文句なのだろうか。

 ちなみに廃墟でないと言われれば、そうだろうと思うが、廃墟ですと言われても納得してしまいそうになる。


「私はこの町にきてまだ日が浅く、さらに近いうちに町を出て行かねばなりません。よろしければ、孤児院に寄付などさせていただけないでしょうか」


 信頼を得るために、まず相手の懐に入らねばならない。

 そこで正司は寄付という手段にでた。


「まあ、それは奇特な。寄付はいつでも歓迎しますわ」

「そうですか。それは良かった……たとえば、魔物のドロップ品でも大丈夫ですか」


「ええ、それはもう。タダシ様は魔物狩人まものかりゅうどでございましたか」


 魔物狩人とは初めて聞いたが、よくある冒険者と同じ意味だろう。

 砂漠では魔物が出た場合、集落の男が総出で退治に向かうと聞いた。


 おそらくだが、そういうのとは別に、ドロップ品目当てに魔物を専門に倒す存在を魔物狩人と呼ぶのだろう。


 正司は廃墟……いや、建物の中に案内された。

 部屋にテーブルがあったので、正司は保管庫からドロップ品を出す。


(肉と皮と魔石でいいかな)


 リーザから「売るな」と言われたが、寄付するなとは言われていない。

 そして肉も皮も、『保管庫』に溢れるほど入っている。


 テーブルの半分に肉、残り半分に皮を乗せ、最後に魔石の入った袋を上に置いた。


「まあ!? こんなに」

「ただ仕舞ってあるだけでしたので、有効活用していただければと思います」


 正司も「少し多いかな?」とは思ったが、この女性こそ、正司にクエストをくれる人なのである。


 ――ギシ


「それに肉はまだ新鮮な状態。どこから取り出したか分かりませんが、このような魔法もあるのですね」


「あー、そうですね。魔法は便利ですよね」


 正司自身、いまだ魔法についてよく分かっていない。

『保管庫』と同じ効果を持つ魔法があるのかも知らない。


 そのため、誤魔化すようにドロップ品をポンポンと叩いた。


 ――バキィ! ドドー。


 老朽化していたのは、なにも建物だけではなかった。

 古いテーブルの脚もまた、ドロップ品の重さに耐えられずに崩壊した。


「…………」

「作り直してもいいですか?」


 正司は土魔法で頑丈なテーブルを作るのであった。




 ワブルから話を聞いたところ、この孤児院は魔物に親を殺された子供たちが集まっているらしい。

 運営資金は、国からの援助。ただし、それほど潤沢にあるわけではない。


「子供たちは結構いましたよね」


「はい。小さい子から、働くことができるようになった子まで入れると65人います」

「それは多い」


 孤児院は町にひとつしかないため、このような状態らしい。


「みんな折り重なるように寝ていますね」

「それはさぞ逞しく育つでしょう」


 ワブルも孤児院の出身らしく、他にもここを巣立った人たちが、ときおり援助をしてくれるらしい。


 だが子沢山の孤児院はいつも金欠で、建物の修繕費もままならないのだという。


「この建物も長く使われていてもうボロボロです。あまりに危険ですので、どこか別の場所に移りたいのですが、先立つものがなく……今回のご寄付も本当に助かりました」


 たしかにここは危険だ。

 外の崖も危険だが、建物の中に入ってみると、素人が考えた補強がいたるところに見える。

 それがかえって不安を増す。


(ん? テーブルを作ったように、土魔法で新しい家を建てればいいんじゃないか?)


 凶獣の森では、要塞まで作った正司である。

 家を建てることなど、造作もない。


「あの……私は土魔法が使えますので、新しい孤児院を建てましょうか?」

「魔法で? そんなことができるのですか?」


「木造から石造りの建物に変わりますが、この町の半分は石造りの家ですし、違和感はないですよね。……そういえば子供たちが遊んでいた空き地は、どこの持ち物なのでしょう」


「この孤児院です。昔は作物を育てていたのですけど、土地が痩せてしまって、そのままになっているのです」

「でしたら隣に孤児院を作って、移動しても構いませんか?」


「ええ……それは問題ないですけど」


 正司は頭を働かせた。

 空き地といっても、それほど広いものではない。


 子供たち60人が暮らす建物を造るのならば、手狭である。

(ということは、上に伸ばすしかないな)


 今後、孤児院に人が増えたことも考えて少し大きめに造っておきたい。


「必要な間取りを教えてください」

「はいっ……いまあるもので十分です。欲を言えば、子供たちの部屋がもう少し大きければ」


「分かりました。少し建物の中を見て回ってもいいですか?」

「どうぞ」


 正司は頭の中で設計図を描きながら、部屋を見て回った。


(平屋だからかもしれないけど、全体的に狭いな。厨房には食料庫があった方がいいし、納戸の数も足らない。来客用の部屋は入り口の近く……ワブルさんの自室も必要だろう。あと、院長室もあった方が良いし……なるほど、見えてきた)


 正司は庭に出た。

 多くの子供たちが走り回っている。


(孤児院が外から丸見えだと、悪い大人に攫われることもある。塀は絶対に必要だな。石造りでもいいけど、ここはひとつ、新しいことにチャレンジしてみよう。鉄筋コンクリートなんてどうだろう)


 正司はもう一度老朽化した建物に戻る。


「ワブルさん、外にいる子供たちを中に入れてください」

「はい?」


「孤児院を建てます」

「はいい?」


「といっても先に土台を敷いて、鉄筋で筋交すじかいを作ります。壁や天井はその後ですね」

「……はあ」


「よろしくお願いします」

「…………」


 ワブルは言われたままに、子供たちを建物の中に避難させた。

 本人はもう、何がなんだか分かっていない。


「……よし、まずは土台だな。基礎はなにより大事。そぉれ!」


 大地が鳴動し、硬質な床が出現した。


「すげー!」

「なにあれー?」

「うわーっ、魔法だぁ」

「見えなーい」


 正司の背後で子供たちの声が聞こえる。


 膝ぐらいまでの高さの基礎が完成した。

 それを手で叩いてみる。


「よし、これなら何があっても大丈夫だな。次は鉄筋か。これは少し難しいな」


 土中にある鉄分を集めて鉄筋を作る。

 本来、高温で鉄を抽出し、その上で固める作業があるはずだが、その辺は魔力で代用できる。


 問題は鉄だが、ここは崖に隣接した土地。しかも山の中腹。

 探ると、鉄分はそこかしこにあった。


(うん、筋交いをつくる分は余裕で集まるぞ)

 つまり、どういうことかというと。


「……こんな感じかな」


 基礎の上に鉄筋だけで三階建ての骨組みができあがった。

 見た目は、住宅展示場にあるヌード住宅に近い。


 ここまでくると、子供たちも騒ぐことなく見ている。

 何しろ、これだけ大規模な魔法になると、初めてのこと。


 それどころか、一生に一度見られるかどうかというくらいである。


「まずは箱を作ってしまおうか。あとで仕切りと階段をつければいいかな」


 鉄筋を覆うようモルタルが塗られる様子をイメージしながら、正司は念じる。

 みるみるうちに、壁ができあがった。


 外壁が完了すると、中に入り、部屋の仕切りと階段などを作っていく。


 最後は、窓や玄関を作って完成した。


「おっと、忘れるところだった」


 新旧の建物を覆うようにして、高さ二メートルほどの塀を作った。


「ワブルさん、こんな感じでどうでしょう。二階から上は住居になっていますので、100人くらいまでなら住めますよ」


「……どうもこうも、こんなに簡単に建物が建つものなのですか?」


「……っす、すげー!!」

「もう出来ちゃったの?」

「マジかよ。こんな立派なの!?」


 ここで子供たちがようやく再起動をはじめた。

 そして正司の周りに集まってくる。


 見たことのない魔法で、一瞬にして建物を造ってしまった正司は、子供たちのヒーローなのである。


「中に入って見てごらん。屋上まで作ったからね。眺めがいいと思うよ」


 子供たちは一斉に建物の中に消えていった。


「タダシさん……」


「かなり頑丈に造ったので、あと百年は余裕で持ちますよ。それに魔物の襲来だって平気です。持ちこたえてみせます。……あっ」


「どうしました?」

「崖も危険ですよね」


 木造の旧孤児院の脇に並び立つようにして、崖がそそり立っている。


「危険ですけど……これはどうしようもないものですし」

「崩れないように、補強しておきましょう」


 でこぼこだった崖は、綺麗な斜面と生まれ変わった。


(落石受けも作った方がいいかな)


 斜面の上に出っ張りをつくり、岩が落ちてきても支えられるようにした。


「これで完成です」

「……はぁ、タダシ様は素晴らしい魔道士様なのですね」


「どうでしょう。自分のことはよく分かりませんが」


「子供たちがあれほど喜んで……本当にありがとうございます」

「いえ、私が出来ることをしたまでです」


 そこで正司は違和感に気付いた。

 今まで夢中になってやっていたが、これはクエストとは関係ない。


 事実、マップで見ると、ワブルのところには相変わらず黄色い三角がついているのである。


「あの、ワブルさん」

「何でしょうか」


「私はですね、クエストというものを信奉していまして、人が困っていることや悩みを解決しながら旅をしているのです」


「はい。とても助かりました」


「いえ……なんていうか、他に悩みはないですか? 孤児院の建物のことではなく」

「他にですか?」


「そうです。悩み――困っていること、解決してほしいこと、どうにかしたいことです。何かあると思うのですけど」


 正司が真剣に言うと、ワブルも「そうですか?」と自身の心当たりを探ってみる。


「別段何か困っていることはないのですけど」

 思い当たることがないようだ。


「そんなはず……いやどうだろ。先に私が解決してしまったから、クエストが発生しなかったとか? だとすると、マップの表示がバグっていることに……」


 正司がブツブツ言っていると、小さな女の子が寄ってきた。


「あら、ウオンナちゃん、どうしたの?」

 ウオンナと呼ばれた少女は、ワブルの服の裾を抓むと、じーっと正司を見つめた。


「この子は?」

「最近ここに来たウオンナです。やはりこの子も両親が……」

「そうですか」


 年齢は七歳くらい。

 痩せぎすの身体は、あまり栄養状態がよくないように見える。


「三ヶ月前からいますが、この子はまったく笑わないのです。感情が表に出ないというか」

「そういえば、ずっと無表情ですね」


 正司はしゃがんで、ウオンナと同じ目線になった。


「おじさんはタダシだよ。ウオンナちゃんは何か困っていることはないかな?」

 優しく尋ねたが、ウオンナはワブルの後ろに隠れてしまった。


「嫌われた……」

 ガーンとした表情で、正司が落ち込む。


「もし……ですけれども、この子に笑顔が取り戻せたらと……思うのですけど」


 そのとき、正司の目の前に「クエストを受諾しますか? 受諾/拒否」の定型文が表示された。


 これがクエストかと正司は思い、受諾を押す。


「分かりました。私がこの子に笑顔を取り戻してみせます」

「えっ? 本当ですか? でもあの……そういうつもりで言ったのでは」


「大丈夫です。私に任せてください!」

「は、はい。お願いします」

 自信満々な正司に、ワブルは気圧されながらも頷いた。




(さて、クエストを受諾できたのはいいけど、このマップに出た点線はなんだろう)


 今回ばかりはどう取り組んでいいのか分からない。

 少女の笑顔を取り戻すのが最終目標だとしても、それに至る過程が何一つ分からないのだ。


「点線が指し示す方向に進んでみるか」

 先に何があるか分からない。


 正司はマップを注意深く見ながら、点線に沿って町を歩いた。


 孤児院は郊外にある。

 点線はもっと町中へ向かうように伸びていた。


「……ん、ここか」


 周囲に重厚な石造りの建物が並ぶ中、ここだけは何というかモダンだった。

 洒落た感じの外装に、色とりどりの塗装。モダン過ぎて、逆に浮いている。


「ここ、何屋さんだ?」

 点線は明らかにこの店の中へ続いている。


「ごめんください」

 正司が店に入ると、布の海の中からお針子さんが数人、顔をあげた。


「はい。依頼ですか?」

「えっと、ここは仕立屋……ですか?」


 作りかけの服がいくつか吊してある。


「そうですけど、依頼人ではないんですか?」

 お針子さんは不審そうな顔を向けてきた。


 ここにある服はみな派手なものばかり。

 祭りの日に着るようなものなのである。


「えっと、ウオンナちゃんについて知っている人はいるでしょうか。七歳くらいの女の子なんですけど」

「……?」


 お針子さんは首を傾げた。変な客だと思われたらしい。


「三ヶ月前に、ウオンナちゃんのご両親が魔物に襲われて亡くなってしまって、もしかするとこのお店に来ているかもしれないのです」


「店主に聞いてきましょうか」

「お願いします」


 お針子さんが奥に引っ込んだ。

 改めてみると、ここはすごい。


 ヒラヒラの衣装ばかりが並んでいる。


「どうも、お待たせしました。店主のアギノスでございます」

「タダシと言います」


「小さな女の子の服ですね、覚えていますよ」

「本当ですか?」


「アーマン信奉ですね。ご両親が注文されたので、間違いないと思います。前金をいただいて作成しましたが、いつまでたっても引き取りにこないと思っていましたが、魔物に襲われたのですか」


 店主のアギノスは腕を組んで、頷いている。


「アーマン信奉ですか?」


「はい。わたしどもの店は、通常とは違う特殊な服や飾りを一手に引き受けております。慶事や催事に使うものから、お披露目、演劇などなど。もちろん個々に信奉される方の衣装も承っております」


「なるほど……それはアーマン信奉と何か関係が?」


「アーマン信奉者は、霊峰アーマンに登ってお祈りをします。そのときの衣装を作成して欲しいと依頼されました。いま持ってこさせますね」


 アギノスに聞いたところ、身元の分かっていない者からの依頼で、少女に関するもの、しかも期限が来たのに音信不通となっているものは、これひとつしかないらしい。


「これがアーマン信奉者の衣装ですか」


「子供のお披露目用ですね。これを着て霊峰を訪れるのです。我が子の無事を祈るのだと聞いております」


 この世界は、何か信奉しているものがあれば、それが尊重される。

 法律に違反しない範囲でだが。


 そして、どうやらウオンナは両親と霊峰アーマンに登る予定であったらしい。


「その衣装を引き取ることはできますか? 少女は孤児院にいるのですけど」

「そういう理由でしたら問題ありませんが、後金を戴かねばなりません」


「それは私が支払います」

「でしたら構いませんよ」


 この辺は日本と違って、本人確認も緩やかだ。

 ウオンナの両親は、霊峰アーマンに登るためにこの町にやってきたようで、ここで働きながらその準備を調えていたらしい。


「はい、確かに戴きました。衣装はこれになります」


 少なくない金額だったが、リーザから大量の買い取りをしてもらっていたので、問題なく足りた。


 正司は、受け取った衣装を持って、孤児院へと向かった。




 正司が衣装を受け取ったあと、マップの白線は孤児院の方を指していたため、さっきの衣装を手に入れることで、この店での目的は達せたのだろう。


「そうですか、そんなことがあったのですね。ご両親が亡くなったのは、たしかにアーマンの山中でした」


 孤児院に戻り、ワブルに仕立屋での経緯を話すと、納得したように頷いた。


「ウオンナの両親は子供と一緒に登る前に、自分たちだけで登ったのでしょうか」


「そうだと思います。別に入山が規制されているわけでもありませんので。ただ、あの山は魔物も多く、年に何回か、集団で入山すると聞いています」


「ではその人たちは、他の場所から集まってきたアーマン信奉の人々なのかもしれませんね」


「そう思います。とすると困りましたね。もう入山の時期は過ぎてしまっているでしょうし、ご両親は彼女をそこへ連れて行きたがったのでしょうが……」


「えっ、連れて行けばいいじゃないですか」

「でも魔物が」


「私が連れて行きます」

「ですが危険……はなさそうですね、タダシ様くらいになると」


 すでに建物を完成させてから半日。

 近所の人たちが入れ替わり立ち替わり、新しくできた孤児院を見学に来ている。


 そのたびにワブルは、奇特な魔道士様が造ってくださったと答えている。


 さすがにラマ国の首都だけあって、魔法に詳しい者も多い。

 そういう者ほど、「あり得ない!」を連発して去って行くらしい。


「とりあえず、この衣装をウオンナちゃんに渡してください。明日また来ます。アーマン山についてはそのとき考えましょう」


「分かりました」

 ワブルが素直にそう言ったので、正司は「ではまた明日」と言って去っていった。


 すでに孤児院新築の噂は、近所で知らない者はいないほどになっていた。


「こんなことを無償でやってくれる魔道士などいない」

「きっとワブルちゃんに懸想しているのだ」

「なに!? ついにワブルちゃんにも春が!?」


 という噂がまことしやかに語られ、ワブルがその対応に疲労困憊したという。




 翌日、ウオンナを迎えに行った正司は、孤児院の入り口に人だかりができているのを見た。

 ワブルも入り口で困っている。


 正司は周囲の人に見つからないよう、ワブルだけを呼び出した。

 正司の顔を知っているのはワブルだけなので、それは難なく成功した。


「あの方々は一体、なんでしょう?」

 孤児院から少し離れた場所で、こそこそと話し合う。


「近所の皆さんが、立派な門にはちゃんとした木戸が必要だと仰って……」

 集まったのはみなワブルの知り合いだという。


 男の人たちが門の高さや幅を測っている。


「えっと、孤児院の屋根に登って、壁を剥がしているようですけど、あれは?」

「昨日、タダシ様が帰られたあと、みなさんの協力で引っ越しをしたのです」


 大人が二十人くらい手伝って、新しい孤児院に荷物を運び入れたという。

 当然、軽い物は子供たちも運んでいる。


「そんなに人がいれば、引っ越しもあっという間だったでしょう」

「はい。もうこの古い孤児院には何も残っていません。だったら、使えそうな木で、門を作ろうとみなさんが言われまして」


「それで朝から集まっているわけですか。みなさんがやる気になってくれるならいいんじゃないですか。それよりウオンナちゃんはどこです?」


 正司は昨日、立派な塀を作ったものの、門は作っていなかった。

 そもそも開閉するような仕組みは、魔法で一気に作れるのか分からない。


 たしかに塀の立派さにくらべて、入り口が素通りなのは見た目としてどうかと思うが、できないものはしょうがない。


「新しい孤児院の方にいます。人が多いので、子供たちは外に出ないように言ってあります」

「なるほど。では中にいきましょうか」


「でも外の方々に見つかると、質問攻めにあうかもしれません」

「それは面倒ですね。では直接いきましょう。ワブルさんも一緒にどうですか?」


「はい。でもどうやって?」

「瞬間移動を使います。……こうやって」


 正司はワブルも一緒に移動するように念じた。




「……ここは、新しい孤児院の中ですか?」


「成功したようですね。もし無理だった場合、頭の中にそうイメージされるはずでしたから、大丈夫だと思ったのですけど」


「……はあ」

「それでウオンナちゃんはどこでしょうか」


「すでに昨日戴いた服を着せて、待たせてあります」

 ワブルは昨日、ウオンナに亡くなった両親が望んでいたという話を伝えたらしい。


 本人はもちろん行く気で、朝からずっと待ってるとのこと。


 子供たちは二階から下りてこないよう言いつけてあるらしいが、そもそも二階と三階の部屋に大満足で、降りてこいと言っても、素直に降りてくるか分からないらしい。


「それほど喜んでもらえたのでしたら、作った甲斐があったというものです」

 ウオンナだけは下の事務室でまんじりとしないで待っているという。


 正司とワブルが事務室に行き、正司がウオンナの前でしゃがんだ。

「今日はこれからおじさんと、山に登るんだけど、いいかな?」


 ウオンナは頷いた。

「キミのことは絶対に守るからね」

 正司が手を出すと、ウオンナはおずおずとそれを握り返した。


(今朝の段階で、白線は孤児院を指していましたが、これで山の方へ変わりましたね)


「ではワブルさん、行ってきます」

「はい。タダシ様のことですから大丈夫だと思いますが、お気を付けて」


「分かりました。十分注意して行ってきます」

 そう言って、正司は瞬間移動の魔法で跳んだ。




「……っと、ここでいいかな」


 正司が瞬間移動で向かったのは、バルサーナに会いに行った近くである。

 白線がこっちの方面を指していたので、移動してみたのだ。


 ウオンナは突然景色が変わったので、キョロキョロしている。

「今はおじさんの魔法なんだ。孤児院を作ったのと同じで、失敗はしないから安心していいからね」


 ウオンナは大きく頷いた。

 最初に会ったときは避けられたが、昨日今日と魔法を見せたことで、信頼してもらえたようだ。


「ここからは瞬間移動が使えないから歩くのだけど、アーマン信奉って自分の足で登らなきゃいけないとか、決まりがあるかな?」


 ウオンナは首を斜めに傾けた。

 よく分からないらしい。


「それじゃ、おじさんが抱えて登ってもいいかな?」

 ウオンナはしばらく考えたあと、小さく頷いた。


「うん、じゃ、それでいこう」

 正司は身体強化をかけて、ウオンナを抱き上げた。


(白線が進む方向はこっちだから……ふたつ隣の山か)


 左右対称で、綺麗に尖った山があった。

 絶断ぜつだん山脈は大小の山が数百と連なっているので、近くにあったのは幸いだった。


「しっかり掴まっているんだよ。怖かったら、目をつむっていてもいいからね」

 正司は白線にそって、駆け出した。


(なるほど、一応の登山道はあるんだ)


 細くて見失いそうだが、木々の間にしっかりと道ができていた。

 だが、ここを通過する場合、左右どちらからも魔物に襲われる危険がある。


 その場合、足場の悪いまま戦わなくてはならない。


(出てくる魔物が小型だから、なんとか一般の人でも対処できるのか。集団で登るわけだ)


 木が密集している箇所が多く、大きな魔物が徘徊できるスペースがない。

 出没するのはG1の魔物がほとんどだった。


(おっ、視界が開けてきたぞ。ここからは斜面も急になるな)


 首都ボスワンがある山は絶断山脈の中でかなり低い。

 だからこそ、帝国と行き来できる道があるのだろう。


 その他の山は「これ、越えられるの?」と思うほどに高い。

 日本にいた頃、山登りなどしたことがなかった正司だが、これだけは分かった。


(この山、一つ一つが、富士山なんか目じゃないほど高いぞ)

 マップの白線は、ここを登れと示している。


「世界で一番高いヒマラヤ山脈は、富士山の倍以上の標高があったっけ」


 どこまで登るんだと思ったところ、不意に台地が現れた。

 白線もここで止まっている。


(自然に出来た場所みたいだけど、都合良く人が暮らせそうなスペースだな)


 ちょうど、首都ボスワンと同じような形をしていた。

 もちろん、こちらの方がかなり小さい。


「着いたみたいだよ」

 ウオンナを降ろす。


 ここは山の中腹よりも少し下にあった。

 頂上まで登るとは思わなかったが、思ったよりも早く着くことができた。


「ここ……?」

 はじめてウオンナが声を出した。


「そう、ここが霊峰アーマンで、きみのご両親が連れてきたがっていた場所だよ」

 ウオンナは歩く……が、すぐに壁に行き着いてしまう。ここはそれほど広くない。


「少し歩こうか」

「……うん」


 信仰を集めていたらしく、お供えものと思えるものが飾ってあったり、置かれていたりしている。

 それを眺めながら正司とウオンナは歩いた。


(おっと、マップは戻しておこうかな)

 広域表示にしていたのを縮小表示に戻す。


 すると、白線がとあるお供えものの前で止まっていた。

 それは、他のお供えものから少し離され、ぽつんと置かれていた。


 正司は無言でウオンナの肩を叩き、指でそれを示す。

 ウオンナは一瞬何事かと思ったようだが、すぐに駆け出した。


「これ……お母さんの手作り。見たことある」

 荒い縄で作られた袋だった。


「ご両親はウオンナちゃんが登る前にここに来たんだ」

 その帰り道、魔物に襲われた。


 なぜウオンナをおいて、しかもわざわざ危険を冒してまで来たのか。

 同じアーマン信奉の人たちを待てなかったのか。


 その答えは、ウオンナが手にしている袋の中にある気がした。

「ウオンナちゃん、見てみるかい?」


「うん」

 袋の口を解いて、中を取りだしてみた。


 出てきたのは、古ぼけた人形と、おなじく古びた帽子。


「……これ」

 ウオンナの目から、涙が溢れた。


「これ、お母さんが作ってくれた」


 人形はウオンナのために、母親が何日もかけて作ったものらしかった。

 それがここにあるということは、この場に来たウオンナに渡すつもりだったもの。


(こういうことかな。ここまでの登山は、とても小さな女の子にはきつい旅。けれど、アーマン信奉の人たちと一緒に登るから、ひとりのために全体がペースを落とすわけにはいかない。だから、ウオンナには頑張ってもらうしかない。そのためこれは、がんばったウオンナへのサプライズプレゼントだったのかも)


 ではその帽子はなんだろうと正司は思った。

 人形を抱きしめているウオンナに、正司はそっとその帽子を被せてみる。


(大きさはピッタリだ。けど、帽子だけ古ぼけているし、使った跡もある。だけど、色合いなんかは、ウオンナの衣装に合わせてある。使用跡のある古ぼけた帽子、しかもアーマン信奉の登山衣装とお揃いということは……)


 これはウオンナの母親のものだったのではないだろうか。


 本来衣装には帽子までつく。それは登山したウオンナに母親が渡したかった。

 かつて自分が同じ歳の頃に登った衣装を。


(帽子だけしか残らなかったのか、残せなかったのか。それは分からないけど、これもまたウオンナに対する母親の思いなのだろう)


 危険を冒してまで山に登った理由。

 それは到着したとき、ウオンナを驚かせ、喜ばせるためのプレゼントを置くためだったのだ。




「……というわけなんです」

 孤児院に戻り、ワブルにそう告げた。

 帰りは瞬間移動で一瞬である。


「はぁー、そんな事があったのですか。素敵な贈り物ですね」


 門の木戸が完成していた。

 すでに取り付けも終わっていて、近所の住民はもういない。


「道中、それほど脅威となる魔物もいませんでしたし、なんとかなると思ったのかもしれませんね。なんにせよ、ウオンナちゃんに笑顔が戻って良かったです」


 ここに帰ってきたとき、ウオンナはワブルに笑いかけた。

 これまでの険が取れて、穏やかな顔になったのだ。


「そうですね。あんなに楽しく笑う子だったのですね。タダシ様、ウオンナに笑顔を取り戻してくれて、ありがとうございます」


 ワブルの言葉に重なるようにして、『クエスト完了 成功 貢献値1』といつものメッセージが表示された。


 これで残り貢献値は5である。


「いえこちらこそありがとうございます。クエストが無事終了しました」


「?……そういえばタダシ様、アーマン山まで行って帰ってきたにしては早すぎるのですけど。普通、泊まりがけになると思うのですが」


「行きは途中まで瞬間移動を使いましたので」

「すると……帰りも瞬間移動ですか?」


「そうです。直接ここに飛んだのを見ましたよね」

 そう告げたら、ワブルは目頭を揉んでいた。


「土魔法だけでなく、瞬間移動まで極めているのですね……」

 ワブルが遠い目をしていた。


「何にせよ、笑顔を取り戻せてよかったです」

「はい、あの笑顔を見ることができたのは、存外の幸せです」


 ウオンナはすでに着替えを終えているが、帽子は被ったまま。

 人形は手放すことはなかった。


 その代わり、今まで無表情だったウオンナの顔には、ずっと笑顔が張り付いていた。


「そういえば、古い建物はどうします?」

「使わないとすぐに傷むでしょうし、危険ですから子供たちには近づかないようにするつもりです」


「それではこのまま残すのですか?」

「いえ、引っ越しは終わったので、もう必要ありませんし、いずれ壊すと思います」


「では私はやりましょう。あそこは新しい子供たちの遊び場にしたいですし」

「できるのですか?」


「簡単ですよ。でもいいのですか? もう必要なものはありませんか?」


「はい。すべて移しました。物が残っていると、誰かが盗みに来るかもしれません。そうなるとかえって危険ですから」


「ああ、なるほど」

 夜間はスーパーのレジを開いたままにしておくのと同じ理屈かと正司は考えた。


 監視カメラがあるわけではなし、だれもいない建物は邪な考えをもった者を引き寄せるかもしれない。


 正司とワブルは外に出た。

 近所の人たちはもうだれも残っていない。


「ではやりましょう」

 正司は火魔法を念じる。


(建物が一瞬で灰になるくらいの方がいいよな)

 延焼を考えると、できるだけ炎を出さないようにして、火の粉も飛ばないように配慮したい。


(範囲を限定させた上で、超高温がいいな。ただし、安全には十分配慮して……)


 イメージは太陽のような核融合反応だが、それはあまりに危険すぎる。

 ちゃんと化学反応で高温になるようイメージして、正司は魔法を放った。


 真っ白な球が旧孤児院に着弾し、そこから一気に内部崩壊するように燃え上がった。


(すごい。あまりに高温すぎて、炎に色が付かないんだ。あとナパーム弾のように建物全体を舐めるようにして燃え広がったぞ)


 今のは参考になったなと、正司は一人悦に入っていると、腕を引かれた。


「ワブルさん、なんでしょうか?」

「なんでしょうかは私が言いたいのですけど、あれは一体なんだったのですか?」


 正司が視線を戻すと、建物はすっかり無くなっていた。

 土台すらない、ただの平地がそこにあった。


「火魔法ですけど」

「……火魔法」


 ワブルは呆然と、それだけを呟いて、放心していた。


(ではいまのうちに……)


 せっかくなので、子供の遊具を作ろうと正司は考えた。

 だが、正司のイメージが古すぎて、人気のない公園にだれも遊ばない遊具が置かれているイメージしか思い浮かばない。


(ベンチのとなりに子供がまたがるハチとか、象のオブジェがあったけど、あれはショボいし……かといって、ブランコとかは難易度が高い。安全性も確認できないし、さてどうしたものか)


 しかたないので、もう少し近代的なアトラクションを作ることにした。

 滑り台とジャングルジムと立体迷路が合体したようなものだ。


(付近に鉄がたくさんあってよかった……けどこれ、背中に遊具を背負ったスライムが襲いかかっているような外見だな)


 子供たちが登ったり、滑ったり、駆け上がったり出来るように作ったところ、世にも奇妙なものができあがった。


「いや、これはこれでいい」

 自分が子供だったら大はしゃぎだろうと。


「タダシ様……あれは?」

「子供たちの新しい遊具です。外を駆け回るのもいいですが、こういうのが楽しめるかとおもって」

「…………」


 再度放心しはじめたワブルをその場に残して、正司は宿に帰るのであった。

 もちろん、瞬間移動で。



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― 新着の感想 ―
[良い点] タダシさんが穏やかで楽しく読ませていただいております [気になる点] 高山病対策をしていないのが気になりました 帰りも一気に移動して大丈夫なのかひっかかります
[良い点] ここまでとても面白く読ませてもらっています [気になる点] 『そもそも開閉するような仕組みは、魔法で一気に作れるのか分からない。』 という点か気になりました 010 野営とはこういうも…
[気になる点] 014の中に、不要な)がありました。 それを誤字報告で )←この行を削除 と書かれたものがそのまま適用されていますよ。 [一言] 久しぶりの読み返し中です。 読みながら、自分がタ…
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