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013 スキル検証

 正司はいま、ラマ国の首都ボスワンにいる。

 正司は町の中心部からやや離れたところに宿を決めた。


 魔物の素材をリーザに売ったことで懐は暖かいが、これがどのくらいの価値なのか、いまだよく分かっていない。


 町の中心部から外れたことで、宿のレベルが少し下がったのが分かった。

 中規模のレベルだろうとあたりをつけて、そのうちのひとつに入った。


「すみません、一人部屋を五日間ほどお願いしたいのですが」

「はいよ。王国銀貨で十枚ね」


 恰幅のよい女性が出てきた。

 ちょうど正司の母親くらいの年齢だ。


 一泊二食付きで、銀貨二枚らしい。

 銀貨十枚というと、G2の皮を売ったときの平均値だった。

 日本円に直すと、3万円から5万円くらいだろうか。


(思ったより魔物の皮の値段が高いですね)


 G1の肉はだいたいどれも銀貨1枚らしい。

 G2になると肉は銀貨数枚、皮は銀貨10枚にも及んだ。

 こんなに高いのかと驚いたものだが、ドロップ率の低さから考えると、それも妥当なのかもしれない。


 鍵をもらい、部屋に入ると、正司は中から鍵をかけた。

「これでよしと。……では検証しますか」


 正司はまず瞬間移動の魔法で、凶獣の森へ戻れるか確かめてみた。




「……っと、成功か。かなり距離がありましたが、無事移動できたみたいですね」

 ステータスをチェックすると、魔力が2%だけ減っていた。


 瞬間移動は、距離が伸びるにつれて使用魔力が増えるようだが、いまの正司の魔力だと、ラマ国と凶獣の森を往復しても4%しか減らない計算になる。


「魔法系のスキルを5段階まであげると、大変便利ですね。……では巻物を試してみましょう。まずはG2から」


 G2の皮一枚で、瞬間移動の巻物は5本できた。

 これを売ればかなり効率よく稼げるのではないかと考えている。


「G2の巻物でどこまで行けるのか……まずは、さっきの宿屋へ……だめだ」


 頭の中に「魔力が足らないので、移動できません」と浮かんだ。

 これは正司の魔力が足らないのではなく、巻物を作るときに込めることができた魔力が少なかったからである。


(実際に使ってみて分かりました。巻物の威力や効果は皮のグレードに左右されるようですね)


 正司は何十という巻物を作成したが、その過程でなんとなくだが、理解できたことがある。


 同じグレードの皮を使って、同じ魔法を込めたとする。

 使用する魔力の多寡で回数が増減した。


 魔力をよりたくさん込めた方が、巻物の使用回数が増えることが分かった。

 そして今の実験。


 巻物で魔法を唱えた時に消費する魔力は一定で、それは皮のグレードに寄るところが大きい。


「ではどこまで行けるのでしょうね」

 正司はこの世界で人と初めて会った場所に移動してみることにした。


(アライダと出会った場所は、裂け目のすぐ近くでした)


 その場所を念じながら巻物に書かれた呪文を唱える。


 いつもの感覚が訪れて、正司は森の外れに立っていた。


「成功ですか。ここまででしたら、巻物で移動できるのですね」

 手に持っている巻物を見る。


「おや? 回数が残り3回に減っていますね。魔法を唱える前は6回残っていたのですけど……」


 つまり今の移動で、巻物の残り回数、3回分を使ったことになる。


「これはあれですか、移動は一瞬だけど、瞬く間に三回跳んだとか……そんなはずはないですね」


 巻物に回数が残っている場合、それを消費してより大きな力も引き出せるようだ。


 たとえば、千キロメートル移動できる魔力が巻物に注がれているとき、100キロメートルを10回移動できるし、200キロメートルを5回移動することもできる。


 残り回数の減り方は要検証だが、電車やバスの回数券に似ているかもしれない。


「瞬間移動を何回か使ってみて検証を終わらせたら、その後は魔物狩りでもしましょうか」


 せっかく凶獣の森に来たのである。

 久し振りに狩りがしたくなった正司であった。


「今回は攻撃魔法の巻物も使っていきましょう」

 すべてはスキル検証のためである。


 結論から言うと、瞬間移動の場合、残り使用回数は威力に応じて減ることが確定した。

 たとえば長距離を移動した場合、二、三回分だけでなく、いっきにすべての回数を消費することもある。


 使用回数がゼロ、つまり使い切ったあとは、巻物は魔力を失ってボロボロになってしまった。

 再利用は不可能らしい。


 そして回数と威力の検証。

 これはファイアーボールの魔法も同じで、高威力を念じて飛ばしたときに、残り使用回数が2減ったのである。


 そして使用回数を全て使い切ると、巻物の文字は薄れ、巻物自体もボロボロになってしまった。

 瞬間移動だろうが攻撃魔法だろうが、使い切った巻物の結果は同じであった。


 正司はこの日、暗くなるまで巻物の検証をしつつ魔物を狩って過ごした。




 翌朝、正司は宿の一階で朝食を摂っていた。


(美味しいですね。田舎の祖父の家を思い出します)


 山の中腹にある町だからか、山菜と豆類が多い。

 卵は貴重らしく、追加メニューにあったので注文したら、値段がやたら高かった。


「卵が高いのは品種改良されてないからでしょうか……さて、これを食べたら、手紙を届けましょう」


『マップ』に行き先が示されるので、目的地は分かっている。

 正司は朝食をゆっくりと食べ終え、食後の散歩に行くつもりで通りを歩いた。


「クエストマークに出会わないですね」


 マップで表示される半径は300メートル。これが意外と狭い。

 通りは馬車がすれ違えるように広く作られているため、余計そう感じてしまう。

 あまり300メートル以内に人が入らないのだ。


「まあ、焦ることはないですね」


 一度来た町ならば、瞬間移動で何度でも来ることができる。

 ときどきクエストが発生していないか、確認しに来ることだってできるのだ。


 正司はマップに表示される白い点線にそって歩いて行く。

 町はさすがにラマ国の首都だけあって広い。


「どんどん寂れた方に繋がっていますね」


 町外れの山の方へ点線は続いていく。

 ここまで来ると、家はおろか人の姿もない。


「でも点線はこっちに続いていますし……ん? 煙が出ている」


 白い煙が数本、山間から立ち上っている。

 マップの点線は煙がある方に続いているので、あそこにいるのだろう。


 正司は歩を速めて、煙の立ち上った場所へ向かった。


「……製鉄所?」


 大量の薪が積み上げられ、大きな上り窯が三本、遠くに見えた。


「こらぁー! 何者だ!」


 大音響を響かせながら、四、五人のむさい格好をした男たちがやってきた。

 手には武器を持っている。


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 このまま斬り掛かられるんじゃないかと、正司は両手を挙げて敵意がないことを示した。


「おめえ、どこの国のもんだ? 盗みにきたか、探りにきたか、壊しにきたんか?」


「何てことを言うんですか。私はタダシと言います。手紙を届けにきただけです」

「手紙だぁ? 嘘こくでねえ!」


「本当です。砂漠の民のシュテール族って知っていますか?」

「ああ、知っているが……それが?」


「そこの集落出身で、バルサーナさん宛の手紙を届けに来たんですよ。バルサーナさんのお母さんから頼まれてっ!」


 両手を挙げたまま、正司は叫ぶように言い放った。

 これ以上近づかれると、本当に斬られると思ったからだ。


「バルサーナへ? あいつ……そういえば、おまえみたいな格好していたな」


「そうです。その人です。それと私はここに興味はありませんから、バルサーナさんだけ呼んでもらえればいいんです。外で待っていますから! 本当にそれだけなんです」


 男たちは顔を見合わせ、思案している。


「おい、誰か行って、あいつを呼んでこい」

 若そうなのが一人駆けていった。


「では私はもっと外で待っていますので」

「待て! ここにいろ」


 下がろうとしたら、押し止められた。

 正司はむさい男たちに睨まれながら、居心地の悪い時間を過ごす。


 少しして、さっきの男が一人つれて戻ってきた。


 むさい男が何やら話す。男が驚いたように目を見開き、こっちを見た。

 そして何か話し込んでいる。


「えっと、あなたが僕に手紙を届けに来てくれたという……タダシさん?」

 共通語ではなく、シュテール語で話してきた。


「そうです。お母さんのベクトーナさんから手紙を預かってきました。私は集落でしばらくやっかいになっていたので、ラマ国に行くついでにと、手紙を預かったのです」


「そうですか。少し待ってください」

 バルサーナさんはむさい男たちの方へ戻り、何やら話す。


 男たちは「ふんっ」と鼻を鳴らして戻っていった。


「すみません、タダシさん。驚かせてしまったみたいですね」

「そうですね、少々びっくりしました」


 手紙を渡しに向かったら、武器を持って囲まれた。

 こんな事態は想像していなかった。


「ここはラマ国の武器製造を司る隠し窯なのです。見せ窯といって、もう少し穏やかな窯はもっと町に近いところにあって、普通の人はそっちしか知りません」


「そうだったのですか。気付きませんでした」


「タダシさんはおそらく職人が使う細道を辿られたんだと思います。ここに来るまでに何の警告も受けなかったのなら、偶然迷い込んだのでしょうね」


 本当はもっと早い段階で止められるのだという。


 バルサーナは見たところ若い。まだ二十歳そこそこ。

 そのわりに落ちついた喋りをするが、それはバルサーナ本人が早い内から大人の世界で揉まれていたからだろう。


「今さらの説明になりますが、お母さんのベクトーナさんから手紙を預かっています。砂漠を出た集落で暮らしていると思ったら、いきなりラマ国に行ってしまわれて、驚いているようでした」


「そうですね。僕は土いじりが好きで、砂漠の集落は僕に合わなかったんです。それで外に出てみたら、たまたま職人の人の目に留まって……いまは見習いとして鍛冶のまねごとをしています」


「そうですか。将来が楽しみですね」

「どうでしょう。ここにいる人たちはみな優秀な方ばかりですから」


「大丈夫ですよ。私くらいの歳になるころにはきっと一人前になっています」


「ありがとうございます。それにしても、どうやってこの場所に? 僕がここに働いていることは母さんも知らないはずなのに」


 マップに行き先が表示されました……とは言えない。

 正司はしばらく考えた。


 ここに住んでいるといっても、町に行くこともあるはずだ。


「人に聞きました。知っている人にです」

「……なるほど。情報屋ですね。ということは、タダシさんは怪しくないと判断されたんですね」


 なるほど、なるほどと、バルサーナは一人で納得している。


「もしお母さんに返事を書くのでしたら、届けますよ」

 瞬間移動を使えば、一発で行ける。


「いえ、家族といえども手紙を出すときは、親方の許可がいるんです。書いてはいけないことも多いので、勝手には出せないのです」


「ああ、秘密は守らないといけませんしね」

 正司には実感がないが、武器の製造は国家ぐるみの極秘案件らしい。


「ですので気持ちだけ受け取っておきます。今日はわざわざ届けていただいてありがとうございました」


 バルサーナがそう言うと、「クエスト完了 成功 貢献値1」というのが表示された。


「いえいえこちらこそ、ありがとうございます。それでは私はこれにて失礼します。バルサーナさんが成功して、一流の鍛冶師になるのを祈っております」


「ご丁寧にありがとうございます」


 こうして正司は貢献値を取得し、その場を離れた。


「……ふぅ、怖かった。でも良かった。こうしてクエストも成功したし、戦争準備も見れたし」


 積んであった大量の薪と、たなびく白煙。

 連日連夜、ここで武器か防具を作るための製鉄が行われているのだろう。


 それはつまり、ラマ国も戦争が近いと思っている証拠だ。

 正司は人気がないのを確認すると、瞬間移動で宿の部屋に戻った。




 ラマ国は山の中腹を切り開いて造ったらしく、山肌にそって拓けている。

 町の片側は断崖絶壁に面していて、この町を攻め落とそうとすれば、左右の入り口から入るしかない。


「もしくは、山の上からだけど……そここそが、帝国へと続く山道なんだよな」

 この町で仕入れた知識によると、町への出入りはたった三カ所。


 二カ所はエルヴァル王国とミルドラルに通じていて、残り一カ所が帝国へと通じている。


「これだけ厳重だと、守るのは楽だろうな。籠城したら手が出せないだろうし」

 ただし、食糧が持てばだが。


 正司はそんなことを考えながら町を歩く。

 クエストをくれそうな人を探しているのだが、なかなか見つからない。


「あった……」


 マップに表示された黄色い三角のマーク。

 これこそ正司が求めていたものだと向かったら。


「待て!」

 槍で脅された。


「えっと、すみません……ここはどこですか?」


 門が開いていたので、そのまま入ってしまったが、もしかして駄目だったのだろうか。

 そんな思いが正司の脳裏をかすめる。


「どうした?」

 やってきたのは、正司と同じくらいの歳の男性。


 ただし、背丈も肩幅も、身体の厚みも正司をはるかに凌ぐ。

「はっ! 不審な者が侵入しましたので、誰何しておりました」


「魔法使いか? いや……その外套。砂漠の民か」

「はい。訳あって、シュテール族の集落でお世話になっておりました、タダシと言います」


「それでどうしてここに? ここは軍の練兵場だぞ」

「そうだったのですか。それは知らずに入ってしまい、失礼しました。何分、町に来たばかりでしたので」


「用がないのならば、出て行った方がいい。ここは軍の施設。よそ者がいていい場所ではない」


 普段の正司ならば「分かりました」と回れ右をするのだが、実はこの人物。

 正司のマップに、クエストのマークが付いているのである。


「分かりました。それではほんの少々だけ、私の話を聞いてもらえないでしょうか。決してお時間は取らせません」


「なんだ? 聞くだけでよいなら、聞いてやろう」

 この人、良い人だと正司は思った。


 営業時代、飛び込みをしたことは何度もあるが、九割はけんもほろろにあしらわれた。

 その経験からすると、この人はちゃんと話を聞いてくれると確信した。


「私はクエストなるものを信奉しております。簡単に言うと、その人の悩みを聞いて解決することが推奨されております。といっても、それで謝礼を戴くことはございませんし、知り得た情報を他者に話すこともしません。純粋に悩みを聞いて解決したい、ただそれだけでございます」


「世の中には変わったものを信奉する者がいる。それ自体は驚かないが、おまえに他人の悩みを解決する力があるのか?」


「持てる力のすべてを尽くしてでも、必ず解決致します」


 ここで弱気になっては駄目だと正司は判断した。

 日本人に好まれる謙譲の美徳は、外では通用しないと思った方がいい。


 ゆえに正司は自信満々にそう言い切った。


「…………なるほど。ならば俺の問題を解決してくれるか?」


「戦士長!?」

「なあに、余興のひとつと思えば良い。おまえたちは持ち場に戻ってよいぞ」


「しかし……」

「無用だ」

「……畏まりました」


 兵たちが一礼して駆け足で去って行く。


「戦士長様で……いらっしゃいましたか」


 どのくらい偉いか分からないが、一般の兵を顎で使ったのはいま見た。

 正司の頭の中では、「軍で偉い=強い」の図式が成りたつため、つい口調が丁寧になってしまう。


「いらっしゃるという程もないな、俺程度では。……それはそうと、報酬もなしに人の悩みを引き受けるのか?」


「もちろんです。クエストを完了させることこそが、私の目標ですので」

「やはり変わっているな。だが、おもしろい」


 戦士長は「こっちに来い」と正司を建物の中に呼んだ。

 殺風景な部屋に通された。


「座ってくれ、ここは談話室だ。兵の家族が来たときに会う場所だ」

「なるほど」


 女子寮などにも、男親が来たときに、そういった場所で会うことができると聞いたことがあった。


「俺はガーラム。この国に十二人いる戦士長のひとりだ。といっても戦士長の中では一番若く、下っ端だがな」


「私はタダシです。クエストをこなすために世界を巡っております。今からお話になる内容は、他者には漏らしませんので、安心してください」


「俺の悩み自体は、結構知られているんでそれは別にいいんだが。まあいい、俺には師匠がいる。先代の戦士長だ。名はメメフィ。かなりの女傑だ」


 そこからガーラムはゆっくりと自分の悩みを語ってくれた。


 50歳の誕生日を期に、メメフィは引退を決意した。

 だが後継者であるガーラムはまだまだ未熟。すぐに引退などできない。


 ゆえにメメフィはガーラムを鍛えつつ、少しずつ戦士長の仕事を教え込んでいった。

 そしてメメフィが55歳になった今年、年齢を理由に引退していったのだという。


「副戦士長であった俺は、そのまま繰り上がった。だが、俺自身まだまだ未熟。どうすればいいのか分からん。あと数年は師匠にがんばってもらいたかったが、周囲はみな師匠の味方をしてな」


「ということは、みなさんはメメフィさんの引退とガーラムさんの戦士長就任を支持したということですか?」


「そうだ。戦争が起これば、一日に40キロメートルも走ることもある。鎧を着てだ。高齢の師匠にそれをやらせるのかと怒られたよ」


「なるほど……老人虐待ですか」


「だが俺には自信がない。それにいまだ師匠を認めさせていない……そんなことを毎日悶々と考えているわけだ」


「ガーラムさんが自信をもって、なおかつ師匠に認めてもらえるようになりたい。そういうことですね」


「そうだ。こういう悩みは専門外か?」

「いえ、大丈夫です。クエスト表示されましたから」

「?」


 正司の目の前に「クエストを受諾しますか? 受諾/拒否」と、いつもの文面が表示されている。

 もちろん受諾を押した。


「任せてください。必ずや、クエストをクリアしてみせます」

「そ、そうか……」


 立ち上がって握り拳を固めた正司に、ガーラムはやや引き気味に応じた。

「では早速行ってきます」


「行ってくるって、どこへ? お、おい」


 正司は、マップに表示された白い点線にそって歩いて行くのであった。




「……まったく、あいつは。まだそんなことをウジウジ言っているのかい」

 白い点線に導かれて向かった先は、一軒の酒場だった。


 そこで静かに酒瓶を傾けていた人物こそ、ガーラムが師匠と仰ぐ、メメフィその人だった。



 ちなみに、正司とメメフィの出会いは最悪であった。


「なんだいあんたは?」

 酔った目でひと睨みされただけで、正司のタマがひゅんっとなった。


(やだこの人、強い)


 ――歴戦の猛者


 そう思わせる迫力が、この酔いどれの人物にはあったのである。


「あの……メメフィさんですか? 私はタダシと言います。実はガーラムさんのことで少し」

 おずおずと、そう切り出さざるを得なかった。


 その後、正司の説明を受けて、メメフィが放った一言が「まだウジウジ言っているのか」である。


「ガーラムさんは本気で悩んでいるみたいですね。自分はまだふさわしくないと」


「そんなことないさ。アイツはアタシが鍛えたんだ。もう十分、強さは身につけている。だけどな」


「だけど?」


「あいつはそれを自覚しやがらないんだよ。自分はまだまだ……いつまでも自信を持ちゃしない」


 メメフィさんが言うには、本人の実力も、軍を率いる力も十分備わっている。

 長年副戦士長をしていたことで、人望もある。


 では何が足りないのか。

 本人の自覚だけだという。


「なるほど。そういうことって、ままありますね」

 大功を成した人物の二代目にありがちなことである。


 どうしても先代の偉功が強すぎて、霞んでしまう。

 長年培った経験は及ぶべくもないのだから、地道にやればいいものの、焦って失敗する者もいる。


 かと思えば、ガーラムのようにいつまで経っても一人前になれない者もいる。

 良くも悪くも、比較される二代目は大変なのだ。


「そういう奴に自信を持てと言ったところで無駄だしな。……まあ、時間が解決するんじゃないか」


「たしかにそうですけど……メメフィさんは何か秘策があるのではないですか?」

 マップが示したのはメメフィの場所だった。


 クエスト進行に関わる何かがあるはずなのである。


「どうしてそう思うんだい?」

 もちろん、クエストに表示されているからですとは言えない。


「勘ですけど、メメフィさんの口ぶりからすると、時間をかけずに解決する方法があるように思ったのです」


「ほう……中々鋭いところを突いてくるね」

 メメフィの目が鋭くなった。


「そんな怖い目は止めてください。私は人畜無害ですので」

「……ふん、アタシからすりゃ、とてもそうは見えないけどね」


「一瞬で伸される自信があります。……それでどうなのでしょう。あるんですか?」

「あるっていやぁあるかな。歴代の戦士長が挑んだ試練に挑戦させればいい」


「試練ですか?」


「山脈にいるグレイブルというG3の魔物と一対一で戦うのさ。それで勝利できれば一人前というわけだ。ただし歴代の戦士長が挑戦しても、勝率は五割ほどだけどな」


 戦士長になったらすぐに挑戦するわけではないらしい。

 実力を備えた者が準備万端の状態で挑み、それでも勝率は五割だという。なかなかに厳しい。


 ゆえに戦士長になっても挑まない者も多いという。

 それだけG3の魔物を一人で倒すのは難しいのだ。


「つまりそれができれば自信がつくと」


「そうだね。アタシが倒したのは戦士長になって七年目。二度目の挑戦でだ。アタシを越えるってんなら、一年目で倒してみればいい」


「なるほど。ちなみにグレイブルはどこに行けば会えますか?」


「ここから山頂に向かって登っていけば縄張りに入る。あれがいるからこそ、だれも山越えをしようと思わないんだけどな」


「ありがとうございます。検討してみます」


「タダシと言ったな。どうだい、アタシと一杯」

「まだ他にやることがありますので。……その器に盛られている料理は美味しそうですね」


「クープというこの地方独特の煮込み料理さ」

「香辛料を贅沢に使ったいい匂いです。今度注文してみます」


「そうかい。じゃ、今度酒場で会ったら、ともに飲もうじゃないか」

「はい。そのときはぜひ。……では失礼します」


 正司は一礼して、酒場を出た。


 グレイブルという魔物は山脈地帯に出没するらしく、『情報』には載っていなかった。

 正司はまだ倒したことがないらしい。


「話を聞いただけだと、『情報』欄に記載されないからな。一度倒しに行ってみるか」

 そのまま町中から山側に向かい、斜面を登りはじめた。


 身体強化をかけると、急な斜面でも楽々と上っていける。

 すぐにマップに魔物が表示される場所まで向かうことができた。


「あの辺ですか。どれどれ……」


 数種類の魔物が見えた。どれがグレイブルか分からない。

 正司は土魔法で魔物を閉じ込め、そのまま強引に圧死させていく。


「出た。これがグレイブルか」


 グレイブル――体表がまだらになっている四つ足の魔物。強くて大きな鉤爪が特徴。また、防御力がかなり高く、喉元や脇の下のような急所以外は剣が通らない。飛び道具と鈍器に対して耐性がある。


 なかなか倒しづらそうな感じである。

 見た目はつののないサイのようだ。


 サイよりも身体を覆う鎧は硬そうで、たしかに弓矢などは、完全に効かなそうに思える。


「近接戦闘で、喉の下とか、脇の下を狙うわけか。そりゃ、挑戦しても半数は失敗する訳だ」


 爪はモグラのように三本ずつ。しかもかなり大きい。

 あれで引っかかれたら、鉄の鎧もひしゃげそうである。


「グレイブルを倒せば自信が持てるとメメフィさんは言っていたけど、ガーラムさんにできるのかな」

 近接戦闘が嫌いな正司は、これまで肉弾戦をやったことがない。


 どのくらいの実力があれば倒せるのか、まったく分からない。

「まあいいか。とりあえず戻ろう……おっ、皮発見」


 グレイブルの強さを測っているうちに次々と魔物に襲いかかられた。

 正司は、先ほどからずっと反撃している。


 結局、山を下りるまで肉二つと皮一つのドロップ品を得ることができた。




「グレイブルの動きは分かったけど、ガーラムさんの強さは分からないんですよね」

 グレイブルは山岳に棲息するだけあって、足場の悪い岩肌でも楽々移動していた。


 大きな爪を器用に使って、かなり急な斜面でも張り付くことができた。

 正司の場合、マップに魔物が表示されるので不意を突かれることはないが、普通は違う。


 視界の悪い場所での戦闘となり、他に目をやる余裕がなければ、他の魔物の襲来に気づけないこともある。


「グレイブルを一人で撃破というのは、そういった立ち回りができることも入っているのかもしれないですね。ということは、強制的に一対一になるようにセッティングして……」


 正司は、宿で作戦を練るのであった。




 翌日、正司はすぐに練兵場へ向かった。

 ガーラムは朝の鍛錬中であり、ちょうど練兵場内を走っているところだった。


「おはようございます、ガーラムさん」

「タダシか。昨日は急にいなくなってしまったが、どうしたのだ?」


「ガーラムさんのいう師匠という方が気になって、会いに行ってきました」

「師匠に会ったのか。最近こっちにも顔をだしてくれなくてな。私もしばらく顔を合わせていないのだ」


「酒場で悠々自適の生活をしていましたよ」


「そうだろう。師匠は人生を楽しめるお人だ。俺のように不器用な生き方しかできん者はこうやって訓練するしかないが」


 ガーラムがネガティブな思考に入りかけたので、正司は慌てて軌道修正した。

「今日は兵のみなさんはいないのですか?」


「夜勤の者は就寝中だ。朝の当番の者はいま巡回に出ている。夜まで当番だった者はそろそろ起き出してくるだろう」


 四交代制で活動しているらしく、今がちょうど空いている時間帯らしい。

 その時間を使ってガーラムは、自分の鍛錬をしているのだという。


「昨日師匠のメメフィさんが言っていたのですが、G3の魔物グレイブルを倒してみてはどうでしょうか」


「……俺が単独で倒せるとは思えん。あれの外装は硬すぎて剣が通らんのだ」

「知っています。喉元や脇の下を狙うのですね」


「そうだ。だが、やっかいなことにグレイブルの攻撃を何度か躱さないと、弱点を晒さない。うまく潜り込めたとして、そこで耐えられなければならんのだ。歴代の戦士長でも、危険が大きいと挑戦しない者も多い」


「そうですね。メメフィさんから聞きました。だからこそやってみる価値があるのではないでしょうか。サポートは私がします。これでも回復魔法とかは得意なのです」


「しかしな……タダシは知らないと思うが、グレイブルがいる場所は、他の魔物も多数徘徊しているのだ。はっきりいって、一対一の戦いに持っていくことが難しい」


「そこも私がフォローします。他の魔物を寄せ付けません」

「…………」


 ガーラムは「そんなことできるのか」という目を正司に向けたが、そこでふと気がついた。


 いまガーラムは鍛錬場を走っている。

 それもかなりの速度を出してだ。そろそろガーラムの息が上がりかけている。


 それに正司が併走して話しているのだ。

 正司が息すら乱していないことに、ガーラムは驚いた。


 日頃部下に鍛錬を課す手前、それ以上の鍛錬を自分に課しているガーラムである。


 そのガーラムが音を上げようかという速度に、涼しい顔でついてくる正司の身体能力はいかほどか。


 その事実に気付いて、ガーラムは正司の能力を上方修正した。

 同時に、師匠の所まで行く行動力や、解決策を考えだしてくる姿勢に心打たれるものもあった。


 戦士長職に自信が持てないのは、ガーラム自身の問題。

 それをこれだけ親身になってくれる。


(悪い人物ではないかもしれない)


 正司について、そう思った。


(それに中途半端な気持ちのまま、戦士長を続けるのは嫌だ)


 それはガーラムの偽らざる気持ちであり、人の生死を預かる立場として、優柔不断な態度はマイナスにしかならない。


 どうにかして自信を取り戻し、師匠を見返すようになりたいのである。


(これこそ俺が頼み込むことだろうに、俺は何を躊躇しているのか)


 失敗するかもしれない、怪我をするかもしれない、死ぬかもしれない。

 だからやらないでは、何のための戦士長だ。


 ガーラムはそう考え、決意した。


「よし、グレイブルの試練を受けよう」

「そうですか。案内します」


 マップの白い点線は、山の中腹の方へと伸びていった。




 ガーラムはすぐに装備を調えた。

 戦闘準備に時間をかけることはないようだ。さすが軍人と正司は感心した。


 グレイブルが出没する所までは急な坂道が続く。

 途中、G2やG3の魔物が出没するが、ガーラムに負担をかけさせたくない正司が、魔法で処理していく。


「……なんだか、虚しくなってくるな」

「えっ? どうしてです?」


「いや、分からないならばいい」

「はあ……あっ、魔石が落ちました」


 火魔法による遠距離攻撃だったため、魔物を近づけることすらなく倒している。

 ドロップした魔石も斜面の危険なところ、数十メートル先に落ちている。


 正司は土魔法で土を隆起させ、ちょうど手元に落ちてくるように魔石を撃ち出した。

 土魔法の扱いに慣れてきた正司にとって、これくらい普通のことである。


 それを横で見ていたガーラムにとっては、呆れて物も言えない事態だったとしてもである。


「物を拾うために魔法を使う奴は、見たことない」

 もしガーラムが口を開いたら、そう言ったことだろう。


 通常であるならば命がけになる登山行。


 正司が一緒のため、まるでハイキングのようになったことで、それほど時間もかからずに目的の場所に到着した。


「いま準備しますね」


 周辺にいる四体の魔物を一瞬にして灰にする。

 残ったのはグレイブル一体のみ。


「ではガーラムさん。お願いします」

「お、おう……」


 なんだこのお膳立ては! そう叫びたい気持ちを抑えつつ、ガーラムは剣と盾を構えて、グレイブルの前に立ちはだかった。


 ガーラムは必死である。G3の魔物を単独で撃破できる者は限られている。

 一瞬の判断力が命取りとなるこの戦いにおいて、無茶は禁物。


 持てる力を出し切って、その上で幸運の力を借りなければならない。


 ――戦うこと30分


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 大きく息を乱したガーラムだが、グレイブルもまた半死の状態だった。


「うぉおおおおお!」


 ボロボロになった盾を投げ捨て、剣を両手で構えたガーラムは、襲いかかってくるグレイブルの爪をギリギリで躱し、直後、急所となる脇の下に剣を突き刺した。


 すでに同じ場所へ四度、剣を差し入れている。

 そして五度目になったこの攻撃は、グレイブルの体内に深く潜り込んだ。


 ――ドゥ


 地響きをたてて、グレイブルが倒れ伏す。

 そして砂の粒子となって消え去った。


「……ふう」

 ガーラムはその場に膝をつき、そのままゴロンと横になった。


「空が……青いな」


「そうですね。いい空です。そしてグレイブル単独討伐、おめでとうございます」

「ありがとう……と言えばいいのかな」


 精も根も尽き果てた状態で、腕をあげることすら億劫となったガーラム。

 ニコニコ笑っている正司が、ガーラムの戦闘中にやってきた魔物をすべて排除していたのを知っている。


 ガーラムが見ているだけで二十体近い魔物が正司の魔法によって倒されていた。

 気付いていない分を含めればもっとだろう。


 つまりはそういう事なのである。


「これでガーラムさんも一人前だと証明されましたね」

「ああ……自分がどんなに未熟かとよく分かったよ」


「えっ!?」

「これからは更なる鍛錬が必要だな。立ち止まっている暇はない」


「……はあ」


「ありがとう。自分に自信がないとか、師匠に及ばないとか、そんな小さなことをウジウジ悩んでいた自分が馬鹿らしい。それに気付かせてくれて本当にありがとう」


「そ、それは良かったです、ええ。本当に」


 その後、息を整えたガーラムが起き上がり、そろって帰ることとなった。

 帰りの道中も正司が魔物を蹴散らし、鍛錬場まで二人で向かう。


「ありがとう、タダシ。もし俺の力が必要になったら言ってくれ。そうそうタダシに助けが必要な場面が思い浮かばないけどな」


「もしものときはお願いします」


 正司の目の前に、いつもの「クエスト完了 成功 貢献値1」が表示された。


「それじゃあな」

「はい」


 ガーラムは鍛錬場に戻ると、声をあげてそこにいた兵たちを叱りつけていた。

 その様子に気弱な部分はどこにも見られなかった。



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