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136 そして未来へ

 正司はシャルトーリアからもらった書類を持って、浪民街へ跳んだ。

 いつもの場所に出現し、クヌーのいる集落に向かって歩く。


(綺麗に片付けたので、もうここで戦いがあったようには見えませんね)


 正司は〈土魔法〉で、戦場にあった何もかもを土中に埋めた。

 兵たちがポロポロと落としたものはすべて消え去っている。


 正司は、周囲にくらべて妙に平坦になった荒れ地を歩く。


 クヌーは集落にいた。正司は、書類を差し出す。


「これはヒットミアの領主が認めた正式な書類です。二通ありますのでどうぞ」

「持ってきてくれたのか。すまないな」


「いえ、シャルトーリアさんから、くれぐれもこれでよろしくと言われました」

 その言葉にクヌーは目を瞬く。


 あとでシャルトーリアが皇女であることを知らされ、クヌーは腰を抜かすほど驚愕したのである。

 どうやら浪民たちが思い描く貴族や皇族の姿とかけ離れているようだ。


「浪民街には手を出さないことが書かれています。それと先日の襲撃についての裁定もあります。急進派の人たちは、罰金と町内での奉仕活動で手を打つそうです」


 帝国の書式に則って書かれているらしく、クヌーは半分ほどしか読めなかった。

 読めない部分は正司が手伝い、クヌーと一緒に書類を最後まで確認した。


「本当にそんなことになったのだな。今でも信じられないが」


 クヌーとしては、何度言われても信じられないという。

 書類ができた今ですら、半信半疑のようだ。


「今回の件は、運が良かったのだと思います。あの場にシャルトーリアさんがいましたし。……それで急進派の人たちはどうでしたか? 私がその人たちを町へ連れて行かないといけないのですけど」


「意外なことに、だれも嫌だという者が出なかった。目的が達せられたことが大きいようだが、それだけではないらしい」

「あっ、そうなんですか」


「襲撃に赴いた者たちは、仲間内で英雄扱いだ。俺としては、その考えはよくないと思う」

「少なくとも英雄ではないですよね」


「ああ、それも仲間内の話だけで、他の連中は面倒を起こしたヤツという認識だがな。それだから連中は、逃げも隠れもしないとさ」

「なるほど……英雄になったのなら、逃げも隠れもしないというわけですか」


 不良が警察に捕まったことを勲章と思うようなものかと正司は考えた。

 正司の上司がよく病気自慢をしていたが、それも同じだろう。


「俺たちは連中が何をどう考えようと文句はない。二度と迷惑をかけないでくれればな」

「そうですね。私も来てくれるならば、とくに問題ないです」


「というわけで、集落に案内するから連れて行ってくれ」

「はい……っと、その前にですね」


「なんだ?」

「スミンさんのことです。この前、変な言葉を話すと言っていましたけど、最近はどうですか?」


「まだたまに口走るな。何を言っているのか、まったく理解できん。本人に聞いてもよく分かっていないようだ」


「やはりそうですか。少し考えたのですけど、それって『かた』の言葉ではないでしょうか」


「語り部とはなんだ?」


「血筋によって継承される魔法の言葉みたいなものです。成長すると別の言語が自動的に頭の中に出現するようです。その言葉を話せるのですけど、本人ですら言葉の意味が分からないという……ちょっと特殊なものです」


「本人にも意味が分からない言葉を話す? そんなことがあるのか」


「ええ……帝国は語り部を迫害してきた歴史があるらしく、帝国領内に現存している人はほとんどいないといいます。スミンさんがもしそうならば、一族がどこかに隠れ住んでいたのかもしれません」


 普通とは違う者の存在は、帝国で長い間理解されなかった。

 ずっと迫害されてきたとルンベックが語っていた。


 語り部の一族は、大陸の西側に流れて来た。

 各国は見つけ次第保護したが、それ以上が帝国内で消えていっただろう。


「ふむ……本人すら分からないならば、仕方ないか。そういうものだと思うしかないな」


「はい。ただ、言語があまりに多いのか難解なのか、そのせいで日常生活が送れないこともあります。ですので、注意してあげるといいかもしれません」


「それほど難儀なのか」


「私も語り部と会ったことありますし、ひとつの言語だけでしたら理解できます。ですがスミンさんの言語とは一致しないと思います。いっそ一族名や言語名が分かればなんとかなるかもしれないのですけど」


 バイダル公領で保護されている語り部と会ったこともあったが、正司は意志を疎通させることができなかった。

 やはり一族が違うと、使用する言語が違うらしい。


 そして正司がスキルとして取得できる『言語』はあまりに多く表示されるため、その中のどれがそうなのか、分からないのである。


「そうか……ならば十分気をつけておく」

「お願いします。では急進派のところに行きましょう」


 その後正司は、急進派の者たちと会い、彼らをグラノスの町まで連れて行った。

 彼らは奉仕活動の後、どこかで借金を払い終わるまで労働の義務を果たすらしい。


 急進派の連中を町に引き渡したあと、正司は魔道国へ戻った。

 シャルトーリアの提案について、相談したかったのだ。




 リザシュタットの町に跳んだ正司は、さっそく相談をはじめた。

「未開地帯すべてを魔道国の領土にって……それは随分と大きな話ね」


「突然過ぎますよね。驚きました」


「しかし帝国も思い切ったことをするわね。白旗を揚げない方法を一生懸命考えた感じかしら」


「白旗ですか?」

「皇女に入れ知恵した人がいたのかしら。いえ、本人が思いついたということもありそうね。周囲に相談しても、現状を知らなければ、そんな提案なんて出てこないでしょうし」

「…………?」


 帝国は魔道国を舐めていた。

 今回の提案は、魔道国を帝国と同等以上の国として扱っていることになる。


 以前、ルンベックの使者が帝国に赴き、魔道国設立に際して協力要請をしたことがある。

 そのときは門前払いを食らっている。検討する価値もないと判断されたのだ。


 それを聞いたとき、リーザは「舐められたままでいいわよ」とうそぶいていた。

 その間に魔道国の国力を上げればいいのだからと。


 あの当時、ルンベックは「帝国の協力が得られないのならば、帝国との交流は後回しでいい」と言っていた。

 正司も帝国との関係はまだあと数年くらいはこのままだと思っていた。


 それがいまや、未開地帯を魔道国領にしたらどうかと提案してくるのだ。

 変われば変わるものである。


「どうしたらいいと思います?」

「そうね。条件はどんな感じ?」


「魔道国が未開地帯を国土に組み込んでくれるなら、帝国の人材を貸し出すと言っています」

「ふーん。そうきたわけね。とすると、受けた方がいいか」


「そうなんですか?」


「帝国のノウハウ供出は魅力ね。それもかなり。帝国のやり方は煩雑だけど、完成されたとこも多いもの。外から見ただけじゃ施政の詳しいところは見えないものよ」


 国の運営など、一朝一夕に出来上がるものではない。

 それを知っている者が大勢やってくれば、効率もかなり違ってくる。


「優秀でやる気のある人を大勢出してくれるそうです」

「受け入れたら魔道国が急速に発展できる……それを逃す手はないわね」


 手探りで少しずつ完成させていくのもいいが、すでに長い歴史を持った帝国のノウハウを吸収した方が手っ取り早い。


 その知識をベースにして、魔道国の支配体制に合わせて変えてゆくだけでいいのだから。


「ちなみにタダシは、反対する理由って何かある?」

「魔物の件でしょうか……未開地帯の魔物が帝国領に向かう場合、魔道国の責任になります。それをどうすればいいかと思ったりします」


「フィーネ公領のところと同じにしたらどうかしら」

 正司は国境となるところに壁をつくった。


「それしかないでしょうか……でも、結構長いですよね」

 帝国の場合、二千キロメートルくらいはあるだろう。


 逆に言えば、壁を作れば問題は解決する。

 その手間で優秀な人材を確保できるならば、メリットの方が大きい。


「どこかで帝国の力を借りなければいけないでしょう。どうせならば高く売ったら?」


「そうですね……その方向で調整してみます。そういえばこの前話した不換( ふかん)紙幣ですけど、一応実物ができました」


 国が大きく発展することによって、貨幣が足らなくなる。これは確実だ。

 正司は金の埋蔵量に寄らない貨幣制度を考えていた。


 そのため、〈土魔法〉と〈魔道具製作〉をうまく使って、偽造できない紙幣を作成するため、試行錯誤を繰り返していた。


「できたのね……どれどれ」

 正司が『保管庫』から取り出した紙幣を手に取る。


 リーザの眉が歪んだ。

「タダシ……これ、何でできているの?」


「えっと……なんでしょう。名前をつけるなら、金属紙(きんぞくし)でしょうか」

 表は紙のようにみえる。だが裏は、滑らかな金属になっていた。


 軽いし柔らかい。リーザが紙幣を折っても折り目が付かない。

 それどころか、クシャクシャにしてももとに戻ってしまう。


「金属紙? これ金属なの?」

「合金です。配合に苦労しました。薄くのばしているので、紙と変わらないですよ」


 正司がイメージしたのはお菓子のパッケージである。

 そうなるようにイメージして、何度も試作品をつくった。


 ようやく完成したものは、ほぼ正司のイメージ通りになった。

 できあがったのは菓子袋のような紙……印刷面の裏面が銀色になっているあれである。


 正司にとっては小さいころから馴染みがあるため、完成形はもちろん完璧にイメージできていた。

 使う素材をどう組み合わせるかだけが問題だったのだ。


 完成した金属紙に印刷する魔道具を開発する方が、時間かかっていたりする。

「他国が真似しようと思っても、絶対に無理だわ」


 相変わらず……とリーザは小声で呟き、ため息を吐いた。

 軽くて丈夫で真似できない金属紙。


 もしかしたら金属紙そのものの価値が、銀貨より高いのではないか。

 リーザはそう思ったりする。


「これが銅貨(どうか)用で、こっちが銀貨(ぎんか)金貨(きんか)用です。大きさとデザインを変えてみました」


 切符(きっぷ)サイズの金属紙が銅貨の代わりらしい。そして名刺(めいし)サイズが銀貨。金貨は日本の紙幣と同じサイズになっている。


 色はすぐに分かるように茶色、銀色、金色を使用している。


「……なるほどね」

 ことごとく予想を外してくると、リーザは正司を上目遣いで見る。


 紙幣を作ると言っていたが、こんなものを見せてくるのが正司なのだと。

「それでどうですか?」


「ものは完璧に近いと思うわ。あとは流通だけど……お父様はなんて言っていたの?」


 正司は最初、不換紙幣の案をルンベックに相談している。

「ミルドラルとラマ国は問題なく導入できると言っていました」


「もとから自国で貨幣を鋳造していないものね。それで?」

「王国も導入せざるを得なくなって、結局三種類の貨幣を使うようになるんじゃないかと予想しているようです。帝国は分からないと」


「なるほど……最初正司は金貨と交換しない方向で考えていたのよね」


「そうです。ただ金貨やこの紙幣で同じ品物を買うわけですから、自然と交換比率が出来上がってきて、町で両替商が取り扱うんじゃないかって言っています」


 現在、帝国金貨二十枚に対して、王国金貨が二十一枚というのが相場となっている。


 たとえば買い物をするとき、帝国金貨三枚の品物を王国金貨で支払う場合は、三枚に銀貨か銅貨を加えるのが普通だ。


 多少ややこしいが、それでなんとかなっている。

 これに魔道国の紙幣が加わると、市中に三種類の通貨が存在することになり、なかなかややこしくなる。


 そのため、できるならば導入したくないのが正司の本音だ。

 ただこれから先、市中に出回る金貨や銀貨が減ると予想された。


 そのための打開策として不換紙幣を発行するわけだが、これが導入されることによって、金貨や銀貨が不換紙幣にとって変わられる可能性が高い。


「そういえばこの前説明されたけど、いまいち分からないのよね。不換紙幣を発行するとなぜ、市中から金貨や銀貨が消えるの?」


「えっとですね。たとえばある商人が金貨十枚と、金貨十枚分の魔道国発行の紙幣を持っていたとします」


「金貨二十枚相当の資金を持っているわけね」


「そうです。他国との取り引きでは金貨の方が信用価値が高いですから、金貨を手元に残しておいた方がいいわけです」


「金貨にはそのものの価値があるわけだし、当然ね」


「ですので、日常の取り引きには紙幣の方を使います」

「それは分かるわ。でも、金貨だって市中をまわるでしょ」


「その商人が何かの取り引きで金貨二枚手に入れたとします。いま言ったように金貨も取り引きに使われますので」

「うん」


「その商人は金貨十二枚に紙幣八枚持っていることになりますが、やっぱり最初に使うのは紙幣です。つまり、紙幣がすべてなくならない限り、その商人は金貨を貯め込むようになります。すると、紙幣を発行すればするほどその商人は金貨を使う機会が減っていきます」

「保有現金の中で、金貨の比率が増えるわけね」


「はい。他の商人も紙幣ばかり使われて金貨が流通していないと思えば、やはり金貨の方を貯めようと思います。何しろ、金貨はそれ自体に価値がありますから」

「そうね」


「そうやって多くの商人が懐に金貨を貯め込むようになるため、市中から金貨が徐々に姿を消していきます。使われるのは紙幣ばかりです」

「そうなる……のかしら」


「ええ、間違いなくそうなります。つまり魔道国が紙幣を発行すればするほど、金貨や銀貨が市中に流れなくなると思うのです」


 これがいわゆる、「悪貨が良貨を駆逐する」という現象である。


 混ぜ物のない貨幣と混ぜ物のある貨幣を同じ人物が持っていた場合、人は先に「混ぜ物のある貨幣」を使おうとする。


 新品の金貨とすり減った金貨でも同じ現象がおこる。

 人は「良い方」を手元に残したがるのだ。


 魔道国が紙幣を発行し、国が大きく発展した場合、大陸中から富が――金貨銀貨が集まる。

 だがそこで使われるのは紙幣。発行するのも当然紙幣。


 貨幣が魔道国の外へ出て行こうとしない現象がおきてくる。

 するとどうなるか。他国で貨幣が足りなくなってくる。


 貨幣が足りなくならないよう紙幣を増やしたのに、それがうまく機能しなくなるのだ。

「その場合、どうしたらいいの?」


「すべての国が紙幣を使えばいいのですが、そううまくはいかないですし、国があまり経済に介入するのはよくないと思います。市場の流れに任せた方がいいと思います」


「でも市場の流れに任せると、貨幣が足らなくなるわけね」


「はい。ですので、一国だけ不換紙幣を発行しても、あまりよい結果にならないのではないかと思ってしまいます」

「うーん、それは困るわね」


 大陸中で不換紙幣を使うのは技術的に難しい。

 魔道国の発行する不換紙幣で統一する場合、発行枚数は魔道国の匙加減となる。

 それでは他の国は困るだろう。


 一番いいのは、すべての国で管理する造幣局をつくることだが、その音頭をとるのは魔道国――正司である。


 技術的に正司にしかできないのだから、当然の話だが、魔道国ができたばかりで大陸のリーダーとなるのはさすがに難しい。


 そこで話は堂々巡りしてもとに戻り、「どうしたらいいか」とリーザに尋ねるのである。


「なら魔道国で発行して様子を見るしかないんじゃないの?」

 多少投げやりだが、もっともな回答が寄せられた。


「……そうですね。通貨を統一するとメリットも多いですが、各国で通貨政策できなくなりますし、それがいいですかね」


 通貨を統一すると両替商がいらなくなり、自分が持っている通貨でどこでも買い物や商売ができるメリットがある。


 それでも今は自国のみに留めることにした。

 三つの通貨が市場に流れるが、それは慣れてもらうしかない。


「未開地帯の話に戻すけど、帝国の提案はまだ先の話なのよね」

「一年か、二年先になるとシャルトーリアさんは言っていました」


「帝国と国交はまだ結んでいないし……今のうちの方がいいわね」

「どうしたのですか?」


「その案をそっくり貰ってしまおうかと思ったのよ」

「え?」


絶断(ぜつだん)山脈から西側に広がる未開地帯を魔道国領とするのはどうかしら。いまフィーネ公領もラマ国も、未開地帯と接している場所に大壁があるでしょ」


「ええ、ですがあの壁は町の近くだけですよ」


 距離にしてせいぜい十から二十キロメートルほどだ。未開地帯を完全に分断するようにはつくっていない。


「すべて壁で覆ってしまいましょう」

「どうしてです?」


「いま各国で、棄民の調査をしているの。どのくらい不便な暮らしをしているのか、生活のレベルがどのくらいなのかとかね。それで分かったのだけど、何とか暮らしていける人たちは、魔道国への移住に消極的なのよ」


「そういう話は聞いたことがあります。新しい環境に馴染めないかもしれないと二の足を踏んでいるのですね」


「そう……だから魔道国は他と違うんだというところを見せたいのよ。何か分かりやすいものがないかずっと考えていたの」


「それが壁ですか?」

「ええ。もし壁があれば、これからは未開地帯と呼ばないで魔道国と呼べるでしょ」

 たしかに未開地帯は存在しなくなり、そこはすべて魔道国となる。


「インパクト大きいでしょ。そうして他の国と違うところをみせたいわけ。これまでのように、町や村だけが自国領土と主張するのではなく、それを含めた地域全体を自国とできるだけの力があるって言えるでしょ」


「そういうことですか。壁は……まあ、つくれると思います。いまちょうど町づくりもできないですし」


 ニアシュタットの町へ移住が始まっている。

 その次の町はもう完成しているが、まだ公表していない。


「それと村や町もいいけど、食糧をもっと生産できるようにならないかしら」

「今でも食糧は輸出するほどありますけど」


「一、二年後に帝国と国交を結んで浪民たちを受け入れる場合、食糧はまったく足りなくなるわ。食うや食わずの人たちが大勢いるわけだし、帝国の浪民は数が多いもの。全員が満足に食べられるだけの食糧を考えたら、いま大陸にある耕作面積を倍にしたいわね」


「大陸の耕作面積を倍ですか?」


「そう、いまの倍よ。だって十年以内に人が爆発的に増えるわよ。棄民や浪民が村や町に住んで、人が増えたら……倍じゃ足りないかも知れない」


「……ということは?」

「穀倉地帯をいくつか未開地帯の中に作りたいわね」


「耕作地帯を増やすだけでしたら、一年以内にできると思いますけど、耕作する人は中々増えませんよ」


「畑が先にあってもいいんじゃないかしら。人口が爆発するにはまだ余裕があるわ。けど、食糧が足らなくなってから増やすのはよくないわよ」


「そうですね……それもやっておきます」

 なぜかやることが雪だるま式に増えている。正司は遠い目をした。


「そうやって準備をしてから帝国と国交を結べば、かなり有利にことが運べるわよ」

 帝国は土地不足に食糧不足。そして浪民が増えて人余りの状態である。


 一方魔道国は、土地はあっても住む人がいない。

 食糧は腐るほどある。そして慢性的に人材が不足している。


 互いにないものを補完しあうことができるが、魔道国に有利な条約が結べそうだとリーザは言った。


「分かりました。更なる穀倉地帯の場所を見つけておきます。それと国境に壁をつくる許可を各国の代表にもらっておきます」


「それがいいわね。あと不換紙幣を発行するなら、その方向で決まりましたって報告をしておいた方がいいわよ」


「そうですね。実施はまだ先ですが、報告だけは先に入れておこうと思います」




 正司はミラシュタットの町へ跳んだ。


 今度はミラベル相手に、先ほどと同じ話をしてみた。

 未開地帯全土を魔道国とした場合、どう思うかと。


「いいんじゃない? だって大きい方が安心感あるもん」

 単純だが真理である。


「ではミラベルさんは賛成なのですね」

「うん。みんな驚かせちゃおうよ!」


 未開地帯が魔道国になったら、たしかに驚くだろう。

 インパクトの大きさは、これまでの比ではない。


「それと次の新しい町ですけど、何か特色があるといいなと思うのです。ミラベルさんは何か案がありますか?」


 四番目の町は出来上がったが、まだ発表していない。

 最初の町や港町、観光の町と話題をさらってきただけに、次も何か目玉がほしい。


「じゃあさ、もう一つ町をつくっちゃうのはどうかな」


「もう一つといっても、五番目の町はもうありますよ」

 こちらも発表していないだけで、それなりの形のものが出来上がっている。


「ううん。そうじゃなくって、町の下に町をつくっちゃおうよ!」

 二重都市、いや地下都市構想である。


「町の下って……地下ですか」

「そう。面白いじゃん」


 正司にとって地下街(ちかがい)は馴染みのあるものだ。

 東京では駅と駅が地下の連絡通路で結ばれていたりする。


 横浜や大阪にも巨大な地下街が存在するし、新宿は有名だ。

(地下の明かりは魔道具で何とかできますし、面白いかも知れませんね)


 蟻の巣のように張り巡らせてもいいし、もっと多重構造にすることもできる。

 町の各所に出入り口を設置して、案内板をそこかしこに建てれば、そうそう迷うことはなくなる。


「町の地下ですか。ちょっと考えておきます」

 たしかにこれは目玉になる。


「うん。そうしたら絶対面白いことになるよ!」


 このミラベルが発案した地下都市構想。

 地下に魔物が湧かないため、最終的には町の面積を超える広さにまで発展するのだが、それはまだ先の話。


 そして正司はニアシュタットの町へ跳ぶ。

 正司がファファニアと会い、先ほどの話を繰り返す。


「ふふふ……帝国も必死ですわね」

「必死ですか?」


「破滅しないために、散々頭を悩ませたのだと思いますわ。ふふっ」

 ファファニアは艶やかに笑い、「もちろんわたくしも賛成ですわ」とだけ言った。


「そうですか。ありがとうございます。この結果を持って、各国の代表の方に話してみます」


「はい。魔道国はタダシ様のものですから、好きに決めてよろしいと思いますのに」

「どうでしょう。あとで修正をかけるくらいなら、よく分かっている人たちに聞いてしまった方がいいかなと思います」


「そうですわね……そういえば」

「どうしました?」


「将来的に、未開地帯のすべてを魔道国の領土とするのですわね」

「そうですね。将来的というか、一、二年後にはですけど」


「でしたら未開地帯の中間地点に大きな町をひとつ……つくってみてはどうでしょう? まだ首都は決まっていませんでしたし」


「そういえば、決まっていませんでしたね」


 国ができて、町もある。

 町はどんどん増えているものの、「首都」とか「王都」とか言われるものはまだない。


「この国の場合、魔都(まと)と呼ぶべきでしょうか。それを国の中心につくり、大陸の左右に睨みをきかせるのはどうでしょう。あと十年もすれば、ほんとうに未開地帯中に町ができるような気がしますし」


 なるほどと正司は思う。これからは帝国とも国交を結んでいくことになる。

 ならば、大陸の左右に赴けるような位置に首都があるのが望ましい。


「ありがとうございます、ファファニアさん。早速つくってみます」


「タダシ様、場所は慎重に決めた方がよろしいかと思います。それと魔道国の首都らしく、大きくて派手なものを希望しますわ」


「大きくて派手ですか」

「はい。それがタダシ様にふさわしいと思いますので」

 ファファニアはにっこりと笑った。


 そう言われて正司は、悩みに悩んだのち、ひとつの町をつくりあげた。

 その町はあまりに広く、町の中にも巨大な壁が走っているという奇妙なものだった。


 町を俯瞰してみると、正三角形を上下逆さまに重ねたような壁が町中に走っている。

 地球では古来より魔術的なシンボルとされている六芒星(ろくぼうせい)と同じ形である。


 この六つの頂点をもつ町は、のちに『魔都ヘキサニア』と呼ばれることになる。


 ファファニアの発案からできたこの町は、この先もずっと魔道国の象徴として君臨しつづけることになる。




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