134 解決
魔道国から帝都クロノタリアに戻ったシャルトーリアは、これまで計画してきた様々な方針を転換しなければならないと感じた。
それほどまで、魔道国の印象が大きく変わっていた。
あえて帝国に有利な情報しか与えられていなかったのではと思えるほど、大陸の西側は発展していた。
いや、魔道国に引っ張られるようにして、引き揚げられたのだろう。
そしてこれは、月日が経つごとに顕著となっていく。
現時点でいくら帝国が優位だろうと、そんなものは何の慰めにもならない。
(まずは魔道国との関係改善が急務だが、魔道王の方針がネックになってくるか)
多少下手に出てもよいから、魔道国と友好関係を結んだ方がいいとまでシャルトーリアは考えていた。
現につい最近まで敵対していたはずの王国ですら、魔道国の船を受け入れるため、巨大な港ができていた。
魔道王の魔法で、その日のうちにできたらしい。
大陸の西側では、至る所に魔道王が使った魔法の痕跡がある。
あれがある限り、敵対などもってのほか。魔道国を無視することすら難しい。
早急に友好関係を結ぶ必要がある。
現在その障害となっているものがいくつかある。
一度友好の手を撥ねのけたが、それはまだ挽回できる。
問題となるのは、棄民――帝国で言うところの浪民たちの存在である。
帝国はこれまで一度も浪民の救済は考えてこなかった。できるわけがないからだ。
それどころか、率先して保護の外へ追いやってきた歴史がある。
彼らから帝国は恨まれているし、憎まれてもいる。
だからといって、浪民たちを無視したまま魔道国と国交を結んでも、関係は遠からず破綻する。
浪民を迫害する帝国と、棄民救済を第一義としている魔道国では、国の方針が真っ向から対立する。
つまり……とシャルトーリアは決意する。
(どこかで浪民の権利を保障し、落としどころを見つけるしかないな)
散々考えた末に出た結論がそれである。
帝国は現在、一圏内に住める者とそうでない者で扱いに差がある。
帝国中から集まった富――税金の多くは、一圏の発展に使われる事が多い。
地方に住む彼らはその分、割を食っている。だが彼らも帝民だ。
帝民は、さまざまな権利が保証されている。
反対に、制限つきの権利を有しているのが二級帝民である。
地方にいる帝民は、自分たちの下に二級帝民がいることで安心し、心の平穏を保っている。
といっても二級帝民は虐げられているわけではない。
何しろ、下には下がいるのだから。
二級帝民の下には浪民と呼ばれる、ほとんど何の権利も有していない者たちが大勢いるのである。
彼らが帝国の最底辺を支えることで、多くの帝民や二級帝民が穏やかに暮らせるわけなのだ。
シャルトーリアはそんな浪民たちの権利を何らかの形で保証しなければならなくなった。
そうしなければ、魔道王が帝国の実情を知ったとき、魔道国との関係は険悪なものとなろう。
「よし! 草案を作成して早急に対処しよう」
方針が決まったところに、渉外担当大臣のクオルトスが飛び込んできた。
「グラノスの町の兵が、浪民街へ攻め込みました」
青天の霹靂であった。このタイミング……シャルトーリアが方針を決めたまさにその時に何という報がもたらされたのか。
魔道国との関係を足元から崩す動きにどう対処すべきか。
シャルトーリアは思考を巡らせた。
「わ、私が……そ、そこへ行く」
出た結論は、人任せにしてはいけないということ。
実情を一番よく知っているシャルトーリアが出てこそ、うまく収められるはずである。
だが問題もある。グラノスの町は未開地帯に近い。馬を使ってすら何日もかかる。
シャルトーリアは〈瞬間移動〉の巻物を使うことにした。
グラノスの町のことは、シャルトーリアもよく知っている。
つい最近、正司に紹介状を書いたのも、その町だった。
多数派工作のために送り込んだ商人のダクワンがそこにいる。
シャルトーリアはまずダクワンの店に跳び、そこで詳しい事情を聞くことにした。
突然現れたシャルトーリアにダクワンは酷く驚き、そして喜んだ。
皇女が直々に訪れたのだ。運が回ってきた。そう考えた。
これで出世の糸口が……とダクワンが思ったのも束の間。
聞かされた内容は彼もまったく知らないことだった。
「たしかに兵が大勢町から出て行きました。未開地帯から魔物がやってきたと思っていました」
町兵は町の外に出てこそ活躍の場がある。
兵が慌ただしく町の外へ出て行くこと自体、年に何度も見ている。
だいたいが、街道に魔物が出たとか、村が襲われたと言ったことが原因だったりする。
ゆえにダクワンはまったく気にしていなかったという。
「では町民はこのことを知らないのだな」
「そうだと思います。有力者たちも同様ではないでしょうか。知っていれば私のところに報せにくるはずです」
町兵を動かせるのは代官のロキスのみ。
そのロキスは、ダクワン側に寝返った有力者にわざわざ情報を渡すとは思えない。
反対に有力者たちが情報を得れば、ダクワンのもとへ注進にくる。
今回の件は、ダクワンおよびその関係者全員が知らなかったことになる。
「すると代官の独断か……報告は領主からもたらされたらしいから、内情を知っているのはそこくらいか。さてどうしたものか」
町にくれば何か分かるかと思ったシャルトーリアだったが、アテが外れてしまった。
たしかに町内は思いの外落ちついている。
ダクワンはそれこそ初耳だというし、シャルトーリアは困ってしまった。
この町で多数派工作をしている手前、シャルトーリアはロキスを追い落とす側の人間だ。
さすがに町の代官をしている者がその辺のことに疎いわけがない。
シャルトーリアが訪ねていった場合、丁重に扱われるだろうが、重要な情報は与えられないだろう。
(というか、多数派工作の対抗策として派兵したことも考えられるな)
その場合、シャルトーリアが派兵を止めるように言うと、逆効果になるかもしれないのだ。
兵と連絡がつかないなど、理由をつけて断られる可能性だってある。
(どうしたものか……)
シャルトーリアが考え込んでいると、ダクワンが不思議そうな顔をした。
「どうした?」
「はっ……あの、浪民街へ兵が向かったのがそれほど重大事なのでしょうか」
「ああ、そうか」
そう、ダクワンはまだ知らないのだ。もちろんロキスも知らない。
だからこの時期に浪民街を襲うなどということをしでかす。
「魔道国と国交を結びたい」
「それは結構なことだと思います」
「だが、魔道国は棄民……ここで言う浪民の救済を国是としてる。簡単に言えば、そのために国をつくったようなのだ」
「……へっ!?」
「信じられないのも分かるが、魔道国へ行って聞いてきた。メリットもない嘘をついてもしょうがないので、私はそれを真実だと思っている」
「とすると……このたびの派兵は?」
「魔道国が守ろうとしているものを私たちは壊そうとしているように見えるな」
魔道国での出世も視野に入れていたダクワンは大いに嘆いた。
「かなり拙いことになりそうですが」
「もうすでになっている。魔道王に知られる前になかったことにしたいが、それは無理だろう。相手は代官だ」
のらりくらりと躱してしまう可能性がある。
シャルトーリアがそんなことを話していると、店員が来客が来たと告げにきた。
「そんなもの後にさせなさい」
さすがに無作法な店員をダクワンが黙らせようとすると、店員がおずおずと言った。
「何をおいても最優先と仰ったお客様がいらしたのですけど……」
「なにーっ!?」
ダクワンが叫ぶ。
「だれだそれは」
ダクワンの変化にシャルトーリアが訝しげに問いかける。
「魔道王……タダシ様です」
「なにーっ!?」
ダクワンの返答を聞いて、シャルトーリアも絶叫した。
約束の日になり、正司は再び代官の館を訪れた。
ロキスは上機嫌で正司を迎え入れた。
互いの挨拶が終わったあと、さっそく正司は話を切り出した。
「それで……この前お話しした事件について、何か分かったのでしょうか」
「ええ、人死にがあった件でございますね。しっかりと調べました」
「そうですか」
これでクエストが進むと正司は喜んだ。
「あれはどうやら、私に敵対する者の仕業であるようです」
「敵対……ですか?」
なぜロキスと敵対する人がそこで出てくるのかと、正司は首を捻った。
亡くなったのはリスミアの父親だ。代官とは何の関係もない。
「代官というのは、周囲から恨みを買うものです。それゆえ、私の周囲で不穏な活動をする者がときおり現れます。亡くなった人は、それに巻き込まれたようです」
「……はあ」
代官に対する陰謀は聞いている。だがそれがここで出てくるのか。
ますますわけが分からなくなった。
「証人もおります。ゆえにその事件は、私と敵対する者がおこした事件だと分かったわけであります」
これはロキスの嘘。
それでもすべてが嘘というわけではない。
敵対している者がいるのは本当だし、事件がおきたのも本当だ。
ただ、どちらかと言えばロキスが積極的に動いている。
そう言ってしまうと都合が悪いので、ある程度自分がやったことはぼかし、相手を強調した話し方をしている。
「よく分かりませんが、悪事を働いている人がいるのですね?」
「そうです。まさにその通りです。証人を連れてきてもいいですし、私が証言してもいいです」
ロキスはこの三日間で色々な工作をした。
証人も用意した。
だかあまりに完璧に揃え過ぎると、作為を疑われることにもなる。
言われたら証拠を提出するつもりだが、それまでは一応「話」として通しておくべきに留めている。
そしてこの二人の会話。徹底的におかしい。
旅人である正司がなぜ代官に事件の話をしたのかは……まあ、いろいろ目を瞑れば、あり得ることではある。
知り合った少女の父親が亡くなったことに心を痛めたという話であるし、正司もそう告げている。
だが、ロキスの言い方はやたらとおかしい。
一介の旅人に代官が「調べます」と言ったり、その結果を報告するのは普通ではない。
帝国の流儀を知らない正司は気付かなかったが、これは相当におかしなことだ。
極めつけは、「証人もいる」とロキスが言ったり、「証言します」とまるで、今から裁判が始まるかのような振る舞いである。
クエストのことがある正司は違和感を抱かなかったが、普通、代官はそんなことを言わない。旅人に潔白を証明するような話し方はしないのである。
ロキスはもう、正司が一圏から派遣されてきた審議官か何かだと確信していた。
よってここでダクワンに罪をなすりつけ……ダクワンにも罪があるが、それらを明らかにさせるため、ロキスは一生懸命になっていた。
(あっ、もしかしてこれは)
クエストを示す白線がロキスから離れた。また別の場所に向かったのである。
(ということは、この白線の先は……その悪人のところでしょうか)
ロキスの話でクエストが更新されたとすれば、それしか考えられない。
「その人のところへ行かなければいけませんね」
それは正司の独り言。クエストの確認であった。
「そうですか! 私もお供します!」
ロキスは叫んだ。
ここまで話して感づかないはずはない。そうロキスは思っている。
審議官ならば、今すぐにでもダクワンの所へいって確認したいだろう。
それを止めさせたいが、そんなことを言えば相手の心証が悪くなる。
そもそも、両者の言い分を聞かない限り、結論を出すことはないと考えられる。
ならばロキスも同行するしかない。
ゆえにこれは、最初から決められた流れだった。
「……そ、そうですか?」
勢い込んで叫んだロキスに、正司は多少引いていた。
「もちろんです。ぜひ同行させてください。決してご迷惑はかけませんからっ!」
「は、はい。それでは、い、一緒に……行きましょうか」
(……なぜそんなに乗り気なのでしょう)
正司は不思議に思いつつも、ロキスと連れだって代官の館を出た。
不思議な気分を抱いたまま。
正司がやってきたのは、ダクワンの店である。
これは白線に導かれてのことだったが、ロキスは違った。
(名前を出さなかったが、やはり分かっておられたようだ。さすが一圏から派遣されただけのことはある)
内心ほくそ笑み、あとは政敵を論破すればロキスの勝利となる。
正司が来訪を告げると、店員が中へすっ飛んでいった。
そして出てきたのはダクワンと……シャルトーリアだった。
「あれ? シャルトーリアさん? どうしてここに?」
「タダシ殿こそどうして?」
ダクワンは、正司と一緒に現れたロキスを睨む。
「私は白線に……えっと、ダクワンさんに用があるみたいです」
クエストの白線はダクワンに伸びていた。
正司がそう言ったことで、全員の視線がダクワンに注がれた。
急に注目を浴びたことで、ダクワンは何か言わなければならないと考えた。
ダクワンの場合、正司がここに来た理由はシャルトーリアと同じものだと予想した。
浪民街襲撃の確認に来たのだと。
ロキスを連れていることから、それ以外考えられなかった。
「タダシ様も浪民街への襲撃についてご懸念されたわけでございますね」
だからこれはダクワンの確認。正司が「ええ、そうです」と言うだろうと考えていた。だが……。
「いえ、浪民街では……えっ? 襲撃って何のことですか?」
「えっ?」
「えっ?」
「…………」
「…………」
正司とダクワンが互いに聞き返し、シャルトーリアが額に手をやった。
そしてロキスだけは「うんうん」と誇るように頷いた。
「その襲撃というのを詳しく話してもらえませんか?」
そう尋ねた正司に、シャルトーリアは口止めするのを怠った自分を責めた。
だがまさか、ダクワンに話を聞きに来た直後に正司がやってくるとは夢にも思わなかったのだ。
これを機に事態は大きく動き出すことになる。
全員がダクワンの店の中に戻り、正司は詳しい話を聞いた。
店にシャルトーリアがいたのにはロキスも驚いたが、それ以上に驚いたのが、シャルトーリアの態度である。
まるで格上の者に接するような態度を正司に見せるのだ。
この審議官は、一圏の中でもかなり有力な家の出身かとロキスは思ったが、直後、さらに驚かされることになった。
シャルトーリアが正司のことを『魔道王』と呼んだのである。
魔道王とは、最近誕生した魔道国の王のことだろう。
旅人に扮した一圏の人間だと思っていたのが、一国の王。
まさかそんなはずはとロキスが思っていると、やたらと正司は浪民街について聞きたがる。
シャルトーリアも言葉を選びながら話している。
ロキスはもう、何が何だか分からなくなっていた。
そもそもなぜ、他国の王がこんなところにいるのか。
そしてなぜ、町で起きた殺人事件のことを知りたがるのか。
ロキスが混乱し、ぐるぐると頭の中で考え込んでいる間に、正司たちの話は進む。
「ではもう、町兵は何日も前に出発したわけですか」
「領主からの連絡だとそうなるな。直進するわけでもないし、そうそうすぐには着かないと思うが、今からだと連絡はできんだろう」
シャルトーリアは正司の味方をするしかない。
魔道国で見せられた諸々を知っているだけに、浪民たちなどどうでもいいなどと、言えるはずがなかった。
「分かりました。浪民街へ行ってきます」
「はっ? ……いや、失礼。浪民街はあることだけは分かっているものの、その場所は不明だ。行くと言われても、手段がないし、場所も分からない」
「大丈夫です。何度も行ったことがありますので」
「えっ?」
「すぐに跳んでいけば間に合うと思います」
「まっ、待ってくれ!」
今にもここからいなくなりそうな正司に、シャルトーリアは待ったをかけた。
「私も行く。行って見届けなければならない」
正司ひとりに行かせるのは怖すぎる。
フォローする者がいないと、話がどう転ぶか分からない。
「分かりました。では一緒に行きましょう」
「シャルトーリア様が参られるのでしたら、私もご一緒させていただけるでしょうか。お一人で行かせるわけにもまいりませんので」
「いいですよ」
すぐに了承が得られたことにダクワンはホッとする。
ここで皇女だけ行かせて自分は店に残るという選択肢はなかった。
ロキスが自問自答している間にこんな話が決まってしまった。
「わ、私もご一緒させてください!」
よく分からないが、ここで乗り遅れると拙いことになる。
そう判断したロキスはギリギリで間に合い、結局ここにいる全員で浪民街へ向かうことになった。
といっても正司の〈瞬間移動〉は秘薬も要らなければ、詠唱も必要ない。
「じゃ、行きますね」
その言葉ひとつで、浪民街に到着したのであった。
四人が出現した場所は、正司がいつもクヌーと出会っていたところ。
普段は人がまったくいない、無人の荒野なのだが。
今は…………………………戦乱の真っ最中だった。
町兵と浪民街の男たちが、互いに武器を手に争っていた。
「あっ!」
「ええっ!?」
「うっ」
シャルトーリア、ダクワン、ロキスが声をあげる。
町兵は無事未開地帯を抜け、浪民街を見つけたらしい。
そして現地の者たちと戦いの真っ最中。
戦争が始まっていることに三人が驚く中、正司は冷静に全員を土で覆った。
――シーン
一瞬の早業である。
あれだけあった喧噪は止み、剣戟の音は沈黙にとって代わられた。
それもそのはず。
争っていた者たちは、呼吸の穴だけ残して、すべて土に覆われていたのだから。
荒野にハニワが乱立している。
「とりあえずこれでいいですね」
正司としては慣れたものである。傭兵団や王国兵を相手にしたときより、腕が上がっている。
拘束されていないのは、シャルトーリアたちだけ。
だがだれ一人として口を開く者はいない。
「えっと、話を聞きたいのですけど、その前に、怪我をした人を治します。いたら手を挙げてください」
この状態で手を挙げられる人はいないんじゃないかなと、シャルトーリアたちは思うのであった。
「これでは話ができませんね」
正司はそう言うと、呼吸穴だけだった頭部の土を取り除いた。
首から上だけ露わになった兵士や浪民街の住人。
みな涙目である。
「怪我している人は手を挙げて……いえ、どうしましょう。変顔してください」
結局泣き顔と変顔の区別が付かないので、一人ずつ自己申告させることにした。
小一時間ほどかかったが、一通りの処置が済んだ。
双方とも「もう争わない」と誓ったところでようやく〈土魔法〉を解除した。
その際、武器を魔法で一カ所に集めている。
自由自在に〈土魔法〉を使う正司の姿は、全員から畏怖の目で見られることになった。
「えっと、話を聞きたいのですけど、双方から代表者を出していただけますか?」
もちろん、だれも逆らわなかった。
町兵側からは、隊長のスグーラウス。
浪民街側からは、正司のよく知るクヌーが出てきて話すことになった。
正司が間に立ち、双方の話を聞いた。
内容をまとめるとこんな感じになる。
急進派が未開地帯を進み、町兵たちがそれを追いかける。
スグーラウスが言うには、容易に跡を追えるだけの痕跡が残っていたのだという。
というのも、四十人にも及ぶ人間が「往復」している。
どうしても下草が踏み荒らされて、そこに道ができてしまう。
ただし町兵たちは、急進派よりも数日遅れて未開地帯に入ったため、つい先ほどようやくここへ辿りついたという。
そして浪民街の住人も、急進派が戻ってきたことに気付いた。
あれだけの大人数である。だれかが見張っていればすぐに分かる。
彼らはなぜか大荷物を持っている。
聞けば代官の館を襲撃し、それらは戦利品だという。
彼らは復讐が成功し、大いに気炎を上げていたが、聞いた方は真っ青になった。
そんなことをしたら、代官はメンツにかけて追ってくるのではないかと恐怖した。
もし急進派がひとりでも捕まった場合、もしくは痕跡を辿られた場合、ここまでのルートが露見する。
そして一度バレてしまえばもう、安全ではなくなる。
そうなった場合、この地の奥に逃げ込むことになっている。
当初はそれも考えたが、今回問題となるのは、代官の館を襲ったという点。
これは非常に拙いのではないか。
逃げてもさらに追ってくるのではと言い出す者が現れた。
「数が少なければ応戦しよう」
話し合った中で、そう言い出す者が出た。
逃げるのはいつでもできる。
だがもし少数で追ってきた場合、彼らを殲滅もしくは捕縛できれば、ここまでの道を知る者はいなくなる。
少ない可能性だが、それにかけてみよう。
そういう意見でまとまった。
浪民街で迎撃部隊が結成され、隠れて様子を見ていると、案の定兵士たちが現れた。
あの数ならば急襲すれば何とかなるのではないか。
その場で確認し合い、彼らから戦いを仕掛けたのだという。
正司が怪我人を治療したとき、怪我した者に兵士たちが多かったのはそういう理由があったようだ。
襲撃を受けたといっても、武装した兵士たちである。
戦闘開始からまだ時間も経っていなかったこともあり、致命傷に至るものはほとんど出ていなかった。
「なるほど、事情は分かりました。この争いは、ひとまず私が預かってもいいでしょうか」
「異存はない。そもそも帝国としては、このような戦いを望んでいない」
シャルトーリアがそう発言する。
ここには町兵隊長のスグーラウスや、町の代官であるロキスがいる。
だがシャルトーリアは、皇女という肩書きで政治的にロキスより上であり、東方方面軍団長という役職から町兵スグーラウスよりも高い。
ここではシャルトーリアの発言がすべてにおいて優先される。
ちなみにロキスはずっと頭を抱えていた。
話が知らないところで進行し、想定していない形で進んでいる。
数ヵ月前におきた事件はどうなったのだと叫びたい気持ちだった。
しかも満を持して派遣した町兵は簡単に鎮圧され、どうやら帝国の意志とは違うらしい。
浪民たちは何の権利も有していないのだから、彼らを見つけて排除したところで咎められるはずがない……そのはずだが、なぜかシャルトーリアの態度がおかしい。
今回の戦いを苦々しく思っているようなのだ。
ときおりため息を吐いていたりしている。
ロキスは代官をしているだけのことはあり、政治的判断はそれなりにできる。
ここで自己主張し、話の流れが自分に向くのを避けるだけの分別があった。
何かおかしいぞと肌で感じ、黙って状況が流れるのを見守っていた。
だがそれもクヌーがひとりの少女を連れてくるまでの話。
「連れてきたぞ。これでいいか?」
「ありがとうございます、クヌーさん。おそらくですけど、ようやくリスミアさんに報告できそうです」
いかにも浪民らしい少女が連れられてきた。
ロキスが様子を窺っていると、正司は「さてみなさん」と言ったあとで、「この台詞、一度言ってみたかったのです」と小声で告げたあと、軽く咳払いしていた。
「先ほど代官のロキスさんから、数ヵ月前にグラノスの町でおきた事件の経緯を聞きました」
正司は一同を前にして語る。
代官の職を妬む者がおこした事件があったと。
それだけ代官の職というものは、他から羨望され、妬まれる存在らしいと。
「それで町のどこかに悪者がいるという話になりました。そして私はクエストの白……いえ、ロキスさんと対立しているダクワンさんのもとを訪れたのです」
「それについて何か誤解があるようです。いま聞いた事件の話は初耳ですが、思い当たることがあります」
ダクワンが慌てて声を出した。
「思い当たることですか?」
「そうです。私が雇った部下たちが次々と襲撃され、町から姿を消したのです。数ヵ月前の話です」
「襲撃された? したのではなくですか?」
「そうです」
「いや騙されてはいけません。襲撃されたのは私の方です」
ロキスが話に加わった。
「ロキスさんも同じことを言っていますけど……どちらが正しいのでしょう」
「私には証人がいます」
「そんなもの、いくらでも用意できるだろ」
「なんだと、ならばそっちはどうなんだ!」
ダクワンとロキスの間で舌戦が始まってしまった。
正司は注意深く、二人の会話を聞いている。
互いに被害者だと言い張り、向こうが襲ってきたと主張する。さてどちらが正しいのかと正司が考えていると……。
「少しいいかな」
シャルトーリアが手をあげた。
「シャルトーリアさん、どうしました?」
「その数ヵ月前の事件だが、私が知っているかもしれない」
「えっ?」
なぜ帝都にいたシャルトーリアが知っているのか。
「恥ずかしい話だが、私が指示を出した件に関係しているのではないかと考えた」
「シャルトーリアさんが、指示……ですか?」
「正直に言おう。グラノスの町の代官を追い落とす策を私は練っていた。一番簡単なのは、代官の信用を落とすことだ。そうすれば町に住む貴族、有力者、地主、商人たちの心が離れる」
「そうですね。信用がなくなれば、自ずと人は去って行くとおもいます」
「そのための策として、代官の悪事の証拠を掴むよう指示を出したのだ。というのも、各町の税収状況は帝都に集まる」
「悪事と税収……ということは、汚職ですか」
「そう。帝都に送られた資料から、区画整理における癒着と横領の可能性が出てきた」
ロキスは区画整理を行い、そこに住む人々を追い出した。
もちろんパッと人が去り、次の買い手が現れ、建物が建つわけではない。
それなりの年月が必要となる。
区画整理が計画され、住民が追い出されたのは五年も前。
その地区の税収が上がったのは、去年のことである。
その間、その区画はどうなっていたのか。
過渡期だったわけだが、本当にそうなのか。
シャルトーリアは他の町の状況などから、「これはさすがにおかしい」と感じたらしい。
ダクワンに指示を出し、一気に代官を追いつめろと指示を出した。
ダクワンは区画整理で追い出されたもとの住民たちに接触し、もとの土地へ戻すことを条件に協力させたという。
「私はシャルトーリア様の指示のもと、この男の悪事を暴くべく動いたのです。ですが、金に目が眩んだ者に裏切られました」
当事者ほど当時の状況を詳しく知っている者はいない。
ダクワンは彼らを使い、当時の記憶を掘り起こさせ、人や金の流れも調べさせた。
だがダクワンが雇った者の中で、代官側に寝返った者がいたらしい。
金に目が眩んだとダクワンは主張するが、それがどこまで正しいか分からない。
ただ、動いていた者たちの情報が代官に漏れ、悪事隠蔽と報復を兼ねてゴロツキが差し向けられた。
不意の襲撃に、ダクワンが雇った者たちは散り散りとなった。
ほとんどが二度と姿を見せなかった。
「そのことはシャルトーリア様に報告しました。指示が出ていたことでしたので、なるべく正直に書いています」
「シャルトーリアさんは、それで知っていると言ったわけですか」
「そうだ。だから私はこう思う。その時期に亡くなったというのならば、代官が雇ったゴロツキに殺されたのではないかと」
話を聞いて、ロキスの額には大粒の汗が浮かんだ。
否定したいが、今の話はほとんど真実だった。
ロキスが決して表に出したくなかったこと。
それは、区画整理における悪事を隠蔽するために、更なる罪を重ねたことだった。
「ロキスさん……そうなのですか?」
「う……」
否定するのは簡単だ。だが、ダクワンだけでなく、シャルトーリアが言ったことまで全否定するのは難しい。
ロキスは考えた。当時のことを思い出しながら。
そして……。
「い、一部違う」
「どう違うのですか?」
「私は後ろ暗いことは何もしていない。だが、嗅ぎ回っている者がいることは……わ、分かっていた。そこでその者のひとりと接触したのだ。金を渡したら、区画整理に関することを調べていると言っていた。私は、悪事をでっち上げられるのだと考え、それを阻止しようとした。するとどうだ。この商人は、我が身可愛さに雇った連中を見捨てたんだ。雇った連中には、何かあったら責任を取ると言ってたくせに、イザとなったら逃げたんだ。知らんぷりしたんだ」
ロキスはゴロツキに「殺せ」と指示を出していなかった。
死んでも構わないと思っていたが、わざわざ皆殺しにする必要も感じない。
つまり、襲撃はある程度穏便に進められた。
区画整理を調べていた者たちが捕まったが、ダクワンは彼らを引き取ることはしなかった。
知らないと突っぱねた。これが発端である。
その時点で男たちは、微細な罪を犯していたものの、拘束されるほどでもなかった。
せいぜいが、縄張りをした区画整理の敷地に無断で入った程度だったようだ。
捕まった者たちをダクワンが斬り捨てたことで、残った者たちが「約束が違う、騙したのか」と詰め寄ったらしい。
その日の夜、なぜかダクワンに詰め寄った者たちの住居がゴロツキに襲われた。
「計画が失敗したから、こいつは雇った連中を全員切り捨てたんだ。住んでいる所を私たちに知らせ、捕まえるように仕向けたんだ。だから私はほとんどの連中を捕らえることができた」
捕まるくらいならと逃げた者もいたらしい。
死んだのはそんな者だったという。
おそらくだが、リスミアの父はこう思ったのだろう。
捕まった者たちは、バラバラに町を追い出される。
これは浪民を追い出すときによく使うやり方だ。
再集結されるのを嫌うため、追い出す日にちと方角をバラバラにし、家族でさえ離ればなれにする。
そうなった場合、おそらく娘は生きてはいけない。
ならば娘を町中に隠し、自分だけでも逃げる。
そうすれば、自分が捕まっても娘は町に残れる。あとでこっそり迎えに行けばいい。
少なくとも町の中ならば、知り合いも僅かながらいる。それを頼れば何とかなるはずだ。
父親はそれにかけて逃げたのだろう。
「では、リスミアさんのお父さんが裏切られたとか、騙されたと言っていたのは……」
正司は思う。
これまでの話が本当ならば、裏切られたのはかつて同じ地域に住んでいた仲間に。
騙されたのは、責任は自分が取ると言って雇ったダクワンに。
直接的に手を下したのは、ゴロツキを派遣したロキス。
そしてことの発端は、代官を探るよう指示を出したシャルトーリアだろうか。
結局のところ、みんなリスミアの父の死に少しずつ関わっていた。
ここまでの話は、クヌーが分かりやすくリスミアに語っていた。
区画整理の場所に住んでいたか聞いたところ、リスミアは覚えてないと言った。
二歳か三歳頃に追い出されたのだから、仕方ないかもしれない。
リスミアの父は町に働き口があったのだろう。
だから町に留まることができた。
そこで見いだした唯一の希望。
代官の悪事を見つければ、いまの代官が失脚し、この雇い主が代官に成り代わる。
もとの場所に住めると約束もしてくれた。
乗らない手はないだろう。
区画整理で綺麗になったかつての住処に赴き、土地を購入した人々の話を丁寧に聞き取り、話の裏のつじつまを合わせていく。
すべてが出そろえば、代官が不当に搾取した、もしくは横領した事実が浮かび上がるはずだったのだろう。
その前に潰されてしまったのだが。
「というわけでリスミアさん。ここにいるみなさんは、少しずつお父さんの死に責任があるようです。仇を討つのでしたら、お手伝いします。どうされますか?」
正司はやさしく問いかけた。
すべてはリスミアの心次第。
一人だけに復讐してもいいし、全員にしてもいい。
死んだ者は帰ってこないのだから、生きている者の気持ちが優先される。リスミアは……。
「……ううん。もういい」
リスミアは首を横に振り、三人を前にしてそう告げた。
すると正司の目の前にいつもの文面が浮かび上がった。
いや、少しだけ違った。
――クエスト完了 失敗 取得貢献値0
(……し、失敗? 失敗ですか? これだけ頑張ったのに……?)
正司は頑張った。本当に頑張った。
帝国の各地を巡り、人と会い、隠された事実を詳らかにした。
その上で、仇討ちとなる対象者をリスミアの前まで連れてきたのだ。
リスミアは、首を横に振って、仇討ちを諦めた。
結果、正司のクエストは失敗した。
それでよかったのだろう。復讐にとらわれても何も良いことはない。
だが、取得貢献値は0。それは変わらない。
正司はその場に頽れた。