133 進展
ロキスは現在、家族揃って代官の館に住んでいる。
職に就いている間は公邸住まいである。
いつ何時、事件がおこるか分からない。
すぐにでも対処できるよう、代官の館住まいを義務づけられていた。
もちろんロキスは、ちゃんと自分の家も持っている。
代官の館は町の中心部にあるが、私邸は閑静な住宅街の中にある。
今回襲撃を受けたのは、その私邸の方である。
私邸には使用人たちがおり、彼らが普段、屋敷の管理を行っている。
「旦那様、大変でございます。屋敷が、屋敷がぁ!」
そう言って飛び込んできたのは、長年屋敷を管理している使用人だった。
襲撃者の数は十人とも二十人とも……いや、三十人以上いたかもしれないなどと言う。
使用人がそう言うのも無理からぬこと。
白昼堂々の襲撃に、屋敷にいた使用人たちは何の対応もできず、戦うことなく両手を上げた。
庭にいたこの男だけは、木々が陰になって見つからずに済んだ。
隙をみてそっと屋敷を抜け出し、そのまま代官の館まで走ってきたのだという。
木の陰からしか襲撃者を見ていない。近づくことすらしていない。
それなりの人数が襲撃に加わっていたと証言するのがせいぜいだった。
「ええい、だれかおらぬか!」
ロキスは人を呼び、衛兵を集めて私邸へ向かわせた。
「旦那様、彼らはこの町を追い出された恨みだと申しておりました」
使用人の言葉に、ロキスは苦い顔をする。
ロキスがこの町の代官に就任して十余年。町の更なる発展を願って、何度か『区画整理』を行っている。
この場合の区画整理とは、生産性の低い地域を一切合切破壊し、より生産性の高い建物に建てかえ、そこに金を持った人々を住まわせることをいう。
そうすることで新しい区画の税収を倍にすることもできる。
古くて汚い家屋は燃やすか破壊され、そこに住んでいた者たちは他所へ移ってもらう。
僅かばかりの立ち退き料は出るものの、それは本当に雀の涙だ。
追い出された者たちには、何の慰めにもならない。
更地になった場所は、町の地主が買い上げてくれる。
これはいわば町の再生産。簡単にできる錬金術なのだ。
問題は、住む場所を追い出された人たちである。
住む場所を移るといっても、次のアテはなかなか見つからない。
何しろ、最初から生産性の低い区画に住む者たちだ。
高収入が得られる職には就いていない。
結局人々は、町を去ることになる。
ロキスに恨みを残して。
「いまだ恨みを忘れないなど、執念深い連中だ」
もう町は発展し、彼らが戻るような場所はない。別の場所で大人しくしていればいいものをと、ロキスは思う。
私邸襲撃の話を聞いて、秘書のカーラがやってきた。
「これは犯罪です! ロキス様、いかが致しますか?」
「町兵に招集をかけておけ。事によったら、兵を動かすことになるかもしれん」
「畏まりました。そのように伝えます」
カーラは出て行く。
グラノスの町は未開地帯と接しているため、自前の兵がそれなりに揃っている。
なにしろ魔物の襲撃があったとき、他の町へ兵を借りにゆく時間的余裕などないのだ。日頃から備えておかねばならない。
ただし兵の半数は周辺の村や、その街道を守るために出張っている。
町内で見かけないだけで、思った以上に兵は揃っているのだ。
「しかし忌々しい……しかも間の悪い! クソがぁ!」
ロキスは呪詛の言葉を吐き出した。
先日のカーラの話をロキスは思い返す。
町で権力闘争がおきないよう、事前に芽を摘みにきたのならば、これこそ代官の汚点になる。そう考えると、居てもたってもいられなくなってくる。
ロキスは冬眠を忘れたクマのように、執務室の中をグルグルと歩き回る。
なかったことにするのは恐らく無理だろう。ならばどうすればいいか。
(これを逆手に取れないか)
災いを転じて福となせないかとロキスは考えた。
そんなとき、『樹林館』のオーナーであるレボスが尋ねてきた。
くだんの旅人が「ご機嫌伺い」の品を持参したのである。
もはや間違いない。ロキスは確信した。
「ロキス様。品物は前回と同じ、魔石箱です」
「そうか……こっちへ持ってこい」
カーラから魔石箱を受けとり、中を確認する。
予想に違わず、G5の魔石が入っていた。
本来ならば口元が緩むロキスであるが、贈られた意味を考えて眉間にシワが寄る。
(G5の魔石を二個も使い捨てにするとは……よほど私に会いたいとみえる)
こんなことをするのが、一介の旅人のハズがない。
ここまでくれば、どんな愚鈍な者でも分かってしまう。
「宿のオーナーが持ってきたと言ったな。その者は?」
「まだおります」
「……五日後の昼に会う。そう伝えるのだ」
「よろしいのですか?」
「二度目だしな。無視する方が危険だ。どうせ会わねばならぬのなら、不審を持たれてからの方が都合が悪い」
「なるほど……了解しました。では、そのように伝えます」
ここまできたらもう、腹をくくるしかなかった。
「代官のロキス様は、この度の贈り物にいたく感謝され、五日後の昼にぜひ会ってお礼を言いたいと仰せです」
代官の館から戻ってくるなり、レボスはそう正司に告げた。
「五日後ですか。ありがとうございます」
「いえいえ、お客様にご満足いただけるよう尽くすのが、当宿のモットーでございます」
レボスは恭しく頭を下げる。
正司はロキスに会えることになった。
なるほどこれはウーレンスの言った通り。正司はこの結果に満足した。
(五日後ですか。楽しみですね)
これでクエストが進展する。おそらくもう最終段階に来ているのだろうと正司は思っている。
ロキスと会って何を話すか。それを今から考えておくべきだろう。
会話の鍵は、おそらくこの町でおきた事件のこと。
リスミアの父が襲撃された日、何があったのか。
もしかすると代官は何か知ってるのかもしれない。
(リスミアちゃんが浪民街にいることも知らせた方がいいのでしょうか。いや、それはその場の状況で考えればいいですね)
ロキスに会うまで五日間ある。
その時間を正司は、久し振りにゆったりして過ごした。
そして五日後、約束の時間に正司は、代官の館を訪れた。
この五日間、代官のロキスは何をしていたのか。
「悪いときに悪いことが重なるわ!」
愚痴っていた。
それだけではない。
『樹林館』の客が現皇帝派である可能性が高まった。
これが非常に拙いことなのだ。
第一皇子も第二皇子も実質的な権力はない。
それぞれ軍の長についていたり、宮廷内で職を得ているが、皇帝と比べるべくもない。
皇帝が領主や代官の首をすげ替えよと言えば、簡単に従ってしまうだろう。
グラノスの町の多数派工作が、皇帝もしくは現皇帝派の耳に入ったのだ。
旅人がこの町に派遣された理由は、秘書のカーラの予想で間違いないだろう。
ならばどうすればいいのか。
「ロキス様、町軍隊長のスグーラウス氏がやってきました」
「通せ、すぐに会う!」
ロキスの私邸が襲撃され、多数の金品が持ち出された。
襲撃者によって、使用人はみな拘束されていた。
「解放された使用人に聞き取りをしました。復讐だそうですな」
「ああ、困ったものだ」
スグーラウスは、今では数少ないロキス派の人間である。
富が集中する代官職において、武力を近くにおいておくのは当然のこと。
ロキスは以前から多額の防衛費を町軍に注ぎ込んでいた。
その一部はもちろん、スグーラウスの懐にも入っている。
二人は言わば、同じ穴の狢。
ロキスが捕まれば、スグーラウスも一蓮托生となる身の上である。
スグーラウスが私邸に駆けつけた頃、賊はすでに逃げ出しており、捕まっていた使用人は残されたままだった。
私邸内は酷い有り様だったらしい。
価値のあるものは根こそぎ奪われ、持ち出せないものは破壊する念の入れようだった。
そして使用人たちが聞いた言葉。
「町を追い出された恨み」
襲撃者は口々にそう言っていたらしい。
「いま町内にいる兵を総動員させて捜索させています。ただ、すでに町を出た可能性が高いでしょう」
さすがに町の宿に泊まっているようなことはないだろう。
町民が犯罪者を匿うとも考えられない。必然、彼らはすでに町を脱出したことになる。
「門はどうなっている?」
「使いを出していますが、分散して逃げ出している場合、把握は難しいかもしれないです」
「ぐぬぬ……」
スグーラウスの言葉にロキスは呻くしかできない。
私邸には汚職の証拠となるものも多数隠してある。
これから調べなければならないが、それらが持ち出されていてはやっかいだ。
ほかにもこの館に置けないような品が、すべて押し込んであった。
高価なものは奪われ、もしくは破壊されたという。
ロキスが集めた数々の品が永遠に失われたのだ。腹立たしいことこの上ない。
夕方には状況が判明した。
門を守る者たちの証言から、それらしい人物が出て行くのを覚えていた。
「くそっ、やはり分散して逃げたか」
「そうですね。ただこれでいくつか分かりました。連中は浪民街からきて、浪民街へ逃げていったのです」
ロキスやスグーラウスが浪民街というときは、頭に「あの」がつく。
「幻の」と言い換えてもいいかもしれない。
存在するのは分かっているし、そこから町へ買い出しにやってくる者たちがいることも知っている。
だがこれまで、そこへ至る安全なルートが見つからなかった。
スグーラウスは言う。
「襲撃者の人数は四十人ほどのようです。戦闘するつもりだったのでしょう。武器を持っていたのが半分ほど。残りは荷物持ちのようで、後からやってきた連中です」
「四十人か。多いな」
「ええ、多いです。そしてこの町にある八つの門のうち、怪しい連中が目撃された門は三つ。未開地帯に入る位置は、それで大体の見当がつきます。跡を辿ることも可能でしょう」
「なるほど、跡を辿るか……それはいい手かもしれん。追えるか?」
ロキスの顔は真剣そのもの。
なにしろこれまでずっと、挽回の手立てを考えていた。
このままでは私財を失った状態で職まで失いかねない。
現皇帝派と思しき者が町に来ている手前、ロキスは少しでも失点を少なくするため、悪事を隠して大人しくしているつもりだった。
だが、この襲撃はいずれ知られる。それはかなりのマイナス要因である。
悪事を隠すだけでなく、挽回する手立て――言うなれば、「いいところを見せる」必要があった。
「そうですな……追えるかと聞かれれば、追えるでしょう。大荷物を抱えた四十人です。痕跡を完全に隠すのはぼほ不可能。しかも直前に移動した程度ならば、下草は踏み荒らされたままで戻っていないでしょう」
「よし、では代官らしいことをしようではないか。可能な限り多くの兵を集めてくれ。襲撃犯を追いかける。そして浪民街までのルートを詳らかにさせるのだ」
犯罪者を取り締まるのは、代官の仕事である。
町の治安を守るという名目で、町兵を大きく動かすこともできる。
そしてこれまで判明していなかった浪民街までのルートがこれで分かる。
一度分かればあとはなし崩し的に捕らえるなり、追い出すなりできる。
噂では、浪民街はかなり広い土地であるという。
町からのルートが見つかれば、もしかすると大手柄になるかもしれない。
「分かりました。明日、逃げた方角を捜索させます。同時に村や街道に散っている町兵を集めておきましょう。一時的に町を守る兵が減ることになりますが、どうしますか?」
「それは領主様に相談しておく。気にせんでもよい」
「分かりました。でしたら可能な限り多くの兵でもって、犯罪者どもを捕まえてみせましょう」
「頼んだぞ」
「任せてください」
スグーラウスは自信満々に答えた。
その後、ロキスはすぐに領主に手紙を書いた。
鳥を使えば、翌々日には帝都にいる領主のもとまで届く。
手紙には、多くのことを書いた。
いかにロキスが頑張って町の運営を行っているかを事細かに。
そして恩知らずにも、かつてこの町の住人だった者たちが浪民街の荒くれ者たちとともにやってきて、あろうことかロキスの私邸を襲撃したことを書いた。
犯罪者を追って町兵を未開地帯へ入れるつもりであること。
これまで多くの時間と人員を費やしてなお分からなかった浪民街への道が分かるであろうこと。
そして何より犯罪者を捕らえ、その成果をもって町民たちの意識を引き締め、町の治安向上に貢献するつもりだと書かれていた。
またその分、町の警備が手薄になるため、周辺の町から兵を送ってほしいことも書き添えた。
他に、これはまだ先のことになるが、浪民街を支配したいと。
旧住人たちを追い出してその地を支配し、街道を敷けば、新しい町が生まれるだろうと締めくくられていた。
同じ頃、町兵の隊長スグーラウスは、彼らが逃げた痕跡を発見した。
未開地帯の入り口を突き止めたのである。
その翌々日、可能な限りの町兵を集めたスグーラウスは、未開地帯へ入っていった。
ヒットミアの領主インリト・ザガは、普段帝都に暮らしている。
領内にはいくつもの「領主の館」があるが、領地に戻ることは滅多にない。
町の運営は代官に任せてあるため、実質的な仕事がほとんどないというのも理由のひとつである。
領主は帝都に滞在し、他の領主や有力貴族と親交を深め、帝国の情勢を肌で感じる方が重要と考えられている。
それゆえ、突然やってきた手紙にインリトは驚くことになる。
「詳しい話を知っている者はいるか?」
インリトが側近たちに尋ねるが、だれも首を横に振るばかり。
側近たちもまた、ほとんど領に戻らないのである。
インリトは手紙を読み返した。
あまりに突然のことであり、事情も真偽もよく分からない。ただ、放っておけないのも事実である。
すぐに近隣の町に鳥を飛ばし、町兵の一部をグラノスの町へ送らせる手紙を書いた。
また、ロキスにもう少し詳しい事情を知らせるよう、鳥を飛ばした。
この時点でインリトは、グラノスの町の情勢について、手紙に書かれている以外の情報を持っていない。
自身や側近たちが、グラノスの町に赴いたことがあるのはもう何年も前の話。
手紙だけで状況を理解しろというのは無理がある。
ゆえにインリトは、帝都にいながら、このことをどこにも報告しなかった。
帝国への報告は、もっと詳しい事情が分かってからでも遅くないと判断したのである。
○
グラノスの町、代官の館。
この日、正司とロキスは初顔合わせをした。
両者ともににこやかな挨拶から始まった。
この数日で諸々の手配を住ませたロキスは、正司と会う前にようやく一段落つけたところだった。
ギリギリ体裁を整えたという感じである。
「はじめまして、タダシと言います。本日はお招きありがとうございます」
「代官をしておりますロキスです。先日は過分な贈り物を頂戴しまして、感謝の念に堪えません」
正司から贈られたのは、G5の魔石が二個。
必要経費としての出費だろうが、それでも大盤振る舞いだっただろう。
それだけ相手も退けないところにいるのだと、ロキスは考える。
「……? いえ、あの程度で却って心苦しいのですけど」
贈り物はなんでもいいとウーレンスに言われたので、魔石にしようとすぐに思い至った。
だが、魔石袋でポンッと渡すのはどうだろうか。失礼に当たらないだろうか。そう考えたのである。
聞いてみれば、魔石箱というのがあるらしい。
「それだ!」と正司は思い、魔石箱をいくつか購入しておいた。
買ったときに気付いたのだが、どうやらこれは、魔石を一つずつ保管するためのものらしい。
指輪ケースより一回り大きいくらいだったので、そんなものかと正司は考え、G5の魔石を入れておいた。
正司の認識としてはその程度。
贈り物にするには、本心から申し訳ないと正司は感じていた。
「昨今では、旅人の方から気を使ってもらうことも減りましてな。私も旅の方の話などを聞く機会に中々恵まれないのです」
「そうなのですか」
なるほど、最近はあまりそういう風習もないのか、と正司は考えた。
それでもこうやってウーレンスの言葉通り、会うことができたのだから、今でも有効な手段なのだろう。
一通りの挨拶が済み、二人は雑談を交わす。
和やかな感じで始まった話が一段落ついたところ。
「それでタダシ殿は、なぜこの町に来られたのでしょうか。この町を預かる者として、いささか興味があります」
そろそろ本題を話す段になった。
ロキスが知りたいのは、正司の目的である。
途中、何度かそれらしい話を振ったが、正司はのらりくらりと躱して核心に迫る話題が出てこない。
もしかしてこの数日の間に見切りをつけたのか? そんな疑念を抱きつつ、ロキスはかなり直接的な問いを投げかけたのである。
「この町に来た理由ですか……それは」
正司はロキスと会ったとき、話そうと思っていたことがあった。
ゆえに日頃の正司からすれば考えられないほど静かに、そしておだやかに……感情を殺した声で話しはじめた。
「数ヵ月前のことです。私はある少女と出会いました。彼女の名はリスミア。この町で暮らしていたようです」
「さようですか」
雰囲気の変わった正司に多少面食らったものの、ロキスは話を合わせた。
「リスミアの父はだれかに殺されたようです。誰に殺されたのかは分かりません。それを知るには、彼女は幼すぎたようです」
「な、なるほど……」
不穏な話になったとロキスは感じた。
目の前の人物――正司が何を言いたいのか、よく分からなくなったのだ。
「彼女の父親は裏切られた、騙されたと言っていました。そのとき、町には多くの人の怒号と走る足音が聞こえたといいます。何か町で大きな事件がおきたようなのです」
「…………」
この町に住んでいた少女の話をなぜこうも詳しく語れるのか。
もちろん本人から直接聞いたに違いない。
だがそれをなぜ自分の前でする? ロキスは自問した。
自分に何を告げたいのか。
「それはどの位前のことなのでしょう」
「そうですね……三ヶ月半から四カ月前だと思います」
正司がクエストを受けたとき、クヌーは二カ月前に集落で引き取ったと言っていた。
事件が起きたのはそれより前である。
またクエストを受けてから一カ月以上経っている。
おそらく事件がおきたのは四カ月近く前ではないかと正司は予想している。
「そのくらい前ですか……」
ロキスは記憶を探る。
すると心当たりがあった。
ダクワンとの多数派工作が激化したのはほぼ一年前。
それまで穏やかだったグラノスの町は、二者が相争うことで不穏な空気が蔓延した。
通常は水面下でことを運ぶ。
有力者や貴族、軍人、商人たちの協力者を増やす感じで進んでいた。
だが何度か直接当たってもいる。
(四カ月近く前か……)
過去に数度、小競り合いがおこり、死人も出ている。
(あれはどうなった? たしか何人か死んだはず……処理は、そうかスグーラウスに任せてあったな。死人のことは表には出ていないはずだ。もしかしてそれか?)
ロキスには心当たりがあった。
数ヵ月前の話ではあるが、よく覚えている。
ダクワン派工作員の潜伏先を襲撃して、かなり大きな捕り物劇になったことがあった。
町民に知られるわけにはいかず、襲撃から後始末まですべて裏で行った。町の衛兵は関わっていない。
正司がそのことを言っているのだと分かった。
ロキスは警戒した。初対面でこのような話をする正司の意図はなんなのか。
(私の犯罪の証拠を掴んで、揺さぶってきているのか!)
もはや間違いない。正司はこの町の多数派工作を静めるためにやってきたのだ。
そして標的をロキスに定め、悪事の証拠を掴もうとしている。
「なるほど、そういう事件があったとは知りませんでした。代官職にある私としては謝罪するしかありません。分かりました。すぐに調べましょう。ええ、それこそ代官の職責ですから」
正司に何か言う隙を与えず、ロキスは最後まで言い切った。
「そうですか、調べてくれますか」
「もちろんですとも。必ずや事件の真相を暴いてみせましょう! そして結果をお知らせします。ですのでくれぐれもお一人で動かれませんように」
「分かりました。お任せします」
「近いうち……いえ、少し時間がかかるかもしれませんが、必ず」
このあと仕事があるからとロキスが言い、正司との会合はこれでお開きとなった。
正司はロキスが「調べる」と言ったこと、「その結果を知らせる」とまで言ったことに満足した。
(これで私は結果を待てばいいのですね)
そう感じるほど、ロキスは堂々と請け負ったのである。
一方のロキスは、一世一代の大博打をうった。
正司がまだ「真相」までたどり着いていない事を前提に、全精神を集中させて演技したのだ。
正司の望みそうな回答を予想し、与えた。
それが功を奏し、正司は満足して帰っていった。
正司を見送ったロキスの全身は汗まみれであった。
それだけ緊張していたようである。
詳細を調べるという「名目」で時間的猶予をもらったロキスは、一応念のため、二ヶ月半から五カ月前の間に起きた殺人があるか衛兵が所属している警邏の資料を持ってこさせた。
二件ほど殺人事件があったが、いずれも関係ない。他はもちろん該当無しであった。
つまり正司の言うような事件は「公的には」おきていない。
(だとすると、秘密裏に処理したあの件で間違いないわけか)
あれは権力闘争によるいざこざであった。
それがロキスに有利と働くのか、もしくはその逆か。
微妙なところだが、裏工作と秘密裏に処理するのは慣れている。
時間があれば、事件そのものを別の形にすることも可能である。
(スグーラウスがいないが、その分時間をかければよいか)
町軍はいま、未開地帯に入っている。
多少時間がかかるが、スグーラウスの代わりに仕事をこなせる部下もいる。
(そうか。知らせるのは未開地帯を抜けるルートを得てからの方がよいかもしれんな)
その功績をもって、一気に勝負をかけることができる。
まさにこれは災い転じて福となるではないか。
ロキスはほくそ笑んだのである。
正司とロキスが会談してから十日後。
ロキスのもとに町軍から報告が入った。
賊の痕跡を追っていた町軍は、安全なルートを通り、ついに未開地帯を抜けたというのだ。
「よぉし! これで浪民街までのルートが分かった!」
ロキスは早速領主に長い手紙を書いた。
詳しい内容を知らせるよう要請がきていたので、かなり細かく現状を書いた。
手紙の端々に「褒めて、褒めて」と匂わせている。
ロキスが犬ならば、盛大に尻尾を振っているところだ。
手紙は鳥によって運ばれ、ヒットミア領主インリトの元へ届く。
インリトはここではじめてロキスが浪民街を制圧するつもりだと理解した。
それらしいことを匂わせていたが、まさかそこまで話が進んでいるとは思っていなかった。
そもそも前回の手紙には、そこまで詳しく書いてなかった。
インリトはすぐさま帝都の行政を司る部署へ報告した。
反乱軍を討伐するときには、かならず行う手続きがある。
インリトからの報告を受け取った行政府は所定の大臣にそれを報告する。
渉外担当大臣であるクオルトスもまた、そういった報告を受ける資格を有している。
クオルトスはすぐさまシャルトーリアに知らせる。
「グラノスの町の兵が浪民街へ侵攻しました! 狙いは彼らの排除です!」
「なんだと!?」
帝都に戻ってきたばかりのシャルトーリアはそう言うと、眩暈をおこして身体を揺らした。
「いかがいたしましょう?」
「わ……私が、い、行く……そこへ……直接行く!」
町軍は地方軍であるものの、帝国軍の一翼を担っている。
そんな彼らが浪民たちを排除、殺戮、追放した場合、魔道国はどう反応するか。
いや、魔道国ではない。魔道王――正司はどう思うのか。どんな反応をするのか。
シャルトーリアは想像するのが怖かった。
「……これを使うか」
シャルトーリアは、残り使用回数が四回になった〈瞬間移動〉の巻物を取り出す。
『樹林館』に滞在していた正司のもとに、部屋を担当している者がやってきた。
「お客様、お取り込み中のところ失礼いたします。さきほど代官の使いの者がやってきまして、三日後に先日の件でお話ししたいと申しておりました」
「そうですか、ありがとうございます。三日後ですね」
「はい。代官の館に来てくださいとのことです。ではごゆっくりおくつろぎください」
そう言って担当者は、一礼したあと去っていった。
(ようやくですか。ついにクエストが進むのですね)
長かったですと正司は、感慨深げに窓の外を眺めた。
いつ見ても木々に覆われた景観がそこにある。
もはや見飽きた景色だったが、なぜか今は違って見えるように感じた。
すべては三日後に決まる。