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130 代官の噂

 時間は遡る。

 浪民街(ろうみんがい)から戻った正司は、クヌーと話した内容を思い返していた。

(急進派が動き出したと言っていましたけど、大丈夫なのでしょうか)


 浪民街へ顔を出したら、いきなり怖そうな人たちに武器を突きつけられた。

 久し振りにホールドアップしてしまった正司である。


 彼らが外から来た者を警戒するのも分かる。

 彼らは怖いのだ。


 帝国の支配が及ばない地を見つけて、ひっそりと暮らしていたのに、それを台無しにされようとしている。


 もし急進派たちが未開地帯を抜けられず、迷って戻って来たならば、二度と逃げ出さないように監視したくなる気持ちも分かる。


(クヌーさんが取り成してくれましたけど、提供したお肉とかが効いてよかったです)

 あれらはすべて正司としては、『保管庫』で余らせているものだ。


 そして「単独で未開地帯を抜けられる証拠」として使われた。


 使い道のない魔物の肉であるし、必要な人のところへ渡るのはまったく問題ない。

(問題があるとすれば、そういうものが不足している社会の方ですよね)


 正司が浪民街へ向かった理由は、情報収集のため。

 クエストの白線を辿っているが、これらは帝国の上層部に関わりがあった。


 今回も同じで、代官のロキスが住む館に白線が延びていた。

 それがどうなるのかまだ分からない。そもそも代官と何を話せばいいのやらだ。


「代官と話がしたいんですけど、呼んでくれますか」

 とアポ無しで行っても、会えるわけがない。


 よしんば会えたとしても、何を話していいか分からない。

 といって、事前に情報を集めるにも、あの町に正司の知己はそれほど多くない。


 必然、知り合いに聞くしかないのだ。

(そういう意味では、クヌーさんからいろいろな話を聞けましたね。それにロキスさんのことを知っていそうな人も紹介してくれましたし)


 正司は『保管庫』から木札(きふだ)を取り出す。


「当分買い出しは控えることになった。余裕があったらで構わないから、このリストにある品物を買ってきてくれ。木札を見せれば、向こうは分かってくれる」


 そう言って渡されたのは、普段買い出し部隊が使用する木札だった。

 ロキスのことを聞くついでに買い物を済ませればいいのだ。一石二鳥である。


(しかしこの買い出しリスト……複数の商店が書いてありますけど、結構協力してくれる商人さんが多いのですね)


 店の名前と、そこで買う品物が書かれている。

 日本のスーパーやデパート、コンビニのように、ひとつの店で何でも揃うわけがない。


 必然、複数の店を回ることになる。

「手近なお店に行ってみましょうか」


 正司はリストの一番上にある店に向かった。




「そうかい。アンタが協力者ねえ……木札を持ってるんだから本物なんだろうけど、未開地帯を越えられるの?」

「ええ……大丈夫です」


 一軒目は乾物(かんぶつ)屋である。長期保存できる食材や、薬の原料となるものをここで買う。


 相手をしてくれたのは、ドリエラという恰幅のよい女性で、魔物の皮をなめしたエプロンを身につけている。


 なぜ魔物のエプロンなのか。

 火のそばにいても燃えなくていいというのだから、なかなか豪気である。


「それで品物だったね。どれどれ……そうか……ふむ」


 ドリエラは正司が告げる品物のリストと在庫表を照らし合わせて呻っていた。

「どうでしょう?」


「十日もあれば揃うかな。店にはあるんだが、陳列したやつは渡さない決まりになっているんだよ」

「そうなんですか?」


「急に店から品物がごっそり消えたら、不審がるお客さんがいるだろ? かといって揃えるのは五人分、十人分なんて量じゃない。だから裏で用意して店先に並べずに売るのさ」


「なるほど、気を使っているわけですね」

「そうだね、気を使ってる……になるのかな。アタシたちは浪民街の連中の支援者だ。半分商売抜きで関わっているからね」


「儲けを出さないですか?」


「手間賃程度乗せる感じだね。アタシの両親は帝民権を持ってなかったから、浪民とほとんど変わらない暮らしをしていた。旦那と結婚して苦労して二級帝民の資格を買って、ようやく今の暮らしができるようになったけど、それまでは安い賃金でコキ使われる毎日だったのさ。同じような仲間は、みんな病気でおっ死んじまったよ。あれだけいた同年代の仲間はだれ一人生き残っていないさ」


 劣悪な労働環境と、社会的な差別。そして不衛生な生活環境が続いたため、若くてもすぐに病気になり、治らずにそのまま死んでいくことも多かったらしい。


 ドリエラは昔を思い出すような顔を浮かべたあと、すぐ現実に戻った。

「それで代官の事を聞きたいんだっけ? なんでまた。町に住んでるから話せることも多いが、逆に何を知りたいのか言ってくれれば、話しやすくもあるよ」


「そうですね。代官のロキスさんに会うことになりまして、どんな人か知りたいのです」


「どんな人ねえ。外から見る感じだと、気が小さい……もしくは、小さなことにこだわる感じかね。出入りの商人がよく、金銭の大小に関係なくいちいち品物に目を通すとこぼしてたよ」


「それは普通のことではないのですか?」


「町で買い物するときは構わないさ。自分の目利きで選ぶんだ。ただ、頼まれたものを館に持っていくとするだろ? 代官相手に変なものなど、持っていくわけないんだ。よしんば手違い品があったとして、後で言われりゃすぐに交換に向かうさ。最初は商人を信用していないのかと思ったが、ちょいと違うかもしれないね」


「違うというのは?」


「外聞を気にするのさ。二級品を身につけて恥をかいたらとか気にしているみたいだね。けれど、本人にそんな目利きはない。ようは安心したいからチェックする。目利きができるわけじゃないから、変な行動に見える。あたしからみりゃ、ただの小心。それが隠せてないなと思うわけよ」


「なるほど、そういう性格の人ですか」

「あたしが知ってるのは、そんな話ばかりさ。小物ぶりが目立つ話ならいくつか聞かせられるが」

 ドリエラが語った話は、たしかに細かいことに拘る性格をよく表すものばかりだった。


「いろいろ教えていただいてありがとうございました」

「いやいいさ。それよりあんたが来たってことは、いつものメンバーはどうしたんだい?」


「町の人にルートが漏れたかも知れないので、しばらく買い出しを控えると言っていました」

「なるほど、未開地帯でカチあっても困るからね……って、おまえさんは?」


「私は別口で移動できるので、ついでにと買い物を頼まれました」

「別口って、そりゃ、あんた……いや、よそう。分かった。このことは言わないでおくよ」


 ドリエラは口ごもった。こういうときの勘は働くようだ。


「それでは、ありがとうございました」

「品物ができたときに取りにおいで」


「はい」

 正司は乾物屋をあとにした。


 正司は間違っても戦士のようにはみえない。

 魔法使いにしては若すぎるが、戦士よりも現実味がある。


 ドリエラは優秀な魔法使いが、何からかの理由で家を追われたか、帝国から睨まれたのだと考えた。


 まさか、魔道国の王が浪民街の人から頼まれて買い物に来ているとは、さすがに想像できなかった。


「次の店は……ここですね」

 クヌーからは、「できたらでいいから」と言われたリストだが、正司は全部回るつもりでいた。


 二件目は金物屋(かなものや)だった。

 正司はそこで店長をしているドリスという老人に木札を見せた。


 話はすんなりと通り、リストにあるものを揃えられるかと正司が尋ねると……。


「ほう、いつもと同じくらいの量かと思ったが、少し多いな」

「そうなんですか」


「あの地は鉄が採れん。必要なくなったものは溶かして再利用するんじゃ。溶かすものがなくなったとき、こうして注文が増える」


「溶かして再利用ですか……」

 向こうにも鍛冶ができる者がいるのだろう。


 だが肝心の鉄がない。だからこうして注文しなければならないようだ。

「クギや鍋などは数が多いし、ちょいと日数がかかるぞ」


「かまいません。どのくらいですか?」

「二十日はみた方がよいな」


「分かりました。その頃にまた来ます。代金ですけど、もしかして魔物の皮とかでできます? こういうのですけど」

 正司は魔物のドロップ品を『保管庫』からとりだした。


 正司が渡したのは魔物の皮や魔石。実はこの店、金物屋であって鍛冶屋ではない。

 鉄を使った道具が主な品物となっている。


 ゆえに鉄以外の――しかも魔物産のものも必要で、高グレードなものは入手が難しい。

「おお、こういうのは大歓迎だぞ」


 代金の支払いで正司が提案したら、逆にドリスが喜んだという具合だ。

 ドリスは商人を介さずに素材が手に入り、正司は在庫が(ごく少しだが)はける。


 双方に利のある取り引きだった。

「それで、何が聞きたいんじゃ? 今なら何でも話せそうだぞ」

 上機嫌で、ドリスはそう尋ねた。


 正司がロキスについて、何でもいいから教えてほしいと頼むと、「ならば面白い話がある」と乗り気になった。

「何かあったのですか?」


「ワシらは二級帝民じゃが、それでも上の連中の噂は入ってくる。とくに町で大きな店を構えている者の情報は貴重じゃ。なるべく知り合いで教え合っているんじゃよ」

 それはドリスたち二級帝民が生きる知恵。


 一般の帝民より劣る権利しか有していない彼らは、ちょっとしたことで窮地に陥ることがある。


「じつはな……」

 ドリスは自分の店だというのに、声を潜めて正司に告げた。


「実は商人たちが、代官を見限りはじめている。町の有力者が別の者になびいたことを知ったようじゃな」

「別の者というと、ダクワンさんでしょうか」


「知っておったか。そう、商人のダクワンじゃ。ヤツは外からやってきたこともあって、当初は商人たちとの仲も良好とはいえなかった。じゃが、先に有力者がなびいた。それほど有能な代官でもなかったしな、そうなる可能性は考えられた」


「あまりロキスさんの評判は、よくないですよね」


「まあ、大人物ではないわな。普通ならここで有力者と商人の対立が始まるのじゃが、どうも様子がおかしい」


「おかしいというのは?」


「商人の動きが大人しすぎる。じゃから、ワシらはこう考えた。ダクワンの味方をすれば、『より儲かる』ことが分かったか、約束されたなと」


 もともと外から来た商人であるダクワンは、この町で確固とした商売基盤を持っているわけではない。

 町に来た狙いは代官を追い落とすことだと、多くの人が認識している。


 水面下でダクワンとロキスの争いが起こっている。

 もしダクワンが勝利すれば、代官としての活動に切り替えるだろう。


 この町の商人としては、そのままダクワンが勝ち「商いから身を引いてもらった方がいいんじゃないか?」と思うようになったのではないかと。


 ついでに、元商人であるから、商人たちが求めるものもよく分かっている。

 いい関係さえ築ければ、互いに利のある協力体制が敷けるのではないか。


 有力者がなびいたあと、商人たちはそう判断したのではとドリスは言った。


「どちらにせよ有力者は代官から離れたのは事実。商人たちが面従腹背(めんじゅうふくはい)の状況ならばもう大勢は決まったとみていい。代官はいま、窮地に立たされているのではないかのう」


「なるほど、意味が分かりました。かなり厳しい立場にいるようですね」


「そういうことじゃ。ゆえにワシらも代官が代わることを視野に入れて商売を考えねばならんと、話していたところじゃ」


 代官が代われば、町の運営も変わる。

 二級帝民はそれに大きく振り回される可能性だってある。


「ありがとうございます。貴重な意見が聞けました」


 正司は礼を言って金物屋を出た。

 最後にドリスは言った。


 二級帝民は政治に一切関われない。

 ゆえに今のような話は、ほとんど降りてこないという。


 にもかかわらず、今回の話が出たということは、上の人たちにはもう、常識レベルで伝わっていることなのかもしれないと。


 見た目は平穏なままだが、実はもう政治的な決着はついているのではないかと。

 それを聞いて正司は「政治家は大変だ」と改めて思った。


 支持者を集めるのに苦労するばかりか、それをつなぎ止めておくのも必死にならざるを得ない。


 落ち目になった政治家はどうすればいいのか。

 もし、正司が政治の世界に身を置いていたら、もう少し想像力が働いたかもしれない。


 ドリスの言葉を聞いた時点ではまだ、「決着がついているかもしれないのか。大変だな」という感想しか持てなかったのだから。


 金物屋を出た正司は、南方の品を売るという店に向かった。

 帝国の南方で採れたものを交易商人が持ち込み、それを売っているのだ。


 香辛料は、浪民街でどうやっても栽培できない。

 多少高くても、すべて購入に頼るしかなかった。


「ああ、いつもの人と違うのですね」

 中年の男性が出迎えてくれた。名をアーソンという。


「はい。しばらく正規のルートが使えるか分からなくなったのです」

 正司が事情を説明すると、アーソンは「急進派ですか。それはやっかいですね」と顔をしかめた。


 香辛料はすべて交易商人から買い取った分しかないため、後で揃えるということができない。

 店にある分がすべてだという。


 だが、もともとそれほど多くを必要としていないため、正司が提示した分量は店の在庫にあった。


「いま用意する。ついてきてくれ」

 アーソンは奥に向かったので、正司もついていく。


「ありがとうございます。ついでに代官のロキスさんについて、何か知っていることがあれば、教えてほしいのですけど」

 ここでも正司は、同じ質問をした。


「代官か……知っていることは多くないな。俺の場合、どちらかといえば、他の町の方が詳しいくらいだ」

「そうなんですか?」


「交易商人から品物を買い取っているからな。彼らの話――たとえば他の町や村、それに浪民の情報などだが、それらの方がよっぽど入ってくる」


 浪民たちがどこでどのくらいいるのか、どれほど苦労しているかもよく把握しているという。


「浪民の情報にも詳しいのですか」


「ああ、交易商人たちはどこへでも出没するからな。だから分かる。他と比べたら、浪民街は恵まれた地だぞ。帝国の干渉を完全に防げるだけでも十分暮らしやすい。他ではそうもいかない」


「そうなんですか?」

「軍や官僚たちが点数稼ぎに浪民たちを利用するんだ。嫌になっちまう」


 隠れ住んでいる集落ごと捕らえたりするという。

 その後は自分たちが管理している地区から彼らを追い出す。いわゆる厄介払いである。


「ヤツらは浄化と呼んでる。他所に出すだけだから、問題の解決にはなってない。いっときその地区から浪民が減るだけだ」


 浪民たちは追い出された先で細々と暮らし、また気まぐれで追い立てられる。

 それを聞いて正司は「いたちごっこ」を思い浮かべた。


「浪民から抜け出すことは難しいのでしょうか」

「無理だね。浪民は浪民さ、何百年たってもな。そういう風に制度ができていやがる」


「なるほど」

 これに似ているのが、インドのカーストという身分制度かもしれない。


 インドはカーストによって、職や結婚などに多くの制限を設けている。

 何百年も同じカースト同士で結婚をくりかえし、生活してきたからか、インド人にはその人の顔つきで、だいたいどのカーストか分かるらしい。


 アーソンは抜け出すのは無理だと断言した。

 難しいではなく、無理だと言い切ったのである。


 資産を持たない浪民たちが帝国で這い上がるのは、現実ではもう不可能。

 二級帝民の資格を買うまで、どれだけ長い道のりがあるか。


 結局、どんなに頑張ったところで、労力に見合う成果は得られないとアーソンは語った。


「それで、代官のことを聞きたいんだったな。俺が知っていることは多くない。……そうだな、これは知っているか? 代官は以前、領主に叱責されている」


 アーソンは交易商人との付き合いから、この町ではなくこの領で起こっていることを正司に語って聞かせた。


「この町ではほとんど知られていないことだが、いっとき領主から代官にそれなりの金が流れた。叱責されたのはそのときだと思う。その金が何に消えたのか、もしくはまだ持っているのか分からない。分かっているのは、領主が交易商人を使って金を融通したことだけだ」


「領主から援助してもらったのですか?」


「いや、借りたんだと思う。さすがに援助はないだろう。だからこう考えることもできる。代官は領主から借金していて叱責されたのはそう昔の話じゃないことから、それはまだ払い終わっていない」


 だからといって、金が流れたこと以外は、アーソンにも分からないという。

 交易商人が領主から依頼されて代官に金を渡し、受取証を持って領主のところへ赴き、交易商人が渡した金額に手間賃を加えた額を受け取った事実があるだけだという。


「小心者の代官が賭けに打ってでて、それが裏目に出たなんて話もある。これはいつだったかな。一年は経ってなかったと思うが……」


 ロキスの口から何度も「大きなことをやる」「デカい変化がおきるぞ」と聞いていた有力者がいたものの、いざその時がきたら、当の本人が口を閉ざしたらしい。


 何かを行おうとして挫折したか、諦めたか、やったものの失敗に終わったかのどれかだろうと人々は噂し合ったという。


「聞けば聞くほど、いい噂がないのですけど」


「それでも町が成り立つのだから、町が腐っているのか、帝国の制度が優れているのかだな。ただ、これは知っているだろ? いま代官の職を狙っている者がいる」


「ええ、ダクワンさんですね」

「そう。各町で第一皇子派の代官や領主の交代が相次いでいる。交易商人たちはそれをいち早く掴んでいる。この町もそれと無縁ではいられない」


 アーソンの言葉が確かならば、各地で同じ現象がおきているらしい。

 話を聞くにつれ、正司は「多数決のあやふやさ」を思い出す。


 集団で「イエス」と「ノー」どちらかを選択しなければならないとき、九人のうち五人が「イエス」で、残り四人が「ノー」の意思表示をした。

 普通ならば、多数決をとって「イエス」で決まりである。


 だが、それぞれが三つのグループに分かれていたとして、そのグループの数で意思表示を決めたらどうなるか。


「イエス」一人に「ノー」二人のグループが二つでき、「イエス」三人のグループが一つあったとする。

 すると、全体の意思表示は、「イエス」一票に「ノー」二票となって、「ノー」が採択されることになる。


 米国の大統領戦などはその最たるものだが、帝国も似たような感じで、それぞれのトップを決めている。

 皇帝は一圏内の領主の意見が重要であるし、他の領主の意見もそれなりに尊重される。


 領主は代官の意見で選出される。

 そして代官は、町の有力者や商人たち帝民権を持っている人たちの意見が反映される。

 まさに全体をグループ分けしている形になっている。


(三つのグループのうち二つの過半数を取ればいいので、全体の34パーセントを握れば、100パーセント握ったことになるのですよね)


 ひとつのグループで17パーセント掌握すればよい。二グループなら34パーセントだ。それだけで全体を掌握できるのだから、それを狙わない手はない。


 ロキスが代官をしていた町が狙われたことは不幸だが、そうなる理由があったのだろう。


「それで、香辛料の代金ですが、魔石や魔物の皮などでもいいですか?」

「ああそうか、ウーレンスの店が閉まったものな。それでいいぜ」


「えっ? ウーレンスさんが何か関係しているのですか?」

 ウーレンスは、正司に帝都サロンのチケットを渡した人物である。


「浪民街から来た連中はまずウーレンスの店で、未開地帯で狩った魔物の皮なんかを卸すんだよ。それで現金を得てから、各店で買い物をしていたはずだ」


「あっ、そういうことだったのですか」

 ウーレンスはいまルード港で商売をしている。


 町で目立ってしまったためだが、かえって商売の幅が広がってよかったとも言っていた。

(そうですね、ウーレンスさんの所にも顔を出してみましょう)


 買い出しのシステムも分かったし、品物が揃うにも時間がかかる。

 その間にルード港に行ってもいいかと、正司は思い始めていた。


「ウーレンスさんの顔をみたくなったので、このあと会いに行ってきます」

「それはいいけど……あれ? 店を閉めたよな」


「いまルード港にいます。向こうで新しい商売を始めています」


「そうだったのか。だったら安心だ。だけどルード港は遠いぞ。交易商人たちもあそこからよく来るが、やはり大変だとみな口を揃えているよ」


「ゆっくり行くので大丈夫です」


「そうか。ウーレンスに会ったらよろしくいっておいてくれ。やつは俺たち二級帝民の中じゃ、かなりの出世頭だからな」


「分かりました。必ず伝えておきます。……あっ、これ代金代わりの皮と魔石です」


「おう……ちょっと多いな」

「余らせているものですので、どうぞ収めてください」


「そうか? じゃ、遠慮なくもらっておく。ウーレンスの店もなくなったし、最近気軽に買える店が減ってしまった。助かるよ」


 二級帝民は生きにくくてなと、アーソンは笑った。


          ○


 買い物を終えた正司は、一度魔道国へ戻ることにした。

 クエストも大事だが、国を疎かにしてはいけない。


 なるべく時間を見つけて、ミラシュタットの町から順に顔を出すようにしている。

(町が増えたら、巡るだけでも大変ですね)


 別にすべての町を回る必要はないが、正司の性分として、完全に任せるのは抵抗がある。

 正司はミラシュタットの町へ跳んだ。


「……あれ? どこか行かれるのですか?」

 いつもの巡回にとミラベル城へ赴いた正司は、ライエルと肩に乗るミラベルを見つけた。


「これはタダシ殿。いま、ちょうど訓練から戻ったところなのですよ」

 大きな声で返すのはライエル。


 見れば、兵たちはボロボロだった。ライエルとミラベルだけはピンピンしていたが、多少汚れている。


「そうだったのですか。訓練ご苦労様です」

 ライエルが魔道国の町のために、兵を鍛えているのを知っている。


 最近、棄民たちの中からも、希望者を選別して兵にも組み込んだ。

 それらの訓練をしていたのだろう。


 実はこの世界、兵はかなりの人気職だったりする。


 何しろ、好きなだけメシが喰える。住居が提供される。

 戦闘技術を身につけることができ、高給取りだ。


 食うや食わずの者たちからは、あこがれの目で見られるのである。

 だが、入隊するには厳しい試験をくぐり抜けねばならず、狭き門となっていた。


 棄民たちの多くは、魔物がすぐ近くに湧く地域で暮らしていた。

 当然魔物との戦いを経験している。


 彼らの中で、腕に覚えがある者たちがこの町の兵に応募していた。


「タダシお兄ちゃん、あのさあ……」

「どうしました、ミラベルさん」


「わたしもジャキーンとか、ドカーンとかやりたいの!」

「ジャキーン? ドカーン? ……えっとそれは、魔法兵団のことですか?」


 先日正司は、魔道国の行く末について考え、リーザに近代化の構想を語った。

 そのとき「そう言えば王国との戦いで使用した巻物だけど、あれの反省点が上がってきたわ」と言われている。


「なんですか、それ」

「観測部隊というのがいて、まあ、戦場の記録係ね。町攻めのとき、魔法を脅しに使ったでしょ。それの運用について、研究させていたのよ。その報告書があがってきたわけ」


 という話だった。

 詳しく聞くと、一斉に魔法を撃つのは大変有用な手段だが、側面攻撃や奇襲に弱い。


 あのとき動員したのは一般の兵。

 彼らのように適切な時に、適切に魔法を撃てる訓練もいいが、それよりも専門の兵団を作った方が有効かもしれないとのことだった。


「防御についても考察してあるわ。これを機に、巻物を読む『魔法部隊』に索敵と迎撃を兼ねた『機動部隊』と、奇襲に備える『防衛部隊』を混ぜて、一つの兵団をつくるのはどうかしら」


 そんな話から、魔法兵団構想が生まれた。

 現在それの試験運用中である。


「ううん、そういうのじゃなくて、わたしがジャジャーンとかドビューンとかしたいの」

「ああ、ミラベルさん自身が無双したいわけですね」


 そういう事に憧れる年頃らしい。

 可愛いところもあると正司はほっこりした。


 ミラベルの安全は、魔道具で守られている。

 何もしていなくても、魔物の攻撃は通らない。


 だが、自分で動いてみたいのだろう。

「タダシお兄ちゃん。何とかできる?」


「そうですね。多少慣れが必要ですが、〈身体強化〉なんてどうですか?」

「うん! それがいい!」


 ということで、正司はミラベルに〈身体強化〉の巻物を多数渡すことになった。

「防御の魔道具は、絶対に外さないでくださいね。怪我をしますから」


「分かった!」

 返事だけはいい、ミラベルであった。


 そんな感じで正司は魔道国でゆっくりしつつ、三つの町を回った。

 それでふと、ウーレンスのことを思い出した。


(いい機会ですし、顔を見に行ってみますか)


 先日、ウーレンスとは偶然ルードの港町で再会した。

 大体の場所は覚えている。


 正司はルードの港町へ跳んだ。




 以前出会った場所まで行き、商店で買い物をしつつウーレンスの店を尋ねる。

 店の人はすぐに教えてくれた。


(意外と有名人なのですね)

 名前を出したら、「ああ、あの」と言っていた。何か話題になるようなことがあったのだろうか。


 言われた場所へ向かうと、目当ての店はすぐに見つかった。

 そして、思った以上に賑わっていた。


(やはりウーレンスさんは、やり手なのですね)


 今回の正司は、客ではない。

 さてどうしようと、考え、店の裏手に回ってみることにした。


 すると、ちょうどウーレンスが荷物の搬入をしているところだった。

 売り場は店員に任せているのだろう。


「こんにちは、ウーレンスさん」


 正司が声をかけると、ウーレンスは荷物を持ったまま振り向き、正司の姿を見つけると、それらを放り出した。


「えっ、それ、壊れちゃいますよ」

 駆けよろうとした正司は驚いた。


 ウーレンスはその場で跪いて、頭を下げていた。



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