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127 第二の町リザシュタット

 ニアシュタットの町を訪れた翌朝、シャルトーリアはスッキリとした目覚めを迎えた。

(驚いたな。あれだけあった旅の疲労がすっかりなくなっている)


 起き上がり、腕を回してその軽さに驚く。

 自身の身体を見回して、さらに驚くことになる。


(肌がツルッとしている……これも温泉の効果なのか?)


 昨晩、シャルトーリアは温泉に浸かった。

 魔道具で地下から汲み上げた湯水だと聞いている。


 湧き水で適温にし、大きな湯船に惜しげも無く注ぎ込んでいた。

 お湯は昼も夜も関係なく、注ぎ込んだままだという。


 それを聞いたシャルトーリアは「なんと贅沢な」と思ったが、聞けば地下に溜まっている湯量は極めて豊富。どれだけ使ったところで、無くなることはないだろうと。


「そんな地下深くのことがよく分かるな」

 湯船に浸かりながら、世話人にそう問いただすと「陛下が魔法で確かめたそうです」という答えが返ってきた。


 この国はよくも悪くも魔道王一人の力で成り立っているのがよく分かった。


 シャルトーリアはベッドから抜けだし、大きく伸びをする。

 身体の調子はすこぶる良い。


 先日から、移動しっぱなしであった。

 帝都からルード港まで往復し、そのまま絶断山脈の中腹まで急行。


 巻物を使ってボスワンの町へ行ったものの、すぐに馬車での移動だった。


(久し振りにゆっくりできた気がする……いや、しすぎか)

 ここは敵地……ではないものの、気を抜いてよい場所ではない。


 あろうことか昨夜、シャルトーリアはマッサージチェアの上で寝入ってしまったのである。

 敗北……大敗北と言っていい。


(だがあれのおかげで生き返った気がする。頭も身体もスッキリだ)

 あれはよいものだと、シャルトーリアの身体が訴えかけている。


 一台欲しいものだが、魔道王の完全オリジナル魔道具だと聞いた。

「譲ってくれ」とも言い難い。


 温泉とマッサージの効果はてきめんである。

 疲労は回復し、肌つやもいい。心なしか若返った気分である。


(そして貴重な情報も得られた)

 魔道国の現状のみならず、はからずもこれから入植すら始まっていない町の情報まで得ることができた。


 これはとても大きな収穫である。帝国の重鎮たちに昨日の話を持っていったら、どんな反応をするのか。


(……本気で魔道国との関係を考えねばならんな)

 また聞きした情報と違う。違いすぎた。


 先入観で事を起こさないで本当によかったと、シャルトーリアは胸をなで下ろした。

 だがしかし、とシャルトーリアは思う。これを帝国の政治家たちに分からせるのは難しい。


 友好の手をこちらは一度、振り払っている。

 一度目はいい。挽回はできる。


 だが二度目となると、どうだろうか。関係修復は難しくなる。

 三度目を期待して、居丈高な態度に出そうな大臣の顔がいくつも浮かぶ。


「あいつらは本気でやりかねないから困る」

 現皇帝とつながりのある古い貴族たちがいまだ権力を握っている。


 新しく台頭してきた貴族たちは軍部を中心に増えつつある。

 地方ではもう実権の移動がおこっている。


 それが一圏内に浸透するのはまだ年月がかかると思っている。

 世代交代には時間がかかるものだ。


 だが西側の変化はシャルトーリア……いや、帝国が思っているよりずっと早い。

 いまの体制だと、帝国が上であることを示そうとするに決まっている。


 必要もないのに相手を追いつめかねない。


(他の国が魔道国に協力した理由も分かった。今回は、本当に収穫の多い旅だな)

 魔道国と争うより協力した方が旨みが大きい。


 為政者なら誰でもそう考えるだろう。


 ――コンコン

 扉がノックされた。


 今回の旅は、途中までお忍びで行く予定だった。

 侍女はすべて帝国に置いてきた。


 軍人であるシャルトーリアは身の回りのことどころか、野営まで一人でできてしまう。

 その意味でも、侍女は邪魔なだけという認識が強かった。


 ただし、他国を訪問するにはそれなりの体裁を整える必要がある。

 単身で乗り込める身分ではないのだから。


 今回、控えの間には護衛しかいない。

 普段は護衛だけでなく、侍女も不寝番を続ける。


 今回はそういった者もおいていないため、多少の不便をシャルトーリアは感じていた。


「何だ?」

「城の者が来ました」

 扉の外から護衛の声がした。


「入れてよい」

「畏まりました」


 昨日の侍女が入ってきた。ファファニアの侍女だが、様々な面で主人を助けると言っていたので、側近にあたる立場の者だろう。

 ファファニアは、シャルトーリアの身の回りを手助けするのに側近をひとり手放したことになる。


 侍女から着替えを手渡されるが……。

「……ん? これは、この手触りは?」


「陛下謹製の『ドライクリーニング』という魔道具を使いました。生地を傷めずに汚れを落とします」

「そんなものが……」


「それと『スチームアイロン』という魔道具で服のシワを伸ばしております」

「そうか」


 手渡されたのは昨日の服である。

 シャルトーリアが風呂に入っている間に回収されたのだが、今朝にはもうパリッとした状態で戻ってきた。


 この侍女は、すこぶる優秀だった。

 分からないことがあると何でも質問するシャルトーリアにずっと付いていたため、シャルトーリアが何を求めているのかこの短い時間でもよく理解している。


(服が作りたての状態になって戻ってきたか。魔道具が二種類も使われているとは相変わらずだな)

 朝から驚くばかりである。


 シャルトーリアは顔を洗い、着替えを済ませ、朝食を摂る。

 今日は二番目の町へ行く予定になっている。


(港町と聞いたが……会うのはアレか)


 昨夜、リザシュタットの町について尋ねたところ、ファファニアは「わたくしがお話しするより、実際に見た方がよろしいかと思います」と、とくに説明されなかった。


 それも道理である。ファファニアとリーザの関係も、実はまだよく分かっていない。

 仲が良いのか、ライバルなのか、それとも内心では反発しあっているのか。


 それらを含めて、自分の目で見て、自分で判断すればいいとシャルトーリアは考えた。


(それに知らないほうが、楽しみでもある)

 探究心か、冒険心か分からないが、魔道国にきてからずっとシャルトーリアはワクワクしていた。


(もっとも、リーザ嬢は一癖も二癖もあると噂だ。そこは注意せねばならないな)

 帝国中のサロンを荒らし回った人物である。


 噂では魔道王をアゴで使うこともあるとか。

 さすがにそれはないだろうが、権力を握らせると厄介な人物かもしれない。


 三人の配偶者候補の中で、もっとも警戒すべきはリーザであるとシャルトーリアは考えていた。

 その人物ともうすぐ会う。


「おはようございます」

 ファファニアが今日も優雅に出迎えた。


「昨日はありがとうございます。とても良い経験ができました」

「まあ、それは良かったですわ」


 たわいない会話のやりとりが続き、シャルトーリアの気分がほぐれた頃に、ファファニアは今日の予定を伝える。


 ひとつだけ驚いたことがあった。

 今日も一日、ファファニアも付きそうというのだ。


「あなたも行かれるのですか?」

「はい。高貴な身分の方を引率するのもわたくしの役目ですから」


「ですが港町は遠……失礼しました」

 ついウッカリしていたが、送ってすぐ帰ることもできるのだ。


 あらためて〈瞬間移動〉の巻物は反則だと、シャルトーリアは思った。


「では参りましょう」

 侍女が呪文を詠み上げ、シャルトーリアたちは跳んだ。




「そこにそびえ立っておりますのがリーザ城でございます。背後には城門と城壁が見えると思います。ここはリーザ城の中庭となり、目の前にあるのが中門となっております」

 侍女がすかさず説明する。


 リーザ城を知らないのはシャルトーリアと護衛たちだけ。

 他が平然としているため、シャルトーリアも「ああ」と答えるのみに留めた。


 だが、心の中は穏やかではない。

 表情や声を表に出さなかったのは上出来だろう。


 護衛たちは戸惑っている。

 何しろ、リーザ城が想像以上に堅牢だった。


(ここも……帝都の城より大きいな)

 戦争を考えてのみ設計されたかのような無骨な外観。


 それゆえか城壁も高く、乗り越えるのはまず不可能。壁の上に複数の兵がいることから、厚さも相当あるように思える。


 これは正司が「壁の高さは学校の校舎の三倍くらいあると万全ですね」と根拠のない数字を持ち出して、後から建てたものである。


 壁の厚さも教室と廊下分くらいはある。あまりに城壁が高すぎて、警備の者が上り下りするのも一苦労という話が出ている。

 もっともリーザ城はそれより大きいのだが。


 事前に連絡が行っていたようで、城の使用人が一列に並んで待っていた。

「では中へ参りましょう」


 ファファニアは出迎えの者に軽く会釈すると、全員がキビキビと動き出した。

 シャルトーリアも、〈瞬間移動〉の巻物で事前連絡が行っていたのだろうと見当を付ける。


 中門を潜り、城の内部に入る。

 大きなホールを抜けて、階段を上がる。そして直線が続く廊下を歩くが、左右に現れる部屋はどれもみなからっぽだった。


「この中は……?」

「生憎、何の用途もありませんの」


 リザシュタットの町は、農産物と海産物が主産業となっている。

 工場も多数建っているが、産業化されるのはもう少し後。


 現在は、港と穀倉地帯に各部署を置いている。

 いつかは統合することになるだろうが、当面の間、現地で業務を行うことが効率的だと判断された。


 ゆえに総合庁舎としての位置づけを持ったリーザ城は、閑散としていた。

(もったいない……なんというか、もったいない)


 そう感想を抱くシャルトーリアであった。


「はるばるリーザ城へようこそ。私がこの城の主リーザ・トエルザードでございます」

 優雅な仕草で礼をするリーザだったが、目がいかにも挑戦的だった。


 ちなみにこの城は本当にリーザが正司から貰った。

 ねだったというのが正確だが、この城はリーザの所有物であることには変わりない。


「本日はご高名なシャルトーリア殿下にお越しいただけたこと、望外の喜びです」

 慇懃無礼ともとれる言い方で、シャルトーリアを持ち上げる。


 もしくは言外に「予定にないのに勝手に来るなよ」と言いたいのかもしれない。

 さすがにリーザも「それと分かる」風には嫌みは言わない。

 そのため、シャルトーリアにも判断のしようがない。


「こちらこそ急に押しかけてすまない。どうしても魔道国を見てみたかったのでな」


「それはそれは……でしたらこの町も、ごゆるりとご覧いただけたらと思います。田舎ゆえ、退屈かと思いますが」


「いやいやどうして、驚かされることばかりです。それにリザシュタットの町には、見事な港があるとか。ぜひとも拝見したいものです」

「……それでしたら、さっそくいかがでしょう?」


 挑戦的な目を向けられてシャルトーリアは、「むろん、よろしければすぐにでも」と返した。

(なるほど、サロンを荒らし回るわけだ。なんとも気の強い)


 内心ではそんなことを考えていた。

 リーザは万能型、ルンベックの下位互換と思われている。

 その印象を覆したいのだろうとシャルトーリアは理解した。


「でしたら、みなで行きましょうか」

 リーザは歩き出す。


 ここでシャルトーリアはやや拍子抜けした。

 昨日と同じように〈瞬間移動〉の巻物を使うと思ったのだ。


 城を出て、海岸の方へゾロゾロと歩いていく。

 ここでシャルトーリアは、この町の仕組みを理解した。


(天然の要塞か、ここは)

 全部で三段、いや上を入れたら四段の町並みがそこにあった。


 段をひとつ上がるには専用の場所を通らねばならず、崖は切り立った……というより壁のように垂直に切られている。


 もし海側から侵略したとして、何の用意もなければ崖を上がることは難しい。

 そして数少ない出入り口は守るに易く、攻めるに難しいつくりになっていた。


(下から攻略していったら、兵がいくらいても足らないな)

 階段に兵を集中せざるを得ず、多大な犠牲を払っても突破は難しそうである。


 計算された町並みに、シャルトーリアは空恐ろしいものを感じた。

 魔法で町をつくるなど絵空事と思っていたが、実際にそれができる魔道士がいた場合、これほど凶悪なつくりも可能なのだ。


「もう一段おりると港に出ますが、港と船でしたら、ここからよく見えますわ」

 リーザの言葉にシャルトーリアが我に返る。


 なるほど、高みから海を見下ろす方が分かりやすい。

 ここまで倉庫が建ち並ぶ中を通ってきたため、急に視界が開けた感じがした。


 そしてシャルトーリアが見たものは……埠頭に整然と並んで停泊している数多の大型船であった。


「あれは?」

「置く場所がなくて困っているのです……まったく」


「はっ?」

 質問の答えとしては、甚だ不適切なものが返ってきた。


 ファファニアの側近がすかさず補足する。

「陛下は、伐採した木が余っているといっては、船をおつくりになるのです」


「はっ?」

 フォローには限界があった。説明されても意味が分からない。


「大型船が一番木材を使うらしいのです、殿下。そのためタダシは勝手に船を……それはもうぽこぽこと造っては、ここに置いていくのです」


「と……いうことは、あれは魔道王が魔法で?」


「ええ、邪魔ですので、ここから見えないところに並べて停泊させているのですけど……そこも満杯になりましたの」


 正直困っていますとリーザは頬に手を当てた。

 シャルトーリアはようやく言葉の意味を理解したが、脳内は痺れたままだった。


 何しろ東方方面軍は、帝国で唯一、乗船経験のある軍隊である。

 シャルトーリアも船上戦の訓練をしたことがある。


 あそこに並んでいる船より二回り小さい船でだ。

 リーザが邪魔と言い切る船は、帝国が所有する大型船より大きい。


 それが何十隻と余って放置されているらしい。

「乗組員を訓練すれば……運用でき……」


「やっておりますわ。それこそ何千人と……ですが船の方が多いのです、殿下」

「ち、ちなみに……船はど、どのくらいあるのだ?」


「……さあ」

「えっ?」


「タダシが勝手に船を造って去って行くのです。四百隻までは数えましたけど、あれからどうなったのか……」

「……えっ?」


「千は届いてない……と思いたいです」

「ええっ!?」


 シャルトーリアが驚いていると、リーザの袖を引っ張る者がいた。

 誰かと小声でやりとりする。


「嘘はいけません」「だって、分からないのは本当の……」「いえ、それではなく」「じゃあ、何よ」「軍船の数が……」「ああ、忘れてたわ」


 風に運ばれて、不穏な会話がシャルトーリアの耳に入った。


「――コホン。えーっ……」

 リーザが改まった。


「もうしわけありません、殿下。あそこにあるのは商船のみでして、最近タダシは飽きた……ごほん。別の船――高速船と軍船を張り切って造っているそうです」

「…………」


「数についてはハッキリと分かりませんが、それぞれ千隻を越えていると……今知りました……私も」

「…………」


 多少慌てたのか、リーザが早口で説明する。

 軍船は船に体当たりして白兵戦をするものと、遠くから魔道具による迫撃を行うものがあるらしい。


 そして高速船は文字通り、通常では考えられない速度を出す船で、巡回や海戦時に敵船を惑わすために使用する。


「もっともこれらは迎撃用ですので、遠洋へ出ることはあまり想定しておりません」

 軍船はもちろん自国民を守るため。


 質と量が他国より抜きん出ていれば、戦争になることはない。

 そう考えて編み出された究極の自衛装置。


 ちょうどそのとき、高速艇が沖合からやってきた。

 シャルトーリアが知っている船の速さを軽々と超える速度が出ている。


「平時はあの程度ですが、本気を出せば倍は出ます」

「そうか……」


 それ以上、シャルトーリアは言葉が出なかった。

 何をどう話せばいいのか、また頭がマヒしてしまった。


 せっかくですし船に乗りましょうとリーザが提案し、港まで出向く。

 そこでシャルトーリアは、あらためて船の大きさに驚愕する。


 ここではじめて、埠頭の高さに気付いた。

 シャルトーリアが立っている位置は、海面からかなり高い。


 帝国の船では、甲板から上がれない。甲板の何メートルも上に埠頭があるのだ。


「船が大きいと喫水きっすいが浅くなるのです、殿下」

 シャルトーリアが考えていることを察して、リーザが声をかけてきた。


「これでは他の船が難儀するのでは?」

「ここが使えない船は奥の港がありますので、そちらへ回ってもらうことになっています」


 通常、船の大きさに限らず港の高さは一定だ。

 甲板の荷物は、担いで降ろせばいいのである。


 だがこの港は違った。巨大な輸送船の甲板に近い位置に埠頭の高さを合わせてある。

 船縁ふなべりに橋をかけるだけで荷物の積み卸しが可能な反面、小型船ではどうやっても荷物が運び込めない。


 奥の港と言われた方をシャルトーリアが向く。

 入り組んだ港の奥にシャルトーリアがよく目にする船が何隻が停泊していた。


 ミルドラルや王国で使われている船だろう。

「もしかして船の大きさは、これに統一するつもりだろうか」


「ええ、その通りです、殿下。ミルドラルと王国の港はすでに、タダシが改造を施しました。現在港の半分はここと同じ高さにしてあります」

「…………」


 港を改造したと聞いて、魔道王ならばやりかねないと考えた。

 シャルトーリアがそう考えるあたりもう、魔道王の認識がおかしなことになっている。


「私も迂闊でしたわ。先ほどいいました通り、輸送船は横にも大きくなっていますから、どうしても喫水が浅くなりますの。ですからこの船は帝国へは持って行けないのです」


 これまで一度も帝国にここの船が入ってこなかった理由をリーザは説明した。

 海面と接するラインを喫水線(きっすいせん)といい、そこより下の部分を喫水と呼ぶ。


 なぜ喫水が浅くなるのかシャルトーリアは分からないが、見た感じ、船の大きさにくらべて、船がほとんど沈み込んでいない。


 埠頭の高さを海面からこれだけ離した理由も、その辺が関係していそうである。


「さあ、行きましょう」

 シャルトーリアたちは船に乗り込んだ。


「……まったく揺れないな」


 港は防波堤で囲っているため、大波がやってこないことも理由にあるが、船があまりに大きく、また安定しているため、揺れをほとんど感じない。


「現在就航しているのは百隻ほどです。訓練に使っているのがやはり百隻。王国に貸し出しているのも百隻くらいでしょうか。もちろんミルドラルも……といいたい所ですが、四十隻が精一杯でした。使うアテのない船がここと……ここからは見えないですが、予備の港に押し込んであります」


「…………」

 船が余って邪魔になるという言葉はどうなんだろうか。

 だが実際に、大型船が何十隻も使われずに港を占領していれば、邪魔といいたくもなるだろう。


 シャルトーリアは、ついファファニアの方を見た。

「バイダル家は協力できませんの……港を持ちませんもので」


 申し訳なさそうに弁解するファファニアに、シャルトーリアは「そもそも船が余ること自体おかしいのだ」と言いかけてやめた。


 ここではもう、感想を言わない方がいいように思えた。

「ですが殿下、あと数年もしたら、ここにある船はすべて使い切れるようにはなると思います。もっとも……」


「もっとも……?」

「タダシがこれまでの数倍の船を造らなければですが」


「…………」

 ああ……と、ひとつ合点がいった。


 昨日ファファニアが言った「町があるけどそれを治める人材がいない」と、今聞いた「船はあるけど、操船できる者がいない」は同じ理屈で成り立っている。


 魔道王の作製スピードが速すぎて、おいつけないのだ。

 これが魔道国の本質かと、シャルトーリアは色んなものが氷解した。


 魔道国はつまり、魔道王が実現させたものを三つの国が必死でフォローする。そんな感じなのだろう。


 そして三国が協力してすら、先頭を走る魔道王の影すら踏むことができない。

 それほど先を突っ走っている。


 それはそうだ。

 帝都サロンに大勢で押しかけてきたとき、帝国民一同、度肝を抜かれた。

 あれが魔道王の常態じょうたいだとしたら、さぞ大変な毎日だろう。


 そう考えると、魔道国の見方も変わってくる。

 魔道王一人で、三つの国の総力すら振り回せるほど、力を持っていることになる。


 そこに思い至って、シャルトーリアの背中がゾクッとした。

 昨日と今日……シャルトーリアが驚きっぱなしのあれこれは何なのか。それが理解できた。


(すべて魔道王の力の一端でしかないのか……)


 片手間程度なのかもしれない。

 鼻唄交じりで実現させている可能性もある。


 あまりに危険なことを想像し、シャルトーリアの身体は一気に冷たくなった。

 船の大軍を見て汗が噴き出したが、それが一気に冷えた。


 これまで驚くことがあれば、それをなるべく正確に把握し、自身の方針に抵触する場合は、計画を変更するなどして対応してきた。


 自分は柔軟な考えを維持できていると、シャルトーリアは自画自賛してきた。


 だがここに至って、「これ、計画の変更で足りるのか?」という思いが大きくなってきた。


 シャルトーリアは悩んだ。

(これは一度冷静になってよく考えた方がいいぞ)


 今朝、「この見学が有意義」だと言った。だが本当にそうか?

 浅い水たまりだと思っていたものが、底のない沼ではないか?


 とにかくシャルトーリアは、「場当たり的な計画変更は危険だ」と思うようになった。

 一度冷静になって、すべてを見直してみなければと。


「……面倒ね」

 それはリーザの発言だった。


 一度冷静になって……とシャルトーリアが思っていたが、それが許される状況ではなくなってしまった。


「面倒だし、あとは跳んで回りましょう」

 その言葉とともに、リザシュタットの町を巡る旅が始まった。


「……なんだここは!?」

 巻物で最初に訪れたのは工場である。


 工場と言っても、この世界の工房などとレベルが違う。いや、桁が違う。

 何しろ、建てたのは正司なのだ。


 日本で郊外を車で走っていると、突如として巨大な工場が出現することがある。

 鉄条網ごしに見る倉庫のような建物は、走行中でもついつい目をやってしまうことだろう。


 正司が建てた工場は、まさにそれをイメージしていた。

「ここは製紙工場です。魔道国で使用する紙をここで生産しています」


 人も増えてようやく本格始動したところだが、シャルトーリアには分からない。

「馬車で移動する規模の建物だと……!?」


「紙をつくるのに多くの行程がありますし、広い場所も必要ですから、どうしても大きくなってしまうようです」

 端から端まで歩いていくのは大変だ。


「どのくらいの人が働いているのだ?」

「常時数千人はいますけれど、時間帯によっても違います」


 製紙技術を身につけたい者を募集したところ、想像以上の人が集まった。

 この工場で欲しているのは、長い経験が必要な職人ではなく、単純労働でも厭わずにやってくれるかどうかである。


 その点棄民たちは、仕事を内容でえり好みしたりしない。

 ローテーション制を採用し、なるべく複数の技量を身につけられるようにしている。


「適当に中を見ましたら、次に行きましょう」

 こうして冷静に考え直すつもりでいたシャルトーリアに、試練が襲いかかった。


 リーザはポンポンと飛び回り、各施設を案内した。

 その都度シャルトーリアは目を白黒させる。


 リーザには狙いがあった。

 これらの技術や建物は、どうせそのうち帝国に知られる。


 ならば最初は皇族に見せて、国としての上下関係をハッキリさせておきたいと思ったのである。

 シャルトーリアが魔道国に来る前に考えたこととまったく同じ。


 驚きまくるシャルトーリアを見れば、その目論見が成功していることをリーザは確信した。


「さあ、どんどん行きましょう」

 リーザは、上機嫌で指示を出した。結構非道である。


 短い時間だったが、かなりの場所を見学した。

 一通りの見学を終えて、シャルトーリアはいくつか理解した。


 まず、施設が何もかも大きい。

 最初の工場で度肝を抜かれたが、あのような建物はそれなりの数が存在していた。


 同じような工房を町にいくつもつくるより、ひとつに集約させた方がいいという考えのようだ。


 次に、働いている人が多い。

 どこにこんな数の人がと思ったが、どうやら棄民を連れてきたらしい。


 棄民がまっとうに働けるのかとシャルトーリアは半分不思議だったが、彼らの中にもまともに働ける者も大勢いるのだと理解した。


 そして工場、町中と、彼らの生活レベルがかなり高いこと。

 ひとつひとつの場所を広くとってあるからか、みな余裕がある暮らしをしている。


 彼らももとは棄民と言われて、さらに驚いた。

 少なくとも町のどこへ行っても活気があり、人々がキビキビと働いていた。


 税金すら払えず、住む家を失って町や村を出て行った人たちとは思えないのだ。

 そしてシャルトーリアの目は、町を覆う高い壁に向けられる。


(これほど防衛に適した町はないな)


 リザシュタットの町を頂点に、八つの大きな町が高速道路で結ばれていた。

 これはたとえば、敵がどこかの町をひとつ落とそうと思っても、不可能なことを意味する。


 高速道路で繋がれている残りのすべての町から、援軍が駆けつける。


 高速道路で繋がれた町と町の距離は数キロメートル。

 一番長くて二十キロメートル。


 平均して十キロメートル離れているとして、町襲撃の報せが届いて増援が駆けつけるまで半日すらかからないだろう。


 数時間で町を占領できるはずもなく、そもそも高い壁を越える手段もない。

 町は、蜘蛛の巣状に張り巡らされた高速道路によって難攻不落になっている。


(もうそろそろ、信じてもらえる限界を超えているな)

 誰に話しても嘘吐き呼ばわりされるレベルになっている。


「次は未開地帯に行きましょう」

「はっ?」


 シャルトーリアは耳を疑った。

 一体何をとち狂ってそんなことを言い出したのか。


 未開地帯の危険性は、シャルトーリアもよく分かっている。

 簡単に「行こう」などと言える場所ではない。


「わが国は未開地帯での活動を推進していますから」

 推進し、なおかつ推奨しているらしい。


 侍女が平然としていることから、危険はないのだろうか。

 そう考えるが、未開地帯が安全という話は聞いたことはない。


 だてに「未開」などと呼ばれていないのだ。


 そして跳んだ場所は、円形の砦の中。

「ここは一番大きなタイプの『避難砦』です」


 未開地帯の中には多くの砦があり、ここを拠点に魔物狩人たちが魔物を狩るらしい。

 すでに五十人ほどの魔物狩人がここに滞在していた。


「そこのあなた、冒険者カードを見せてくださる」

「は、はい」


 突如やってきた魔道国関係者と思われる集団。

 近くにいた魔物狩人が、即座に冒険者カードを渡す。


「町には魔物狩人の互助組織があります。そこで無料配布しているのがこの冒険者カードです」

 侍女の説明が入る。


「冒険者カード……身分証か何かかな」


「それよりも実質的なものです。カードに込められている魔力が続く限り、このように未開地帯に点在する砦に跳ぶことができます」


「跳ぶって……まさか」


「カードに込められた魔法は〈瞬間移動〉。これはれっきとした魔道具です。跳ぶ先は砦に限定されています。登録した魔物狩人に無料配布しています」


「えっ!? 無料配布だと?」

「はい、無料です。ちなみにカードの魔力を使い切った後、魔力の補充は自費です」


 説明を聞いてシャルトーリアは心底驚いた。

〈瞬間移動〉が込められた魔道具など、聞いたことがない。


 一枚でもあれば、帝国ですら国宝として扱われる。

 決して、無料配布なんかしない。絶対にしない。


 この国ではそれを実践し、すでに配布済みらしい。


「どう、重宝している?」

「もちろんです。これで撤退が成功して命が助かった者は大勢います」


「そう、良かったわ。ハイ、無くさないようにね」

 魔物狩人は頭を下げて向こうへ行った。


「そういうわけで、殿下。わが国ではできるだけ安全に魔物が狩れるように心を砕いているのです」

 砕きすぎだろ。そうシャルトーリアは思った。


 こんなことが続けば、冷静に考えることなどできはしない。

 シャルトーリアの思考は千々に乱れ、まとまりを欠く。


 気がついたら城に戻っており、リーザおよびファファニアと一緒に、会議室のような場所にいた。

 場所ではなく、時間が跳んだ気がしたが、どうやらシャルトーリアが呆けていたらしい。


「ここならば気兼ねなくお話しできますわ」

「そうね。ここでしっかりと魔道国のことを知ってもらわないとね」


 二人の会話を聞いても、何のことだか分からない。

 魔道国のことならもう、散々思い知ったところである。


 これ以上何を話したいのだろうか。

 シャルトーリアの瞳に困惑の色が浮かんだ。


「では始めましょうか。この国がなぜできたのか」

「そうですわね。この国がどこへ向かおうとしているのかも」


 二人は目配せし合った。

 これは何かとてつもない話がやってくる。


 言い知れぬ不安に襲われ、シャルトーリアは思わず逃げ場を探した。


 だが出口は二人の背中の方にある一カ所だけ。

 いつのまにか、シャルトーリアは回り込まれてしまっていた。



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