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124 それぞれの地図

 トエルザード公領の屋敷。


 正司は今日も、ルンベックから学んでいた。

 成すべき事はあまりに多く、話を聞けば聞くほど、為政者は孤独だと感じる。


 毎日が決断の連続だ。

 上に判断を仰ぐことができない立場とは、こうも非情なのか。


 そう正司は感じざるを得ない。

(トップの孤独……これは会社の社長も同じなのでしょうか)


 元の世界のことを考える。

 もしそうならば、とても自分にはできない。そう正司は感じた。


「切るべきタイミングを間違えないようにね」

 ルンベックの何気ない一言が、正司の肩に重くのしかかる。


 難しい決断を迫られたとき、下は上に判断を委ねる。

 トップまであがってくるのは、そんなものばかりだ。


 一人を救うために多数を犠牲にするかもしれないし、少数の為に大多数が苦労を強いられるかもしれない。

 何を救い、何を斬り捨てるのかを間違えると、大変なことになる。


 判断を保留し、決断を先延ばしにすれば、両方とも失うかもしれない。

 ルンベックは、為政者としての心構えだけでなく、具体例を出しながら、事細かに説明した。


「結局、日々の業務は部下たちがやってくれる。私たちはね、その責任を取るためにいるのと、彼らでは判断し得ない問題を手遅れにならないうちに処理するのさ。だからこの年になっても勉強は怠っていないし、これからもそのつもりだ」


 ルンベックでさえ道半ば、為政者として完成しているわけではない。


 そもそも為政者は、終着点のないレールの上を走るようなもの。

 そして走っている間は、ずっと孤独だ。


「知れば知るほど、大変だということが分かりました」

 まだそれほど講義をこなした訳ではないが、すでに正司はお腹いっぱいになっていた。


 ルンベックは、まだまだ詰め込むことがあるという。


(会社の社長と同じと考えていましたけど……上の判断ミスで簡単に人が死ぬ世界です。やることは同じでも、結果は大きく違うのですね)


 できることなら重荷を捨てて逃げ出したい。だがそれはできない。

 正司は歯を食いしばって、前に進んで行かねばならないのである。


「ここまで話したし、少し休憩しようか」

「はい」


 二人揃って時間が取れるのは、五日に一度くらい。

 どうしても長時間詰め込むことになる。


「最近はどうかな。何か変わったことはあったかい?」

「そうですね……帝国で知り合った商人の人に宝玉版図盤というのを貰いました」


「宝玉……それは本当かい?」

「はい、見てみますか?」


 正司が『保管庫』から出したのは巨大な版図盤。

 ルンベックは唸り声をあげた。


「見事な版図盤だ。お返しは……どうしたんだい?」

「ルンベックさんに言われた通り、同等以上のもので返しました。各国から宝石を一杯もらったので、それを渡しています」


 正司の答えを聞いて、ルンベックはあからさまにホッとした顔をした。

 このへんの「付き合い方」については、わりと早い段階で正司に教えている。


 そのさい、正司の一点物は避け、できるだけ当たり障りのないものを選ぶよう、言い添えるのも忘れていない。


「見れば見るほど見事な版図盤だね。これだけ大きいのは、なかなかないと思うよ」

「そうみたいですね。北半分は別の人が持っているらしいです」


 正司の言葉を聞いて、ルンベックは「何か事情があったのだろう」と察した。

 売る場合でも、南北揃った方がよほど高価になる。


「これだけ正確な地図が書き出せるのも、さすが帝国といったところだね」

「そういえば、詳細な地図って、あまり見ませんね」


 この世界で一般的に使われている地図は、電車の路線図みたいなものが多い。

 距離や向きは適当で、町や村と道がどう繋がっているのかが分かるようになっている。


「普通はあまり、自分の村や町を離れたりしないからね」


 道中、いつ魔物に襲われるか分からない。

 交易商人たちは街道をゆくが、魔物が湧く一帯に分け入ることはしない。


 村と町がどう接しているかだけ分かっていれば、道がまっすぐだろうが、曲がっていようがあまり関係ないのである。


 詳細な地図を必要とするのは主に軍人で、年がら年中戦争をしてきた帝国が特別なのだ。


「なるほど、そういう理由があったのですね」

 手間暇かけて地図を作っても、使う人がいなければ出回ることはない。


 貴族の倉庫に眠っているものがあるかもしれないが、人々が生きていくには町と村の接道が分かればいいのである。


「タダシくんが考えたような地図は、魔物狩人が持っているよ」

「なるほど、街道以外を歩くのは魔物狩人くらいですものね」


 裏を返せば、それ以外の人は必要としないようだ。


(あれ? そういえば、浪民街の人の中には、未開地帯を往復できる人たちがいるんですよね。地図もないのによく移動できますね)


 何日もかけて、未開地帯を移動するらしい。

 道順は秘匿されているらしく、買い出し部隊の者たちしか知らない。


 浪民街の周囲はグレードの高い魔物がよく湧くらしく、そこをうまく避けるルートを使わないと、到底辿り着けないとクヌーは言っていた。


 視界の悪い未開地帯の中を迂回しながら進むのである。


 では、買い出し部隊はどうやって道を把握しているのか。

「ルンベックさん、未開地帯の地図ってないですよね」


「そうだね。人の背丈よりよっぽど高い木々で埋め尽くされているからね。自分がどこにいるか分からないから、地図を作りようがないね」


「魔物狩人の方々は、どうやって自分の場所を把握しているんですか?」


「川や崖を目当てに進むのさ。それに目立つ岩や山、巨木などを目印にするらしい。けれど、そうそう都合良くあるとは限らない。木に傷をつけることもできるけど、みんなが同じことをしたら、訳が分からなくなるだろうね」


「ええ、私もそう思うんです。なら、どうやっているのかなと」


「目標物がない場合、昼は陽の位置で判断するね。夜は星を見るのだろう。あとは手製の地図を作るとかかな」


 この世界には天然磁石の数が少ないらしく。軽量なコンパスは発明されていなかった。

 地図のない未開地帯へコンパスもなしでどう進むのか。正司は気になった。


(そういえば最近、忙しくて浪民街に顔を出していませんでしたね。今度時間を見つけて寄ってみましょうか)


「未開地帯に分け入ったことのある人に今度、聞いてみようと思います」

「そうだね。魔道国は未開地帯にあるのだし、そういう知識は仕入れておいた方がいいかもしれないね」


 一般の人にはまったく必要ない話だが、魔道国は別。

 町の壁一枚隔てた先はもう、未開地帯なのだから。


 こうして地図の話題から、正司は久し振りに浪民ろうみん街へ顔を出すことを決めたのであった。


          ○


 帝国トラウス領、帝都クロノタリア。


「あ、あ……あわ、あわわ……」

 魔道長官ミレリーヌが驚きのあまり、とっちらかってしまっている。


「それでこれは本物か、それとも偽物か」

 シャルトーリアは、イラつく気持ちを抑えながら、ミレリーヌに迫った。


 シャルトーリアはかなりの強行軍で帝都まで戻ってきたため、極度の疲労と睡眠不足だった。


 だが、呑気に二、三日ゆっくり……などという暇はない。

 すぐに魔道長官ミレリーヌを呼び出し、くだんの巻物の真偽を調査させた。


「ほ、本物だと思います」

「理由は?」


「まず、巻物に込められた魔力が非常に多く……いえ、多すぎます。どう考えても普通の巻物の十数倍は感じられます。も、もう、それだけで驚きなのですが、中の呪文は紛れもなく、〈瞬間移動〉のものです。そして極めつけは……」


「極めつけは?」


「最初の行だけを読み上げました。それでもしっかりと巻物が反応しました。おそらくそのまま読み進めれば、巻物に書かれている呪文が発動すると思います。偽物である可能性はほとんどないと考えます」


「……そうか」

 もとより疑ってはいなかったが、万一のことがある。


 帝国に仇成すために、わざと仕込んでいる可能性をシャルトーリアは考えていた。

 たとえばウーレンスが皇帝に献上して、皇帝が何も知らずに使ってみる。


 そこで大惨事がおきる可能性などである。

 巻物の効果を調べるため実験してみる予定だが、その前に本物かをミレリーヌに判別させた。


「ついでだ。実験に付き合ってもらおう」

「じ、実験です……か?」


「そうだ。言葉を繰り返さないと分からないのか?」

「い、いえ……私はただ……研究者ですので、あまり……」


 ミレリーヌは良い家の出だ。

 どこぞの貴族の三女か四女だと、シャルトーリアは聞いている。


 ミレリーヌは若いときに魔法の才を開花させ、およそ二十年近く、人と交わらず研究を続けた変人である。


 その話を正司が聞いたら、「軽いコミュ障ですね。私と同じです」と言ったことだろう。


 ミレリーヌは、二十年におよぶ研究でいくつか重要な発見をしている。

 魔法使いの間では、研究者としてそれなりに名が通っているらしい。


 それに目をつけた父親が、コネを使って今の地位に就けたというのがシャルトーリアが聞いた話だった。


「すでに実験方法は考えてある。何も心配しなくていい」

「いえ、あのですね……はい」


 シャルトーリアが目を細めると、ミレリーヌは素直に頷いた。

「部下をつける。巻物を使って、フエブレウスの町からここまで跳んでほしい」


「フエブレウスの町ですか? バアヌ湖の反対側ですけど」

「そうだ。行きは船で帰りは巻物だ。楽な旅だろう?」


「そ、そうですね、ははっ。私がするのですか……」


 煮え切らない態度にシャルトーリアはまたもやイラッとするが、もとは貴族階級の引きこも……いや、深窓の令嬢である。


 普段自分が相手をしている海千山千の政治家どもや、規律のただ中に身を置く軍人とは違うのだと思い直す。


「ではよろしく頼む。すぐに出発してくれ」

「えっ? 支度はどうすればいいのでしょう。着替えを用意しないと……」


「コルハーン、後は任せた。引っ張ってもいい。結果を残せ」

「はっ、畏まりました」


「着替え~」と叫ぶミレリーヌの奥襟を掴むと、コルハーンはシャルトーリアに一礼して部屋を出て行った。


「あれで研究者としては一流というのだから分からんな」

 ミレリーヌが魔道長官に就任してから、帝国の魔法研究は十年も二十年も進んだと言われている。


 本人の性格はどうあれ、優秀であることは違いないようだ。

「まあいい。巻物が本物ならば、実験も成功するだろう。となれば次は……」


 果たして五日後、ミレリーヌは無事宮殿に戻ってきた。

 護衛につけたコルハーンも一緒である。


 フエブレウスの町は、帝都から船で三日ほど。

 そこから二人で跳んでも、巻物の使用した回数は1。


「巻物の残り回数は5か」

 対岸の町から二人跳んで使用回数が1というのは、よい結果だった。


 シャルトーリアは巻物を大事にしまい、テーブルに拡げられた地図に目を落とす。

 帝国だけでなく、大陸全体の地図が描かれている。


 王国やミルドラル、ラマ国までもが載っているのである。

 さすがに魔道国は載っていない。


 かつて帝国が人海戦術で、十年以上かけて調査した結果である。

 大陸に覇を唱えるためには、西側の地図は必須。


 そのとき作成されたものの一枚をシャルトーリアは持っていた。


「距離はここから……ここまでか」

 シャルトーリアは、帝国領のある地点からラマ国の首都ボスワンまでを指でなぞった。


 それはミレリーヌが、つい先ほど跳んだ距離に等しかった。

「使用回数の残りは5。一本の巻物で二往復半できるな」


 シャルトーリアの指がさらに伸びる。

「それともラマ国とミルドラルを抜け、未開地帯にある魔道国まで……というのも悪くないな……いきなり現れたら我が婿殿は、どんな顔をするか」


 シャルトーリアがクククと笑みを漏らしたところで、部屋の扉がノックされた。


「……だれだ?」

「クオルトスでございます。ミレリーヌ殿に聞きましたところ、こちらにいらっしゃると」


「いいぞ、入れ」

 情報担当大臣クオルトスが現れた。


「失礼します。お耳に入れたい話がございます」

「叔父上がまたぞろ暗躍を始めたか?」


「いえ、第一皇子殿は大人しいものです。そうではなく一部の貴族たちが、魔道国と接触したがっておるようです」

「帝都サロンの一件であろう。そう考える者が出てきてもおかしくない」


「勝手に動かれても、よろしいのですか?」

「いまから船を使っても間に合わんよ」


「たしかにいまから船でとなると、接触するまで数ヵ月はかかります。ことによったら、半年以上は……ですが、間に合わないというのは、まさか……」


「そのまさかだ。二カ月以内に準備を終えられるか?」

 シャルトーリアはもちろん、具体的な言葉は使わない。


 クオルトスも同様だ。

 ここで「何の準備ですか?」と聞き返すようでは、情報担当大臣など務まらない。


「さすがにそれは難しいかと。多数派工作はどうでもいいとしても、軍すらも間に合わないと思います」


「軍はどのみち分裂する。領主の支持は半分諦めた。旧い貴族どもを騒がせないために、どれくらいの期間が必要だ?」


「最低でも三月みつきは戴きませんと。そもそも決行は来年以降の予定でしたので、十分な根回しはできておりません」


「三月か……仕方ないな。どのみち軍の移動にもそれくらいかかる。私は魔道国へ行ってくるから、その間も準備は進めておいてくれ」


「魔道国へですか?」

「そうだ。実際に国を見ておきたい。それに婿殿と親しくなっておかねばならぬだろう?」


「ルード港まで出向かれたと聞きましたが、まさか船でですか?」

「いや、偶然にも一本だけ〈瞬間移動〉の巻物が残されていたのだよ。実験も済ませた。ボスワンの町に行ったことがある者に、連れてってもらうことにする」


「帝都サロンで噂になったあの巻物ですか?」

「そう、あの巻物だ」


「サロンに持ち込ませないよう厳命されていたと聞きましたが、魔道王の目を盗んで持ち込んだ者がいたのですか」

「いや別件だ。なんとも運のよいことに、その情報が手に入った」


「それは重畳でございました。まさか〈瞬間移動〉の巻物が帝国に入っていたとは、気付きませんでした」


「なんとも脇の甘いことよ。……それを使って魔道王に挨拶してくるつもりだ。次に行くときは、皇帝の娘としてになるだろう」


「分かりました。そういうことでしたら、なんとしてでも三月以内に必ず、準備を終わらせます」

「頼んだぞ」


          ○


 浪民街は、帝国領北の未開地帯を抜けた場所にある。

 大小の集落に分かれて、人々が暮らしている。


「えーっと……」

 クエストをくれた少女リスミアに会いにきた正司は、ただいまホールドアップ中である。


 以前、ライラに剣を突きつけられたのと同じだ。

 今回は、武器を持った男たちが、正司を遠巻きに囲っている。

「あのですね、私は無害です」


 とりあえずそう叫んでみたが、男たちの雰囲気が和らぐ気配はない。


(以前クヌーさんは、人々の気が立っていると言っていましたけど、本当みたいですね)

 まさか剣で囲まれるとは思わなかった。


 いつでも逃げられるよう、正司は自分に〈身体強化〉をかけている。

 だが、ここで逃げ出すと、もう二度と来られないかもしれない。


「すみません、クヌーさんを呼んでもらえますか。私はタダシと言います。悪人じゃないです」


 説得は難しいので、正司はそう叫ぶ。

 完全にクヌー任せになるが、プチコミュ障の自分では、殺気だったこの場を収められる自信がなかった。


「…………」

 男たちは正司を囲んだまま、無言で対峙している。


 正司が怖いのか、一定距離より近くにはやってこない。


「――それは俺の客だ。問題ない」

 クヌーが現れた。少年と少女は連れていない。


「あっ、クヌーさん。よかった」

「間の悪いときに来たな……まあ、理解しているわけじゃなさそうだし」


 クヌーは包囲の中に入り、正司に近づく。


「えっと、何かありました?」

「急進派の連中が浪民街を抜け出した」


「えっ? ここって、道を知っていないと辿り着けないんですよね。当然、抜け出すこともできない……」


「そうだ。買い出し部隊のヤツがひとりいない。付いていったのか、連れ去られたのか分からないが、関連があると俺たちはみている」


「殺気立っているみなさんは……」

「お前さんをヤツらの仲間と思ったんだ。それはあとで説明してやる。それより、これを何とかしろ」


 クヌーは親指で男たちを指した。

 武器こそおろしたものの、包囲はそのままである。


「私が何とかするのですか?」

「さすがに集落の不興を買ってまで、お前を弁護できん。そもそも俺の名前を出したことで、俺の立場が微妙になった」


「あー、それはすみません。気がつきませんでした」

 武器を向けられたので、知り合いの名前を出したのだが、疑いの目がクヌーにも注がれたらしかった。


「分かってるやつもいるが、囲ってるのは、俺もよく知らない連中なんでな」

「別の集落の人たちですか」


「そんなところだ。急進派を見つけ次第襲いかかろうっていう、各集落の武闘派だな」

「それはまた何とも……」


 殺気立っているわけである。

「というわけで、俺の嫌疑もわずかだが、残ってるんだ。なんとかできないか?」


「……でしたら、お土産とかどうでしょう。魔物の肉とか皮とか」

「なるほど……ちょっと待ってろ」


 クヌーは正司から離れて、男たちの方へ行った。

 しばらく話したあと、戻ってきた。


「それで大丈夫そうだ」

「よかったです」


 ――ドサドサドサ


 正司は、その場に魔物の肉と皮を大量に出した。




 クヌーと正司は、岩場に腰掛けて一息ついた。

 正司を囲っていた男たちはいない。肉と皮の配分で揉めているらしい声が聞こえる。


 クヌーは、正司が未開地帯を踏破できる優秀な魔法使いだと説明した。

 急進派と繋がっているならば、買い出し部隊のヤツを引き込む必要がないと話した。


 正司が肉と皮を提供すると申し出たので、それならば未開地帯を踏破できる証明になると、男たちが納得したようだ。


 実際、正司の嫌疑は晴れた……というか、肉と皮に群がってしまった。

 実質、お咎めなしと相成った。


「さっきの話ですけど、急進派の人たちがいなくなったのですよね」


「ああ、しばらく気付かなかったから大変だった。買い出し部隊の姿が見えなくなったことから発覚しただけで、実は一緒に行動しているのかすら、分かってない」


「そのいなくなった人は、町までの道を知っているのですね」

「そうだな。だから他の集落の連中は殺気立っている」


 この地が安全なのは、他に来る方法がないからである。

「たとえばですけど、道を知っている人の先導なしに、ここへ来るのは可能ですか?」


「前も言ったと思うが、ほぼ不可能だ。そこかしこで高グレードの魔物が湧く。運良く辿り着けることもあるが、直線でも十日や二十日は歩くことになるだろう。だれも挑戦しようとは思わない」


「まして軍隊がやってくるのでしたら、もっと日数がかかりますものね」


「そうだ。だが、低グレードの魔物しか湧かない場所がある。そこを縫うようにしてやってくるならば、話は別だ」

「みなさんは、それを警戒しているのですね」


「地図があってもアテにならないのが未開地帯だ。道を知っている者さえ裏切らなければ、問題なかったんだ。……だがこれで、浪民街までの道がバレた可能性がでてきた。ここには帝国のお尋ね者が多数暮らしているから、今の雰囲気は最悪だ」


 最後まで帝国に反抗した国の民や、最近になって叛乱をおこして逃げてきた者もいるという。

 みな帝国の支配を良しとしない者たちばかりらしい。


 帝国も同じ。そのような考えを抱いている巨大な集団をそのままにはしたくない。

 討伐できるのならば、やってしまった方が後腐れないだろう。


「大変ですね」


「ああ……その大変な時期にお前さんがきたわけだ。実際あいつらだって、急進派の顔を知っているわけではないから、戻って来たのかと思われていたぞ」


「そうだったんですか」

 なるほど、囲まれるわけだと正司は理解した。


 そこでふと正司は考えた。地図すらアテにならない未開地帯で、どうして正確にグレードの低い魔物が湧く場所だけを選んで移動できるのか。


 その質問をクヌーにぶつけてみたところ、面白い答えが返ってきた。


「俺も教えてもらってないから想像になるが、避難小屋から避難小屋までの間をいろんなもので覚えているらしいぞ」


「いろんなもの? たとえばどんなです?」

「岩や大木を目印にして、そこから何歩進んだら右に折れるとかだな。俺も小声で数を数えているのを何度か聞いたし、歩数を聞き返しているのも見たことがある」


 その辺は正司も予想がついた。未開地帯は起伏の激しい箇所かいくつもある。

 目印には事欠かない。ただ、そうそう都合良く出てきてくれるわけではないだろう。


「歩数を数えているわけですか」

「草が背丈以上に伸びているところもある。先がまったく分からないんだ」


「すごいところを通りますね」


「そこは魔物が湧かないからな。そのときは、岩に結びつけた長いロープをもって入る。ロープがピンッと張ったら、その周囲に別のロープがあるから、今度はそれを使って同じように進む。帰りはロープを回収しながらだな」


「時間がかかりそうですね」


「時間がかかる? 迷うよりマシさ」


「それはそうかもしれませんけど……背丈より高い草地なんて、抜けるまで時間がかかりそうです」


「それと魔物に追われた場合は逃げるだろ? 元の場所に戻るため、ヤツらだけにしか気付けない印がそこかしこにあるようだ。教えてはもらえなかったけどな」


「木に印とかでしょうか」

「魔物が徘徊してるんだ。木は傷だらけだぞ」


「そう言えば、そうですね。では別の方法ですか……」


「それより、どうしてここにきた? 前に話しただろ。浪民街はいま、状況がよくないんだ。部外者との交流はなるべく避けたいのだが」


「今度、グラノスの町の代官に会うことにしたのです。それで少し話を聞こうかと思いまして」


「代官か。替わってなければロキスという名前だったはずだが」

「そうです。合っています」


「だったら話は早い。あれは小物だ。買い出し部隊が楽できるのも、代官が有能じゃないからだ。他の町じゃ、こうはいかん」


「人となりは、どんな感じなのでしょう」

「虚栄心があり、短慮だという話が流れている。奥方は見栄っ張りで強欲。そのせいか、代官だというのに、人望があまりない。俺たちは楽できるがな」


「代官の人望がないと、楽できるんですか?」

「人望がないから、命令しても部下が一生懸命やらないだろ。報告だけはちゃんとしてても、実行が伴わなきゃ、裏をかいくぐり放題だ」


「そういうことですか……ちょっと会いたくない感じの人ですね」

 クエストの白線が伸びているから、会わないわけにはいかない。


「自分を大きく見せようとする人間は、小心者が多いと俺は思っている。代官と会うなら、あまり追いつめないことだな。小心者は、追いつめられると、何をするか分からない怖さがある」


「そうですね。心に留めておきます」

「今回お前さんが持ち込んでくれた肉や皮で、暮らしが大分楽になるはずだ。次来ても囲まれないとは思うが、用心してくれよ。それと俺を巻き込まないでくれ」


「分かりました。何か必要なものがあったら、持ってきますけど」

「持ってくるって言ったって……そうか。行き来できるのか。だったら待ってろ」


 クヌーは集落に向かい、しばらくしてから戻ってきた。

「町へ買い出しに行くのをしばらく止めるつもりだったんだ」


「どうしてですか?」

「道がバレていた場合、そこを見張られている可能性がある。連中が諦めるまで集落の中だけで暮らすことになる」


「ルートがバレると、こちらから町に行くときにも注意が必要なんですね」

「そういうことだ。だからお前さんが協力してくれるなら、次の買い出しリストを渡しておく。金は先に渡せないが、リストにあるものを買ってきてくれたら、色を付けて買い取る」


 クヌーは正司に木札とリストを渡した。

 リストには店名と、買う品物の名前が書かれていた。


「このお店は……」

「グラノスの町で俺たちに協力してくれている商人たちの名前だ。浪民街の住民が顔を出しても通報されない。木札を見せれば分かってくれる」


「なるほど、そこで代官の情報も聞けますよね」

「それは問題ない。ついでに今回の件も伝えてほしい」


「分かりました。そうそう何度も代官に会えないでしょうし、どうクエストを進めればいいか、悩んでいたのです。有効に活用させていただきます」


「そうか。まあ、品物を買ってきてくれるなら、こっちとしては大助かりだ。成功すれば、浪民街の協力者として認めるよう掛け合っておく」


「そうしたらもう、剣を向けられたりしないですよね」

「大丈夫だ」


「でしたら、やります。というか、やらせてください」

「分かった。各集落の代表者に話を通しておく」


「お願いします。来て良かったです」

 最初は剣を向けられてどうなることかと思ったが、どうやらその辺の問題は買い出しをすることによって、なんとかなりそうであった。


          ○


 ラマ国の首都、ボスワンの町。


「……ひっ、姫様!?」


 帝国が所有する屋敷に、シャルトーリアが現れた。

 屋敷を守るレキントンは、事前に何も知らされていなかったため、大いに驚いた。


「久しいな、レキントン。目立つから大声は無しにしろ」

「も、申し訳ございません。で、ですが……姫様がこの町にいらっしゃるとは夢にも……」


「この屋敷で働いていたエバンスを覚えているか?」

「ええ、もちろんです」


「それに連れてきてもらった」

「……?」


 シャルトーリアは、帝国のロイスマリナ領に赴き、絶断ぜつだん山脈を登った。

 これまで、たった一カ所だけラマ国へ通じる道があったが、それはもはや昔の話。


 正司が巨大な壁で塞いでしまったことで、行き来が不可能になってしまった。


 シャルトーリアは絶断山脈の中腹にある町まで行き、そこから巻物を使った。

 実際に使ったのは、かつてボスワンの町で働いていたことのあるエバンスである。


〈瞬間移動〉は成功し、シャルトーリアは見事、帝国の屋敷に跳ぶことができた。


「さっそくだがレキントン。魔道国の最新情報を教えてくれ。近いうちに乗り込むことになる」


「なんと!? 魔道国へですか?」

「そうだ。戦争をしに行く。剣と魔法の代わりにドレスと宝石を使う、男と女の戦争だがな」


 うまいジョークを言えたとばかりに、シャルトーリアは笑った。

 それを見たレキントンは、猛獣が威嚇して歯をむき出したようにしか見えなかったのだが。


 なんにせよシャルトーリアは、単身で魔道国へ乗り込むつもりらしい。



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