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119 計画変更

 帝都クロノタリアにあるチュレル島。

 ただいま、帝都サロンの真っ最中である。


 この日のために、帝国中から貴族や有力者たちが集まってくる。

 商人たちも同様である。


 商人と有力者が一堂に会する機会はそれほど多くない。

 このようなサロンで名を売り、次に繋げることが互いも利益に繋がる。


 ゆえに少しでも多くの知己を得ようと、人々は相手を探す……予定でいたが、今回ばかりは違った。


「なるほど……王国の方だったのですか。帝国式の衣装がよくお似合いですよ」

「おほほほ……主人が交易をやっておりまして」


「ラマ国で高級役人をやられているのですね」

山間さんかん部ではありませんが、それでも魔物が多く、難儀しております」


 サロンのそこかしこで、情報交換が行われている。

 それもこれも、正司が連れてきた二万人が、この場の話題を独占したからである。


 日頃ならば、「西の遅れた国々」と見下すところである。

 何しろここにいるのは帝国でも選ばれた一部の者たち。


 だが、登場のインパクトがあまりに凄すぎたことで、そのような考えは吹っ飛んでいってしまった。

 そうなれば、親しくなって情報を聞き出すのが得策。


 自分たちの町に戻ったときの話題に事欠かない。

 積極的に話しかけるにかぎるとばかり、西からやってきた者たちは大人気だった。


 中でも今日は、魔道国の建国祭の最終日ということで、どのような国なのか、みなこぞって聞きたがった。




 そして同時刻。

 特別に設えた一室で、シャルトーリアとルーカント、それに正司とルンベックの四人は、にこやかに会談していた。


「あっ、そろそろおいとましないといけません」


 和やかに会談は進む中、突然、正司がそう言い出した。

「はっ、えっ!? 帰るの……ですか?」


 ルーカントは驚き、シャルトーリアは絶句した。

〈瞬間移動〉の魔法で来たのだから、〈瞬間移動〉の魔法で帰るのが道理。


 だが、ここは帝都である。二万人を移動させるのにどれほどの魔力を使ったのか。

 帰りの魔力が持つのかという問題がある。


 ルーカントは、魔力が回復するまで留まるものと思っていた。


「ええ、今日はみなさんを各国、各町に届けないといけませんので」

 申し訳なさそうに正司は言うが、それを聞いて二人はさらに驚いた。


 つまりただ帰るだけではなく、各町に送り届けると言うのだ。

 それはもう、魔力が持つとか持たないとかいうレベルではない。


 正司が手首を振る。正司の手首には、細いリングが巻かれている。

 するとどこからか、ゆったりとしたメロディが流れ出した。


 ルンベックの手首からも聞こえる。

 シャルトーリアは何らかの魔道具だと考えたが、その用途は分からなかった。


「それはなんでしょうか」

 ルーカントの問いかけに正司は笑って答える。

「私の腕輪と共鳴させて音楽を流す魔道具です。今日ここへ来た人に持たせています。全員ではないですけど」


 これは正司のリングと共鳴して、「ほたるの光」を流す魔道具である。

 この音楽が聞こえたら帰ると皆には伝えてある。


 談笑している人たちは、音楽が流れたら相手に暇を告げ、帰る支度を始めることとなる。


 今の説明を聞いて、二人はなるほどと納得するものの、もちろんその魔道具に聞き覚えがない。


「突然消えるとみなさんを驚かせることになりますし、忘れ物が出るかもしれないではないですか。ですから、事前に帰るタイミングが分かる魔道具をつくったのです」


「…………」

「…………」


 魔道具をつくったというのだから、正司が自分でつくったのか、職人につくらせたのか。

 どちらにしろ、贅沢なことである……で、済まされる話ではない。


 魔道国は、ささいなことでも魔道具を製作する余裕があることを意味する。


 検知盤の反応はこのせいだったのかとシャルトーリアは思うものの、なにかそれだけではないとも感じていた。


 魔道具のことを根掘り葉掘り聞き出すのは、マナーに反している。

 正司ならば気にせず答えてくれそうだが、聞きだそうとしたところで、ルンベックがやんわりと断りを入れてくるような気がした。


 シャルトーリアはグッと我慢して、「では、みなさんが集合できる場所を提供しましょう」と言った。

 どうやって帰るのか、興味があったのだ。


「あっ、大丈夫です。全員の居場所は把握していますので」


「えっ?」

「へっ?」


「行きもそうでしたけど、私が全員把握しています。ですので、このまま帰ることができます」

 正司が立ち上がった。


 すでにメロディは消えている。本当にこのまま帰るつもりなのだ。


「わ、私も連れていってもらえないでしょうか」

 このままではいけない。


 そう思ったルーカントは、とっさにそんなことを口走っていた。


 ルーカントは、トラウス領の領主である。とても忙しい身だ。

 勝手に移動できるような身分ではない。


 それでもこれを逃してはいけないと、感じた。

「いいですよ」


 あっさりと正司はそう言う。

 内心では「このサロンのホストですよね。大丈夫なんでしょうか」といらぬ心配をしていたのだが。


 今後のことを考えれば、ここで別れるより付いていった方が何倍もいい。

 判断は間違っていないという確信がルーカントにはあった。


「それでは帰ります。今日はありがとうございました」

 正司がそう言い、ルンベックも優雅に礼をする。


 シャルトーリアが返礼した頃には、三人の姿は消えていた。

 宮殿内のそこかしこから、「おおおっ!」という驚きの声が聞こえてきた。


 つまり本当に、正司が二万人を連れて帰ったのだと理解した。




 シャルトーリアが部屋を出ると、残った者たちが口々にいまの話をしている。

 ルーカントの部下がいたので、正司と一緒に魔道国へ行ったと話をしたら、やはり驚いていた。


 クオルトスがシャルトーリアの方へやってきた。

「ちょうどよかったわ」


 シャルトーリアは、クオルトスを先ほどの部屋に呼んだ。

 サロンはまだ続く……が、それはルーカントの部下がいつも通りやってくれるだろう。


 シャルトーリアは、いまの件を早急に話し合う必要があった。


「建国の告知に来たのでしょう」

 クオルトスの言葉にシャルトーリアは頷いた。


 なぜ彼らがここへやってきたのか。まずそれを考えねばならない。

 考えた末の結論が、それだった。


 普通に魔道国が使者をたてた場合、各所をたらい回しにされた後で書類一枚もらってお終いである。


 どこぞで王を自称する者が現れたくらいの印象しか持たれない。

 今回の登場で、魔道国ならびに魔道王の存在を帝国の上層部に印象づけた。


 少ない労力……と言えるか分からないが、ほんの数時間で最大の効果を発揮したと言っていい。

 これを考えた者は相当なやり手である。


「あんな建国の報告をしにくるなんて、予想しろという方が無理よ」

 悔しいが今回はしてやられたと、シャルトーリアは素直に敗北を認めた。


「帝都サロンに集まった方々には、薬が強すぎたでしょう。あれを見せられて、魔道国を侮る者は間抜けとしかいいようがありません」


 クオルトスはつい先ほど去って行った二万人を思い出す。


 すぐれた魔法、精強な兵を揃えた軍事、各国の重鎮を連れてきた人脈、どれをとっても驚愕ものだった。


「たしかにいい宣伝効果だったな」

「はい。私も脱帽です」


 これを画策したのは、おそらくルンベック。

 昨年のサロン出没を合わせて考えれば、そうとうにいやらしい手を使ってくる。


「それであの瞬間、二万人はどうなった?」


「注意して見ておりましたが、みなさん一瞬でお帰りになりました」

「ということは、本当にこの部屋にいながら把握できていたわけか。漏れは……ないよな」


「今のところ、帰りそびれた者の話は聞いておりません」

「把握した方法は分からないか」


「さすがにそれは……申し訳ありません」

「いや、パッと見て予想できるものではなかった。あとで魔道長官にでも聞いてみるとしよう」


 ちなみに魔道長官ミレリーヌは、目の前で大勢の人が消えて目を回している。

 そのことを二人が知るのはまだ先である。


「それで今回の件、いかがいたしましょう」

 シャルトーリアは大陸の統一を目標にしている。


 今回の件で、それがかなり遠のいた。

「そうね。初手は完敗、でもここから巻き返すわ。まずは帝国内の引き締め……責任の所在だけど」


 シャルトーリアは悩む。

 今回の件、だれが貧乏くじを引くべきか。いや、だれに引かせるべきか。


 一万五千もの武装兵を帝都に呼び込んでしまったことは、軍部の失態にあたるだろう。

 だが、帝国の公式文章で許可を与えているのだから、今回、その責を問うことはできない。


 では許可証を与えた渉外担当大臣のクオルトスが責を負うかといえば、そうできない事情がある。


 許可の内容は常軌を逸したものではない。

 出した者を裁くとなれば、許可証が不法なものだったことを証明しなければならない。


 シャルトーリアが考えるかぎり、それは無理だと思っている。

 相手が許可証を悪用したと許可を出した者を裁いていたら、行政が滞ってしまう。


 ここで裁きでもしたら、認可権を持つ者は、ありとあらゆる事態を想定して許可を出さなければならなくなる。


 毎日書類が飛び交っている帝国でそうなったら、認可機構がマヒしてしまう。


 入港許可証を出したから海賊船が入ってきた。許可証を出した者を処罰せよ。

 通行許可証があったから、町中で強盗が発生した。許可証を出したものを処罰せよ。


 そんな意見がまかり通ったら、だれも許可など出さなくなる。


 これは日本でも同じである。

 だれかが車で事故を起こしても、都道府県公安委員会が責任を負うことはない。


 今回の件、だれの責任でもないとなれば、それはそれでマズいことになる。

 皇帝陛下のお膝元に武装兵力の侵入を許した責をだれが負うべきか。


「リアクールに被ってもらうしかないわね」

「情報大臣ですか」


 クオルトスは事情を察した。

 情報収集を怠り、適切な警告を与えられなかったゆえに今回の事態を招いた。


 職務をしっかりと果たせば、なんらかの対策が打てたはずである。

 一切の警告を発せなかった時点で、情報大臣を名乗る資格はない。そんな感じだろう。


「大陸の西を軽視しすぎたゆえ……かしらね。というわけで、私たちだけで情報収集をしましょう」


 このあと、情報担当大臣は窮地に立たされる。

 情報部も査察が入り、一時的に機能しなくなる。


 そもそも、情報部が魔道国の情報をどれだけ集めているかも疑わしい。

「情報部の何人かが処罰されるでしょう。……それで私どもは何を集めましょうか」


「各町のサロン、そこで話された内容をなるべく正確に知りたいわ」

「サロンというと……トエルザード公の娘が出たあれですか?」


「そう。人は真に言いたいことを隠す。相手に真意を知られることを怖れるからね。ゆえにひとつふたつの噂話を集めても真実には辿り着けない。より多くの情報を集めて、検討しましょう。大陸の西側で何が行われて、これから何をしようとしているのか。何を狙って、何を隠そうとしていたのか。語られなかった事を暴き出してみたいわ」


「分かりました。一語一句、覚えていることをそのまま提出できるよう、手配します」

「それと鳥ね。すでに何百羽と来ているのでしょう?」


「はい。情報部から提出させますか?」


「それだけじゃ足らないわね。各大臣が潜り込ませた者たちもせっせと鳥を送っているはず。彼らにも協力してもらいましょう。鳥が知らせてきた情報をありったけ集めてちょうだい」


「畏まりました。そこまで大規模に行うと、西側の連中に知られることになります。大勢に声をかけると、さすがにこちらの事も漏れると思います」


「構わないわ。気付かれてもいい。時間が勝負よ。私たちは船で人を運び、鳥で情報を得ている。それでは遅い、遅すぎるのよ」


「たしかにそうですね。迅速に動いたところで、〈瞬間移動〉に敵うものはありません。そういえば、先々月でしたでしょうか。船を遣わしましたが……あれは」


「ああ……あれね」

 船乗りが未開地帯に港ができたとヨタ話を持ってきたので、試しに調査船を向かわせたのだ。


 先ほどの会談で、正司がつくった町であることが分かった。

 わずかな期間で移民を受け入れ、いまはもう、町として機能していることも知った。


「あれは様子見ね。戻ってくるのを待っていても意味はないし、真偽は知れた。遣わした船では、何もできずに戻されるだろう」


 こんな事態を想定した命令は与えていなかった。

 いないものとして扱っていいとシャルトーリアは言った。


「分かりました。忘れることにします」

「それとトエルザード公の件だけど……後顧の憂いは無くしておきたい」


「といいますと?」

「あとで蒸し返されないよう、何人か処罰させておいた方がいい」


「襲撃の件は認めてもよろしいのですか?」


「へんに意地を張る方が危険ね。事が大きくなってしまうかもしれない。口封じと思われないよう、独自調査で関わりのあった者を処罰した……の方がよいわ。そのことが自然と伝わるように手配してちょうだい」


「それは可能ですが、首を落とさないでよろしいのですか?」

「ええ、抗議があったから調べた。そうしたら怪しい者が浮かんだ……あくまで自主的に調査した結果の措置だと印象づけましょう」


「分かりました。そのように取り計らっておきます。他には……?」

「魔道王の欲しているものを調べたい。最高権力の座についた魔道士が次に何を求めるのか、ちょっと予想がつかないのよ」


「地位があれば金は必要ないですし……ふむ」


「実績か名誉か、それとも……人となりは善良に見えたが、それだけだとは思えない。魔道王の欲がどこにあるのか、どうすれば知れると思う?」


「魔道国に人をやるには時間がかかります。調査は可能ですが、どうしましょうか」

「こういうときは、王国を使うか」


「分かりました。鳥を飛ばしておきます。いくつか貸しのある商人がいますので、動かしてみます」

「王国の商人は実情を知らないかもしれない。向こうの動きは速いわ。そのことを常に意識させるように。通常の倍どころか数倍速く動くように伝えなさい」


「はい……ですが、それほどですか?」

 クオルトスは、シャルトーリアがなぜそれほど急がせるのかが分からない。


「半年前まで、帝国に何の話も入ってこなかったのよ」


「それは分かります。私も魔道国どころか、魔道士タダシの噂すら耳にしませんでした。情報大臣もそうでしょう」


「この半年で大きな動きが立て続けにあった。しかも真偽不明のものばかり。調査しなければと思っていたところよ。噂を確認させようとする前に鳥が大量に情報を運んできたところに絶断山脈に壁ができた。あれには驚いたわ」


「はい、私もです。突如大壁ができて、東西が分断されたと聞いたときは、私も耳を疑いました」


「王国とミルドラルの戦争の噂が届いたのはその直後ね。その戦争もいつの間にか終結し、北に新しい国ができただと……正直、すべて信じられない話だわ」


 めまぐるしく情勢が動き、それを追いかけ、確認する間もなく次の情報がもたらされる。

 何を信じていいのか分からないところに、二万人が乗り込んできたのだ。


 無警戒だったからと言って、許せるものではない。

 今回の暴挙、帝国の威信をかけて糾弾したいところだ。


 だが、その手段すら潰してからやってきていた。

 いったいどれほど先を読んでいたのか。


「言われてみればそうですな」


「西側を遅れた国家の集合体と思わないことだ。今回のもろもろ、先手を取れたことは皆無。対応できたことすら稀、私が見た限りではほとんどが後手に回っている。その理由があの魔法だ」


「魔道王の〈瞬間移動〉ですな」


「西側はあれで大幅な時間短縮を実現している。ついこの前発行した許可証をトエルザード公が持っていたのが証拠だ。帝国内を伝令が走るのと比べたら、どれだけ後手に回るか」


 帝国の意志決定はとにかく時間がかかる。

 これでは太刀打ちできないとシャルトーリアは語った。


「分かりました。悠長にやっていては、出した命令すら過去のものになるわけですな。とにかく急がせます。ただ鳥が戻ってないのが気がかりです」


 大陸の西から東へ情報を届けるには、鳥を飛ばすのが一番速い。

 ただこの連絡手段には欠点がある。


 これは鳥の帰巣本能を利用している。

 手紙を持たせて往復させているわけではないので、帝国に飛んできた鳥は、船に乗せて運ばなければならない。


 このところ大きな変化ばかり起きていたので、西に持っていった鳥の数が少なくなっていた。


「鳥を戻すのにどれくらいかかる?」

「通常で半年。急がせるのでしたら、三カ月から四カ月でなんとかさせます」


 シャルトーリアは知らないが、戻ってきた鳥は羽を休めさせて、体力を回復させる。

 もう一度、訓練を施して問題ないと分かれば、再び送られることになる。


 予備の鳥は常備してあるが、すべては帝国の財産。

 使用許可を願い出るだけで、相当の期間が必要になる。帝国はすべてにおいて手続きが面倒なのだ。


「知りたい情報は多々あれど、それを知る術は限られるか。ままならんな」

「申し訳ございません」


「いや、〈瞬間移動〉が反則なのだ。あれがある限り、情報伝達で勝てるとは思えん。そういうわけで、国内をどうするか……叔父上がサロンに来ていなかったのは救いだが、叔父上のことだ、きっと動き出す」


 シャルトーリアは静かに考えた。ここが勝負の分かれ目となるかもしれない。


「サロンにも第一皇子派の何人かは見かけました」

「私も見た。叔父上ならば、陛下に友好使節団の派遣をお願いするだろうな」


「そのメンバーは第一皇子派ですか?」

「そうだ。叔父上のバックには強欲な商人が数多くついている。金の成る木を見過ごすとは思えない」


 魔道国は新興とはいえ、莫大な富が眠っている。

 少し聞いただけでもそれが分かった。


「ではこちらも対抗しますか?」

「いや、父はもとより、私も動けん。……とすると、結婚するしかないか」


「はっ? いま何と仰いました?」

 耳が遠くなったのかと、クオルトスが耳をかっぽじった。


「私が魔道王のもとへ嫁ぐのが一番だろう。そう思わないか? 早めに子をなせば、それだけ帝国が安定する」


「いや、その……いまいち、意味が分かりかねます」

 クオルトスは汗を掻いている。


「冷静に考えてみろ。魔道国は瞬時に二万の兵を送り込める。各町で焦土戦をやられたら、帝国に勝ち目はない」


「ですが、帝国の兵は精強です。数も圧倒しております」


「私が敵の指揮官ならば、守りの薄い町を襲う。迎撃兵が駆けつけるころには消えているだろうな。それを帝国中で行う。ちなみに帝都を守る兵は地方へ動かせるか?」


「無理です。中央軍は陛下の玉体を守るのですから、絶対に動かせません」


「同様に、各領主も自分たちの命が惜しい。領主は帝都に篭もり、出てこないだろう。焦土戦を一年も続けられれば、帝国の産業はボロボロだ。民の怒りは爆発寸前だが、敵は何年でもそれを続けられる」


「ではこちらから魔道国に攻めていけば……」


「陸路は塞がれて、海路しかないのだぞ。罠を張られるに決まってる。海戦をするつもりが向こうにあるのかすら疑わしい。それに大量の兵を送り出すくらいなら、自国の防衛に充てるべきだと商人どもは言い始めるだろう。帝国内が混乱したら叛乱勢力が蜂起するのは目に見えている。あとは帝国内の内戦が続くだけだ」


「ですが、今回はかなり、魔道王が無理をしたと考えることもできます」

「もしくは、実力の何分の一しか出していないかもしれない。それに帝国を賭けてみるか?」


 シャルトーリアの問いかけにクオルトスはブルブルと首を振った。

「いえ、滅相もありません。私にそのような度胸はございません」


「敵対できないならば、友好関係を結ぶしかない。口先だけの関係よりも、帝国は攻められないという保証がほしい」


「それで結婚ですか」


「野心を持つ家の娘をあてがうわけにはいかない……それにうまくすれば、魔道国を足がかりに西を平定することが可能になるかもしれない。だとすれば行くのは私だ。……その場合、父を皇帝にしてからの方がいいな。価値が上がる」


「価値ですか……」


「そう。私の価値が上がるだろう? 皇帝の娘を嫁にし、皇帝を義父と呼べるのだ。価値としては最高だろう。だとすると、こっちも急いだ方がいいのか。呑気に多数派工作している時間はなくなってきたな」


 クオルトスは、事態の急変についていけていない。

 帝都サロンが始まる前は、こんなこと考えもしなかった。


「そこまで急がれるのですか……私どもも準備がまだ……」


「国が建ったのだぞ。にもかかわらず王が独身。伴侶と後継者の話は必ず出てくる」


「そうでございますね。国家は続かねば意味がありません。後継者を育てるのは王の務めでもありましょう」


「そういうわけだ。閨の最中、魔道王には数でもかぞえてもらえばいいだけさ」

 シャルトーリアの言葉に、クオルトスは「はあ、さようですか」としか返せなかった。




 正司と一緒に魔道国へ赴いたルーカントはというと……。


「ここがっ!?」


 ルーカントはトラウス領の領主である。

 そしてトラウス領には、帝都クロノタリアがある。


 さらに言えば、帝都には皇帝の居城クロノタリア城がある。


 世界一の城、自分はそこを守る領主である。つまり世界一の町を守るのが自分だと。

 ルーカントは常日頃からそう思って生きてきた。


〈瞬間移動〉で現れた先はリーザ城。

 広さと高さで言えば、クロノタリア城を凌ぐ。


 もちろんリーザ城には伝統も歴史もない。

 正司がつくりあげただけのハリボテである。


 中はまだまだ空っぽ。お世辞にも機能しているとはいいがたい。

 だが、ルーカントに与えた衝撃は大きかった。


「……ま、負けた」

 城は勝ち負けを競うものではない。

 だが、威風堂々と立つリーザ城に、ルーカントは敗北を認めてしまった。


 それだけで済めばまだ傷は浅かった。

 いや、十分深傷(ふかで)だが、それでもまだマシだった。


「それではみなさん、準備して下さい。順番に回りますね」

 建国祭にやってきたのは、招待客ばかりではない。


 彼らは使用人たちを引き連れて来ていた。

 何しろ四日間におよぶ祭典である。身の回りの世話をする者はどうしても必要だった。


 ほかにも護衛も必要であり、荷物持ちもいる。

 正司はそれら全員を回収して、各町に送り届けることにした。


 ルーカントを放っておくわけにはいかないので、一緒に。

 つまり……各国の各町へ、ひゅんひゅんと〈瞬間移動〉するのに付き合わされたのである。


 正司は楽である。あらかじめマップとマーカーを連動させていたので、置いてくるときは一瞬で済む。

 ルーカントは、何十回となく〈瞬間移動〉する様を正司の隣で体験することになった。


 ミルドラルだけではない。

 王国、ラマ国と回り、魔道国もまた二つの町と、現在温泉地として開業を間近に控えているニアシュタットの町も巡った。


「……ははっ」

 もう、ルーカントは乾いた笑いしか出てこない。


 ルーカントは帝国から出たことはない。

 出入りする商人の噂から、大陸の西側は程度の低い者たちが程度の低い集落で相争っている。


 そんな話を聞いていた。

 帝国こそ最高、「大陸の西なんてそんなものだ」と信じていた。


 だが実際はどうだろうか。各町は発展し、魔道国に至っては、巨大な建造物が多々見られたではないか。

 話が違うと言いたい気持ちで一杯だった。




 その日、数十カ所を巡り、帝都に戻ってきたルーカントは、ヨレヨレの服を直そうともせず、呆然と立ち尽くしていたという。


 自分が見聞きした内容をシャルトーリアに告げたあと、安心したのか昏々と眠り続けたという。


 なんにせよ、魔道国の名は、帝国上層部に知れ渡った。



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