011 襲撃の結果
「外の戦闘音が一切なくなったわ。タダシ……な、何をやったの?」
「全員を土の棺桶に閉じ込めました」
「へっ!?」
「漏れはないと思いますので、外に出てみますか」
馬車の外は、棺桶の林だった。
敵は馬に乗っていたが、戦う前にみな下馬している。
馬賊でもないかぎり、騎乗のまま戦うにはまた違った訓練が必要なのだろう。
「アダンはどこ? 他のみんなは?」
「ちょっと区別がつかないですね。一度顔の部分だけでも外しましょうか」
土が動いて、上部だけが露わになった。
これで護衛の面々が判別できた。それと分かったことがもう一つ。
正司は棺桶をイメージしたが、それは外観だけのことで、中までびっちり土が詰まっていた。
つまり、全員身動きできないどころか、窒息しかけていたのである。
「失敗しました」
「…………」
しれっと言う正司に、リーザは本当だろうかと疑いの目を向けた。
あっさり土の中に埋めたことといい、顔だけ出したことといい、狙ってやっても不思議では無い。
護衛の四人を解放すると、カルリトとブロレンはその場に頽れた。
怪我をしているのだ。
カルリトの方が大怪我らしく、意識がほとんどない。
「内臓に矢が刺さっていますね」
「カルリト、大丈夫か?」
「……アダン隊長。おれ、駄目みたい。さっきまであんなに痛かった腹がもう……痛くないんだ」
どの矢も、鏃は返しが広く作られている。
容易に抜けないためだが、これでは治療もできない。
アダンは腹から血を流すカルリトを見て、覚悟を決めた。
「お前をこれ以上、苦しませない。家族に伝えることはあるか。俺が責任を持って伝える」
「両親には先に逝ってごめんと。……それと、向かいの家のイーシャにおれの最後を……」
「分かった。勇敢に戦ったと」
「ありがとうござ……いま」
カルリトが最後の力を振り絞って、アダンの手を握り返したとき、正司は近寄って、移動魔法で矢を手元に移動させた。
次に回復魔法で、瞬時に回復させる。
「これでいいですね。あとは、ブロレンさんですか。ブロレンさんは肩口を斬られたようですね……よっと、これで大丈夫です」
カルリトとブロレンそれぞれ、身体が光ったかと思うと、傷が瞬時に治ってしまった。
カルリトの方など、致命傷であった。
それが光ったと思ったあとには、傷が塞がっていたのだ。
「えっ?」
手を握りしめたままカルリトが驚きの声をあげるが、その場に正司はもういない。
「えーっと、襲ってきた盗賊のみなさん、この中に怪我をした方はいますか? 治療しますけど」
首から上は自由に動くが、それでは攻撃することはできない。
魔法ならば可能かもしれないが、こんな状態で悠長に呪文を詠唱することは不可能だ。
そもそも一瞬でこんな状態にされたことで、だれしも反撃する気力が失せている。
そこへもってきて、死にかけた者が復活したのである。
何が起こったか理解して、反撃どころか畏怖の感情すら芽生えていた。
「おれは、う、腕を斬られた……治してくれる……のか?」
ひげ面の男が脂汗をにじませながら訴えかけた。
「腕ですか? ああ、腕ってそこに転がっているやつですか。ええ、治しますよ。でもどうしましょう。このままだと魔法がかけられないし……」
「治してくれるのなら、暴れない。約束するし、誓う。本当だ。血が止まらなくてもう、意識がなくなりそうなんだ」
「そうですか。それは大変ですね。では」
正司はひげ面の男を解放する。
土の棺桶はすぐに土中に消え、男は光に包まれた。
支えがなくなって男が倒れかけたそのときは、無くなった腕が生えていた。
「あっ、右腕が二本になってしまいましたね。しまったな。落ちている方……どうしましょう。困りますよね」
「…………」
どうでもいいことに悩む正司に、襲ってきた男たちは毒気を抜かれてしまった。
また、自分たちの同胞を治療してくれたことで安心したのか、次々と治療を懇願した。
アダンたちは数は少なかったものの、優勢に戦ったようだ。
襲ってきた側に怪我をした者が多かった。
ひげ面の男のように、腕を飛ばされた者はほかにいなかったが、指を斬られたり、腱を断たれたりしていた。
アダンたちは、手傷を負わせて戦線離脱を狙ったようだ。
そして治療を受けた者はみな、拘束を解かれても、逃げ出すことも反撃することもせず、その場に座り込んでいた。
「リーザ様……いえ、リーザさん。こんな感じでどうでしょうか」
何食わぬ顔で確認を求めてくる正司に、リーザはどう返事をしていいか分からなかった。
もしリーザが話せていたら、使える魔法は火と水と土じゃなかったのか! と言いたかったに違いない。
アダンたちもまた軽微ながら怪我をしていたが、正司の治療魔法によって、全快している。
襲ってきた者たちの処遇だが、アダンが知っていることを話せば解放するという条件でリーダーと交渉した。
この状態では、襲ってきた者たちに勝ち目は無い。
というか、首から下は土で固められている。
リーダーはその場ですべて受け入れると誓った。
「俺たちは傭兵団『幸運の道標』で、俺が団長のキール。隣が副長のクリメントだ。普段は王国に雇われている」
「数が多いが、もしかして常備傭兵か?」
「そうだ。砦をひとつ任されている」
「常備傭兵ってなんです?」
小声で正司がリーザに質問する。
「王国が年単位で雇い入れている傭兵団のことよ。拠点を与えて、周辺の魔物を狩る仕事を請け負わせるの」
王国は、都市の守りだけは自国の兵に任せ、それ以外は傭兵にやらせているらしい。
「この馬車を襲った理由は?」
「契約更新の時期が近づいていた。それで来年から更新しないと王国が言い始めた。俺たちは百人を超える集団だ。それは困る。食っていけないからな。だからなんとか継続して雇ってもらえるよう交渉した。そうしたら、この仕事をあてがわれた」
馬車を襲い、全員殺害する。
証拠は一切残さず、その場から消える。
言われたことはそれだけ。
襲撃対象には何人か護衛が付くかも知れないと事前に言われていたので、最大の人数でやってきたらしい。
ちなみに傭兵団には料理番や夜間の見張り番など、戦闘に携わらない者もいる。
戦えるのはこの六十人なのだそうな。
「怪しい依頼だと思ったが、こっちは足下を見られている。一回限りで追加は無し。それで雇用を継続してくれると言われたから、俺たちは受けることにしたんだ」
「そんな契約あるんですか?」
「非合法な仕事を受ける傭兵団は多いわよ。何事もきれい事ばかりじゃないでしょ」
「ですが、人殺しですよ」
「人を殺さない傭兵なんていないでしょ。戦争にかり出されるための集団なのだから」
「それはそうですけど……」
人殺しを請け負う……微妙に納得がいかない正司であった。
「でもこれで、王国の関与が明らかになったわね」
「告発するのですか?」
「しないわよ。契約解除された傭兵団が金に困って勝手にやったと言われて終わりよ」
証拠を残しているわけがないと、リーザは太鼓判を押した。
どうやら国同士のやりとりでは、こういったことは証拠が出てこなければ、たとえ訴え出ても無駄らしい。
「お嬢様、聞きたいことは聞けましたが、どうしますか?」
「そのまま解放していいんじゃないかしら。このあと彼らがどうなっても、関係ないし」
あまりな言い分だが、もっともな言い分でもある。
自分たちさえ襲わなければ、どこかでの垂れ死のうが、盗賊に身をやつそうが関係ない。
依頼に失敗したのだから、少なくとも王国に再雇用されることはない。
明日から彼らが路頭に迷うのは必至である。
傭兵団は全員無力化済みだ。
武器はすべて一カ所にまとめてある。
このまま出発すると、アダンが目配せをした。
「待ってくれ。俺たちを雇ってはくれないだろうか」
団長のキールが必死に訴えたが、リーザは首を横に振った。
「私の命を狙ったから雇わないのではなくて、単純に戦力は必要ないのよ。だから傭兵は要らないわ」
取り付く島がない。
リーザが雇わないといえば、それで終わりである。
キールも、リーザがこの集団のリーダーであることを見抜いていた。
だから拒否されてうなだれた。
大戦力を常時手元に置いておくのはたしかに無駄だろう。
必要になったときに雇えばいいのだ。
そんな風に正司が考えていると、マップに変化がおこった。
いままで通常の緑丸だった表示が、黄色い三角に変わったのである。
(あれ? 傭兵団の団長にクエストマークが現れた?)
ずっと注目していたわけではないが、リーザとの会話中は、他の人と同じだった。
変わったのは、リーザに雇用を拒否されたあとだ。
(ということは、この団長のキールという人が今現在、困っていることになるわけか)
唐突にクエストマークが出現したのは、それまでの会話の流れから予想できる。
もちろん、正司はこの機会を逃すつもりはない。
「あの……キールさん、ちょっとよろしいですか」
「なんでしょうか、魔道士様」
百人規模の傭兵団を率いているキールから様付けで呼ばれたことに、正司は少しだけ引いた。
傭兵団というのは戦争に出て人を殺すのだとリーザから聞いて、もう少し粗野なイメージを抱いたが、考えてみれば傭兵だろうが、一般の兵だろうが、そこは割り切るものなのだろう。
「キールさんはいま、困っていることはありますか?」
直球だが、そう聞いてみた。
キールの後ろには六十人の集団がいる。
非戦闘員を入れて百人と聞いているので、まだまだいるはずである。
そんなキールが困っている内容といえば……。
「もちろん困っていますとも。俺が率いているこの団の今後についてです。俺は彼らを食わせなくっちゃならない」
「なるほど、分かります」
だからリーザに雇って欲しいと提案したのだろうが、はっきり言って正司だって彼らを雇うことはできない。
雇う意味が無い。
「次の仕事を見つけるには早くて数ヶ月はかかるでしょう。報酬がもらえるのは、更に一ヶ月先です。それまで食いつなげなければ、早晩身をやつすしかありません」
なにも六十人全員が一カ所で雇われる必要はなく、総量として六十人分の仕事を見つければよいらしい。
各人が仕事を受け持ちつつ、非戦闘員を喰わせるだけを稼ぎ出せばよいのだという。
日本で言う派遣会社みたいなものかと、正司は理解した。
そしていま、彼らは資金がショートしかけているのだ。
このままでは傭兵団、つまり会社の存続が危うい。
身をやつすといったが、ようは人の物を奪う盗賊家業をするという意味だろう。
「それではキールさん。たとえばですけど、みなさんが仕事を持つまで食いつなげればいいと考えてよいですか?」
「はい、そうです。もしかして、魔道士様が俺らを雇ってくれるのですか?」
「雇うことはしませんが、しばらく食いつなげるよう、援助することはできます」
「本当ですか? ぜひお願いします!」
団長のキールがすごい勢いで食いついてきた。
すぐにいつものクエスト表示が現れた。予想は当たっていたのだ。
正司は受諾を押して、こういった。
「魔物のドロップ品をお渡しします。それを売れば、しばらくは生活できるのではないでしょうか?」
正司は、保管庫から魔石の入った袋を取り出した。
この袋は、革制作のスキルで作った最上級品である。
取り出した瞬間、リーザが「ほぅ」っと息を吐いたので、何人かがその袋の価値に気づいた。
「この中はすべて魔石です。これを売って食いつなげばいいでしょう」
正司はキールに魔石袋を渡した。
キールは袋を解き、中を確認する。
最初は半信半疑だったが、中を見て驚愕している。
慌てて手を入れていくつかの魔石を取り出す。
シャラシャラと音を立てて、魔石がキールの手からこぼれ落ちた。
「こ、こ、これを……よ、よろしいのですか? 魔道士さま」
「袖振り合うも多生の縁と申しまして、事情を知ったからには、できる範囲でお手伝いいたします」
ズシリと重い袋に、キールは両手で受け止めてもなお、重さに負けそうになる。
「タダシ、あなたそれ……どのくらい入っているのよ」
「さあ……袋が一杯になるまで入れただけですので」
「もしかしてG4とかの魔石が入っていたりしないわよね」
「G3からG5まで入ってますけど、なにか?」
正司の言葉にリーザたちだけでなく、キールを含めた傭兵団の面々もまた、目頭を揉んだ。
G5の魔石は、市場にまず流通しない。
「このご恩、いつか必ずお返し致します、魔道士さま……タダシさまでよろしいのでしょうか」
「はい、私はしがない旅の魔道使いタダシです」
「分かりましたタダシさま。これで俺らは真っ当に生きます。もし傭兵団『幸運の道標』が必要なときは、ぜひともお声がけください。なにをおいても駆けつけます」
「そうですか。それは楽しみですね。期待しています」
正司は丁寧に礼をした。
この辺はサラリーマン時代の経験で自然と出たものだ。
すると、キールだけでなく、六十人もの男たちが全員深々と正司に頭を下げたのだ。
――クエスト完了 成功 貢献値1
そう表示され、正司はニンマリした。
最短でクリアである。
その笑顔を見て、傭兵団の面々は、まるで信奉する対象に出会ったかのような表情を浮かべた。
その頃、正司の心は「これで残り貢献値が2に増えた!」で満たされていた。
「タダシ。ちょっと話があるので、馬車の中でゆっくり聞かせてくれるかしら」
「……はい?」
もの凄くいい笑顔で手招きをしているリーザに、正司が後ずさろうとすると、アダンは肩を叩いて、「行ってやれ」というジェスチャーをした。
逃げようとした……が回り込まれたのである。
「なんでしょうか」
「いいから馬車に乗るの。さあ、出発よ」
馬車の中で正司は、三属性の魔法以外にも回復魔法が使えること、瀕死の重傷でも一瞬で治せることなどを説明する羽目になった。
そしてどうやって魔石をあんなに持っていたのか、説明するはめになった。
「ですから、出会う魔物をすべて倒していたので、あまり深く考えていなかったのです」
「なんでそんなことができるのよ。おかしいわよ」
「いや……ですが……」
「魔石の量もおかしいでしょ。どれだけ貴重だと思っているの!?」
「お嬢様……もう、それくらいにされたら」
ライラがとりなすまで、リーザは正司の横から離れなかった。
ようやくリーザが離れると、脂汗をビッシリとかいた正司が大きく息を吐き出す。
ミラベルがそれを見て「お姉ちゃんは大変だ」とそっと呟くのであった。
なんにせよ馬車は、ラマ国首都へと向かって順調に進んでいった。
ラマ国の首都ボスワン。
ここへ至るには、緩く長い上り坂を延々と上っていかねばならない。
何しろ、ボスワンは山の中腹にある。
最初はまだ緩い上りであるが、最後は旅人泣かせのリーガルの坂が待っている。
正司を乗せた馬車は、他と同じように上り坂に難儀していた。
ほとんどの場合、馬車を降りるか、『担ぎ師』と呼ばれる馬車を押す者たちを雇うことになる。
リーザは馬車を降りるつもりはなく、担ぎ師を雇う予定であった。
担ぎ師は、力自慢ならばだれでも始められる職業で、仕事のない若い男たちのよい小遣い稼ぎとなっている。
「なるほど……でも、馬を回復させたらいいんじゃないですか?」
正司は治癒魔法で疲れを癒やせることを知っている。
回復魔法は怪我などの外傷、治癒魔法は身体の内面を治すものだと正司は認識している。
「なら、やってくれるかしら」
馬車が坂に差し掛かり、次第に馬の息が荒くなると正司が治癒魔法をかける。
すると馬は本来の力を取り戻し、また馬車を引っ張るようになる。
それを繰り返すことによって、途中で立ち往生した馬車はもとより、担ぎ師が後ろから押している馬車ですら追い抜いて、リーガルの坂を上っていくのであった。
道ばたでは、難所で取り残された者たちが、唖然とした表情で見送っていた。
結局リーザたちが乗った馬車は、そのまま減速することなくリーガルの坂を越え、一行は絶断山脈の中腹にあるボスワンの町に到着したのであった。
「私の護衛依頼はここまでですね」
これで貢献値がもらえると思うと、つい顔が緩んでしまう。ホクホク顔だ。
一方、リーザは悩んでいた。
正司を自国に連れていきたいのである。だが、どう切り出せばいいだろうか。
最近はそればかり考えていた。
「こちらこそ助かったわ。カルリトの命を救ってくれたばかりか、盗賊に扮した傭兵団も退けてくれたわけだし」
「たまたま、運が良かったということだと思います。リーザさんの日頃の行いがよかったのでしょう」
あとはもう貢献値をもらうだけなので、正司は大らかな気持ちでそんなことを言った。
というか、話の半分は聞いていない。
「無事ラマ国に着いたけれど、王国は手を変えて狙ってくるかもしれないわね」
「そうですね。考えられると思います」
「ここで新たに護衛を雇っても、それすら王国の罠という可能性があるわ。襲撃が失敗したときの保険として、この町に刺客を潜入させているかもしれないもの」
「なるほど。ご慧眼です」
「ということで、タダシ。ここまでは本当にご苦労様。これからなのだけど、ミルドラルにある我が領まで、もう一度雇われてくれないかしら」
リーザの言葉に同調するように、「クエストが完了しました 成功 貢献値2」と表示され、それに続いて「クエストを受諾しますか? 受諾/拒否」と表示された。
(えっ? 貢献値が2ポイント? 今までの2倍もらえたんだけど?)
正司はメニューから『クエスト』欄を表示した。
完了済みのクエストは三つのタブに分かれている。
正司が見ると、『ラマ国までの護衛』が……連続クエストの中に載っていた。
(つまり、これ。連続クエストだったの? もしかすると、連続クエストって貢献値が2倍もらえるとか? だとしたら、受けた方が得じゃん)
「分かりました。お引き受けします」
そう答えてから、「受諾」を押す。
早速クエスト欄で確認すると、『トエルザード領までの護衛』と表示された。
つまり受諾中は通常のクエスト扱いか。これが完了するとき、貢献値が2もらえたら確定だな。
「よかった。これで安心ね。私たちはラマ国の実情を調べるためにしばらく滞在するけれど、タダシはどうするの?」
「手紙を届けたあとは、町を巡ってクエストを受諾する感じでしょうか」
「クエスト……困っている人を助けるという、あれを続けるのね」
「はい、ここは人も多いので、困っている人に困らないと思いますので」
「ふふっ、困っている人に困らない……面白い冗談ね。そうそう、タダシは砂漠から来たのでしょう? ここはラマ国の首都よ。物価は高いわ。お金は足りている?」
「魔物のドロップ品を換金しようかと思ったのですが」
「やっぱりね。だったら私が買い取るわ。お世話になったし、色をつけるわ。その代わり、私以外に売らないようにしなさい」
「ありがとうございます。ですが、旅はまだ続きます。リーザさんが路銀を使っては、あとで困るのではないですか?」
「そんな心配する必要はないのよ。私をだれだと思っているの?」
「そうでした……ではお言葉に甘えさせていただきます」
三公の公女に向かって「路銀は大丈夫か」とは大きく出たものだ。
正司はそのことに思い至り、恐縮して素材の買い取りをお願いすることにした。
「何があるのかしら」
「肉と皮と魔石と素材ですね。……ですが素材は自分用に取っておきたいと思います」
「肉、皮、魔石ね。売りたいものを出してちょうだい」
「はい」
正司は保管庫からそれぞれが入った袋をひとつずつ出す。
「最高級品の入れ物ね……って、なんで肉がこんな新鮮なの!?」
「時間経過しないので、重宝しています」
「…………それ、他に言わない方がいいわよ」
リーザが目頭を揉む。
正司と一緒に旅をすることになってから、それが癖になってきている。
袋からそれぞれのドロップ品を出して、目を通していく。
「G5も随分とあるわね……まさかコインを持っているなんてこと、ないでしょうね」
「さすがにそれは」
「そうよね」
「今は無いですね」
「…………」
リーザはまた目頭を揉んだ。
「……こんなに?」
肉と皮と魔石を少量ずつ売っただけで、かなりのお金を手に入れてしまった。
「適正価格より少し色をつけたけど、思った通り、市場には出さない方がいいものが多いわ。とりあえず、この町を出るまでドロップ品は売らないこと、いいわね」
「はい。心配していただいて、ありがとうございます」
正司はリーザに母性を感じてしまった。
年齢は真逆だが。
「王国貨幣と帝国貨幣の両方にしておいたわ。王国貨幣の方が一般的だけど、信用度でいえば、帝国貨幣の方が上だから、どうしても高級店の支払いは帝国貨幣が優先されるの」
「そこまで考えていただいてありがとうございます」
「別にいいのよ。それと、一度私の所に訪ねてらっしゃい」
「はい、必ず寄らせていただきます」
リーザたちは、この町にある同国人の住む一角へ向かうらしい。
そこに宿泊することになっているのだという。
「そうそう確認だけど、私たちは第二門の内側の屋敷にいるわ。第二門を抜けるときには『雇われ護衛』が『トエルザード家の護衛に用事がある』と告げてね。私とミラベルの名前はださないで」
「分かりました。大丈夫です」
「申し訳ないけど、調査にきている手前、私の存在がバレるとよくないのよ」
首都内は安全なので、基本雇った者たちは普通の宿に泊まる。
正司は護衛であるが、同国人ではない。
そこで横紙破りをしてもしょうがないので、リーザはそのことを正司に説明し、正司からも了承を得ている。
問題は、正司の方から会いにくる場合である。
リーザはこの町にいないことになっているので、名前を出される甚だ困ることになるのである。
それとリーザが渡した王国貨幣だが、これはエルヴァル王国が発行している通貨である。
使用されはじめてまだ日が浅い。ここ数十年といったところらしい。
王国の豊富な資金力に裏打ちされ、後発の利点を大いに生かした使いやすい貨幣だが、それまで帝国の貨幣を使っていたことで、完全移行には至らなかった。
そして今でも高級店などでは、帝国貨幣を使うことが多い。
新興の王国とは、国の信用度が違うのである。
「他に話すことはあったかしら。……出発はお互いに都合が付いてからにしましょう」
「そうですね。分かりました」
「じゃ、タダシ、必ず訪ねてくるのよ。でも名前は出さないでね」
「はい。大丈夫です」
「本当だからね」
「分かっております」
その後、リーザは二度も念を押して去って行った。
去り際、カルリトやブロレンなど、正司の治療を受けた者たちは、深く頭を下げてから出て行った。
護衛隊長のアダンは「またよろしくな。あと、そのうち一杯おごらせてくれ」と正司の肩を叩いて去っていった。
やはり最初に会ったときとはえらい違いである。
リーザたちが見えなくなると、正司は小さく息を吐き出した。
高貴な人との旅で、目に見えないストレスが蓄積していたのである。
(ようやく一人になれました。それに溜まった貢献値は4になりましたね。スキル取得に1、段階を上げるのに1と2を使うから、4ポイントあれば新規にスキルを取得しても、3段階まで上げることができます。何を上げましょうか……)
どのスキルを取ろうかと悩むのは、正司にとって至福の瞬間である。
広場のベンチに腰掛け、気を落ちつかせる。
スキル欄を眺めながら、正司は最善の選択をしようと、頭を巡らせる。
「魔法主体でいくならば、直接戦闘のスキルは必要ないですね。とするとやはり、生産か採取でしょうか。戦闘補助もあると便利ですが、サーチアンドデストロイだと、出番が少なそうだし……危なくなったら移動魔法で逃げればいいから、これ以上の戦闘補助はあまり意味がないかもしれないですね」
正司はスキルを上から眺めていく。
「魔法系で心惹かれるのは〈付与魔法〉ですね。生産系だと〈調合〉がいいでしょうか。ポーション作りは、生産の基本でしょうし」
スキル取得は心躍るものだが、すべて使い切ってしまうと何かあったときに困ってしまう。
たえず、3段階まで取得できる4ポイントくらいは残しておきたい。
(そうすると、今回何も取れなくなりますね。うーん、悩ましい……)
魔物を倒しても、経験値やスキルポイントが一切手に入らない。
貢献値をストックするために、しばらくは町中でクエストをこなす日々になりそうである。
リーザから「ドロップ品は売るな」と言われたが、加工品も同様であろう。
「まあ、お金は十分貰いましたし、わざわざリーザさんの不興をかってまでそんなことをする意味は無いですね」
そろそろスキルを取りたい。正司は腕を組んだ。
(この町で売らないのに生産系をあげてもしょうがないし……)
いくつかの候補は絞った。だがどのスキルも取得したいものだ。
(武器制作、防具制作、金属細工……こういう金属系も取ってみたい。他にも大工、木工家具製作、船制作なんてのもある。夢が広がりますね。残り貢献値は少ないですけど)
4ポイントあれば、〈治癒魔法〉も次の段階に進められる。
ウイルスや生物兵器に侵された場合、4段階目にしてあるとないのでは、生存率が違ってくる。
「……あー、どうしたらいいでしょう。迷い過ぎて、分からなくなってきました」
いろいろと悩ましい正司である。
「……よし、これにしましょう」
結局あれから公園のベンチで一時間ほど悩み、最終的に正司が選んだスキルは……
――〈巻物作成〉
残り貢献値を全部使って、3段階まで上げた。
様々心惹かれるスキルはあったものの、いま必要なものは多くない。
そこで正司は、自分の成長の方向性を考えて、魔法に関連した生産スキルを取得することを考えた。
「やはり魔法と言えば巻物ですよね」
というわけで、早速『情報』欄で〈巻物作成〉を調べる。
〈巻物作成〉――自身の魔力と、動物や魔物の皮を使って、魔法を巻物に転写する。段階によって使える魔物の皮、魔法の種類、威力、使える回数が違う。自分が使用できる魔法しか、巻物に転写できない。
魔法を転写した巻物――読み上げるだけで魔法が発動する。使用に際しての制限はなく、スキルを所持していない者でも発動できる。発動時に魔力も消費しない。
「これは……使い捨ての魔法を閉じ込めておくものみたいですね。自分が使える魔法しか転写できないってありますし、微妙? いえ、こういうものは魔力が枯渇したときに重宝しますね」
と言いつつ、正司は魔力が尽きたことがない。
検証は済んでいないが、どうやら魔法系のスキルを取得することで、魔力が上がっているらしい。
そして正司は魔法のスキルをいくつも5段階目まで上げている。
そのせいで、正司の魔力はいくら使っても枯渇することがなくなっていた。
「試しに巻物を作ってみましょう。3段階目まであげたから、魔物の皮はG3まで使えるし、魔法もそれに相当するものが転写できるはずです。回数は……どうなんでしょう。段階が上がれば、込められる回数が増えるんでしょうか」
正司は、G2の皮にファイアボールの魔法を転写してみた。
巻物名:ファイアボール(G2)
品質:高級
使用回数:20回
出来上がった巻物は高級品で、20回分も発動できるらしい。
巻物の下には呪文がつらつらと書かれているが、発動させるとき、これをすべて読み上げる必要があるようだ。
続いて、G3の皮に転写してみた。すると……。
巻物名:ファイアボール(G3)
品質:良
使用回数:10回
「皮のグレードが上がったら、品質と回数が下がりましたか。その分威力が上がっているのでしょう」
情報による説明では、射程に関する記述はなかった。
違いがあるとすれば威力だろう。
「他にも作ってみましょうか」
巻物名:瞬間移動(G2)
品質:良
使用回数:6回
「G2の皮を使ったのに、品質と回数がファイアボールよりもかなり減っているな。この場合、威力は移動距離に相当するのでしょうか」
こうなってくると、いろいろ検証してみたくなる。
巻物名:瞬間移動(G3)
品質:普通
使用回数:2回
G3の皮を使ったら、使用回数が2回に減ってしまった。
「これで移動距離は伸びているといいですね……違ったらグレードの高い皮を使う意味は無いし、あとで検証しておきましょう。それといくつか作って、リーザさんに渡しておくといいですね」
何かあった場合の緊急避難用である。
呪文は巻物におよそ3行に渡って書かれている。
巻物自体両手で肩幅に広げたくらいあるため、呪文は3行と言えども長い。
本当に緊急のときは使えなさそうである。
「G2とG3の皮はまだまだ余っているし、もっと作ってみましょう」
正司は誰からも注目されていないのをいいことに、自重を忘れてしまっていた。
結果、山のような巻物を作ってしまったのである。