116 建国祭
建国祭に招待した客は数千人。自国内の者を合わせてちょうど五千人である。
招待客の多くは、その国の重鎮、有力者たちである。
彼らには、お付きの者も多い。護衛もいる。
また、プライベートが確保できる部屋も必要である。
幸い、部屋を確保するのは可能。
城には空き部屋がいくらでもある。
よしんば部屋が足らなくても、正司ならばその場でいくらでも増築できる。
だからと言って、一度に全員を招待すれば大変なことになる。
招待客とその従者、護衛たちが一度に現れれば、現場が対応できない。
そういうわけで、正司が各国を何往復かする必要があった。
「これで全部ですね」
「はい。予定された方々は、全員到着致しました」
資料片手に、役人たちが笑顔で答える。
どうやら前夜祭開始までに、すべての招待客を招くことができたようだ。
各国から借りてきた有能な役人たちは、建国祭の準備にかかりきりだった。
有能な者ほど、最初から建国祭に携わっていた。
各国の重鎮が来るのだ。その対応を任せられる者は少ない。
つまり、この前夜祭直前が一番忙しいと言えた。
「各会場の準備はどうですか?」
「はい。現在最後の確認で大わらわのようです。ですが、時間までには完了していると思います」
「それは良かったです。私はこの後、招待客のところを回らねばなりませんので、もう行きます」
「はい。こちらは万事抜かりなくやっておきます」
正司はこの後、いくつか秘密会談をしなければならない。
前夜祭や建国祭の間も、時間を作っては有力者と会談することになる。
どうやら、国王が玉座でふんぞり返っている姿は「まやかし」らしい。
少なくとも、魔道国ではそれはありえない。王はとても忙しいのだ。
さてその前夜祭。
メイン会場はミラベル城となっている。
それ以外にも、小さな会場をいくつか使って行われる。
城外の会場に参加するのは、あまり身分の高くない人たちである。
身分や役職が違いすぎると、下の者が気を使う。会場を分けた方が喜ばれるようだ。
逆に上流階級の者ほど、城内で特別扱いされることを喜ぶ。
そして身分が最も上の者たちはというと……。
「今後ともよしなに」
「こちらこそ」
一際豪華な会場で、エルヴァル王国とラマ国の王同士がそういって挨拶をした。
ここが日本ならば名刺交換が始まったところだが、この世界にはそういったものはない。
顔と名前を覚えてもらい、自分も覚える。
それで関係が成り立っているのである。
この前夜祭では、正司の命を受けた一部の役人がこっそりと活動をしている。
正司と縁のある者のなかで、まだ防御の魔道具を貰っていない人たちがいる。
そのような人々を探し出し、そっと呼び寄せ、事情を説明して魔道具を渡しているのだ。
他にも、正司と面識はないものの、「その国を担う」と思われる人もピックアップしている。彼らにも魔道具が手渡されている。
これは秘かに行われているため、他の人々の目には触れていない。
また、魔道具の存在は切り札となり得るため、絶対に他言無用が言い渡されている。
各国の王がそれを守っているのだ。その家臣たちで反抗しようとする者はいなかった。
こうして前夜祭を使って、正司は重要人物の守りを固めることに成功した。
「海上からやってくる者は、町のここまでしか入ることができません。門を抜けることは叶わないのです。それ以上進むには、定住権を得るしかありません」
ここは比較的商人が多い会場。
役人によって、魔道国の出入りに関する説明が行われていた。
いまはリザシュタットの町の話をしている。
この町は海路から港に船を着けるしか、今のところ方法がない。あまりに外界から孤立しているため、未開地帯からこっそり侵入することはまず不可能。
そもそも町を覆う大壁を越えることができない。
必然、船で密航することになるのだが、ほとんどの場合、密航者は水際で捕まってしまう。
運良く港町に潜り込めたとしても、今度は外に出られない。外部との接触が至極難しいのだ。
外へ出る手段が限られているため、いくら町中で情報を集めようとも、それを生かすことができない。
魔道国へ入った者は、監視つきでしか外部の者と接触できない。
もちろん手紙を出すことは可能だが、不必要に目立てば、どこからか兵がやってきて連れて行かれてしまう。
役人は、どのようにして兵が町を守っているか、事細かに説明していた。
それを聞いて安心するだろうし、かいくぐろうとする者は、説明していない防備によって捕まることになる。
正司としては、そこまでしなくてもと思うのだが、今の時期は人の流入に注意した方がいいと周囲が口を酸っぱくして言ってくる。
仕方ないので、警備の者に任せるようにしている。
「やはり外部と接触しようとしたか……御苦労。引き続き監視を強めてくれ」
建国祭の警備を担当し、実際に取り締まっているのは、だれであろう。ライエルであった。
ライエルはラマ国の将軍だが、今は魔道国に貸し出されている。
国主レジルオールからすれば、少しでも借りを返しておきたいところであったし、何よりライエル自身が魔道国入りを希望した。
ライエルの投入によって兵の気持ちは引き締められ、連日の訓練によって実力は引き上げられている。
魔道国の防備はこれ以上ないくらい高まっているのだった。
それもこれもルンベックが襲われたことと無関係ではない。
もしこの建国祭で重要人物になにかあれば、国の威信は最初から躓く。
無事建国祭を乗り切ることが大切なのだ。
それに関して、ライエルの嗅覚は凄まじい。
コッソリと侵入しようとした帝国の諜報員は、ほとんどが何の成果をだせないまま捕まっている。
まさかライエル自ら陣頭指揮を執っているとは思わなかっただろう。
経験豊富なライエル相手に、若い諜報員たちでは太刀打ちできなかったのである。
「今頃、我らの国では、発表の準備をしているころじゃな」
「そうですね。明日発表されたら、町にいる帝国の諜報員たちはさぞ驚くことでしょう」
「驚く顔が直接見れんのは寂しいのう」
「どうせこれを機に、おかしな動きをした者を捕まえるのではないですか?」
「もちろんじゃ。こんな良い機会を逃したくないしのう」
「でしたら、後でゆっくり聞けばいいではありませんか。きっと牢の中には帝国諜報部が山ほど詰め込まれていますよ」
「そうじゃな。それを期待するか」
バイダル公コルドラードと、トエルザード公ルンベックは、ヒソヒソと話し合っている。
年が明けたらすぐに、三国同盟の締結が発表される。
今回の同盟には、経済と軍事において可能な限り協力することが盛り込まれている。
魔道国を除く三つの国が軍事的協力をするなど、普通のことではない。
大陸の西から東へ向けて、さぞ多くの鳥が飛び立つことだろう。
「それにしても、お孫さんは随分と磨き上げましたね」
ルンベックは感心した声をあげた。
先ほど優雅に挨拶してきたファファニアに対しての称賛である。
「うむ。あの町の美容効果は凄まじいものがあるな。いやはや、いい仕事をする」
対するコルドラードは、美しくなった孫娘にまんざらでもない様子である。
もともとスタイルの良かったファファニアであるが、ここに来てさらにメリハリができていた。
「大陸中の男性諸氏が放っておかないのではないですか」
「うむ……じゃが、いくら言い寄られても、本人は首を縦には振らんじゃろうな」
「大変ですね……お互いに」
「うむ。大変じゃ」
明日、大陸に新しい国が誕生する。
それが何年、何十年、いや何百年に亘って存続するかは、後継者の有無にかかっている。
とくにその国に暮らす者たちの関心は、それに尽きるだろう。
早く伴侶を見つけて、後継者を育ててほしい。
だれもが安定した国を望むのだ。
国が誕生したあとの最大の関心事は、魔道王の伴侶なのは自明の理である。
正司が「どこ」の「だれ」を選ぶかは、とても大きな問題となる。
「大変じゃな」
「……まったく」
二人はそれしか言えなかった。
前夜祭が宴もたけなわとなった頃、正司は元フィーネ公のルソーリンと密談していた。
本日三人目の密談相手である。正司も中々に忙しい。
「……結果から言うと、改良の余地ありね」
「そうですか……どこがダメだったのでしょう。かなり改良したのですけど」
「この冒険者カードだけど、デメリットはおそらくひとつだけ。でもそれが大きな問題ね」
正司は、自分の国に『冒険者ギルド』のようなものをつくりたかった。
だが、どうやってつくったらいいか分からなかったため、とりあえず互助組織をつくることにした。
それだけではただ役場が増えたようなもの。できれば特色ある組織がいいと考え、最初に思いついた冒険者カードの作製に取りかかったのである。
だが、カードで何をつくればいいのか。
そこから躓いた。
そこで正司は、できるだけ生存率をあげる何かをカードに組み込もうと考えた。
試行錯誤し、最終的に形になったのが緊急避難できるカードだった。
未開地帯の中には、正司が設置した安全地帯がある。
その中にターミナルを設置し、万一のときには冒険者カードを使ってターミナルまで跳ぶことができるようにしたのである。
カードには魔石が埋め込まれており、G3の魔石で五、六回分使用できる。
カードの魔力が切れても、魔道具使いに頼めば補充してくれる優れもので、これならばと使用実験を敢行することにした。
魔道国内ではいま、人が慢性的に足らない状態である。
そのため、未開地帯に一番近いフィーネ公家に秘かにお願いすることにしたのだ。
「どこがダメだったのですか?」
「一番近いターミナルに跳ぶのだけど、まだ一度も訪れたことのないターミナルに跳ぶことがあるのよね。そうすると、未開地帯の中で現在地を見失ってしまうのよ」
たとえばAから出発して、途中で魔物に襲われる。カードで緊急避難したら、Bというターミナルに跳んでしまった。
カードを使用した者は、「……ここはどこ?」となるらしい。
「ああ、なるほど、そういうことですか」
「それと、ターミナルからあまり離れると跳ばなくなるわね。緊急のときに距離の関係で使えないのは、命に関わるわ」
カードで跳べる最大距離は、だいたい五十キロメートル。
それが魔道具としての限界だった。
カードの素材を変えて、埋め込む魔石をもっと高級なものに変えたら距離を伸ばせるが、そうなると、一般の魔物狩人では買えない値段となってしまう。
「以上のふたつを何とかした方がいいわ。あとは概ね問題なかったと報告がきているわ。とくに嵩張らないのと、緊急時にすぐに使えるのは優れものだと言っていたわ」
「ありがとうございました。今度は別の改良を施してみます」
冒険者カードひとつとっても、思い通りにつくるのはなかなか難しい。正司はそう思うのであった。
さまざまな噂が飛び交う前夜祭。
有力者たちは酒と料理はほどほどにして、話に花を咲かせる。
商談をはじめる商人たちや、日頃の愚痴を言い合う役人たち。
みなが好きに前夜祭を楽しんでいると、各会場で一斉にポンッという音が鳴った。
続いて、耳を傾けたくなる穏やかなメロディが鳴り響く。
招待客たちが何事かと周囲に目をやると、どこからともなく司会が現れて、壇上に昇った。
「みなさま、もうまもなく年が明けます」
司会は懐から魔道具を取り出した。
「……カウントダウンを始めます。みなさまもご一緒にどうぞ」
カウントの読み上げは十から続き……。
――3!
――2!
――1!
――ゼロ!
新年がやってきた。建国である。
その日、その時間ちょうど。
ノイノーデン魔道国にあるふたつの町の上空に、巨大な花火が花開いた。
「おおっ……」
花火は、パンパンパンという音とともに、人々の目を釘付けにした。
事前に知らされていたとはいえ、これは多くの人の度肝を抜いた。
花火は、続々と打ち上げられる。
夜空を七色に染め上げ、新しい年の到来とともに、新しい時代がやってきたことを強く印象づけた。
「……ッザイ……バンザーイ! 魔道王バンザーイ!」
だれが最初に言い出したのか。
魔道国の建国と魔道王正司を讃える声が、町中に響き渡った。
ミラベル城に集まった人々は、それぞれの会場内で、魔道国の誕生を祝っていた。
建国の知らせとともに、豪華な食事と酒が続々と運び込まれた。
見たこともないような料理が大量に並べられ、テーブルとテーブルの間を給仕が忙しく歩く。
前夜祭が終わり、建国祭が始まったのだ。
会場は、正司の設置した魔道具によって昼間と変わらない明るさを備えていた。
これまで隅で柔らかな音を奏でていた楽団は、この時ばかりはと、ふるって賑やかな曲を奏でるようになった。
人々は音楽に耳を傾けつつ、優雅に談笑した。
前夜祭からそのまま建国祭に移行したわけだが、裏方は戦場のような忙しさであった。
この日のために用意した特別な料理と酒、そして招待客が気持ちよく過ごせるような環境づくりに、裏方は多大な労力を注ぎ込んでいた。
そして本日の主役である正司はというと……。
「えっと……これで歩くのですか?」
別室で、着飾った人形のような出で立ちのまま困惑していた。
「はい。このままのお姿でお願い致します」
「……トホホ」
年が明け、正司は正式に王となった。
王は王らしく過ごさねばならない……らしい。
そういうわけで正司は、ヒラヒラとビラビラ過多の服を纏って、キラキラのマントを上に羽織っている。
頭には、この日のために磨き上げた王冠が輝いていた。
王冠は権威の象徴。
王冠は、填め込まれた宝石を集めるだけの財力と権力があることを内外に示している。
魔道国の場合、どこかの国から分離したわけではなく、まったくの新興国。
以前の歴史はない。もとは未開地帯だったこともあり、原住民もいない。
ゆえに権威付けと箔付けが必要と判断されて、普段以上の気合いの入れようとなってしまった。
馬子にも衣装というが、正司の場合、どう見ても着せ替え人形。
学芸会のお遊戯でも、もっとまと……げふんげふん、大人しい格好であろう。
へたに動くと王冠がズレ落ちたり、マントの裾を踏んづけたりしそうなので、本人は博物館の石像のように固まったままである。
正司が会場に入ると、各国の重鎮たちがお祝いの言葉を投げかけてくる。
正司の返答は短くとも、心がこもっていればいいらしい。
祝いの言葉を次々に受け、短く返す。
それでもお祝いの列は途切れることはない。
(この会場内だけでも五百人はいたような気がします。もしかして、このままずっと挨拶が続くのでしょうか……)
伸びてゆく列を見ると、間違っていなさそうである。
(トホホ……もっとこぢんまりとした建国祭にすればよかったです)
尽きることのない列を見て、正司は早くも後悔していた。
一つの会場が終わると別の会場へ移動する。
すべての挨拶を受け終わったら、きっと朝になっていることだろう。
それを考えて、正司は立ったまま気絶しそうになった。
そして予想通り、一通りの挨拶が終わった頃には、朝になっていた。
「ようやく休めますね」
控えの者にそう言った正司だが、なぜかその者たちは首を横に振るばかり。
「すでに町の民は城の前に集まっております」
「このまま向かいましょう」
「……えっ? もうですか?」
集まった民の前で正司は、『建国の理念』を発表しなければならない。
「はい。では向かいましょう」
「ええっ!?」
捕まった宇宙人よろしく、正司は城門の上に運ばれるのであった。
ちなみにどの国の民も、自国の理念を理解し、それを実践している。
それだけ「国の理念」というものは重要なのだ。
たとえば、国土のほとんどが険しい山間にあるラマ国では、『逞しく生きよ』というのが理念となっている。
ラマ国の国民は、逞しく生きることを自らに課さなければならない。
それが「国とともにある」ことなのだ。
エルヴァル王国の理念は『富めよ』とシンプルである。
理念を決めた王の性格が分かろうというものだ。
ミルドラルの場合、三人の当主が合議で決めたらしく『他人と争わず、協力せよ』というものが選ばれている。
三公会議などは、この理念を元にしていると言っても過言ではない。
このように国の理念は簡潔な文で、「~~せよ」となっている。
民に実践して欲しいものを選ぶのだから、長々と書いても意味はない。
建国にあたり、自国の理念を考えるよう、家臣たちから言われていた。
正司は久し振りに頭を悩ませ、ひとつの意志を示した。
――俯かずに生きよ
正司はこれを建国の理念とした。
王からの言葉である。民はそれを守り、実践するだろう。
民の多くは棄民であった。
正司が見た当時の彼らは、いつも俯いていた。
町や村の中に住めず、安全とはいえない場所で長く暮らしていた。
その日暮らしの者も多かった。
ゆえに彼らは希望を捨て、下を向いて暮らしていた。
魔道国に移ったからといって、その性格がすぐに直る訳ではない。
彼らが自分自身を見つめ、しっかりと前を向くのには時間がかかる。
だからこそ正司が、国の理念を『俯かずに生きよ』としたのだ。
彼らが前を向いて歩けるように。
ほんの少しでも、手助けしたかったのである。
後にこの理念は、正司の性格をよく表していると評判になった。
正司をよく知る者こそ、そう思うらしい。
また公共の建物の各所に設置されている法令も同様で、各国の法令を参考にしつつ、魔道国らしさが出ていると評判になっている。
魔道国の法は「人の嫌がることをするな、他人を思いやれ」という精神に溢れている。
細則が少ないわりに、軽微な犯罪でもしっかりと取り締まることが書いてあった。
これには「天網恢々疎にして漏らさず」の精神がしっかりと含まれていた。
図らずも罪を犯してしまった場合、自首し、自ら労役を志願することで、刑罰が大幅に減じられるのも、魔道国の特色である。
法令はすでに貼り出されていて、それを目にした国民は「厳しい法が多いものの、端々に善良さが垣間見える」と話している。
「……ふう。緊張しました」
「お疲れ様でございます」
「お見事でございました」
国の理念を発表したあとは暇なのかといえば、そうではない。
建国の初日、王は「国の理念発表」以外にも、必ずすべきことが二つあった。
一つは建国宣言である。
これは式典が用意されているので、段取り通り行えばいい。
問題はもう一つ。正司が信奉しているものに誓わねばならないのだ。
この世界の男女が結婚するとき、人や物に誓うのに似ている。
人々は何かを信奉し、それを大切にしながら生きていく。
正司の場合、クエストを信奉しているので、それに誓うことになるのだが……。
(クエストって、人でも物でも、ましては場所でもないのですけど……)
クエストという抽象的なものに、どう誓えばいいのか分からない。
仕方ないので、正司はクエストを象徴する『もの』をつくることにした。
(あまり関係ありませんけど……これでいいでしょうか)
即興で円柱の石像をひとつこしらえた。
いたってシンプルな外観で、唯一飾りらしいのが、頭頂部にある珠である。
これに似ているものといえば、チェスのポーン(歩兵)の駒だろうか。
正司は城の中庭にそれを設置し、「クエストの像」と名付けた。
この世界でクエストを信奉するのは正司のみ。ゆえに、その石像を信奉の対象とする者は、正司の他にいない。
だが、これより後、「クエストの像」は魔道国のシンボルとして、末永く大切にされることとなる。
「誓いは終わりましたし、最後は式典で建国宣言をするのですね」
「はい。次のお召し物を用意してあります」
「こちらでございます」
「こちらにお召し替えを」
「お手伝い致します」
「……はい」
休む暇がないとは、このことだろう。
今度は招待客が見守る中、建国式典を執り行わなければならない。
「面倒なのでパス」とはいかないのが国王の辛いところである。
正司がクエストの像に誓っている間に、人々は式典が行われる会場に移動していた。
正司が大勢の前に姿を現し、歩を進めていく。
そして一際高い壇上までのぼると、振り向いた。
先ほどとは違って、正司の装飾は控えめ。歩きやすい格好である。
その分、移動するときのぎこちなさが目立ってしまうが。
それでも正司は堂々……とはいかないものの、「それなり」の体裁を整えていた。
式典は段取り通りに進み、建国宣言する場面になった。
「――私はこのときをもって、ノイノーデン魔道国の建国を宣言する」
堂々たる宣言である。
招待客の間から歓声が沸き上がった。
正司と国を讃える声が続いた。
しばらくして正司の前に進み出た者がいた。
各国の代表者たちである。
彼らは一人ずつ、自らの口で魔道国の建国を支持する。
正司がそれに返礼することで、国家が他国から公式に認められることになる。
一番手は、エルヴァル王国の国王ランガスタ。
普通、この手の催しにその国のトップが出てくることはない。だが今回だけは違っていた。
「我がエルヴァル王国は、ノイノーデン魔道国の建国を支持し、果てることない友誼と信頼を寄せることを誓う。我が宣言は、わが国、我が国民の意を代弁したものである。今日よりノイノーデン魔道国とエルヴァル王国は、ともに同じ道を歩むことになるだろう。そして……」
ランガスタの演説は続く。
それを正司がじっと聞いたあとで、感謝の意を伝えた。
ランガスタが去ると次はラマ国である。
ラマ国は国主のレジルオールが進み出て、同じように魔道国の承認をし、ともに歩むべき仲間であることを宣言する。
三番手はフィーネ公領の当主リグノワル。
四番手にバイダル公領の当主コルドラードが続いた。
最後は、トエルザード公家のルンベック。
ルンベックも同じように魔道国の建国を承認し、それを祝い、ともに歩むべき国家であることを示した。
そして最後にこう付け加えた。
「もし、魔道国になんの咎なく、それを害する国家、団体、個人が現れたならば、我がトエルザード家のみならず、ミルドラルが総力をもって、ことに当たることを誓う!」
事前に聞かされていたことと違う内容に、正司は目を剥いた。
虚を突かれたことで、返礼を忘れた程である。すると……。
「王国も同じ気持ちだ」
「ラマ国もそれにならう」
すでに下がったはずの二人の王からも、同じ言葉が出た。
「……というわけで、タダシくん。キミは好きにやるといい。キミは足下の小石など、気にする必要はないのだからね」
それは正司にだけ聞こえる声の大きさ。
正司が目を白黒させていると、ルンベックは「頼んだよ」と言ってウインクした。
これでまた正司の返礼が遅れたのは、言うまでもない。
建国祭の式典は無事 (?)に終わり、あとは宴会になだれ込むばかりとなった。
その頃、町に住む人々がどうしているかと言えば……。
「魔道王バンザーイ!」
「いやっ~~ほぉ~~」
大いに騒いでいた。
実は前夜祭の頃から、町の各所に、無料で飲食できる場所が設置されていた。
しかも、魔物の肉の大盤振る舞いである。
正司が『保管庫』に入れてあった万を超える魔物の肉を一気に放出したのである。
どうせならばと、G1からG5まで満遍なく。超大盤振る舞いである。
すべて食べきってしまえば値崩れしないとばかりに、文字通り倉庫の肥やしとなっていたそれらの肉類をこれでもかというほど、提供している。
それに加えて、酒倉から樽がいくつも開放され、昨晩から町では、飲めや歌えの大賑わいとなっていた。
翌日は兵士たちによる軍事パレードがあるため、飲み食いできるのは今夜まで。
そのせいか、すでに道ばたで泥酔して寝転がっている者も結構な数、出ていた。
この日の夜は、招待客も町の人々も存分に楽しみ、日頃滅多に食べられない魔物料理を堪能した。
その後、「特異な症状」を発症させた者は出なかったとだけ付け加えておく。
厨房にどこぞの王が立とうとしたとき、風のような速さで、どこからともなくとある女性が現れて、王を連れ去った姿が目撃されているが、その場にいた者たちがみな目を伏せ、口を閉ざしたので、どの歴史資料にも、そのことが書かれることはなかった。
そして翌朝。建国祭の二日目。
「昨日は驚きました」
ルンベックのサプライズ宣言によって、式典の最後に正司はドギマギさせられっぱなしだった。
あとで聞いたところ、各国の王と示し合わせていたというのだから、正司としては事前に教えてもらいたいところである。
「集まった者の中には、帝国の息のかかった者もいるだろうしね。そうでなくても、一度言っておきたかったのさ」
帝国は諜報だけでなく、金銭による懐柔策はお手の物らしく、帝国の耳はあの式典の中も絶対にあったという。
「帝国ですか……できれば帝国とも仲良くしたいのですけどね」
それは正司の本心である。向こうがどう思っているかは分からないが。
「そう思うのは正しいことだと思う。だけど、相手は国という怪物だ。こと政治的判断において、個人の感情が優先されることはないね」
「そうですね」
それは正司にも分かる。自国のことを第一に考えたとき、個人ではどんなに争いたくないと思っていても、どうにもならないときがある。
「あの宣言は、一応釘を刺しておいた感じかな。それと本当に帝国がなにかを仕掛けてきた場合、私たちも敵に回すよと知らしめておくのは有効だね。ただ……」
「ただ?」
「あの宣言も帝国は本気に取らないと思う。いつも本音と建前を使い分けてきた国だからなおさらだ」
「なるほど……そうですね」
帝国は「正常性バイアス」にとらわれているのだと正司は思った。
これは「経験による学習」の逆で、どんなに酷い状況に陥っても「これまで大丈夫だったから」と考え、根拠のない確信を得ることである。
今回の場合、帝国が勝手に「ルンベックがあんなこと言っているけど、実際に帝国が動いたら尻込みするに違いない」と思い込むことだ。
他から見たら「結果は明白、火を見るより明らか」となっていた場合でも、「きっと大丈夫」と根拠のない自信を得てしまうことになる。
つまり、何を言っても無駄な状態なのだ。
そしてルンベックは、それを狙ったのだろう。
何手も先を読むルンベックのことだから、帝国がどうでてきても対処できるように手を打っているはずである。
それが分かったからこそ正司は「そうですね」としか言えなかった。
というか、怖いので早々に話題を変えることにした。
「そろそろこちらの『出し物』を始めようと思います」
「おっ、魔道国側で何か準備をしていると聞いているよ。それをずっと楽しみにしていたのさ。何をするのかな?」
「こういう集まりには定番ですけど、ビンゴです」
「……ビンゴ?」
正司が定番というのだから、常識な事なのだろう。
だがいくら記憶を探っても「ビンゴ」なる言葉は、ルンベックの頭の中から出てこなかった。
(きっと子供たちの遊び言葉なのだろうね)
上流階級はもとより、商人職人と数多く話をするルンベックですら知らないもの。
当然の帰結として、市井の子供たちの間で流行った遊びなのだろうと見当をつけた。
「ただいまより、魔道国主催の大ビンゴ大会を開催いたします!」
ちょうどそのとき、楽団の音楽が止み、会場の中央から司会の声がした。
「ビンゴと言っていたね……今のがそれかな?」
「はいそうです。カードをもらってくるといいですよ。配っていますから」
給仕をしていた者たちが、銀の盆に載せたカードを配っている。
ルンベックも一枚貰った。
よくみるとカードには数字が書いてある。しかもランダムだ。
「みなさんにルールを説明します。真ん中の☆(星)のマークを指で押して下さい」
するとあちこちから「ぷしゅー」という音が聞こえてきた。
「タダシくん、これは……魔道具なのかい?」
「ええ、そうです」
「そう……なんだ」
魔道具らしい。
たしかにこのカード、軽いし硬い。
鉄のように強いが、重さはその何分の一なのだ。
実はこれ、正司が試行錯誤の果てに生み出した合金だったりする。
合金といっても、金属の中では柔らかい方だ。
金属用途の実用には耐えられないが、厚紙よりはよほど丈夫である。
正司はこれに魔石を組み込んで『ビンゴカード』とした。
「真ん中の☆を押した方は、そのままで結構です。まだの方は、いますぐ押して、カードを起動させてください。もうすぐビンゴが始まります」
司会にそう言われて、何人かが慌てて☆を押す。
あちこちから「ぷしゅー」という起動音が聞こえてきた。
「さて、ルール説明の第二段です。……と言っても、実際にやりながら説明しましょう。いま私が、この箱の中から珠をひとつ取り出します」
司会がごそごそとやって、小さな珠を取り出した。
「珠には番号が書かれています。これは……8ですね。みなさんのカードの中に、8が書いてある人はいますか?」
そう問われて、何人かが手をあげた。
「今からこの珠を潰します。それっ!」
司会が珠を握り潰すと、会場のあちこちから悲鳴が上がった。
カードの中にある8の文字が消えて、カードに穴が空いたのだ。
「はい、そういうわけで、私が潰した珠に書かれている番号は、カードからも消滅します。もう一度やりますね……今度は、17です」
司会がカードを握りつぶすと、あちこちから「うおっ!?」とか「17番が消えた?」といった声があがる。
「はい、分かりましたね。こうして私が次々と珠を握りつぶしていきます。そうすると、みなさまが持っているカードは、穴だらけになっていきます」
司会はそこで一度言葉を切り、周囲の反応を伺った。
「みなさんが手にしているカードには、ダブりのない24種類の数字が書かれていますが、番号は各人バラバラです。一番小さい数字は1で、一番大きい数字は70です。……もうひとつ引いてみましょう。47が出ました」
司会は47が書かれた珠を握りつぶす。
「こうして珠と同じ番号がある場所に穴があいていきます。そして、カードの穴が縦、横、ナナメのどれか一列揃ったとき『ビンゴ』、当たりとなります」
「当たったらどうなるんだ?」
そんな質問が飛んだ。
「当たった方には、豪華賞品が出ます。あちらにあるのがそうです」
司会が会場の隅を見ると、いつ用意したのか、テーブルの上にシーツが被せられていた。
シーツの膨らみから、テーブルの上に何かが置かれているのが分かる。
「あれが賞品かね」
「そうです。中身はまだ内緒です。では次を引きましょう……22です」
「おお、あった!」
「おしい! 21だったらあるのに……」
賞品が出ると分かったからか、会場のそこかしこで悔しがる声が聞こえた。
(なるほど、これがビンゴというものか。運の要素が強いが、周囲の反応を見ているだけでも面白い)
ルンベックがそんな風に思っていると、司会が次々と珠を取り出しては握り潰していった。
「どんどん行きますよ! 31……60……そして、24です」
「きゃあ、あと二つよ」
「おれもだ」
「10来てくれ、10きてくれ……」
会場は大いに盛り上がっていた。
司会が喋ると、だれもが黙る。みなこのカードの数字に夢中なのだ。
「次は……おお、1と……62です」
「やったあ、あとひとつ」
「おしい、また掠った」
喜ぶ者、残念がる者がそこかしこで現れる。
そしてついに……。
「52……59……39」
司会が数字を読んでから握りつぶしていると、会場の中から……
――ビンゴ! ビンゴ! ビンゴ!
そんな音声が会場内に流れた。
カードから音が発せられたのである。
「おおっと、初のビンゴが出ました。当たった方、どうぞカードを持ってこちらに来て下さい」
当たったのは、ラマ国領主の妻らしい。
「最初のビンゴ、おめでとうございます。ではビンゴカードと商品を交換します」
テーブルにかけられていたシーツが剥がされ、一番端にあった小箱が手渡される。
小箱には「一等」と書かれていた。
女性が小箱を開けると、中から小さな指輪が出てきた。
「これをもらってよろしいのですか?」
「はい。一等の賞品は魔道王謹製の『一生の指輪』です。この指輪に込められた魔法で、致命傷や瀕死の重傷が一度だけ、完全に回復します。また回復を願えば、その分だけ回復することができます。死を回避して完全回復できる指輪をどうぞ。ご利用は計画的に……ああっ!」
話を聞いたご婦人は、「う~ん」と呻って、後ろに倒れ込んでしまった。
刺激が強すぎたようだ。
慌てて給仕たちが女性の身体を支える。
女性はそのまま、両腕両足を抱えられ、会場から退出されていった。
「……コホン。というわけで、商品はまだまだあります。みなさん、続けてよろしいですか?」
「「「「うぉおおおおおおおおお!!」」」」
会場を揺るがす大音響が響いた。
そこからは凄かった。
司会が番号をひとつ発表するだけで、天国に昇った者、地獄に落とされた者が現れた。
人の顔はこれほど喜怒哀楽を表せるのかと思うくらい、みなの表情が豊かになった。
そして当選者も次々と出て行く。
会場内に「ビンゴ、ビンゴ」という音声が響くたび、周囲から羨ましそうな視線が注がれる。
二等の賞品は『治癒の錫杖』で、重篤な病を治すことができる。
「オオオオオオッ!!」
司会が効果を説明始めたとき、一部が大きく盛り上がった。
見ると、みなバイダル公領の貴族たちであった。
彼らはみな、正司がファファニアを治療したことを知っている。
致死性の毒を回復させ、そのまま健康な状態まで完治させたのだ。
効果は当然理解している。
それゆえに、それがビンゴの賞品に出たということで、彼らの驚きと嘆きは凄まじいものになった。
どうして自分が当たらなかったのか。
皆、そんな顔をしている。
三等の賞品は『抜影の靴』だった。
それを履いて走ると、全力で走る馬すらも軽々と抜くことができる。
「これは、速く走ることに特化した靴です。馬車で数日の距離でも、この靴を履けば、その日のうちに着くことが可能となります。どうしてもすぐに行かなければならないとき、もしくは魔物から逃げるとき、大変重宝することでしょう」
四等、五等と、商品が発表されていく。
これらすべて、正司の一点物の魔道具である。
最終的に十等までが発表され、大ビンゴ大会は終了となった。
「みなさまお疲れ様でした。また、最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。これよりビンゴカードを回収します。みなさまには、参加賞として魔道国『記念コイン』を進呈致します。最後までご静聴ありがとうございました」
そこで司会は一礼して、壇上を去った。
給仕たちがビンゴカードを回収し、そのかわりに『記念コイン』を配って歩く。
このコインには、正司の横顔が掘られている。
材質は金で、手に持つとズシリと重い。
通貨として利用できないが、コインそのものに価値があるし、だれも売り払ったりしないだろう。
これならば参加賞がわりにいいだろうと、正司が金鉱に赴いて、コインをつくったのである。
ちなみにG5の魔物からドロップするコインを……と正司が言い出したとき、どこからともなくとある女性が現れ、正司を抱えて去っていった。
その一部始終を見ていた役人たちは、みな視線を外し、丁重に見なかったことにした。
ちなみにドロップ品のコインを大量に放出すると、相場が値崩れする。
そうするとG5を狩る者たちが嫌がると説得されて、正司はそれを参加賞にするのを諦めた。
大ビンゴ大会が終わると、本日はまだ時間が早いが、流れ解散となった。
前夜祭からほぼ徹夜で騒いでいたことで、疲れが溜まっている人も多い。
建国祭でも好き好きに休憩できるし、昨夜はよく就寝できたはずだが、寝ている間になにか面白いことがあるかもしれないと起きていた者も多かった。
体調を崩されても困るので、二日目の予定はそれほど入れてないのである。
人々は与えられた部屋で、しばしの睡眠となった。
そして翌日。建国祭三日目。
今日は場所を変えて、建国祭の続きをする。
これまではミラシュタットの町だったが、魔道国はもうひとつ町がある。
リザシュタットの町である。
三日目からはリザシュタットの町、リーザ城がメイン会場となる。
移動はもちろん正司の〈瞬間移動〉を使う。
リーザ城ではすでに迎える準備はできている。
早朝、招待客がゾロゾロと城の中庭に出てきた。
お付きの者たちはみな荷物を持っている。
城の中庭に集まったのは数万人。動くスペースもないほどである。
そこへ正司が現れた。
「ではみなさん、今から移動します。準備はいいですか」
しばらく待ったが反対の声もない。
役人に確認すると、全員揃っていると頷かれた。
「問題ないようですので、行きますね」
そう言って正司は、みなを連れて、リザシュタットの町に跳んだ。