111 配偶者というもの
フィーネ公領スミスロンの町。
現当主は、ルソーリンのあとを継いだリグノワル・フィーネ。
先々代当主ラグラットの実弟である。
そして今日、彼のもとへ、久し振りにルソーリンが顔を出した。
ルソーリンは、夫のラグラットが亡くなってよりずっと、フィーネ公領の当主を務めてきた。
いまはリグノワルに当主の座を譲り、悠々自適の生活である……わけもなく、魔道国の担当として、忙しい日々を送っている。
「久し振りですね、義姉さん。お元気そうでなによりです」
ルソーリンの顔は疲れているものの、目は滾っていた。
少なくとも、事務仕事に忙殺されて精彩を欠くリグノワルよりも元気そうだ。
「国をイチからつくりあげるのは、こんなに難しいことなのね。正直舐めていたわ。そのかわり、やりがいもあるかしら」
建国の理想と現実をルソーリンは味わっている。
それでも様々な折衝、他国とのやりとりは、すこぶる面白いらしい。
「私は棄民の調整でそれどころではないのですけど……」
リグノワルが精彩を欠いている理由。
それは当主の業務に加えて、棄民の移動を手助けするものが入っていたからである。
以前、その仕事を家臣に丸投げしようとしたら、ルソーリンが止めた。
「手を抜かない方がいいわよ」
飛ぶ鳥落とす勢いの魔道国である。今後、何が幸い、もしくは災いとなるか分からない。
魔道国との繋ぎは重要。
正司の目的は明らかなのだから、棄民のことはリグノワルが扱うべきだと主張した。
リグノワルもそれを理解したからこそ、決定権を家臣に投げていない。
細々とした報告でも、すべて受けて、目を通している。
そろそろ倒れるんじゃないかと本人が思っていても、それは変わらない。
「それで義姉さん、今日はどうしたのです? 仕事が一段落したのでしたら、こっちを手伝ってほしいのですけど」
「そうね……棄民の移動はどんな感じ? 効果は? 調べさせてあるのでしょ? まずはそれを聞きたいわ」
「概算ですけど、資料はここにあります。見ますか?」
「ええ、見せてちょうだい」
ルソーリンは書類を手に取った。複製禁止の印がついている。
「魔道国の二つの町に全体の1パーセントが移動と……これだと町を200個つくれば、この領内の棄民はすべていなくなる計算になるわね。この資料の精度はどんなもの?」
「棄民の総数は分かりませんけど、いくつかの集落からサンプルを調べて算出したものです。今回の調査で、移動した棄民はサンプルの中の1~2パーセントの間と出ました。ですが、そんなに町はつくれないですよね」
「運営できない町は集落と一緒だから、まあそうね。……今日はその辺のところを含めて話にきたのよ」
ルソーリンは、来た目的をつげる。
「ねえ、これは私からの提案なのだけど、魔道国の後継者対策をしましょう。次代のご学友を育てましょうよ!」
「………………はっ? なんですか、それ」
リグノワルの返答は、何とも間の抜けたものになった。
「……話が飛躍し過ぎたかしら」
「そうですね……私は凡人ですから、最初から話してもらえると助かります」
ルソーリンはどこから話そうかとしばらく思案し、ポンッと手を叩いた。
「いま魔道国に詰めている文官たちの間では、秘かに……ううん、秘かにではないわね。なかば公然と、魔道王の配偶者がだれになるか、『賭け』が行われているのよ」
「賭けですか? 王の伴侶を賭けの対象にするなんて、いろいろ問題のある行為だと思いますが」
「大々的にやっているわけではないし、別に貶めているわけでもないし……モラルの問題はこの際おいておくとして、王の配偶者選びは国としても重大業務よね。関心の高さが物語っている感じだわ」
「それは分かります。義姉さんのように、当主に寄り添って支えるだけでなく、表に立って動かせるような人は少ないでしょう。王の配偶者となれば、そこらの富豪の娘程度では厳しいですね」
「私だって凡人よ。他国には秀才と天才はゴロゴロいるもの。……それで、建国後に表だってくるのが配偶者問題。そしていま一番近いのはだれか? 二番手はだれか? 賭けの対象になるには十分過ぎない」
「……認めます。それで一番はだれなんですか? やはりリーザ嬢でしょうか。一番親しいと聞きますけど」
「今はダークホースとして名が上がってきたバイダル家の孫娘、ファファニア嬢よ。彼女が一番に躍り出たわ。タダシ殿が彼女のために巨大な城をプレゼントしたと、巷では評判ね。ファファニア城、一度見てみたいわね」
「城をプレゼントですか。それはそれは……さすが魔道王ですね」
男性が女性の名を冠した建物をプレゼントする。なかなかできることではない。
ここへきて、一気に本命に名が上がってきたらしい。
ファファニアは美人で健気。家柄、性格もよし。さらにナイスバディとあっては、有名になってもおかしくない。
「そこで焦り始めたのがトエルザード家の家臣たちね。彼らの中では、リーザ嬢かミラベル嬢こそ本命。あとからやってきたファファニア嬢は邪道とさえ考えているみたい」
「なんですかそれ、建国前からもう派閥ですか? 内部で争いなんて嫌ですよ」
「いまの機構で魔道王の不興を買うようなことは、一切できないわよ。他の連中がどれだけ目を光らせているやら……それで配偶者選びだけど、そろそろ加速しそうな雰囲気を見せているわ。遠からずだれかと結婚。そして子が生まれる」
「結婚と出産……? それって、気が早くないですか?」
「そんなことないわ。健康な男女だもの。生まれた子が魔道国の後継者となって、やがては国を受け継ぐ。私はそれを二、三十年先と予想しているわ」
「魔道王は若返りのコインを簡単に手に入れられると聞きます。いつまででも現役でやれますよね」
若返りのコインを使うと、ランダムで3~5歳若返ることができる。
伸ばせる寿命に限界があると言われているが、そこまで到達した者はいない。
「タダシ殿は子供が成長したらすぐに王位を譲って、本人は隠居するんじゃないかしら。その後は各国を巡ったり、新しい土地を開拓したり、もしかしたら凶獣の森を開拓するかもしれないわ」
すでに正司が凶獣の森に拠点を持っていることをルソーリンは知らない。
それでもリグノワルは、ルソーリンが何を言いたいのか分かった。
「後継者が育ったら隠居ですか、ありえますね。というか、棄民の問題が片付いたら、すぐにでも隠居しそうです」
まだそれほど親しく接したわけではないが、リグノワルでも正司の行動はある程度推察できた。
「そうでしょう? だからこそ、子供のうちの後継者と一緒になって勉強できる人材が欲しいのよ。数歳年上で優秀な子がいいわね」
「やはり、気が早いような気がしますが」
そう告げるリグノワルに、ルソーリンは首を横に振った。
国を運営するのは難しい。それは当主や国王、国主は身をもって知っている。
だがそれ以上に難しいのが、国を新たにつくることだ。
ルンベックほど優秀ならば、まず国づくりを正司一人に任せ、できないとルンベックに泣きついてきてから手を貸す方法だって採れた。
だがルンベックはそうしなかった。
最初から人を送り込み、膨大な人と物量で、強引にスタートアップを成功させたのである。
貸しをつくる機会をフイにしてでも、新国を成功させたかった。
ルンベックの頭の中には、この大陸の未来が見えているのだろう。
機会損失を容認できるほどに、正司がつくる世界が見えていると、ルソーリンは語った。
「たしかに将来のビジョンが見えていなければ打てない手も多かったですね」
ルンベックの打った手が、ことごとく当たった。
偶然だと思うが、王国との戦争ですらベストというタイミングで発動している。
そしてあり得ないことだが、最高の形で終結している。
あれにより八老会は資金を放出し、影響力が下がり、王国は大人しくなった。
しかも各種商人たちは、戦争直後であるにもかかわらず、ミルドラルに好意的でさえある。
その直後に建国騒動である。
ルンベックがすべての絵を描いていたとしても、一笑に付せない何かがあった。
「神がかり的な幸運だと私は思うわ。バイダル家にしろ、我が家にしろ」
フィーネ公領にも神がかり的な幸運があった。
それは王国の暗躍を挫き、ラマ国との戦争参加を回避せしめた。
「偶然か必然かは、凡人である私には分かりかねます」
「私だって凡人よ。だから配偶者争いには加わらないことにしたの」
単純に『姫』がいないせいもあるが、まず勝てるビジョンが見当たらないとルソーリンは自嘲気味に言った。
ついでとばかりに、ルソーリンは必要以上に声を潜めて言った。
「帝国からの船は、まだまだかかる。最初の船の到着は、建国後になるわね」
帝国は未開地帯にできた港の様子を見るため、調査する人を派遣した。
ただの集落が発展したものだろうと、高をくくっていたら建国済み。
さぞや驚くことだろう。
やってきたのは調査員のみのはず。
その場で国家間の条約を結べるわけがない。彼らにそのような権限は与えられていないはずなのだから。
国交を結ぶには、帝国の使者は一度帰らなければならない。
ルンベックが建国の知らせを帝国にしたようだが、まさか一ケ月や二ケ月でそれが実現しているとは思わない。
帰還した船から情報を得て、帝国が準備を整える間に、ルンベックはさらに多くの手を打っていることだろう。
帝国は後手に回りっぱなし。コケにされっぱなしとなるはずである。
「もしかすると魔道国は、帝国以上の国になるかもしれないわね」
「まさかっ……!?」
そこでルソーリンは笑みを深くした。
「私はそう考えるわ……タダシ殿の夢を実現させるため、私たちが一丸となっているんですもの……というわけで、後継者の教育、必要だと思わない?」
もし魔道国が帝国を抜くとしても、それは百年、数百年後の話だとリグノワルは考えている。
だが、ルンベックが思い描いている『魔道国』はどうだろうか。
それよりずっと早いのかもしれない。いや、もっと早く達成させるつもりだ。
「……分かりました。主立った家臣に声をかけて、早期教育に力を入れます」
「そうね。次代を導き、ともに学べる快き人材を集めておきましょう。思ったより時間はないわよ」
「……はい」
とリグノワルは元気よく返事をしたが、内心では「なんてこった。また仕事が増えるのか」とぼやいていた。
正司の配偶者問題が持ち上がっている。だがそれは当然のこと。
ミュゼもそこまでは読んでいた。
魔道国はずっと続いてもらわねばならない。
だとすれば、みなの考えは自ずと後継者に向く。
一体だれが後を継ぐのか、興味は尽きないはずだ。
独り身の正司は、その前に伴侶を得る必要がある。つまり国を存続させるには、正司が結婚することが何より重要になってくる。
そこまでは予想通り。早くからミュゼはその可能性に思い至っていた。
リーザをけしかけたり、それとなく正司の周囲に女の匂いがないことも確認している。
ただ、ここで予想外のことがひとつ。
ニアシュタットの町の噂と同時にファファニアの名が上がってきた。
もちろんミュゼも、ファファニアの魅力は十分理解している。
リーザは政治に強い反面、情緒に疎い。
ファファニアの女性らしさには、及ぶべくもない。
だが短期決戦で行けば、勝算は十分あると考えていた。
そう短期決戦ならば……。
「カーペットを巻き付けて部屋に転がそうかしら」
ミュゼはそんなことを呟く。
執務室でミュゼの業務を補佐していた家臣たちが「何を?」と思ったが、その答えには至らない。
カーペットに巻き付けられるのはリーザであり、転がされるのは正司の部屋である。
「中から全裸がどどーん……は、ちょっとアレかしら」
漏れ聞こえてきた呟きに、家臣たちがギョッとする。
自分たちの主人は何を考えているのだと、互いに目配せし合う。
もしミュゼがそれを実行した場合、リーザは理由も知らされず服を引っぺがされ、カーペットで簀巻きにされ、正司の部屋でクルクルクルと転がり出ることになる。
「ちょっとタダシさんの部屋に行ってきますわね」
ミュゼが出て行った。
執務室に残された家臣たちの表情は微妙。
みな想像を逞しくし、正司の部屋で何が行われているのかを想像し、悶々とする。
ところがどうやら留守だったようで、程なくしてミュゼは執務室に戻ってきた。
「ニアシュタットの町へ行ってきますわ」
あとはよろしくお願いねと最上の笑みを残して、やっぱり執務室を出て行ったのである。
その頃正司は、北の浪民街にいた。
先日、クエストの白線を辿った結果、サロンに出席することになり、そこでとある商人から帝都サロンへの招待状をもらった。
相変わらずわらしべ長者のような動きだが、あの招待状がリスミアに、どう関わってくるのか分からない。
そもそもリスミアはただの少女。
いったい彼女と彼女の父親に何があったのか。
それを確かめるためにも、正司は一度、浪民街へ顔を出しておきたかったのである。
「こんにちはクヌーさん。タダシです」
以前クヌーに会った場所からほど近いところにいた。
「町に行ったと思っていたが、戻ってきたのか?」
突然顔を出した正司に、クヌーは不思議そうな顔を向ける。
その足下で、リロという少年とスミンという少女が地面に絵を描いている。
クヌーは狩りのあとらしく、タヌキのような獲物を担いでいた。
「はい。町には行きました。ただ、どうにも分からないことがあって、戻ってきました」
「この短期間で往復したのか?」
クヌーは驚いた。以前正司がこの集落を出てからまだ十日ほど。本来ならば、ようやく町に着いたかなといったところである。
「そうです。グラノスの町へ行きました。そこでクエストに関す……いえ、リスミアさんに関することで、どうしても帝都に行かなくてはならなくなったのです」
「帝都? どうしてそんなとこに……」
クヌーはさらに首を傾げる。
正司の口から「帝都」と出たが、ここは帝国。
帝都はものすごく遠い。
「理由は私も分かりません。もしかするとリスミアさんのお父さんは、何か帝都にかかわる大きなことに巻き込まれていたのかもしれません」
「…………」
クヌーは考え込んでしまった。発想が突飛すぎると思ったようだ。
「帝都で何をするかまだ分からないのですけど、新しい情報でもあれば聞きたいと思いまして、戻ってきたのです」
「そうか……まあ、帝都の話はおいといて、ちょうどよかったといえばいいのかな。タダシが洞窟まで来なくてよかった」
洞窟とはクヌーたちが住んでいる場所だ。
浪民街は複数の集落に分かれているため、正司はまだ洞窟しか、彼らの住む場所を知らない。
正司が洞窟へ向かわなかったのは、クヌーは仕事で出ていると考えたからである。
「……? 洞窟で何かあったのですか?」
「いまは見回りの途中だが、少し話そう。その辺に座ってくれ」
狩猟の帰りかと思ったら、クヌーは未開地帯からの侵入者を見張っている最中だという。
見回りは単調であるため、その移動中に罠を仕掛けておくのだとか。
翌日その罠を見て回り、掛かった獲物を回収している。
近くの岩に座り、クヌーは「少しおかしなことになった」と前置きしながら、話しはじめた。
「この前、他の集落の者に話を聞きにいった」
リスミアを保護した状況を正司が知りたがっていたため、早速動いてくれたようだ。
「ありがとうございます。それでどんな感じだったでしょうか」
「リスミアを見つけた日だが、いつになく警邏の者が多かったらしい。俺たちは人知れず暮らしている浪民街の者だ。見つかると面倒なことになる。大通りは危険だと判断して、裏通りを移動したようだ。だが、それでも大勢で移動すれば目に付く。やむなく普段なら絶対に行かないような道を移動したそうだ」
リスミアを見つけたのは、町で物資の調達が終わったあと。
そのこともあって、警邏の者に見つかりたくなかったらしい。
クヌーは続けた。
「裏通りに行き止まりの路地があった。その付近で蹲っている少女を発見したようだ。当時の服装は二級帝民が一般的に着るようなもの。だがずいぶんと汚れていたというから、逃走中に泥でも付いたのだろう」
少女が路地裏にひとり。このままなら遠からず命を落とす。
一応拾いはしたが、年端もいかない少女なら、未開地帯を抜ける長旅に耐えられるか分からない。
すると偶然か、その日から警邏の者が町に増え、町から脱出するのが難しくなった。
物資調達隊は、町に滞在を余儀なくされた。
「その数日で体力が回復したらしい。あとはまあ、以前話した通りだ。ちなみに警邏を動かせるのは代官だな。あいつらは代官の命令があって動いていたんだろう。物資調達隊は、政敵を追い落とそうとしていたんじゃないかと言っていた」
外からだと分かることは少ないらしく、それもただの予想らしい。
代官が政敵を追い落とそうとするために警邏を使う。
日本なら密告や内部告発に近いだろうか。
ふむふむと正司が話を聞いていると、スミンとリロが何やら変わったことを始めていた。
お絵かきに飽きたのか、砂で山を作り始めていた。
正司の視線に気付き、クヌーが説明した。
「この辺は砂地だ。大勢の人が通ればすぐに分かるので重宝しているが、こいつらの遊び場でもある」
「そうなんですか」
「それで警邏の話だが、いまグラノスの町は権力争いの真っ最中でな。代官が焦っているんだと思う。で、その影響がここにも及んでいる」
「町の権力争いがここに……ですか?」
「ああ、物資調達隊がこの前仕入れてきた情報では、代官のロキスを引きずり下ろそうと、ダクワンという商人が動いているって話だ」
グラノスの町のサロンでは、代官の妻が出席していたと、あとでリーザが言ってきた。
「少々相手してあげたわ」と朗らかに言っていた。きっと気が合ったのだろう。
ちなみに町の代官を任命するのは領主の役割のひとつである。
罷免するのももちろん領主しかできない。
帝国に八人しかいない領主の権限は強く、代官が町をうまく治められないと分かれば、首をすげ替えることくらい簡単にやってしまう。
「代官と商人が権力争いをしているわけですか」
「ダクワンはロキスを失脚させようと暗躍し、ロキスはダクワンの力を削ごうとしている。だが、ダクワンは外からやってきた商人で、町の外に資産があるようでロキスは手が出せない。現状、ロキスが不利だと言われているんだそうだ」
代官は、滞りなく運営するのが当たり前。逆にミスをすれば、交代もありえる。
代官のロキスが不利というのは、それゆえのことだろう。
「事情が分かりましたけど……町の権力闘争が浪民街にどんな影響を及ぼすのですか?」
「代官のロキスは、いま明らかな功績を欲している。ダクワンとの直接対決が不利だと分かって、それを避けたわけだ」
クヌーは視線を子供たちに移した。
スミンが、砂の山に小石をポンと乗せた。
再びクヌーは、正司に視線を戻す。
「功績を挙げて、領主の覚えをめでたくしようとしている。具体的には、浪民街の壊滅だな。反帝国組織を潰したとなれば、その名は領外にも鳴り響くからな」
「ここが、点数稼ぎのために狙われているんですか?」
クヌーは頷いた。彼がここを巡回しているのもそのせいだろう。
「ヤツらはもとからそういう連中だ。ロキスは準備を着々と進めている。町で噂になるほどにな。……で、ダクワンはそれを代官失脚の材料にしてやろうと考えている。集落に急進派がいるって話、覚えているか?」
正司は頷いた。
「浪民街にいるからこそ分かる話もある。ダクワンが急進派を焚きつけていたんだ。何をさせるつもりか分からないが、穏当なことではないだろうな。そしてこれはロキスは知らないと思う」
急進派の存在と、彼らの動きは、浪民街の中だからこそ分かった話だとクヌーは言った。
「なんか……滅茶苦茶巻き込まれていますね」
代官と商人の目が、浪民街に向いている。
この地の動向しだいで、どちらかが失脚することもありそうだ。
「巻き込まれているというか、いつの間にか騒動の中心地になっていたようなものだ。だから他の集落からここの集落に、人を派遣した」
もし浪民街が襲撃されれば、最初に襲われるのはこの地。
襲撃者が現れたら、各人はその情報を持って自分の集落に飛んで帰る。そして全員で逃げる。
そういうわけで、クヌーの集落にはいま、他の集落からの客人が何人も来ているらしい。
ここで正司がクヌーと会えたのはちょうど良いと言った理由が分かった。
そんな緊迫したところに顔を出さなくて本当によかった。
「リスミアさんと会って話をしようと思ったのですけど、これは会わない方がいいですね」
「いまは時期が悪いな。とくに外からの人間を警戒している。難癖をつけられたくないだろ?」
「そうですね。分かりました」
集落にいる客人は、来るときに十分な食料を持参し、金も出している。
それゆえ客人と呼ばれている。
彼らのおかげで、クヌーは毎日見回りをするだけで子供たちを喰わせていけている。
もちつもたれつの関係が出来上がったらしい。
「もし町からやってきたのならば、数人ということはない。姿を現せば、必ず痕跡が残る。それを確認するため、俺は日に二度、こうして見回りをしているんだ」
未開地帯の林を抜けると、荒れ地や砂地も多く、足跡などの痕跡は意外と簡単に辿れるようだ。
以前の見回りは数日に一度で良かったが、いまは一日二回。
それだけ切羽詰まっているともいえる。
突然、リロが正司の腕を引っ張った。
「はい、なんですか?」
リロは黙ってスミンの方を指差す。
「えっと……きれいな形の砂山ですね」
スミンが砂を盛って山をつくっていた。そのてっぺんに石が置かれている。
「これが、おじさんだって」
「スミンさんがそう言ったのですか?」
リロが頷く。
「この石が私ですか?」
どういう意味だろうと首を傾げていると、スミンは隣に別の石を置いた。
最初に置いたのは、灰色の石。
次に置いたのは、赤みがかった石。
並んで配置されたそれは、砂山が『ひな壇』のようにも見え、置かれた石は『ひなまつり』のお内裏様とお雛様のようにも見えた。
「二人に気に入られたようだな」
クヌーが苦笑している。
「これはそういう遊びですか?」
「……さあ。スミンは年のわりに言葉をあまり話さない。それに最近、妙なことを口走るようになったし、よく分からん」
スミンは10歳くらい。リロは6歳か7歳くらいだろう。
二人は姉弟ではないと、以前クヌーは話していた。
「……これ」
スミンは灰色の石を指してから、正司を指す。
正司はこのときはじめて、スミンの声を聞いた。
「この石が私なのですね」
正司は確認のつもりだったが、スミンは首を横に振った。
「これ、さっき向こうから持ってきた石だよ」
リロが指差した方向には、たしかに同じような石が落ちている。
反対に足下に多くあるのは、赤茶色の石ばかり。
「わざわざ他から持ってきたことに、意味があるんじゃないかな」
よく分からないけどと、クヌーは言った。
「私の石をほかから……?」
「子供のすることだ、深い意味はないだろう」
「……そうですね」
(……あれ? この絵、どこかで)
スミンとリロが描いていた絵。
二人で描いたため、もうぐちゃぐちゃになっている。
それでも原形がなんとか判別できた。
(……あっ、これ未開地帯の形に似ていないでしょうか)
マップを持っている正司だからこそ分かったこと。
それはなんとなくだが、未開地帯の形を思い起こさせるものだった。
そして砂山がある場所は、その左側……。
「それよりもグラノスの町に行くんだったら、気をつけた方がいい。町がどうなっているか分からないからな」
「あっ、はい、そうですね。気をつけるようにします」
「もし分かったことがあったら、俺たちにも知らせてほしい。しばらくは物資調達に出ないつもりらしいから、町の情報があると助かる」
「いろいろとやることがあるので、そうそうすぐに来ることはできないと思いますけど」
「分かっている。往復するだけで大変だしな。俺は毎日この周囲を歩いているから、来ればだいたい分かるだろう……っと、そろそろ見回りを再開するか」
「あっ、そうですか。ではまた来ます。私の方で調べられることは調べておきますね」
「頼む。こっちも急進派の動きは注意して見ている。何か分かったら知らせよう。それじゃあな」
クヌーは立ち上がった。
スミンとリロを連れて、巡回を始める。
「スミンさん、リロさん、さようなら。また会いましょう」
正司がそう言うとリロは小さく会釈し、スミンは何かを口走った。
だが正司はうまく聞き取ることができなかった。
というのも、スミンは「繊jラ・ミ繊」と言っていたように聞こえた。