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010 野営とはこういうもの

 馬車の中、非常に気まずい時間が始まった。


 国を運営するといわれる三公家。

 日本で言う宮家のようなイメージだ。

 正司にとって雲の上の存在だ。


(人に命令し慣れているはずですね)


 トエルザード家は、ミルドラルで唯一の港を持つ家らしく、エルヴァル王国との交易も盛んだという。


 今回の留学も、先方がぜひにと言って実現したものらしかった。

「でも政治的判断で切り捨てられようとしているのよね」

 とリーザはあっけらかんと言う。


 ラマ国の仕業に見せかけて殺害する計画らしいが、露見すれば両国の関係は最悪となる。


 そんな危険を冒してまで、王国は帝国への陸路が欲しいらしい。


「しかし、16歳で親元を離れて留学とは、勉強熱心ですね」


 聞くところによると、リーザは15歳になる前に王国に来たらしい。

 そしてまだ一度も帰郷していない。


 リーザの両親は度々帰郷の催促をしていたらしい。

 それでも一向に帰ろうとしない。


 それどころか、最近は便りを送ってもなしのつぶてで。

 業を煮やした両親は、妹のミラベルを説得役に派遣したという。

 なかなか豪気な家である。


 ミラベルは10歳。

 その歳で説得とはいえ、何日もかけて他国へ赴くのだから、この世界の住人は肝が据わっている。


 ちなみに、姉妹が狙われたら困るのではないかと正司が聞いたら、「弟がいるから後継は問題ない」ということだった。


 そういう問題だろうかと正司は悩むのだが、本人たちは納得している。


 リーザの弟は14歳。

 名前をルノリーと言い、いまは親元で英才教育の真っ最中らしい。


(リーザは16歳で弟のルノリーが14歳ですか。そしてミラベルが10歳。とすると当主はまだ若いはず。先代は亡くなったのか、それとも隠居したのか……)


 この世界の大陸は、絶断ぜつだん山脈という高い山の連なりによって、東西に分けられている。


 東側は帝国しかないが、西側にはエルヴァル王国とラマ国、そしてミルドラルの三国がある。


 今後のためにも国名と、為政者の名前だけは覚えておこうと誓う正司であった。


「お嬢様、そろそろ野営をしたいと思います」

「アダンね。任せるわ」


「この辺りは荒れ地ばかりですので、周辺の索敵も容易でございます。街道から少し離れたところに広い場所がございます。そこに向かおうかと思います」

「分かったわ」


 ガクンと揺れた。馬車が街道を外れたようだ。


「というわけで、タダシも一緒に警戒してくれるかしら」

 話を聞いたのだから分かるわよねと、言外に匂わせている。


「はい。それはもう……ですが、私がその刺客とは考えなかったのでしょうか」

 正司としては、そう思われてもしょうがないくらい怪しいと思っている。


「それはないわね。たしかに敵の一味という考えもあるでしょうけど、こんな間の抜けた人を寄越さないわよ」

「はあ……」


 間の抜けた人呼ばわりされても、正司は腹が立たない。

 事実、16歳でこれほど達観した人の前だと、正司はただ長く生きただけの無能人間に思えてくる。


「単独で接触する場合、商人かラマ国の人間を装うわよ。なんで砂漠の民の格好なのよ。いろいろ怪しいでしょう。それに体術もできない魔道使いですって? そんなのが単独でいたって役に立たないわ。もし私の警戒を解きたいのならば、同年代の女性を寄越しなさい。年齢も性別も職業も出身もダメダメよ」


「……すみません」

 すべてにおいて駄目出しをされて、正司は小さくなった。


「そういうわけで、一周回って怪しいとは思うけど、そこまで疑ったらもう、どこでだれと会っても信用できる人なんていないじゃない。だから、タダシは敵じゃない。そう判断したわけ」


「…………」


「それにウチの家名を聞いても反応なかったしね、おねーちゃん」

「あれには驚きだわ。そういえば、後で知って逃げだそうとしたわね」


「いえ、逃げだそうだなんて……ちょっと歩きたくなっただけです」

 必死に言い訳をする正司に、護衛のはずのライラまでが目頭を揉んでいる。


 これで正司が刺客ならば、もう騙されてもしょうがないと思っているのかもしれない。




 馬車が止まった。野営する場所についたようだ。


「降りますか」

 正司が言うと、他の三人がきょとんとした。


「どうして降りるの?」

 代表してミラベルが問いかけるが、正司の場合、どうして降りないのかが分からない。


「えっとリーザさん。今から野営をするんですよね」

「さっきからそう言っているじゃない」


「降りないのですか?」

「降りるの?」


「食事とかはどうされるんです?」

「アダンが運んでくるわ」


「寝るときはどうされます?」

「ここで寝るでしょ」


 正司はリーザを見た。どうやら本気らしい。


 つまりリーザたちはずっと馬車の中で一夜を明かすようだ。

 これには正司も唖然とした。


 そういえば、馬車に積んだ荷物が少なかったと思い出す。

 馬車は荷運びよりも、生活空間となるように調整したのだろう。


(着替えくらいしか積んでないようですしね。ですが本当に馬車の中だけで過ごすのでしょうか)


 質素な二頭立ての馬車、中は四人が座ればいっぱいになってしまうほど狭い。

 果たして公女姉妹をこんな中に押し込めてもいいのだろうか。


 正司は、それはよくないんじゃなかろうかと思いはじめた。

 やはりそれなりの場所で休んでもらうのが筋だろうと。


「あの……リーザ様」

「呼び方」


「あっ、すみません、リーザさん。……もしよろしければですが、私が寝床を作っても宜しいでしょうか」


「?」

 リーザはミラベルとライラの顔を見た。

 ふたりとも、正司が言った内容を理解できていなかった。


「おじさん、寝床ってどうやって作るの?」

「えっ? 土魔法ですけど」


「えっ?」

「えっ?」


 ライラは何を馬鹿なことをと正司を叱ろうとしたが、寸前でリーザに止められた。


「ねえ、タダシ」

「はい、なんでしょう」


「じゃ、土魔法で寝床? 作ってくれるかしら」

「分かりました」


 凶獣の森で散々作って、拡張しまくったのはつい最近である。

 作り慣れていると言っていい。


 正司が降りると同時にリーザたちも馬車を降りた。

 アダンが何事かとやってきたが、リーザがそれを押しとどめる。


「タダシが土魔法で寝床を作るそうよ」

「はあ? んな馬鹿な」


 思わずだろう。アダンが不敬に近い口調で聞き返してしまった。

 慌てて口を塞ぐと、リーザは笑って「何をするのか見ていましょう」と言った。


 そんな風に注目されているとは知らず、正司は高貴な人が泊まるのだからと、自分の知識を総動員して形を考えていた。


「御者と護衛と公女様方……三部屋でよろしいでしょうか。部屋は縦につなぎますが、間に通路を設けた方がいいですね。……こんな感じでしょうか」


 足下から土がせり上がっていき、壁が出来上がる。

 正司は満足げに頷くと、リーザの方を向いた。


「二階建てにしなくてもいいですか?」

「……えっ!? ええ……ええ……いいわ」


「では天井を作ります。それが終わったら壁を硬質化しますね」

 みるみるうちに天井が出来上がり、直後キィンという硬質な音が響いた。


「完成しました。どうでしょうか?」


 みな呆然としつつも、互いに目配せしあう。

 アダンが代表して中に入っていく。


 しばらくして出てくると「部屋ができている」と呟いた。

 護衛たちがダッシュで入っていき、中から「すげー」「まじか!?」という声が聞こえてきた。


「どうやら満足いただけたようですね……あっ」


「どうしたの?」

「馬がいましたね。厩舎も作りましょう」

「えっ?」


 馬車と護衛分で、馬は六頭いる。

 正司は向かい合わせで三頭ずつ入る厩舎を作った。


 驚いたのは中から出てきた護衛たちである。

 ほんの僅かな時間で馬小屋が出現していたのだ。


「ああっ!」

「こ、今度はどうしたの?」


「壁を作っておけば安心ですね。今すぐ作ってしまいましょう。どのくらいの高さがいいでしょうか。私がよく作る高さでいいですか」


「…………いいわ」

 リーザの顔が青白くなっている。


「では凶獣の森で作ったのと同じ高さで……っと」


 ずううううんと、五階建てのビルのような壁が出現した。

 それが四枚。建物を囲うように出現したのだから、ライラなどは腰が抜けてへたり込んでいた。


 風魔法使いのブロレンは、過呼吸を起こしている。


「これでいいですね。……そうだ。敷物を貸しましょう。いっぱい余っていますので……ああ、椅子やテーブル。それにベッドも作っていない。なんたる片手落ち!」


 正司は建物の中に入っていき、同じく土で家具を作っていく。

 ベッドと椅子の上に魔物の皮を敷く。


「防犯上、窓はつけていませんが、これで完成です。……なにか不満なところはございますか?」


「………………」

「………………」


 リーザもミラベルも無言だった。


 その後、正司はというと、「自分はこの辺で十分ですから」ともうひとつ建物を作って、そこに入っていった。


 護衛のカルリトがそっと覗いたところ、そこにも魔物の皮を敷き詰めたベッドと椅子が置いてあったらしい。




 その日の夜。


「タダシは何者なの?」


 リーザの問いかけに、ミラベル、ライラ、アダン、ブロレンのだれもが答えられない。


 正司はリーザたちと分かれて、早々に自分の建物に入ってしまった。


 リーザたちはさっきの事を話し合うために、奥の部屋を使って会議をはじめたが、最初の問いで詰まってしまった。


 野営をするつもりだったので、夕食は携帯食を買い込んであった。

 ほとんどが乾物だが、果物もあったのでとくに困っていない。

 野外の食事など、そんなものである。


 そんなことよりも、正司の使った魔法が衝撃的過ぎて、食事のことはもう頭の中から消え去っていた。


「風魔法使いの自分から言わせてもらえれば、あれはありえません」

「どうありえないか説明して」


「霊薬を使っていなかったのは見て分かったと思いますが、秘薬も使った形跡はありませんでした。どこかに隠し持っていたとは思えませんので、魔道具かと思うのですが……」


「それはそれで問題だな。あの規模だ。国宝級の魔道具でも、あれほど非常識ではないぞ。そんなものの存在が確認されたとなると、世界が騒がしくなる」


 アダンの言葉にリーザも難しい顔をする。

 リーザの頭の中ではもう、正司が王国の刺客である線は完全に消えていた。


「この大陸最強の土魔道士って、だれかしら」


「一番は帝国のシンジュという老魔道士だな。地揺れの土魔法で砦の外壁を崩したことがあるらしい」


「「「…………」」」


 みなが残念そうな顔をした。

 大陸最強の土魔道士の伝説が、砦の壁を崩しただけとは、あまりにショボい。


「タダシなら同じ事ができるかしら」

「更地にできそうだな。しかもよそ見して、会話しながら」


「「「…………」」」


 みながその姿を想像した。ありありと想像できたのだ。


「馬車の中で聞いたのだけど、砂漠にいる前は凶獣の森にいたらしいの。私は眉唾だと思ったけど、仲間が優秀ならばそれもありかなと思ったのだけど……」


「いまライラが尻に敷いている毛皮は火炎狼かえんろうのものですな。特徴的な色と模様なのでたまたま知っておりますが、G5です」


 アダンが言うと、控えめにブロレンが手を上げた。


「アダン隊長の背もたれですが、銀嵐ぎんらんという、空を駆ける馬で、G4です。出会ったら逃げられないので、全滅覚悟で挑む魔物です」


「これ、おじさん、どこから出したんだろう」

「魔道具かしら……ね」


 分からないものは何でもかんでも魔道具で片付けようとすることに気付いたリーザは、初心に立ち返ることにした。


「あれはもう魔道士と呼んで差し支えないわよね」

「魔道士から盛大に一緒にするなと文句が来るかもしれませんが、そう呼ぶしかないでしょう」


「やっぱり、魔道士でもこの建物を出すのは難しいかしら」


「ポンポンと出せるのでしたら、話題になっていると思います。一瞬で巨大な建物を出現させられるならば、破壊する事も可能です。そうした場合、国攻めに土魔道士ひとりいれば事は足りてしまいます」


「そうね……じゃ、もう一度聞くけど、タダシは何者なのかしら」


「一番妥当な答えを出すのでしたら、ずっと凶獣の森にいた世間知らずの魔道士……でしょうか」


 G5の出る森に長い間いたため、世間の常識とは多少かけ離れてしまった魔道士。

 それが一番納得できるものであると、全員が認識した。


「アダンの言うことはあながち間違いではないかもしれないわ。それとタダシの性格は温厚にして、臆病。こちらと敵対する意志もないみたいだし、このまま一緒にラマ国に向かってもいいと思うの。で、その後だけど……」


「護衛という名目で雇ってしまって、我が領内に連れて行くのが得策でしょうな。あれが一人いるだけで、国家のバランスが崩れます」


「それほどなの?」


 ここではじめてライラが口を開いた。

 護衛として剣を磨いてきたライラは、魔法については詳しくない。


 正司の魔法は凄いのは分かるが、国家間のバランス云々は大袈裟ではないのかと感じたのだ。


「そうだな、タダシ一人がいれば何ができるか説明しよう。……夜中に城へ抜け道を開けるのは造作もない。そこから兵をなだれ込ませる。それで国が落ちるな。もし攻められたとしても、瞬時に高さ10メートルの壁が出せる。そんな相手にどう攻め入ればいい?」


「……言いたいことが分かりました」


「これは一晩だけのために造ったものですよね。だからかもしれませんが、大した労力を割いてない雰囲気が見て取れたのですけど」


 ブロレンの言葉は、的を射ていた。

 正しい観察眼と言えよう。


 だれもが建物を作ったときの正司を思い出したのだ。

 誇るでもないし、全力を出し切った雰囲気もなかった。


 ただ、必要だから造った……そんな様子が見て取れたのだ。


「刺客があの壁を見たら、どう思うかしら」


「賊が来ても、そのまま帰るでしょう。もし攻略しようと思ったら、事前に準備しなければなりません」


「やはり、過剰防衛よね」

 今日に限っていえば、見張りすら必要ないと言える。


「賊が本気で越えようと思えば、一晩あれば、一人や二人は越えられるかもしれません。ですが、だからどうなんだという気分です。こんなものを造りあげる魔道士がいる以上、勝ち目はないですから」


「あそこでタダシに会えたのは僥倖だったわ。ラマ国に着いたら、護衛として雇うよう、交渉する。それでいいわね」


 リーザの言葉に全員が頷いた。


「ひとつ提案があるのですが」

「珍しいわね、アダン。何かしら」


「彼が常識に疎いことは、もう理解していると思います。彼にはその辺りを身につけてもらいたいと思います」


「常識ね……たしかに、こんな魔法を人前でポンポン使われたら、目立ってしょうがないわね」


「それだけではありません。凶獣の森で採取したと思われるこれらの毛皮などですが、やはり軽々しく店売りすると、それだけで注目を集めてしまいます」


「もっともな話だわ。他には?」


「あとはそうですな。距離をとって、温かく見守るというのはどうでしょう」

「……ん? 最後のがよく分からないのだけど」


「リーザ様と一緒にいるとき、随分と緊張しておられるようでしたので」

「………………」


 何か言い返そうとして、リーザの口が変なふうに曲がった。




 翌朝、正司は日の出とともに起き出した。

 昨日は馬車の中でずっと緊張していたので、精神が疲れてしまっていた。


 そのため、昨日は『保管庫』に入れておいた料理を食べると、すぐに寝入ってしまった。


「あっ、カルリトさん。おはようございます」


「よう、大魔道士さん、おはよう」

 正司が建物から出ると、陽気な護衛カルリトが外にいた。


「カルリトさん、もしかして不寝番をしていたんですか?」

「ああ、途中から交代でな。必要ないとは思ったが、一応お嬢様の言葉だったんで」


「そうですか。でしたら、もっとちゃんとしたものを造れば良かったですね」

 正司は、自分が造ったものが中途半端だったのだと知って落ち込んだ。


「おいおい、これだけ立派なものを造ったんだ。感謝しているぜ。これは……まあ、習慣みたいなものだ。大魔道士さんが気にすることじゃない」


「そうですか。そう言っていただいて安心しました」

 昨日の会議には参加しなかったものの、カルリトも正司がただ者ではないことは分かっていた。


 一方カルリトも、正司が大魔道士と呼ばれても動じないことから、そう言われ慣れているのだろうと判断した。


「ちょっと朝の運動をしてきますね」

「いってらっしゃい」


 カルリトから離れて、建物のない場所に向かう。


「ふん、ふん、ふぅーっ!」

 身体を伸ばし、調子を確かめる。


 十年以上運動らしい運動をしてこなかった正司にとって、身体が軽快に動くことは、まるで若返った気分であった。


 ストレッチをして身体を伸ばす。

 その後、屈伸をして、身体が温まったか確認する。


(腰痛も内臓疾患もなくなって、いい状態ですね)


 身体に魔力をみなぎらせて、軽く飛んでみた。

 何度か自分の身長までジャンプし、身体強化の感触を確かめる。


(この状態で少し運動しましょうか)


 ダッシュ、急停止ののち、ジャンプ。


 十メートル以上あった壁の上に飛び乗った。

(身体強化のおかげか、塀の上でもバランスを崩さないようですね。足場の悪い場所での運動はどうなんでしょう)


 正司はもの凄い速さで塀の上を走り始めた。


 それを唖然とした表情で見ていたのはカルリトと……起き出してきたリーザ、そして護衛たち。


「何がどうしちゃったの?」

 リーザの言葉に、もちろん誰からも返答はなかった。




(……何かおかしい)


 正司は首をひねった。どうも昨日に比べてリーザたちがよそよそしいのだ。

 出発の準備をしているときも、チラチラと正司の方を伺っている。


「タダシどの、お借りしました毛皮を集めておきました。お返し致します」

「ああ、あれですか。余っていますし、差し上げますよ。次に使ってください」


「そ、そうですか……ご配慮、痛み入ります」

 護衛隊長のアダンが正司に丁寧な口をきいているのである。


 たった一日で親しくなれたのだろうかと、正司は考えたが、そう思えるほど会話もしていない。


(私は一応客人扱いだし、そういう態度で接しろと言われたのかな)


 態度が変わった理由が分からなかったので、そう解釈することにした。


「毛皮など荷物になるかもしれませんが、道中、固い床で寝ることもあるでしょう。あんなものでもあると便利ですからね」

「…………」


 アダンは何か言いたいことを耐えている顔をした。

 明らかに何かを我慢しているのである。


 昨日まで「なにこのうさん臭い奴」という態度だったこともあって、正司はその態度の変化に戸惑っていた。


「では壁を戻しますね」

 その言葉通り、ほぼ一瞬で建物と壁が地面の中に消えていった。


 昨日の時点で、リーザたちは正司に対する扱い方を決めていた。

 最悪なのは敵対することだが、そうでなくても、自分たちから離れていくことは避けたかった。


 魔法の腕は超一流。そのかわり、常識に疎い。

 正司が適切な場面で、適切な態度を取れるよう、少しずつ常識を教えていこうという話になった。


 だが、何をされたら正司が嫌がるのか分からない。

 魔法を極めたのだから、勉強が嫌いとは思えないが、興味のないことには一切関心を払わない者もいる。


 正司は一体、どういう人物なのだろうか。

 多くの意見が出たあと、最年少のミラベルがいった一言。


 ――わたしだったら、あれこれ詮索されるのが一番嫌だな。


 みなが納得した。

 あからさまに詮索されれば、誰だって嫌だ。


 詮索を受け、それがずっと続くのならば、もうここで別れようと思ってもおかしくない。


 ラマ国についたら「じゃ、ここで」となるかもしれない。

 それは避けたい。


 というわけで正司のこれまでについては、詮索禁止。

 今まで通りの態度で接しようということに決まった。


 ただし、正司の扱いは「出自の分からない同行者」から「トエルザード家の客人」へと格上げされている。


 アダンの態度の変化には、上記のことが多少なりとも反映されている。

 正司の想像もあながち間違ってはいなかったのだ。




 馬車は何事も無く進む。

 リーザは昨日の魔法のこと、簡単に「あげる」と言われた毛皮のことなど、聞きたいことは山ほどあった。


 それゆえに、ミラベルの一言で大分救われた。

 世捨て人(とリーザが勝手に思っている)正司に、過度な詮索は不要。

 踏み込みを間違えれば、心が離れていく。


 それを思い出しては、つい口に出してしまう質問の言葉を、飲み込むことができたのである。


 一方正司は、どうにも座り心地の悪さを感じていた。

 昨日も感じていたが、昨日は正司ひとりが緊張していた。だが、今日は少し違う。


 どちらかといえば、リーザたちの方が緊張しているのだ。

 とくにリーザは顕著で、口を開いたかと思えば途中で止まり、ゆっくりと口を閉じることを何度か繰り返していた。


 一体何なんだと思う正司であった。


「あれ?」

「どうしたのです、タダシ」


「人がいますね。まだかなり先ですけど、位置が高いから山の上かな」


 やることがないので、気配察知を全開にしていた正司は、複数の人の気配を感じ取っていた。

 マップの方はまだ未踏地帯なので、そこは灰色のままである。


 リーザが御者に伝えて、馬車を止めさせた。

 アランが馬車に横付けしてきたので、正司の言葉を伝えた。


「この辺に山などありませんが、タダシどの」

「四、五キロメートル先ですね。山じゃなければ、地面がせりあがった場所とかありますか?」


「……さ、さすがにそんな先は見通せませんが、ブロレンを先行させましょう」

「気配は五十人以上いますから、集落があるのかもしれませんね」


「なるほど」


 結局ただ待っているだけというのもあれなので、馬車をゆっくりと走らせながら、カルリトとブロレンを先行させることにした。


 正司は自分の一言が馬車の行動に影響を与えることに少々ビビっていた。


(公女様の行動に口を出したことになるのかな。……でも決めたのはアダンだし、護衛隊長ということだから、責任はそっちにいくよな)


 リーザはというと、アダンと正司が話す様を驚きとともに聞いていた。


(四、五キロメートル先? そんな遠くまで分かるの? なによ、その五十人以上って……土魔法でそんなことも分かるの? 世界最高の土魔道士が子供に思えるわ)


 あまりに驚きすぎたため、リーザは自ら禁を破って質問してしまった。


「ねえタダシ、あなたどれだけ土魔法が使えるの?」

 となりでライラが無言で目を剥く。詮索禁止の決定はなんだったのかと。


 ミラベルはとっさに馬車の天井へ視線を走らせた。

 自分は知らないと単にアピールしたのである。


「えっとどういう意味ですか?」


 魔法は呪文を覚えるところから始まる。

 そのため、自分が唱えられる魔法の種類は把握しているのが常識だ。


 正司のようにその場で適切な魔法を考えることはしない。

 よってリーザと正司の会話は、致命的に話が合わなかった。


「タダシは土魔法を使うのでしょ。扱える魔法の数を増やしていったのよね」


 聞いてしまったのだからしょうがない。諦めてリーザはグイグイと攻めた。

 実際、使える魔法の数が多ければ応用が利くし、威力が大きければ、出来ることは増える。


 魔道士級の魔法をポンポンと使う正司に、どれだけ魔法のストックがあるのか、知りたいのは当然であった。


 しかし正司にとってそれは答えづらい質問である。

 なにしろ、貢献値を使って取得しましたと説明しても、信じてもらえるか分からない。


 最悪、嘘つき呼ばわりされ、公女様を侮辱したなどと護衛が怒り出すかも知れない。


「そう言われても、土魔法が一番得意って訳じゃないですし……」


「えっ? 他に魔法が使えるの?」

 逆にリーザはそのことに驚いた。


 すでにリーザの頭の中では、正司は世界最高の土魔道士で固まってしまっているのだ。


「そうですね。土魔法は拠点作りくらいしか使いません」


 そこまで正司が説明すると、リーザだけでなく、ミラベルとライラの三人が目頭を揉んだ。


「待って! なにか私、重要なことを勘違いしていたみたい」

「はあ」


「タダシ、あなた土魔法以外に何が使えるの? というか、何が得意なの?」

 リーザの質問に、ライラとミラベルも耳をそばだてる。


「一番得意なのは火魔法ですね。魔物を倒すのはもっぱら火魔法なので、よく使います」

「火魔法……」


「火魔法に耐性がある魔物もいるじゃないですか。だから次に使うのは水魔法ですね」

「水魔法も?」


「そうすると、土魔法って、魔物を倒すときに使う必要がないのです。だから普段はあまり使っていないのですけど」

「…………」


 つまり正司は火魔法、水魔法、土魔法の三属性の魔法が使えるのだとリーザたちは理解した。


 土魔法は普段使っていないらしい。

 昨晩の会議はなんだったのかとリーザは脱力した。


 複数の魔法を習得する者はいるが、どうしても習熟度は落ちる。

 学者だって、似通った研究ならまだしも、昆虫研究と海洋研究を一緒にしようと思わない。


 商売人もそうだ。

 海の幸と山の幸、まったく別のものを一緒に扱うのは非効率極まりない。

 結局みなどっちつかずになってしまう。


 護衛隊長のアダンは、演劇を見るのは好きだと言っていた。だが、劇団員になりたいといった話はついぞ聞いたことがない。


 アダンはヒマさえあれば剣を振っている。

 その時間を演劇の練習に費やしたりしない。


 このように人はだれしも専門というものを持ち、生涯かけて極めようと精進していく。


 だが稀に、どれも一流の技を身につける者もいる。

 正司が複数の魔法を使うのは一向に構わないが、あれだけ周囲を驚かせた土魔法を「あまり使わない魔法」と言い切ったことに、一同は強い衝撃を受けていた。


 馬車がガクンと揺れた。

「リーザ様、襲撃です。斥候に向かったブロレンたちが到着する前に気付かれたようです」


 どこかに隠れていた見張りがいたのだろう。

 ブロレンの風魔法は、馬で移動しながらでは使えない。


 正司が言った五十人ほどの集団が、リーザたちを待ち伏せしていたのならば、どこかで見張りがいたはずである。


 不用意に斥候を出したアダンのミスである。

 馬車から斥候が出たことで、敵は自分たちの存在に気付かれたと判断して、一気に襲撃をかけてきたらしい。


「ここは我々が押さえます。リーザ様は馬車を反転させて逃げてください」


「敵の数は?」

「五十を越えます。時間は我々が稼ぎますが、さあどうぞ。早く」


 距離が離れていたため、敵が迫ってくるには時間がある。

 だから今すぐ逃げろとアダンが言っているのだ。


 リーザは決断しなければならない。


「タダシ」

「はい、なんでしょう」


「あなた最初に会ったとき、困っていることはないかと尋ねたわね」

「はい、そう言いました」


「いま困っているわ。お礼はするから手を貸して」


 すると正司の前に「クエストを受諾しますか?」という、いつもの文章が表示された。

 もちろんすぐに受諾を押す。


「分かりました。ええっと……なるほど、ラマ国までの護衛なんですね。了解しました。この依頼の報酬は不要です」


 ずっとリーザに表示されていたクエストの詳細が分かった。

 リーザは刺客の話を聞いていたので、護衛の人数に心細さを感じていたのかもしれない。ゆえに困っていたのだ。


 だが突然現れた正司に、町までの護衛を依頼することはなかった。

 信頼の面で、それは当たり前である。


 おそらくこのクエストは、リーザがラマ国に入るまでに受諾しないといけないものだったはずだ。


 それが今回の襲撃で、ようやく間に合った。


 外から馬のいななきが聞こえてきた。

 キン、キンと剣戟の音が聞こえる。


 護衛たちが馬車の前に出て、敵を迎え撃った。

 マップから見ると、敵の数は圧倒的。


 馬車を逃がすどころか、反転する時間も与えてくれそうにない。


(敵意に反応して色が変わるわけでもないんですか。こういうマップの仕様は面倒ですね)


 敵味方が入り乱れたので、一気に殲滅というわけにはいかなくなった。

 馬車の中で正司は腕を組んで考える。


(味方がいる以上、魔法で殲滅はできないですね。どうやって無力化しましょうか。早くしないと誰か死んでしまうかもしれません……っと、そうだ)


 ここで正司が思いだしたのは、棺桶。

 マップには、人を表す緑の点がすべて表示されている。


 魔法をマップに連動させて、全員を土の棺桶の中に閉じ込めてしまえばいいのだと考えた。


(できるかな……いや、できる。よし、行け!)


 ズズッと大地が揺れて……外はすぐに静まり返った。



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