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106 思惑

 ケニギスは、細剣をルンベックの頸部けいぶへ突き刺した。


 ――キィン


 が、見えない障壁によって剣先が弾かれた。

 護衛がルンベックをケニギスから遠ざけ、もう一人が拘束にかかる。


「やめろ、離せ!」

 暴れるケニギスから細剣を取り上げると、護衛二人で制圧にかかる。


 床に引き倒され、なおも暴れるケニギスの延髄に護衛の手刀が叩き込まれる。

「ぐえっ!」

 四肢を弛緩させて、ケニギスは動かなくなった。


「縛り上げて牢に。それとすぐに人を集めてくれ」

 護衛が頷くのを確認すると、ルンベックは部屋の脇に転がった細剣を取り上げた。


 柄の一部が盛り上がっているのに気付いたルンベックは、それを押したり、引いたりしてみる。

「こうかな」


 盛り上がった部分に爪を引っかけ、半回転させたところ、細剣はシュルシュルと手の中に収まる細長い金属棒に変形した。


「魔道具だったのか……やれやれだな」


 ルンベックはそれを持って執務室に戻り、椅子に腰掛ける。

 机の上に細剣だった金属棒を置くと、ふと思い出して首筋に手を当てた。


 問題がないことを確認すると、今度は左手首にある腕輪に視線を移す。

「今回は、これに助けられたな」


 護衛が兵を集めているのだろう。

 執務室の外から、慌ただしい足音が複数聞こえてきた。


          ○


 その日の夕方、執務室の扉がノックされた。

 ルンベックは仕事の手を止め、耳を澄ます。


「お父様、リーザです」

「空いているよ、お入り」


「失礼します」とリーザが顔を出した。

「お父様が刺されたと伺いましたが、その後のお加減はいかがですか?」


「タダシくんから貰った『守護の腕輪』のおかげで事なきを得たよ」

「それは重畳ですわ、お父様」


 リーザは落ち着き払っている。

 それもそのはず。正司が周囲の親しい者に配った『守護の腕輪』は、G3の魔物の攻撃まで弾くことができる。


 魔石の魔力が続く限り、その効果は永続するのだから、ルンベックはもとより、リーザも日頃から外したことはない。


「G5の魔石を使用したのですが、私の段階が低くて、それしかできないのです」

 あのとき正司は、そう申し訳なさそうに言った。


 G3の魔物の攻撃が弾けるならば大したものである。

 それ以上の何を求めればよいのか、リーザは返答に困ったほどだ。


『守護の腕輪』の効果を上回る攻撃を繰り出せるのは、リーザが知る限り若返ったライエルくらいであろう。

 他にもいるかもしれないが、少なくとも五指を超えることはない。


 ゆえにリーザは、ルンベックが刺されたと聞いてもとくに慌てたりしなかった。

 ミュゼも同様だったらしく、つい先ほど、仕事を終わらせてから顔を出したくらいだった。


「先ほど妻にも話をしたが、リーザにも説明しておこうか」

「はい、お願いします」


「ケニギスは尋問中だ。大した情報を持っていないと私はみている。彼は帝国の使者を名乗っていたが、代官の意を受けたただの小物っぽいね。屋敷に兵を集めたけど、まだ動かしていない」


「せっかく兵を集めたのですし、この町にある帝国の建物を制圧した方がよいのではないですか?」

「普段ならばそれが正解だけど、どうもね」


「……何か問題でも?」


「ケニギスは思考を誘導された可能性が高い。もしくは追いつめてそうせざるを得ないように仕向けられたかだ。とすると、今回の襲撃が成功しても失敗しても、トエルザード家が報復するのは敵も想定しているだろう?」


「そうですわね」

「もう一段踏み込んで考えると、こちらが兵を動かすことが前提になっているかもしれない。だから兵は集めたけどそのままだ」


「そういうことですか。ひとつ気になったのですけど、そのケニギスは剣を持ち込んだと伺いました。そのとき護衛は何をしていたのでしょう」


「剣を持ち込んだのは正確ではない。見た目には手ぶらだったよ。だからあの時、護衛の警戒は客人ではなく外に向いていたね。運が悪かったとしかいいようがない」


「とするとその剣はどこから?」


「魔道具だった。しかも私はその魔道具の存在を知らない」

「ということは、オリジナルの魔道具……一点物になるわけですが」


「そうなるね。さすがにあれくらい危険なものが量産されていたら話くらい流れるよ。……というわけで、本人はどう思っているか分からないけど、ケニギスは捨て駒だね。あの魔道具を与えた者がいる」


「一点物の魔道具を所持している者が黒幕ですか」


 正司と一緒にいると感覚が狂うが、魔道具師が作る一点物の魔道具は、大変貴重である。


「欲しい」と言ったところで、おいそれと手に入るものではない。

 金はもとより、コネがものを言う。


 代官の使いがそれを手に入れられるかといえば、「かなり幸運が重ならない限り難しい」と言わざるを得ない。


 トエルザード家でいえば、リーザの護衛のライラがルンベック並みのコネと信用を得て、自身の年収数年分の魔道具を買ったような感じである。


 不可能ではないが、それをするのは「かなり難しい」と言わざるを得ない。


 つまり今回、一点物の魔道具を惜しげもなく使い捨てにできる者が存在するのだ。


「というわけで今回、私は相手の思惑に乗るのは得策ではないと考えた」

「集めた兵を動かさない理由が分かりました」


 少なくとも敵は、ラクージュの町にある帝国の屋敷を奪われることを想定している。

 もしくは、それをトエルザード家がすることで、利益を得るように動いているかも知れない。


「さてリーザ、ケニギスのような小物は放っておいて、今回の事件の黒幕について考えよう。敵はなぜ、このようなことをしたと思う?」


 ケニギスはバッタリア領の代官の使いで来た。

 ルンベックを襲撃したことから、ケニギスはただの駒。


 ここまではいい。問題はこの先。

 ケニギスを派遣した代官が黒幕かといえば、リーザは首をかしげざるを得ない。


「黒幕が代官……ちょっと違う気がします。程度の大きさから考えて、もっと大物が控えているかと思います」


「そうだね。黒幕の正体は私も分からない。この時点で分かれという方が無理だ。だから今回の動機や、それで得られる利益などを考察するしかない。キミはどう考えるかな」


 リーザは「なぜ?」というところを重点的に考えた。

 ルンベックを襲撃して得られるメリットと、失うデメリットを天秤にかけて敵は実行したはずなのだ。


「まず、国の面子めんつを潰された報復というのが考えられますわ」

 ルンベックの名前で出した書簡を突っ返したのは帝国だ。


 だが蓋を開けてみれば、帝国は一人負けの状態になってしまった。

 今から魔道国の利権に絡むには、頭を下げて頼まないといけない。


「国の面子というか、手を振り払った貴族の面子だね。あれをやったのは代官の独断だろうというのがほぼ分かっている。他には?」


 ルンベックが手紙を出して、すぐに突っ返させられた。

 これは一圏いちけんに住む領主にお伺いを立てた時間はないと考えられる。


 一圏とバッタリア領を使者が往復するには十日以上かかる。

 ゆえに代官が「荒唐無稽」と勝手に判断を下したのは、ほぼ確定している。


「一圏内の政争に利用された可能性があるのではないですか、お父様」


「いいところを突いているね。今回のことでバッタリアの領主は大きく恥をかいた。帝国が富を得る機会を失わせ、帝国の名を落とすという損害も与えている。汚名返上しない限り、バッタリア領主をくびになるかもしれないし、好機を逃すかと他の勢力が暗躍してくるかもしれない」


「一圏内の政治抗争が原因の場合、私たちがその内情を知るのは不可能かと思いますけど」


「そうだね。帝国中心部の情報は、おいそれと探ることはできそうもない。だから別の理由も考えよう」


「分かりました。……とすると、『警告』かしら」

「ほう……それはどういうことかな」


「帝国から見た場合、タダシはもともとトエルザード家の魔道士です。それが建国したことで、我が家と不仲……とはいかなくとも、我が家の庇護を離れて外へ出たと見なすでしょう。そして今後、どのような形になるにせよ、帝国は魔道国と付き合いをはじめなければなりません」


「タダシくんの国に港町もできたし、そこに膨大な商機が眠っているのは確実。帝国としても無視できないだろうね」


「そのとき我が家のヒモ付きだった場合、色々とやりにくいでしょう。口を挟むと酷いことになるぞという脅しの意味を込めて、最初にガツンとやりにきたのかもしれません。最終的には、タダシの取り込みを視野に入れているのでしたら、我が家は邪魔でしかありませんから」


「なるほど。だけど我が家との関係を壊してまで警告してくるかな。これは戦争になる案件だよ」


「そこなのですけど、ラマ国と帝国にあった陸路はタダシによって封鎖されました。帝国と海を渡って戦争をすることは実質不可能の状態です。そういう意味では、帝国は我が家を怖がっていないと考えられます」


 トエルザード家と正司との関係は、他国が思っているようなものではない。

 それを知っているのは、あの日、街道で正司と出会った者たちのみ。


 正司が作ったラマ国の大壁にしてもそう。

 帝国は「魔道国が帝国と交易するので、陸路は封鎖した」と考えているかもしれないのだ。


 それはまったく正しくないのだが、外から見ると「そう見えてもおかしくない」のである。


 ゆえにトエルザード家と帝国の関係が最悪になっても、戦争には踏み切れないし、大壁を壊して陸路を繋げることもしないと考えている。

 リーザはそんな風に考えていた。


「なるほど、たしかによく考えたね。それ以外にあるかな」

「他ですか? ……他になにかあるのでしょうか」


 今度はリーザが困ってしまった。

 いま話した内容以外にと言われても、そもそも帝国は絶断山脈を越えた先の国。


 それほど詳しく知っているわけではない。

「そうか、思いつかないか。じゃ、ヒントだ。私が刺されて死んだとしよう。するとどうなるかな」


「トエルザード家が混乱しますわ。ミルドラルも」


「そうだね。反帝国の交戦派と慎重派で内部は分かれるだろう。そして魔道国を主導している私がいなくなれば、後釜を巡って、ミルドラルと王国の間で対立がおこる。帝国ならばそう考えるだろうね」


「帝国はその間隙を縫ってタダシに近づくわけですか」


「ものすごい利益を提示して、魔道国と一気に距離を詰める。そのためには、私がいない方がいい。死なないまでも、大怪我をして動けなくてもいい」


「ですが、お父様を襲撃したような国をタダシが信用するでしょうか」


「そのための捨て駒さ。黒幕は、落としどころをどこにするかまでちゃんと考えてあると思うよ。最低でも代官の首くらいは切っておくだろうね」


 首謀者を全員処刑する。そして帝国はそんな計画すら知らなかったと主張する。

 そもそも、差し伸べた手を振り払ったのも、末端の者たちなのだ。


 今回の件も、焦った彼らが勝手にやったこと。

 罪を問うべき者たちは全員、胴体と泣き別れしたあとでは、真実を追究することもできない。


 トエルザード家には、莫大な見舞金と補償金を支払っておしまい。

 魔道国との関係は、そっくりそのまま帝国が受け継ぐことになる。


「それが理想だけど、私がいなくなるだけで、帝国は相当やりやすくなるだろうね」

 だからこそ一点物の魔道具すら犠牲にして事に及んだのではないか、そうルンベックは説明した。


「話を聞くと、尚更動けなくなりますわ」

 ラクージュにある帝国の屋敷は捨て駒。しかも「何も知らされていない捨て駒」の可能性が高かった。


「そうだね。ケニギスが私と面会するときに、たまたま護身用として魔道具を持ち歩いていて、それで思わず攻撃したというシナリオができあがっているのかもしれない」


「帝国のメリットは分かりましたが、我が家と敵対するデメリットは無視できないと思いますが、そのところはどうなのでしょう」


 ミルドラル……というより、トエルザード家は王国との戦争で、一方的に勝利したのだ。その軍事力は侮れないはずである。


「あれはタダシくんとの蜜月のせいと思っているだろうね」

「事実その通りですけど」


 正司がいなかったら、この町すら落ちていた可能性がある。

「というわけで帝国は、全力で我が家の機嫌を取れば済むと、考えているかもしれない」


「当主を殺されたことを忘れるほどのご機嫌取りですか?」


「そう。たとえば、我が家の血を皇室に入れることとかね。皇帝は若返りのコインを使っているものの、代替わりだっておきないわけじゃない。皇子たちはみな結婚して子供も大きい。詫びとして、次代の皇帝の息子と結婚となったら、周囲はなっとくするんじゃないかな」


 その言葉に、リーザはあからさまに嫌な顔をした。

 世間では最高の玉の輿と思われることも、リーザからみれば顔をしかめることだったようだ。


「次期皇帝はまだ決まっていないと思いましたが」


「帝国の上の話は絶対に分からないようになっているよ。もし噂が流れてきたとしてもそれは真実とは限らない。すでに後継者を決めている可能性は高いんじゃないかと私はみている」


「たしかに、それはありそうですけど」

 ときどき、帝国から真偽不明の噂がまことしやかに流れてくる。


 第一皇子が後継者に決まっただの、第二皇子が第一皇子を追い落としただの、第一皇子と第三皇子が組んでいる、いや第二皇子と第三皇子が繋がっているなど、何が本当か嘘か分からない。


 そもそも皇室は縁戚を含めればかなりの人数がおり、皇子皇女だけでも十人以上いる。

 興味本位で調べて真相が分かるほど、帝室の防備は緩くないのだ。


「よく分かりましたわ、お父様。……それでこの後はどうされるおつもりですか?」

 まさかこのまま終わらせるわけではないですよね、と言外に匂わせている。


「まず情報を集めるところからかな。バッタリア領だけでなく、一圏にもそれなりの規模の諜報を仕掛けないといけない。その上で報復だね。帝国全土になんてのは不可能だから、ちゃんと報復相手は絞らなければならない」


「それには時間がかかると思いますけど」


「最速でできることといえば、抗議かな。それで敵の反応を見る。情報の流れ先を見極める上でも、これはやっておかないといけないことだからね」


 そこまで話してからルンベックは、少し真面目な顔で言った。

「タダシくんの魔道具に救われた話はどこにもしていない。護衛にも口止めさせてある。分かるね?」


「知られると、別の手を使ってくるからですね」

「そう。だからそのことはくれぐれも人に言わないように。いいね」


「分かりました。護衛が優秀だったと、聞かれたら話しておきます」

「頼んだよ」


 こうしてリーザとルンベックの会話は終わりになった。


          ○


 正司はマップで逃げた子供たちの姿を確認する。

(一直線に走っていますね。もう少し表示範囲を拡げてみましょうか)


 ついでにルンベックから貰った地図を『保管庫』から取り出して見比べる。

 正司は海岸に沿って東へ進んだ。ここはまだ未開地帯のはずである。


 人跡未踏と言われている場所にいる少年と少女。

 これは一体いかなることなのか。


 マップには、二人を示す光点がある。一定の距離を保ったまま、正司は二人を追いかける。

「……あれ?」


 しばらく跡をつけていくと、もうひとつの光点が現れた。

(三人目ですね。いま気付いたのですけど、……ここ、魔物がいません)


 どうやらここは、魔物が湧かない地であるらしい。

 これまでずっと森林地帯が続いたが、ここではかなり視界が開けている。森林の魔物が湧かないのだろう。


(子供たちはだれかと合流したようですし、そろそろ会いに行ってみましょうか)

 三人目はだれなのか。そしてなぜこんな場所に人がいるのか。


 そっと近づいて行くと、子供たちが見えた。

 木々の隙間から正司はそっと彼らの様子を覗く。


(合流したのは大人ですけど、あの子たちの親でしょうか……えっ? この距離で気付かれたんですか?)


 正司はマップを見ながら迂回するように移動して、いまはかなり南の方から近づいていた。


 だが男の視線は明らかに正司の方を向いていた。

(警戒していますね。ここは大人しく出て行きましょうか)


〈身体強化〉をかけたまま、正司はゆっくりと近づいた。

〈気配遮断〉は使っていない。だが、距離も離れた正司をどうして見つけられたのか。


 木々の隙間から現れた正司を見て、子供たちは大人の背後に隠れる。


「えっと、はじめまして。私は旅の魔法使いで、タダシと言います」


 魔道国だとか、そういう話をしても分からないと思ったため、正司はいつもの自己紹介をした。


「俺はクヌーだ。どうやってここに?」

 男の目は鋭く、まるで正司を観察しているようだった。


「未開地帯を抜けて来ましたけど、何か問題ありますでしょうか」

「…………」


 先ほどからずっと観察されている。

 非常に居心地の悪い思いを味わっている正司は、クヌーの背後に隠れた子供たちに目をやった。


 着古した服を使い回したのか、服のサイズがあっていない。

 首筋は泥がついて汗で縞になっている。


 清潔とはいいがたいし、長い間洞窟暮らしをしていたと聞かされても納得しそうなほど汚れている。


 クヌーは多少身ぎれいにしているが、服などは引っかけて破れたのか、結構ボロボロだった。


「あの……クヌーさん?」

 正司の問いかけに、クヌーはようやく息を吐いた。


「この先の浪民街ろうみんがいを目指してきたのか? 自力でここへたどり着いた者はかなり珍しいんだが」


「浪民」という言葉には、聞き覚えがあった。

 棄民に近い意味を持っていたはずだ。


「つまりもとの国が滅んで、その場所から追い出された人たちが住んでいるのでしょうか」

「そうだ。他にも行くアテのない者たちが、この地へ誘われてくる」


「行くアテのない人たちですか? その話、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」


 リーザと帝国に行ったとき、治安の悪い低所得者層の区域は避けて歩いた。

 どの町にもスラムのようば場所があるらしい。


 そして、そんな場所にすら住めない者――浪民の話を聞いた。

 やはり浪民街に住む彼らもまた、棄民と同じだったのだ。


「おまえ……なぜそれほど食いついてくる?」

 逆にクヌーは、正司に警戒心を持ったようだ。


「えっと……お手伝いできることがあるかもしれないから……でしょうか」


 実際に浪民街を見たわけではない。

 棄民の集落と同じというのも、正司の想像でしかない。


 もしかすると、そこは発展した町であり、彼らは幸せに暮らしている可能性もある。

 そういった考察を含めて、まずは話を聞いて、実際に見てからだと正司は思った。


「……まあいい。どうせここまで来たのだ。話してやろう。その代わり、勝手に動くなよ」

「はい。分かりました」


 勝手に動くなと言われた意味も分かる。

 しっかりと説明してくれるのならば、正司に否はない。


 クヌーは博識らしく、浪民街誕生の歴史から正司に語って聞かせた。


 昔、ここより南に、いくつかの小国があった。

 小国は互いに争うことをせず、緩やかな繋がりをもって、ともに繁栄していった。


 そのせいだろうか。人員に余裕ができたとある小国は、未開地帯の奥地へと探索の手を伸ばしたという。


 未開地の探索は苛烈を極めた。

 ときに成功し、ときに失敗した。


 そして十数年の歳月をかけて徐々に踏破地域を増やしていって、ついに未開地帯の奥地に、人が住める場所を見つけたのだという。


「それが浪民街なのですね」

「いや、あまりに不便すぎて、だれもそこに住もうとは思わなかったんだ」


 ときは流れ、帝国が大陸制覇に向けて動き出した。


「巨大な帝国に小国は抗う術はない。だが、帝国だって問題を抱えていた」


 何ヶ月もかけて進軍しなければならないのだ。

 遠征に使う戦費は、予想以上に膨れあがったという。


 帝国が進軍してくるのは年に一度程度。

 これならば小国は、一致団結して抗うことができる。


 そう考えた小国どうしで同盟を組んだ。

 同盟の盟主である国の名を取って「ヒットミア同盟」と名付けられたらしい。


 ヒットミア同盟は帝国とよく戦い、幾度も出血を強いるものの、ついには屈服するときがきた。


「最後まで抗戦した王族は皆殺しになるからな。配下を連れて逃げたのさ」


 そのとき王族が一部の国民を率いて、未開地帯に分け入った。

 無論帝国は追うが、未開地帯はそんなに甘い場所ではない。


 帝国軍は追跡を断念。逃げた王族は野垂れ死んだとされた。

「だがもちろん彼らは死んではいない」


 ここで十年にもおよぶ探索がものをいった。

 帝国の追跡を振り切った者たちは、未開地帯の奥地で雌伏の時を過ごすことになった。


「後に帝国にもこの話が伝わったが、帝国は放置した」

「どうしてです? それって、潜在的な叛乱勢力ですよね」


「攻めるにも場所の特定ができないからだ。距離で考えるならば、ここはバッタリア領から向かった方が近い。だが途中、高グレードの魔物がいる地を通らねばならず、移動は不可能」


「とすると別のルートを使うことになりますね」


「そういうことだ。今に至っても、ヒットミア領からの迂回ルートしか見つかっていない。それでも、魔物が出る領域を二十日以上もかけて移動しなければならない。その辺にあると言われても、辿り着けるものではない」


「なるほど、そういうことですか……あれ? ですが、自力でここへ辿り着いた人は珍しいと先ほど言ってましたよね。ということは、他にも辿りついた人がいるのではないですか?」


「ルートはある程度知られている。だからと言って、辿り着けるはずもない。挑戦する者だって、ほとんどいない」


 二十日で辿り着けるとしても、途中に安全地帯がなければ消耗してしまう。

 ヒットミア領から浪民街までのルートは、右に折れ、左に曲がるというような複雑怪奇なものらしい。


「直進してもいいが、間違いなく高グレードの魔物と遭遇するからな」


 低グレードの魔物が出る領域を選んで進み、その中でも魔物が出ない一帯がある。

 その場所は秘匿されているが、目印として小屋が設置されているという。


 つまり、高グレードの魔物が出ないルートを知っている者が先導しなければ、ここへは辿り着けない。


 中には、強行突破したり、偶然小屋を発見したりして、ここまで辿り着く者がいるらしい。


「ルートを知っている者がヒットミア領と浪民街を往復している。浪民街の住人だって、案内人がいなければ、もはや町には戻れない」


「なるほど、そういうことですか。案内人が町から人を連れてきたり、物資を運んだりしているわけですね」


「そういうわけで勝手に捜索されたりする方が困る。ならば俺が案内した方がいい。こっちへ来い。そして俺から離れるな」


「はい」

 正司はクヌー先導のもと、浪民街へ向かうことになった。


 道中、クヌーから聞いた話を総合すると、この地は広く、浪民街と言っても、大きなひとつの町があるわけではなく、複数の集落に分かれて暮らしているらしかった。


「集落の総数は分からん。大きなものだけで七つある」

 小さなものはそれこそ十や二十はあるという。


 なぜそんな不便な暮らしをしているのかと言えば、そのくらいの集団でここへやってきて、そのまま自分たちだけで生活しているらしい。


「集落どうしの交流はするんですね」

「そうだな。助け合わなければ、生き残れないだろう? ただ、普段はあまり関わりにならん」


 クヌーの場合、大きな集落をいくつか渡り歩いたらしい。

 個人で親しくなった人の集落へ移動したというのだ。


 クヌーの外見は四十代半ばくらい。

 少年少女の父親かと思ったら、集落を移動している最中に「拾った」とのこと。


 拾ったから育てていると言い、二人に狩りや戦いのやり方を教えているのだという。

(何となく、扱いが大ざっぱですし、この人は兵か傭兵だったのでしょうか)


 クヌーの場合、間違っても農民や職人には見えない。


「この子たちの名前はなんというのですか?」

「男がリロで女がスミンだ。スミンは最初の集落で、リロは二つ目の集落で拾った」


 親は病気か怪我で死んだのだろうとのこと。

 医者がいないため、魔物にやられても薬草を食べたり、傷口を洗って安静にしているだけで、本格的な治療はしないらしい。


 そのため、集落の死亡率が高くなっているのだという。

(治療の魔法が使えたら、町で暮らせますしね。そういうものなのでしょう)


 しばらく歩いて、ちょっとした山の麓にきた。


「ここが俺たちの集落だ」

「……へっ?」


 言われたところには何もなかった。

 山肌が見える中規模の山とその周辺に林があるが、集落らしきものはどこにもない。


 マップはいま、三百メートルほどしか表示していない。

 それを拡げていくと、いくつかの光点が見つかった。だが、その場所は……。


「山の……中?」

「よく分かったな」


 天然の洞窟があるらしく、人々はその中で暮らしているのだという。

 最初、正司が子供たちをみて「長い間洞窟暮らしてしていたとしても驚かない」という感想をもったが、どうやら本当に洞窟暮らしをしているらしい。



 入り口は巧妙に隠されていて、それを探してうろつき回ると、集落の者が気付く手はずになっているらしい。


 不審者が出たら集落総出で事に当たるという。

 そして正司は、単独で未開地帯を抜けてきた剛の者。


 正司と敵対してもいいことはないし、集落に被害が出るかも知れない。

 だったら最初からクヌーが案内した方がいい。


 正司を連れてきた理由は、そんな感じのようだ。


「そしてこれは……クエストマークですね」

 クヌーに連れられて洞窟の中を進んでいくと、マップに黄色い三角が出現した。


 マップで確認すると、洞窟の中にいたのは十人だけ。

 会ってみると、全員が老人か幼い子供たちだった。


 集落の人数は五十人ほどで、残りは全員、外へ出ているという。

「山の反対側に畑がある。そこへ行っているものが半分。残りは採取か魔物狩りだな」


 働かざる者喰うべからずということらしい。

 この集落は浪民街の中でもっとも西にあるため、未開地帯を抜けてくる場合、最初に目に付きやすい。


 そのため集落を洞窟の中に隠し、山の反対側に畑を作っているのだという。

「畑は目隠し程度だから、捜索されればすぐに見つかる。それでも時間稼ぎくらいにはなる」


 もし帝国の軍が攻めてきた場合、撤退の時間くらいは稼げるだろうとクヌーは言った。

「攻めてくるんですか?」


「さて、それは分からん。それなりの規模の軍をここへ派遣するには、相当な準備が必要だからな。行軍だと三十日以上はかかるだろう。利益もないのに、そんな面倒なことをするとは思えんが、帝国にも面子めんつがある。恥をかかされたと思ったら、採算度外視でやってくるかもしれん」


 普段は畑を耕し、魔物を狩って肉を得ている。

 他の集落とは物々交換でやりとりしているが、それでも必要なものが出てくる。


 浪民街の民がヒットミア領へ買い出しに出かけることもあり、向こうで人を勧誘して連れ帰ってくることもある。


 向こうで貴族とトラブルをおこせば、この地へ討伐軍が派遣されることも考えられる。


 浪民街は基本的に戦うことを主眼としていないので、大軍が攻めてきたら散って逃げることになるらしい。


 軍は常駐できないため、いつかは帰還する。

 そうしたらもとの集落に戻ってもいいし、別の地で細々と暮らしてもいい。


 ここに住む人は、そういった意味で逞しいのだという。


 正司は洞窟にいた老人たちに挨拶をしたあと、クエストを保持している人のもとへ行った。

 クヌーは「おまえから目を離すわけがないだろ」と付いてきている。


「この子は?」

 薄汚れた少女だった。彼女がクエストを持っていた。


「リスミアだ。二カ月ほど前に集落で引き取ったんだ」

 町へ買い出しに行った者が、路上生活をしている子供たちをまとめて連れてきた中にいたらしい。


 そうした子供たちは、余力のある集落に分散させて育てるという。

 リスミアは、この集落が引き受けた少女で、町の路地裏で蹲っていたところを保護したらしい。


 保護した当初はかなり衰弱していて、とても移動には耐えられなかったようだが、買い出し組が帰る頃には、なんとか歩ける程には回復した。


 帰りは重い荷物を持つため、どうせ足は鈍る。

 リスミアはなんとか付いてきて、こうして浪民街へたどり着くことができたのだとか。


「リスミアさんというのですね。初めまして、私はタダシといいます」

 年齢は五歳くらい。薄汚れた格好は他と同じ。


 リスミアの大きな瞳が正司をとらえた。


「私はクエストというものを……いえ、人の願いを叶えるために旅をしています。リスミアさんは叶えてほしい願いがありますか?」


 これだけ幼い子供にクエストが発生したのは初めてのことである。

 勝手が分からないため、正司は噛み砕いて説明した。


「困っていること、してほしいことです。何かありますか?」

 すると、リスミアは正司から目を逸らさずに、ただ一言。



 ――とうさまの仇を討ちたい



 まさかの言葉に正司が固まっていると、いつもの文面が目の前に出現した。


『クエストを受領しますか? 受領/拒否』


 まさかの事態である。

 五歳くらいの少女が「仇を討ちたい」と言い出すとは思わなかった。


(ですが、これがこの子の悩みなのですね)


 どのような理由があったのだろうか。

 彼女は町の路地裏で衰弱していたという。それまで、彼女に何があったのか。


(仇き討ちとは穏やかな話ではありませんけど、それがこの子の悩みならば……)

 正司は「受諾」を押した。



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