表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/138

105 鳴動

 バイラル港から出発した輸送船団は、これからリザシュタットの港に向かう。

 船には、ノイノーデン魔道国に移住を希望した多くの人たちが乗っている。


 彼らは一度、国から見捨てられた。

 働きたくても働く場所がない。もしくは、税金を支払うほどの稼ぎがなかった者たちだ。


 彼らが支払えない分の税金は、村や町が代わりに負担する。

 だがそんな穀潰しを何年も飼っておく余裕など、どの村や町にもない。


 ゆえに追い出されるか、自分で出て行くかするしかない。

 そうやって国の保護から外れた者たちが棄民となり、どこぞの集落で細々と暮らすことになる。


 棄民は、日夜魔物の襲来に怯えながら、わずかな糧を得るために一生懸命生きるのだ。

 明日をもしれない毎日を生きる彼らに、ひとつの朗報が届いた。



 ――ノイノーデン魔道国は、移民を希望するすべての者を受け入れる



 村や町に住めなくなった人たちに、どうやってこのことを知らせるか。

 希望者を魔道国までどのように移動させるのか。


 混乱なくこれらの問題をクリアさせるにはどうしたらいいか、各国は知恵を出し合った。


 ――より近い場所から順に移住させていこう


 そのような形に落ちついた。

 各集落から人々が一斉に動くと、対応できなくなる。


 体力のない老人や子供の中には、移動の途中で亡くなる者も出るかもしれない。

 かといって選別しようにも、彼らは国の保護を受けていない。言うことは聞かないだろう。


 ゆえに、簡単に移動できる人たちに知らせ、移住するか選択させることにした。

 これを繰り返すことによって、移動に関する問題点も見えてくる。


 そこからはもう、トライ&エラーの繰り返し。

 失敗を繰り返さないことによって、よりよい形を作り上げていくことにした。


 フィーネ公領の場合は高速道路の近くから順に。


 トエルザード公領の場合は、バイラル港の近くに住んでいる者から順に移住を始めた。

 今がその第一弾である。


 といっても、全員が移住を希望するわけではない。

 慎重な者ほど、また故郷を離れたことがない者ほど、移住には消極的になる。


 町の周辺に勝手に住み着き、税金を払わずに職だけ得ている者もいる。

 そういった者たちは移住を希望しない。


 足腰が弱っている者もいる。いまさら新天地へ向かう勇気のない者だっている。

 借金を踏み倒したり、犯罪者として追われている者は、そもそも表に出てこない。


 時間をかけて告知し、移住を勧めた結果、移住者は想定内の数に収まった。

 彼らは一度、社会からあぶれた。そのことで、生きる気力に乏しいのだ。


 新天地は彼らにとって、眩しかったに違いない。


 移住を希望した者の中には、消極的な賛成によって決意した者もいる。

 ここにいたら緩やかに死んでいくだけだ。それならば新天地へ行った方が多少マシかもしれないと判断して。


 新天地で成り上がろうと野心を燃やす者は、微々たる数だったようである。


「さて、問題はこの人手不足だけど、どうしようかね……」

 ルンベックは独りごちた。


 移民の受け入れ業務で人が大勢必要になり、各所で人手不足が問題になっている。

 そもそも普段から人員に余裕を持たせていないので、こういうときに困ってしまう。


 棄民の募集を開始した裏で、正司は三つ目の町をつくりあげてしまった。

 ニアシュタットと名付けたその町をスタートさせるため、これから人員を派遣しなければならない。


 リーザから聞いた町の規模からすると、トエルザード家から最低でも百人は出さないと厳しい。


「各町から数人ずつ招集させようかね。足りない分はウチが出せば何とかなるかな。ただ……」

 ルンベックは積み上がった資料に手をつけるでもなく、椅子に寄りかかった。


 今回はまだいい。だが、正司が四つ目の町の建設に入った場合、どうなるのか。

 それだけではない。五つ目、六つ目の町ですら、正司の「やる気」次第で、簡単にできてしまう。


 新国に関するゴタゴタは想定内。ここまでは順調と言える。

 トエルザード家の屋台骨を揺るがすような事件はおきていない。


 だが予想を上回る速度で町が出現し続けば、人材育成が間に合わず、どこかで破綻する。

「どうしたらいいだろうね、本当に……」

 ルンベックが頭を悩ませているとき、扉がノックされた。


「お父様、リーザです、よろしいですか?」

「ああ、いいよ。お入り」


「お仕事中、失礼します」とリーザが顔を出した。

「珍しいね、どうしたのかな」


 リーザはこのところ毎日正司に付いている。

 日中、リーザがひとりでいるならば、正司はフリーになっているはずだ。


「タダシは今日、未開地帯の海岸線を確認しに出かけました」

 問われる前にリーザが答える。


「海路……かな」

「はい。中継の港が欲しいと」


「ああ……」

 ルンベックは天を仰いだ。


 帝国とは海路で交易しているが、中継の港が一切存在しない。

 二カ月近く、無寄港の航海となってしまう。


 たしかに中継の港はほしい。

 北回りをメインに使うトエルザード家にとって、それがあるだけで航海の安全は格段に上がる。


 リーザから同じような話を聞いた正司は、「さすがにそれは厳しいですね」と言い、「どうせならば港町をもうひとつ作ってみましょう」と出かけていってしまったのだ。


「タダシくんは、最近『やる気』に満ちているね」

「……はい」

 実はこの正司の「やる気」が問題だったりする。


 語り部と話をしてからの正司は、これまでと少しだけ違ってきた。

 どうやら、あの時の会話が正司の内面に影響を与えたとルンベックはみている。


 国づくりの話を正司に持っていったときも、ほとんど反対しなかった。

 それどころか、国家樹立を視野に入れてから、より積極的に動くようになったといえる。


「お父様、そのタダシのことで少しお聞きしたいことがあります」

「だったら後回しにしない方がいいね。何なら、このあとの予定をキャンセルしてもいい」


「そこまで時間はかからないと思います。聞きたいことはひとつだけですので」

「そうかい。……で、何かな」


「今日、タダシに聞かれました。未開地帯に満遍なく町をつくるには、どのくらいの町が必要かと」

「…………」


「未開地帯に満遍なく町をつくっ……」

「聞こえているからね!」


 それは今まさに、ルンベックが悩んでいたことだった。

 正司の「やる気」がそこまでなのかと愕然とする。


「かりに毎年、二つの町ができた場合、二十年で四十の町が増えます」

「そうだね」


「未開地帯に百の町をつくったとしても、全体からしたら微々たるもの。そう考えると、どのくらいのペースで町を増やしていけばいいのか、悩んでいるようです」


「おいおいおい……ちょっと待ってくれ。タダシくんは本当にそんなことを言っていたのかい?」


「そうです。自分が生きているうちに、未開地帯へなるべく均等に町をつくっておきたいと言っていました」


「…………」


 なるべく均等にといっても、未開地帯は広大である。

 ルンベックですら、どのくらい広いのかイメージできない。


「どうしてそんなことを言い出したんだい?」

「語り部が関係していると思います」


「世界の神秘か」

 やはり何か理由があるのだ。

 それが正司の「やる気」にも繋がっている。


 おそらく世界の「何か」に関わるものがそこにあるのだろう。


「以前お父様は、タダシの行動を掣肘せいちゅうしない方がいいと仰いましたわね」


「言ったね。もうすぐタダシくんは、魔道国の王になる。それなのに他国の者があれこれ指図するのはよくないと思っている。本当は、タダシくんに対する態度も改めるべきだが、それは彼が嫌がるだろうね」


「お父様の言うとおりだと思います。タダシの言葉は国の言葉。ですから私は極力見守ろうと思いました。人のいる前では、否定の意見すら我慢しています」


 トエルザード家の者が指図して正司が動いていると見られるのはよくない。


 ゆえに未開地帯で正司が何をしても、それは好きにやらせている。

 そうすべきだとルンベックはリーザに伝えたし、リーザもよく守っている。


「だけどそうか。タダシくんの考えが本当ならば、そうも行かなくなる……この人手不足のおり、次から次へと町ができても、対応できないね」


 最初に役人を入れ、次に商人や職人を入れた。

 そこでようやく生活力のある一般人を入れて、町を機能させた。


 いまようやく棄民の受け入れにはいったところだ。

 そのやり方は間違っているとは思わない。


 建物以外に何もないところへ棄民を入れても、生活は成り立たなかっただろう。


 三つ目の町までならば対応できる。

 おそらく五つか六つ目までならばなんとかできると思う。


 それ以上になると、行政ができる者がいない。

 町の数が十を超えれば、手が回らなくなり、物資の供給すら行われなくなる可能性がでてくる。


 移住したがいいが、食べるものがなければ、仕事もない。

 何のためにきたのか分からなくなる。


 それは正司の本意ではない。

「分かった。タダシくんと話してみるよ」


 正司が何を考えてそんなことを言ったのか確かめ、現実的な落としどころを見つけなければならない。


「よろしくお願いします、お父様」


          ○


 正司は未開地帯の中を移動し、町にできそうな場所を探していた。

 当然海岸線もその範疇に入っている。どうしたって、中継の港は必要になるのだ。


 正司は、リザシュタットの町から東へ五百キロメートルほど進んだところに、港の候補地を見つけた。

 逆をいえば、海岸線を五百キロメートル移動して、ようやく見つけられたといえる。


(ここはキープですね。では、次の場所を探しましょう)


 これからの町づくりは、場当たり的に場所を選定するのではなく、ある程度全体の目算を立ててからの方がいい。


(海岸線は、高グレードの魔物が出ないのが救いですね)


 凶獣の森もそうだったが、海沿いの方が湧く魔物のグレードが低い。

 未開地帯でも中心部でG4やG5の魔物が湧くことを考えれば、港町は比較的つくりやすいと言える。


(絶断山脈と未開地帯の境を移動しようとすると、高グレードの魔物に襲われるんですよね)

 正司は魔物のグレードを確かめながら、町に相応しい場所を探して移動している。


(……っと、そろそろ戻らないと駄目ですね)


 建国宣言していないとはいえ、正司は国王である。

 未開地帯の探索ばかりする訳にはいかない。


 ラクージュの町に戻った正司は、リーザの所へ向かう。


「ねえ、タダシ。リザシュタットの町でまた物資が不足したみたいよ」

「あっ、またですか。では買い出しをしないといけないですね。他には何かありますか?」


 日に一度はリーザの所へ顔を出すように言われており、正司がそれを律儀に守っている。

 リーザの所で最近の情報を仕入れることも欠かさない。


「棄民の受け入れは順調よ。何度か新しい町へ足を運んで、その様子を見ていたけど、大きな混乱はおきていないわ。というより、みんな従順ね」

 リーザからすると、彼らに覇気がないらしい。


「みな移動で疲れたのでしょうか」

「普段の生活で疲れているのよ。心がすり減ってしまっているのね」


「なるほど……」

「だから最初にくるのは物欲ね。お腹を満たしたい。新しいものを買いたい……そんな理由で商品を買っていくわけ」


 それで物資不足がおこり、その都度正司が買い出しに出かけている。


「最近、物資の買い出しが多いんですよね」

「まだまだこれから増えるわよ」


 正司は、いくつかの町を回って仕入れた商品を町の倉庫に入れる。

 あとは役人にお任せとなるのだが、その買い出しの頻度が上がっていた。


「横流しされているってわけでもないですよね」

 正司が倉庫に入れた商品は、役人が管理して、商人が必要なものを買っていく。


「町はいま消費するだけだからじゃないかしら。落ちつくまでは仕方ないわよ」

「やはりそうですか。……だとすると、安易に町は増やせませんね」


「そういえば、そのことでお父様がタダシに話があると言っていたわ」

「そうなんですか? ちなみにどのような内容の話か、聞いていますか?」


「町政ができる人材は有限。安易に町を増やすと大変なことになるわよ……というのを回りくどく話すみたい」

「……そうですか」


 博物館のときもそうだが、物事はスタートさせるまでは大変である。

 だがもっと大変なのが、スタートさせてからだった。


 そのことを正司は身に染みて知った。

「分かりました。こんど話を聞きにいってきます」


「それはいいわね。……ちなみにタダシ」

「はい」


「船も同じよ。乗組員は有限よね」

「……はい、すみません」


 実は最近、正司が用意した五十隻の輸送船では人と物資の輸送をすると、まったく足りないことが判明した。


 現在も大半の船は出払ってしまっている。移住希望者を乗せて運ぶためだ。

 港町をピストン輸送すればいいと正司は単純に考えていたが、どうやらそんな簡単なことではないらしい。


 積み卸しだけでもかなりかかるし、船の点検や備品の管理、乗組員の休暇に食料や水の積み込み。それらを考えれば、港を一往復するのに結構な日数がかかる。


 輸送船は移民を乗せて運ぶことを優先しているため、物資輸送がはかどっていない。


 そのため、リザシュタットの町は、定期的に物資不足に陥っていた。

 港の管理者からそんな話を聞かされて商人に確認を取ると、同じ話が返ってきた。


「少し、船を増やさないとだめですね」

 それが正司の下した結論である。


 早速、新たに五十隻の船を造ったが、そのことでルンベックは頭を悩ますことになる。


 何しろ、船は巨大である。一隻ごとに数十人の乗組員が必要となる。

 船乗りは熟練のわざが要求されるものであり、航海日数が百日未満の者はまだ新米ともみなされない。


 町政と同じである。

 人がいても人材がいなければ、混乱は増す。


 熟練乗組員のアテがないルンベックは、王国を頼ることにした。


「熟練の船乗りがご入り用というお話ですね。はいもちろん、いくらかお手伝いできると思います」


 結局、新しく建造した分については、王国の船乗りを使うことになった。


 王国の港とリザシュタットの町を往復させる予定もあったので、その辺は問題ない。

 ただルンベックとしては、新造船の利用に関して、今後の優位性が崩れる事態に陥ったのが悔しかったのである。


「まっ、これは仕方ないね」


 深刻な物資不足になる前に問題が解決したのだ。

 新国の瑕疵かしになる事態が避けられたと考えれば、これはプラスである。


 そしてルンベックが気持ちを切り替えたのには、別の理由もあった。

 付き合いのある商人から「どうやら帝国が接触したがっているらしい」という話が来ていたからである。


 輸送船のような小さな問題にずっとかかわっていられない。

 帝国が相手であれば、ルンベックとて腰を据えて取りかからねばならない。


「今さら? 帝国が話があると来るのですか? お父様。帝国は恥も外聞もないのでしょうか」

 リーザには、意外だったようだ。


 なぜ今頃になって帝国が、しかもまさか普通にやってくるとは思わなかったようだ。


 通常、なんらかの「土産」を持参するか、「よい機会」を狙うものである。

 今回の場合、建国のときに合わせてやってくるものと考えていた。


 建国祭のときが、こじれた関係をリセットさせる「よい機会」だからである。


「第三次移民が成功して、いまは棄民を町に入れている段階だ。帝国から何らかのアクションがあってもおかしくないんじゃないかな」


「ですが、向こうは一度こちらの手を振り払ったのですよ。どの面下げてくるというのです」


「あまり汚い言葉を使うものではないよ、リーザ。……旅をすると言葉が荒れるのは仕方ないけれども、それはうまく隠しなさい」


「はい。申し訳ありません。どのお面をお下げになってくるのでしょうね、お父様」

 ルンベックは額に手をやった。帝国については、いろいろ据えかねる部分があるようだ。


「……それでだけど、私も正直、帝国がどう出てくるのか分からない。居丈高に出てくるか、友好的に接してくるか……」


「それとも下手したてに出てくるかですか?」


「国の大きさを考えれば、さすがにそれはないと思うけど……私のところに来たのはやむを得ない理由からかもしれないね」


「タダシが捕まらないからですよね」

「そう」


 ルンベックとリーザは、二人して笑った。

 正司は忙しい身の上だ。〈瞬間移動〉であちこち跳ぶため、どこで出会えるか分からない。


 直接交渉がやりにくい相手なのだ。


 かといって、執務室のようなものもないので、アポイントメントのとりようがない。

 建国式は執り行われていないため、国といってもまだ、集落の延長線上という位置づけだ。


 公的な使節団は派遣できない。

 必然、窓口になっているトエルザード家を頼らざるを得ないのである。


「それでお父様、帝国の使者にお会いになりますの?」

「ああ、それは会うさ。まだ商人からの打診段階で正式な話ではないし、使者もこちらに来ていないと思う」


「今の段階で、まだ内々のお話ということですか」


「そうだね。使者が町に来たら連絡をくれるだろう。問題はその後だけど……少しはらしたいね。面会を申し込んできたら十日後……いや十五日間くらい、待たせておくのもいいかもしれない」


 どのみち今は、忙しさで目が回るほどだ。

 それは向こうも分かっている。多少待たされても文句は言わないだろう。


 使者と会えば、向こうの思惑がある程度分かる。

 距離が離れすぎている大国の動向を知るまたとない機会だ。逃したくない。


 よって会うのは構わないが、少しくらい意趣返しをして、こちらの思惑も伝えておく方がいい。


「私は帝国が何を言ってくるのか予想し、対策をたてることにするよ」

「頑張ってください、お父様。帝国の使者など、ギャフンと言わせてやってください」


「……だからリーザ。言葉はキレイに使おうね」


「おギャフン?」

「…………」


          ○


 正司は未開地帯をひた走る。

 すでに移動に何日も費やしている。


 ある程度進んだところで魔物を狩って、周辺の様子を探る。

 正司はずっとそれを繰り返してきた。


(町の候補地はいくつか見つかりましたし、未開地帯も大分進むこともできました。どうせならばこのまま、東の端まで行ってしまいましょう)


 正司が目指したのは、未開地帯の横断である。

 ここに大陸を縦に分ける絶断山脈は存在していないため、普通の人でも気合いさえあれば、歩いて横断することは可能。


 過去、人々はそうやって大陸の西へ渡り、国家を築いたという歴史がある。

 つまり今でも行き来は可能なのだ。


 ただし、日夜関係なく襲ってくる魔物をどうにかできればだが。


(港町以外でも、いくつか町にできそうな場所を見つけたいですね。それがこの世界の安定に繋がるわけですし)


 以前、語り部から聞いた話。

 正司がこの世界に来ることになったのは、この星の意志によるものと言っていい。


 これまでずっと未開地帯の魔物が狩られずにいたため、魔素が循環しなかった。

 正司はそれを是正するために選ばれた。


 現地人はもう、未開地帯は前人未踏の地として認識されていて、おいそれと開拓する気持ちにはならないのだろう。


 そして『世界の神秘』は大きな力を持ち、周囲に多大な影響力を与えるものの、やりすぎれば、それに相反する力が発露する。


 一方に傾けば、反対側へ力が働く。

『世界の神秘』の力を打ち消すように『世界のことわり』を出現させてはならない。

 世界を維持するには、中庸ちゅうようが大事ということだろう。


 長期的視野で見た場合、正司一人で魔物を倒し、正司が未開地帯の魔素を循環させても意味はない。


 かといって人々の危機感をあおって、積極的に魔物狩りをさせるのもよくない。

 時代が移り変わり、本来の目的が薄れたとき、どのような影響がでるか分からない。


(一番いいのは、自然に魔素を循環させることですね)


 そのために、未開地帯の中に町をつくるのだ。

 人々がそこに住むことで、周辺の魔物が倒される。


 人々は、自分の生活を豊かにさせるために、町を発展させていくことだろう。

 その過程で多くの魔物を倒し、魔素を循環させる。


 これが一番だろうと、正司は考えている。


(地球の歴史でいえば、人類誕生はごくごく最近の出来事だと聞きます)

 おそらくこの魔素を循環させるのも、そういった長いスパンを想定している。


 ゆえに正司は町づくりに自重しないが、それ以外は町の住人に委ねようと思っている。


(町を増やしたいですが、急激な変化には対応できないと言われたばかりですしね)


 先日正司は、ルンベックと会って話し、「そうホイホイと町をつくっても、それを運営できる人材は簡単には育たないからね」と小言をもらった。


 話を聞いてみれば納得である。

 もちろんあと二つ、三つ、町をつくったところで問題ないが、そのペースで進めると、簡単に人材が枯渇してしまう。


「慌てないで、長期的な視野に立って考えてみるといいだろうね」

 その言葉を聞いて、正司は大いに反省し、納得もした。


 人と町を同時に育てるのである。


 よっていまは、候補地を探すだけに留めている。

 途中、どうしてもここに町が欲しいと思う場合も出てくるかもしれない。


(そのときのために、とっておけばいいですよね。どうせ町はすぐできるわけですし)


 正司はこれまで町を三つ作っている。もう作り方は慣れてしまったと言える。

 四つ目は、これまでの半分の時間でできる自信があった。


「というわけで今日も、候補地を探しましょう!」

 正司は〈身体強化〉を施して、未開地帯を進む。


          ○


 ラクージュの町、トエルザード家の屋敷。


「さて、今日の予定は、午前中の会議に午後は……」

 ルンベックが予定を確認していると、扉がノックされ、部下のひとりがやってきた。


「帝国バッタリア領より、代官の使いの者がやってきております」

「うん? 先日面会申し込みがあった者か……勝手にここまで来てしまったのかな?」


「そのようです。いかがいたしましょう」

 もちろん勝手に押しかけてきた相手だ。普通はお引き取り願うのだが、相手は帝国の意を受けてきた人物。


 ルンベックに確認をとりにきたらしい。


「先方はどんな感じだったかな」

「大層立腹している様子です。それを隠しているようですが、全然隠しきれておりません」


「代官の使いということは、そこそこ重要人物か。……これまでそでにされたことはないかな」

 ルンベックは考えた。


 先日、正式に面会の申し込みがあったので、後日準備ができたら、滞在している場所に使いを出すと伝えた。


 ラクージュの町には帝国が所有する屋敷がいくつかある。

 使者が滞在場所として指定してきたのは、その中のひとつだった。


 そして申し込みがあってから今日で六日目。

 ルンベックとしては、まだ早い。当面、面会するつもりはなかった。


「……そうだな。会おう」

「よろしいのですか?」


「この件に関し、帝国には正式に抗議をいれておく。それより今追い返す方が面倒なことになりそうだからね。嫌なことは早めに片付けてしまおう」


「分かりました。すぐ手配致します」

「うん。よろしく頼むよ。面会場所は来客室でいい」


「畏まりました」

 一礼して部下が出て行った。


 重要な人物は「応接室」に通すが、そうでないものは、ただの来客室で済ます。

 そこは面会の順番待ちに使われる、ただの部屋だった。


 帝国からの使者ならば、そんな場所へ通された理由は分かるだろうし、なぜそのように扱われたかも理解するはず。


「親しい者ならば、ここで会うのだけどね」

 ルンベックは執務室から出て行った。


 バッタリア領は、ルード港を持つ帝国の玄関口ともいえる地である。

 トエルザード家としても、二つある帝国の港のうち、ルード港をよく使っている。


 あまり敵対したくないのは事実だった。


「やあ、お待たせ致しました。当主のルンベックです」

 にこやかに挨拶するルンベックに対し、相手はいまだ渋面のまま。


「代官の使いで参りましたケニギスです。どうやらトエルザード家は、客人のもてなし方を理解できていないように思える」


 簡素な部屋、茶すら出ない扱い。

 そして極めつけは、部屋に通されてから三時間以上も待たされたことを当てこすっているのだ。


 いかに鈍い者でも、自分が愚弄ぐろうされたことくらい容易に想像できる。

「なるほど、それは気がつきませんで。申し訳ありませんでした」

 もちろんルンベックは分かってやっている。


 最初、部屋をコッソリと覗きに行ったとき、あまりに立腹して室内をうろつき回っている使者を見て、落ちつくまで後回しにしたのである。


 朝一で来たのに、すでにもう昼が近い。

 ケニギスのイライラがもう最高潮に達している。


 時間をおいて落ちつかせる効果は、ほとんどなかったようだ。

 半分はルンベックの嫌がらせなので、それでもいいわけだが。


「立っていてはなんでしょう。どうぞお座りください。……それで、早急に会談したいというのは、如何な用件ですかな」


 着席を促してから、ルンベックは来訪の意図を尋ねた。


貴家きけの説明不足により、我があるじは多大な恥をかいたのですよ。それに対する謝罪と、我が主に対して今一度、しっかりとした文書で伝達するようお願いする」


「……はて、説明不足とはなんでしょうか」


「とぼけるつもりか。貴家が帝国に送った書簡だ。重要なことが何も書かれておらん。書類の不備を正し、正式に書簡を寄越す義務が貴家にはある」


 なるほどと、ルンベックは今の会談でいくつかのことが分かった。


 我が主という言葉から、これはバッタリアの代官が絡んでいることが理解できた。

 逆にその上はおそらく感知していない。


 代官の上――主人はバッタリアの領主である。

 おそらく代官は、領主から政治的判断を咎められ、是正するよう求められた。


 顔をつぶされた代官は、部下にトエルザード家から謝罪をもらってくるよう言いつけた。

 目の前のケニギスは代官の使いであるただの小物。事情は半分も理解できていないに違いない。


 だが今回からすれば、代官どころか領主すらもお呼びでない。

 この面会には、帝国上層部の意向はまったく反映されていないのだ。


(わざわざ時間をつくって会談したが、とんだ無駄足だったか)

 ルンベックはこの件に関してすでに結論を出した。


「結果はのちほど知らせましょう。本日はお引き取りください」

 あとで「検討したけど、ご期待にはそえませんでした」という手紙を送って終わりである。


 それ以降は、どんなアプローチもシャットアウトするつもりでいた。

 代官や領主がいくら叫んでも無駄ということを分からせた方がいいからである。


「私は忙しいのだ。今すぐ謝罪文をかけ!」

 ケニギスは立ち上がった。顔が真っ赤である。


「それはできません」

「なぜだ?」


「私に非がないからですよ。よって謝罪はしません」

「わざと説明不足で主の足をひっぱりよって……」


「あなたと議論はしません。お帰りください」

 出口を指し、用は済んだとばかり、ルンベックは退出しようとした。


 腰を浮かし、出口へ視線を送る。


「馬鹿にするなっ!」


 ルンベックの左右には、護衛がひとりずついた。

 ルンベックが客に背中を向けたことで、護衛の視線が自然と出口に向いた。


 出口の安全を確認するためである。

 そのため、ケニギスが細剣を取りだした瞬間は見ていなかった。


 身体検査こそしないが、細剣を隠し持つことなど不可能。

 ではそれは、どこから取り出したのか。


「お前が、お前がいけないんだ!」

 ケニギスはルンベックの首筋目がけて、細剣を突き刺した。


          ○


「ようやく、東の端に出ました……おや、あれは?」

 海岸線に沿って、ひたすら東へ進んだ正司。


 森が開けて、広い平地に出た。木々がまばらに生えている。

 そのまま速度を落とさず進むと、マップに人を示す光点が現れた。


(未開地帯に人の点ですか?)


 これはおかしいと正司が向かうと、林と泉がある場所に、ミラベルと同じ歳くらいの女の子と、それより三、四歳年下の男の子がいた。


 ますますもっておかしい。


「えっと……あれ?」

 森林は抜けたとはいえ、ここは未開地帯。

 どうなっているのかと、正司は悩んだ。


(なぜこんな所に子供たちがいるのでしょう)

 正司が首を傾げていると、女の子が男の子の手を引いて駆け出した。正司から逃げたのである。


「……あっ、あの」

 正司が声をかける暇もなく、子供たちは脱兎の勢いで林の中に消えていった。


「えっと……どうしましょう」

 マップを使えば追うことはできるが、どうしたらいいか判断がつかない。


 未開地帯のこんな場所に、なぜ子供たちがいるのか。

 正司は首を捻るばかりであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ