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101 特訓という名の

 未開地帯にできた町は、活気に包まれていた。

 ラマ国からも多くの官僚がやってきたのである。


 すでにミルドラルの役人や職人が、建設的な意見を出し続けている。

 正司もそれによく応え、町の機能は徐々に整えられてきた。


 ここで新しい風をいれて、別の視点から町を完成させていく。

 それがよい町、ひいてはよい国へと繋がるはずである。


 町を……そして国をつくるには、まだまだ多くの知恵が必要。

 国づくりをゼロから始めるのは、大変なことなのだ。


「ここが魔道国……いい町だな」

 そうライエルは呟いた。


 町へやってきたのは、何も文官や商人、職人ばかりではない。

『鍛える』目的をもって、やってきた者もいる。


「将軍、点呼終わりました。問題ありません」


「馬鹿もん、いまは将軍ではない。わしのことは……軍曹ぐんそうと呼べ!」

「イ、イエッサー、軍曹どの!」


 ライエルの言葉に、兵のひとりが飛び上がって敬礼した。


 国家は、独力で自国民を守れる「強さ」が必要である。

 その「強さ」を持つことは、意外と難しい。


 地理的条件、構造建築物、外交手腕、経済状況、そして軍隊組織……どれもが必要である。

 攻め込まれず、たとえ攻め込まれたとしても撃退する能力を保持し続ける。


「ここはいい町だ」

 それでもなお、ライエルはそう評した。




 ラマ国もまた、新しい国づくりに協力することがきまった。

 金銭的協力は必要ないので、行うのは人的協力である。


 国が国へ協力するのである。もちろんあとで見返りはもらう。

 それが何になるかは、国ができてからの交渉となろう。


 今はまだ、ラマ国が一方的に「貸し」を作るだけ。

 そしてラマ国が誇れるものといったら、あれしかない。


「わしが赴こう」

 そのように言い放ったのは、ラマ国の将軍であるライエル。


 反対する文官、武官たちをねじ伏せて、ほぼ強引に自分をねじ込んでしまった。

 国家の英雄に逆らえる者はいないのだ。


 もちろん、事前に参加者リストをトエルザード家に提出しているため、ルンベックの許可は得ている。

 ライエル以下、軍のそうそうたる名前を見つけて、ルンベックが目をいたのはご愛敬だろう。


「よし、始めるぞ。班を二つに分ける。一班は町の警備および地形把握。二班はわしに付いてこい。魔物狩りにいくぞ!」

「「「イエッサー」」」


 到着早々、挨拶もせずに魔物を狩にいくのは、ライエルが初だろう。

 町の治安維持のため、三公領から兵を入れてあるが、そんなことをした者は皆無だった。


 そのせいでライエルの着任挨拶は、翌日に持ち越されることになる。

 本人が兵を引き連れて未開地帯へ消えていったのだから、しょうがない。そう、しょうがないのである。




「これから世話になる」

「……はぁ」


 ライエルたちの世話を任されたルドルは、げっそりとした顔をしていた。

 昨日一日中、ライエルを探し回ったのである。


〈瞬間移動〉の巻物で転送は完了していた。その後、行方不明になっただけである。

 ルドルは、ライエルが着任の挨拶に来ると思っていたが、一向にやってくる気配がない。


 不審に思い、探しに行く。このあたり、ルドルのフットワークは軽い。

「ライエル殿を見かけませんでしたか?」


「軍を引き連れてどこかへ行ってしまったよ」

「はいっ!?」


 すぐにそんな目撃証言が出た。

 それを聞いたルドルは「叛乱か!?」と、大いに焦ったのである。


 このルドル。トエルザード家の家臣である。

 そして自他共に認める優秀な人材となっている。


 いや実際に、ルドルは高度な教育を収めているし、とても優秀なのだ。

 本来はもっと大きな仕事を任せられる男であった。


 今回、やってくるのが世に名高いライエルということで、担当する者もそれなりの者がいいという判断がなされた。

 将来、大役につく可能性があるルドルならば、今後もよい関係を築けるだろう。そんな思惑もあった。


 そういうわけで、ルドルがライエル担当――ライ担になったのだが、ルドル自身、一度もライエルを見たことがなかった。


 多くの噂を聞き知っていたが、まさか到着直後から、未開地帯へ繰り出すような人物とは思わなかったのである。


「わしの職務は、この国に精強な軍隊を作ること……相違ないかな」

「はい。それで問題ありません。兵も揃っています。ただし質はバラバラですし、集団行動ができない者もいます」


「集団行動ができない……烏合の衆というやつか。腕がなるわ」


 くくくと不気味な笑いが聞こえてきた。

 ルドルは尻の辺りがもぞもぞして、身じろぎした。不穏な空気を感じ取ったのである。


「それでまずは、私に必要事項を説明させてください」

 細かいことはさておいて、ルドルは説明責任を果たすことにした。


「ミルドラルからは、熟練兵から新兵まで連れてきています。ほかにも兵役試験に落ちた者、怪我で予備役になった者、魔物狩人、傭兵団からも集めました」


「怪我? 怪我した者はいらんだろ」

「それは問題ありません。すべて完治・・ずみです」


 治療を条件に、兵役につかせたとルドルは説明した。

「ほうほう……さすがだな」


 ライエルは満足そうに頷いた。

 正司ならばそのくらい朝飯前だと思ったのだろう。


「それと、みなさんは一時的にこの国に所属が移っています。自国での地位や階級は引き継げませんが、所属が変わった段階で、それに見合った役割が与えられています」


「わしの場合は、軍の統括担当だったな」


「その通りです。軍の実務・・において、ライエル殿より高位の者はおりません。現時点ではですが。そして、これから作り上げるであろう軍の運用法が、この国のスタンダードになります」


「よしよし、まったくもって問題ない」

 ライエルはニマニマしている。


「現在この町にいる兵の数は二千ほどです。国を守るには心許ない数ですが、今はこれでいきます」


「うむ。治安維持がせいぜいの数だが、この国に喧嘩を売るアホウはおらんだろ。もしいたとしても、わしが蹴散らしてやるわ」


「それは心強いことです。人手不足ですので、兵には町内の治安維持や周辺の魔物退治も職務に入っております」


警邏けいらも仕事の内か。しょうがあるまいな」


「ご理解いただけて何よりです。それとこれは上の方々にしか明かされていないことですが、この国は『棄民の救済』を主目的としております」


「棄民? ……なるほど、そうか。町の規模からしてどのみち棄民もやってくるとは思ったが、そうか、そういうことか」


「まだ一般には知らされておりませんので、ここだけの話にしてください」


「心得た。……だがこのあと、各国から移住希望の民を募集すると聞いたぞ。話が違うのではないか?」


「いえ、それでいいのです。棄民を国に入れる前に、一般の民を相当数受け入れます。そうしておかねば、町が機能しませんので」


「そうなのか?」

 ライエルにはイメージが湧かなかったようだ。


「順番としては中央の行政を真っ先に機能させて、上から下へ組織化をはかってゆきます。ライエル殿に関しても軍部ということで、組織化の一翼を担ってもらっております」


「なるほど、人を呼ぶ前に形をつくるわけか。組織は大切だしな」


「はい。その後で商人や職人など、一般の人たちを呼び寄せます。各国から数万人ずつ集めることになります。棄民はそのあと、つまり最後です」


「ふむ……この国は棄民のためだが、呼び込むのは最後か」

「そうなります。移住しても食べるもの、着るもの、働く場所がなければ、生活は成り立ちません」


「棄民たちの中にも商売ができる者、職人として働ける者もおろう」


「いると思いますが、商品や資材をどう調達していいか分からないと思います。よしんば揃えられたとしても、継続して仕入れできる環境になければ、人がいて、店や工房があっても、続けることができません。ゆえに、一般の商人や職人の移住が先なのです」


「………………そうか、そういうことか」

 よく考えられているとライエルは思った。


 軍組織のことならば、ライエルは隅から隅まで把握している。

 政治はかなり怪しい。経済はよく分からない。


 現にこうして新しい国づくりの手順を聞いて、目から鱗が落ちる思いであった。


「そこまで考えているならば、棄民の働き場所も確保してあるのだろうな」


「はい。すでに新しい産業が生まれております。先ほど言いました商人職人も、従業員は棄民を雇うことは条件にします。工場も新設されていますし、畑もあります。移住者の適性にあわせて仕事を割り振ることになりますので、職にあぶれることはないと思います」


「それはすごいな……」

 何も知らずにやってきたが、どうやらかなり組織化されているようだと、ライエルは感心した。


「そういえば、みなさんに昨日お渡しする予定だったものがあります。後ほど、中央事務所にお越し願えればと思います。ライエル殿の分は私が持ってきました」


 ルドルは小さなカードをライエルに渡した。

 厚紙でできていて、そこにライエルの名前が書かれている。


「これは……インクが光っておるな。魔文字師の契約文章に似ているが」


「その通りです。これは仮の国民カードになります。本物は名前以外に持ちうる権限と移住年、犯罪歴、納税証明書も付加されます」


 魔文字師の書いたものは、偽造ができない。

 しかも複数同じものを作成して各自保管することが前提となっているため、何らかの方法で偽造しようとしてもバレるのだが。


「国民カードか。そんなものをつくるとは、随分と厳重に管理するのだな」


「タダシ様のご要望でして、最初から管理していれば問題も起こらないだろうと」


「しかし、納税証明書か。棄民は税が支払えないからこそ、国を追われたはずだが……」

「その辺は考慮されているようです。税は金銭以外でも労働でも支払いが可能です」


 単純労働の口には事欠かないらしく、各種工場も人手不足。

 移民がくるのを手ぐすね引いて待っている状態だという。


「なるほど……こりゃ、思ったより凄い国になりそうだ」


「そうなるよう、私どもは努力しております。それと勘違いしているようですが、この国に住むのに、必ずしも税金を支払う必要はありません」


「……?」

「この国では、国民のみ、つまり国民カードを持つ者が税を支払います。勝手に住みつくのは拒否しないという方針を立てております」


「そんなことをしたら人が溢れるぞ」

「その場合、新しい町をつくりますので」


「…………」

 唖然とした表情のライエルに、ルドルは昨日一日走らされた鬱憤うっぷんが少しだけ晴れた気がした。


「国民カードは納税の義務がありますが、各種特典もございます。無料で怪我や病気の治療が受けられますし、住居の補助もあります。個人の融資も国が行いますので、不意の借金でも安心です。それと犯罪に関してですが、国民であるならば罰金、福祉活動、労役と罪の重さに比例して罰がくだされますが、そうでない場合は国外へ退去いただくことになります」


「……なるほど。して、個人の融資というのは?」


「無一文でこの国に来た人がいたとしましょう。商人の下で働き、給金も貯まりました。独立したいけど、そこまでお金が貯まっていない。そういうとき、融資制度を利用するのです」


「国が金貸し業をするのか?」

「そうなりますね。返済は最長で十一年間です。金貨十枚借りた場合、毎年金貨一枚ずつ返済し、十一回分で完済します」


「一回多いわけか」

「その通りです。前倒し返済も可能です。返済が滞れば……」


「労働で返すのかな」

「はい。その予定になっています。……このようにして、国民になった方がより住みやすく、便利になります……っと、訓練を受ける者が来たようですね」


 遠くから、三百人ほどの集団がやってきた。

「あれは? あの装備からすると、傭兵団だな」


「はい、『幸運の道標』という傭兵団です。最近までフィーネ公領の北で、魔物狩りを行っていました」


「そうか、どれだけ根性があるか、確かめてみないとな」

「げぇっ、ライエル将軍!?」


 先頭の男が奇声を発した。

「将軍ではない。ここでは軍曹と呼べ!」


「はっ、はい!」

 男は直立不動の姿勢で敬礼した。


「その敬礼……おぬし、わが国の軍にいたのか?」

「傭兵団『幸運の道標』を率います団長のキールと申します。俺は昔、ラマ国の戦時徴募の訓練生でした」


 キールがまだ十代だった頃、ラマ国は王国と戦争をしていた。

 その最中、ラマ国は大規模な募兵を行ったのだ。


 腕に自信のある食い詰めた者たちがこぞってそれに応募した。

 キールもその中にいた。まだ十代の半ば、怖い物知らずの頃だった。


 体力審査をくぐり抜け、戦闘審査をかろうじてパスしたキールは、晴れて訓練生となる。

 そこで顔をあわせたのが、ライエルである。


「全員と手合わせをしよう」

 四十人はいただろう。相手はライエル一人。


 それでも全員が足腰たたなくなるまで……どころか、指一本動かせなくなるまで叩きのめされた。


 数で襲いかかってフルボッコにしてやろうと思っていた仲間たちは全員、魂が抜けた状態で転がってしまった。


 戦時体制が解かれるまで、キールはそこで地獄の特訓を受けることになる。

 地面が友だちになった。何度も土を舐めた。


 当時のライエルは五十代。まだまだ現役の肉体を保持していた。

 キールにとって、忘れることのできないトラウマとなっている。


 その後戦争は終わり、訓練生の一部が軍に推薦された。

 キールはギリギリ入隊できなかった。


「二十年くらい前の話だな」

「あの頃は……若かったです」


 ライエルはふらりとやってきては、退屈しのぎに訓練生をボコボコにして去っていった。


 軍に入れば一生食いっぱぐれない。

 そう思って集まった腕自慢たちは、みなことごとく自信を打ち砕かれていった。


 キールも解雇されたあとは魔物狩人として生計をたて、その後気の合う仲間を率いて傭兵団を立ち上げることになる。


「それにしても三百名の傭兵を率いるなど、大したものだな」

「名前の通り、幸運が重なりまして」


 まさに幸運だった。

 正司から貰った皮や魔石を売って生活しようと思ったところで、同じ境遇に陥っていた他の傭兵団と知り合い、合流。


 出会いと合流を繰り返していくうち、いつしか大規模傭兵団へと成長していたのである。


「訓練は特攻部に任せようと思ったが、どれ、わしがやってやるか」

「特攻部……ですか?」


 キールが目をやると、分厚い鎧をまとった偉丈夫が数人控えていた。

「なに、わしにかかれば、おまえらなぞ、すぐに一流の兵に早変わりだ」


「よ、よろしくご指導ください」

 キールは震えながらそう言った。


 ちなみにキール以外、ライエルから鍛えてもらった者はいない。

 よって、ライエルが直々に鍛えると聞いて、みな喜んだ。


 だがキールだけは知っている。

 いっそ死んだ方がマシと思える特訓が待っていることを。


「よし、すぐに始めよう。まずは全員、死を感じるところからスタートだな。親しい者との別れは済ませただろうな。ではいくぞ」


 ライエルは腰の剣を抜き、キールに斬りかかった。


          ○


「……なるほど、そんなことがあったのですね」

 ルドルからの報告を聞いて、正司はクスクスと笑った。


 各種調整に忙しい正司は、こうして話を聞く時間がせいぜいである。

 あちこちに顔を出していては、それこそ正司にしかできない仕事が滞ってしまう。


「あの一撃は速すぎます。重すぎて受けることも無理そうでした。さすが常勝無敗の剣ですね」

「そんなに凄かったのですか。私も一度見てみていですね」


 ライエルの膂力りょりょくが桁違いであるため、どんな相手でも一撃で決まってしまう。


 たとえるなら、重りのついたダンベルを凄い速さで振り抜いたようなものだ。

 何十キログラムもあるダンベルを剣で受けろと言われても不可能。


 ライエルの剣が一撃必殺たるゆえんである。


「別の集団はライエル親衛隊の中でも指折りの特攻部が受け持ちました。こちらもえげつな……容赦ないですね。ライエル将軍の部下もまた人とは思えない強さです」


「親衛隊の中に特攻部というのがあるのですか?」


「そうです。ちょっと特殊な兵でして、戦争のとき相手の本陣に特攻します。それで司令官を討ち取るんですね。だいたい本陣には司令部がありますので、そこにいる者を全員倒せば、戦うどころではなくなりますから」


「それで特攻部ですか……そんなことは可能なのですか?」


「本陣に到着するまで一切の戦闘行為はしないみたいです。ただ愚直に本陣を目指す。そのためにかなり防御力の高い鎧を身に纏っています。たったひとりで本陣壊滅。最悪でも司令官と相打ちですから」


「たった一人でそれは、凄まじい戦果ですね」


「二十年ほど前の戦争では、王国側は、常勝のライエル軍を避けて三つの部隊を展開させたようですが、たった三人の特攻部によって、三つの戦線が崩壊しています」


 ライエルは常勝無敗。

 本人の強さばかり注目されるし、彼の戦術眼や、戦略眼も目を見張るものがあるが、実はその部下たちもまた、常軌を逸した強さを誇っているのである。


 ライエルを崇め、そのシゴキに耐えた者たちの力は、通常の兵を軽く凌ぐ。

 戦場での殺し合いも、通常の訓練に比べたら、日向ぼっこのようなぬるさだと言われている。


 各国が、ライエルが存命の間はラマ国に攻め込まないと考えたのも、あながち間違った判断ではないのである。


「でもそんなに凄い人たちに鍛えてもらえるのですから、みなさんは果報者ですね」

「そうですね。本人たちはどう思っているか分かりませんが」


 大恩ある正司のために、ライエルは決して手を抜くことはない。


 キールもまた同様である。

 命を救われたこと、団を救ってくれたこと、そしてなにより道を照らしてくれたことを深く感謝していた。


 ゆえに、あの頃怖くてしょうがなかったライエルにさえ、向かってゆけるのである。

 同様に、団長が死に物狂いでくらいついていく様を見せられ、団員たちは逃げるという選択肢を選ばなかった。


 傭兵団の中には利己的な集団は数あれど、『幸運の道標』は家族意識の強い、団結力のある集団だった。


 ライエルとの特訓は、本当に過酷なものだった。

 だがその分、効果は計り知れないだろう。


「ルドルさん、どうかされました?」

 ルドルが正司の顔をじっと見ている。


「いえ、すみません。特には……」

「何かあれば遠慮なく言ってください。私もこういう時しか時間が取れないですし」


 再度促されて、ルドルは思っていることを口にした。


「ではひとつ疑問に思ったことがございます」

「そうですか。それは何でしょう」


「この度のことですが、傭兵団を含めて、みな集団ごとに訓練しております」

 傭兵団は傭兵団、兵士は兵士でそれぞれ担当者をつけて訓練している。


 本来軍隊というものは、全体でひとつの生き物になるよう訓練する。

 できるだけ個性を無くし、誰がトップに立とうとも、同じ行動ができるようにする。


 だがこの国の訓練は違う。集団ごとに行っている。

 これでは軍としての機能が果たせないのではないか。ルドルはそう考えたのだ。


「そういうことですか。言いたいことは分かります。私はあえてそのようにするようお願いしたのです」

「あえてですか?」


「はい。私は色々な国に赴きました。大陸の西側はすべての国を回りましたが、そのとき気付いたことがあります。人が飽和して、新しい産業が興る余地がなくて、新しい試みが行われることもなくて、新しい商売もまた起こりにくい。新規参入は厳しく、既存の権益が幅を利かせているのです。これはよくないことです」


 世の中が成熟していると正司は説明した。だがそれは良いことではないと。


「成熟してはいけないのですか?」


 自他共に優秀だと認められたルドルであるが、今の正司の説明を聞いて、どこが悪いのか分からなかった。


 成熟した社会は盤石であり、安定している。

 人々は安心して付き合いができ、新規参入者がいないかわりに、落ちぶれていく者も出ない。


 安定した社会。これこそ為政者が目指す最終目標ではないのか。

「私は駄目だと考えます。ゆえにこの国には、競争原理を入れようかと思います。といっても、それほど過酷なものではないのですけど」


 正司は新しい国について、あまり贅沢を言わない。

 餅は餅屋である。「分かっている者」が決めた方が何倍もいいものができる。


 そのため、「ここだけは譲れない」というものだけを設定して、後は完全に放任している。

 それでも多くの仕事が舞い込むのだが。


「競争原理ですか」

「そうです。商人、職人、軍人……それだけではありません。役人や官僚、ひいては国の重鎮に至るまで、等しく競争原理が働きます」


「それをして、何の得があるのでしょう」


「水を腐らせないためです。風通しを良くすると言い換えてもいいかもしれません。十年、二十年同じ生活が続けば、人は慣れるものです。慣れがよい結果をもたらすこともありますが、停滞することによって、新しいものが生み出されない場合もあります。私はこの国をそうならないようにしたいのです」


 わざと競わせる。為政者としてはやってはいけないことのように思える。

 ルドルはそう思うが、正司には別の考えがあるようだ。


「正直分かりかねますが、それは私の理解を超えているからかもしれません」


「私もうまくいくといいなと思っています」

 そう言って正司は笑った。


          ○


 トエルザード領、ラクージュの町。

 ルンベックの執務室に、ネルゼが顔を出した。


 ネルゼはトエルザード家所有の船を任されている海の男、叩き上げの船長である。

 また、表向きの顔とは別に、帝国方面の諜報も担当している。


「あの船はヤバいですよ。既存の船と比べて、操作性が雲泥の差です。一気に技術革新が進んだって感じです」


「ほう、それほどかね」


「速度もこれまでの比じゃないですし、旋回性能も目を見張るものがあります。それ以上に、大容量の荷を積んでもびくともしない積載能力。船員たちは驚きの連続ですわ」


 正司が揃えた五十隻の輸送船。

 ルンベックはそれをすべてネルゼに任せた。


 まず乗りこなしてみせろと渡したのだが、あまりに高性能という報告を受けた。

 ならばと、見習い船員たちに操船させたが、それでも結果は同じ。


 どうやら外から見て分からない部分で、かなり既存とは違う技術改良がほどこされているらしい。


「あれで帝国に乗り付けたらどうなるかね」

「大騒ぎでしょうな。そのあと一隻くらい拿捕して分解しようとするでしょう」


 海上で船が行方不明になることはよくある。

 嵐にあったのか、私掠船に襲われたのかは、判別つかない。


「当面は人と荷の輸送が主な業務になる。帝国への買い付けは急がなくていいだろうね」

「その方がいいでしょう。それと帝国の情報をいくつか仕入れてきました」


 ネルゼは帝国の欲する物資を運ぶ商人として、帝国内でそれなりの扱いを受けている。

 本人は荒っぽい海の男だが、やろうと思えば、いくらでも優雅な礼くらいできるのだ。


 忙しいネルゼは、巻物を使って、帝国とこの町を行き来する。

 帝国にある上流階級が使用する社交場サロンへ顔を出しているのだ。


 サロンは貴族や領主だけでなく、商人もよく利用する。

 ネルゼも常連であり、親しくなった帝国貴族から、多くのネタを仕入れてくる。


渉外しょうがい相所属のティアン・エルレバッハという貴族がいるのですが、それがとくに口の軽い男でして、先日の書簡の内容をペラペラと喋っておりました」


 ルンベックが帝国に当てた手紙をサロンで広めているらしい。

「あの突っ返されたやつだよね」


「そうです。あそこに出入りする連中は、おもしろいネタを年中探しています。格好のネタだったのでしょう。いくつかのサロンを回りましたが、そのネタが話されない日はないくらいでした」


「それは面白いことになっているね」

「まったくです。『未開地帯に国ができた』と吟遊詩人に歌までつくらせた者もいます。格好の笑いのネタなのでしょうな」


「キミのことだ。それだけじゃないんだろ?」


「はい。同調して広めている者たちのリストは作ってあります。あとは、若干別の反応をした者たちがいますので、その辺を報告したいと思います」


「ふむ」

「すぐに調査すべきと主張したのはオスカルト・フンクという領主ですね。軍備増強のあおりをうけて、税収が下がって首がまわらない方です。同じく、秘かに借金しているという噂のランジェト・デュムラー。彼らに共通しているのは、奪い取ってしまえということです。まあ、不可能なんですが」


「襲ってくるとしても海からだが、簡単に沈められるだろうしね。他には?」


「新国家について信じている者もいます。こっちの大陸に人をやっているんでしょう。最近強力な魔道士が出現したのと結びつけたようです」


「帝国までの距離を考えると……鳥を飛ばしたかな」

「あり得ますね。とくに王国との戦争は、帝国にとっても重大事ですから」


「絶断山脈の壁の件もあるしね。まあ、遠からず向こうにも真実は伝わるだろう」

「私が接触できるのは沿岸部のみ。しかも退廃した貴族たちばかりですので、これ以上は有力な情報も出て来ないかもしれません」


 帝国は広い。ミルドラル、エルヴァル王国、ラマ国をすべて合わせたよりも広い。

 面積でいえば、二倍半ほどもある。


 帝国の中心部はバアヌ湖を囲むように存在するトラウス、メルエット、グノージュという三つの地方からなっている。


 そこは海沿いの町から遠い。

 いくら交易で名が知れたとはいえ、ネルゼ程度がその中心部に食い込むことはできない。


「帝国のことは放っておこう。どうせ向こうが断ってきたのだからね」


「向こうの技術を導入するチャンスだったんじゃないですか? 職人を呼び寄せるつもりだったのでは?」


「その予定ではあったけど、大っぴらに集めなくてもいいさ。必要な技術を持っていて、いまの境遇に満足していない者はいるだろう。ゆっくりと狙っていこう」


「なるほど、分かりました。では今以上に深く浸透していきます」


「頼むよ……それと、タダシくんの国がスタートしたら、周辺の国力が上がると試算が出た。建国は周辺国にとってプラスに働くみたいだよ」


「よく分かりませんが、そうなんですか?」

「いろいろと計算させた結果、そうなったのさ。ちょっと面白い結果だよね」


 富める店が周囲にあれば人通りは増える。多くの店が繁盛していれば、その中にひとつだけ貧しい店があっても客は入る。

 逆に、周囲に貧しい店しかなく閑散とした通りには、一軒だけ富める店舗があっても、入る客数はお察しだ。


 国の規模になっても同じで、多くの国が富んでいれば、流通と交易が盛んになる。金を持った人が大勢いるからだ。

 間に貧しい国があっても、そこには富める人々がやってくる。


 逆に、周囲が貧しい国ばかりだと、どこを見渡しても貧しい人々しかいない。

 富める国がひとつだけあっても、周辺国からは貧しい者しかこない。


「新しい国が富めば、その富が私どもの国に降りてくるってことですか?」


「そんなところかな。他にもある。各国から人が減り、棄民がいなくなることで、国自体に余裕が生まれるのさ。その分生産性が上がる」


「人が減ったら、生産性がさがるんじゃないですか?」

「いや、あがるさ。考えてみてみたまえ」


 町にあった十の食堂が七に減った。三軒の鍛冶屋が一軒になった。

 競争相手が減ることによって、分散されていた富が集中する。


 もちろん人が減った分、やってくる人も減るかもしれないが、それでも同業が減ることによる恩恵はばかにできないのだ。


「そんなもんですかね」

「簡単な例をだそう。一人で商会を興し、毎月金貨十枚の利益を出すことは可能かな」


「毎月十枚ですか。条件にもよると思いますが、もちろん可能でしょう」

「そうだね。では商会員が二人で、毎月二十枚の利益を出すことは?」


 何が言いたいのだろうか。

 ネルゼは不思議に思いながらも「可能です」と答えた。


「では十人の商会員で、毎月百枚の利益を出すことはどうかな?」


「十人で百枚の利益……さすがにそれは無理だと思います。金貨三十枚とかなら可能でしょうけど」


「ふむ……では、千人の商会員で毎月金貨一万枚の利益を出すことは?」


「それこそ不可能でしょう。それが可能でしたら、今頃だれもが大金持ちですよ」


「一人で金貨十枚稼ぐことはできても、千人で一万枚稼ぐことは不可能ということだね。ならば、一万人で毎月十万枚稼ぐのも無理だろうね」


 ネルゼは頷く。

 ようやくルンベックが何を言いたいのか分かったようだ。


「人が多くなると富は分散化される。それは村や町、国も同じだね。規模が多くなるほど、一人が頑張っても、たかが知れてしまう」


「分かります」


「いまどの国も国民は飽和している状態だ。住民が一割減っても、国力が一割減ることはないのさ。おそらく、ほぼ変わらないだろう」


「そして減った一割は、別の国でより生産性の高い仕事に従事するわけですね」


「そう。その人たちは巡り巡って、自国に利益をもたらしてくれる。その繰り返しが今後おこるとみているんだ」


「いつしか帝国を抜くかもしれないですね」

「タダシくんは吹っ切れたみたいだし、そこまでいくといいね」


 語り部と会ってから正司は変わった。

 より積極的に関わるようになった。


 これまでも持ち前の勤勉さを発揮して、実直に取り組んでいたが、どこか他人事のような所もあった。

 だが、語り部との会話を終えてからは違う。


 貪欲になった。そう、正司は「欲」を持つようになったのだ。

 積極的に案を出し、十年先、二十年先を見据えた長期的視野で物事を述べるようになった。


 これまで専門の金貸しがいたり、裕福な商人が金を貸していたこともあったが、国が個人に対して貸し付けるということはなかった。


「夢を持った人にチャンスを与えたいのです」

 そう正司は言った。


 また、どこから仕入れてきた知識なのか、他の案も出してきた。

「帝国は混乱を続け、私たちは成長を続ける。いい流れだね……そういえばタダシくんは、国内だけで流通させる金券を考えているみたいだよ」


「手形みたいなものでしょうか」

「国内に限定して、金貨などと同等に扱えるらしい。草案を見たが、いまのところ不備はなかったかな」


「町から出ない人たちにとっちゃ、金貨も金券も変わりないってことですか」

「そんな感じだね。国民カード発行時に、返却不要の金券を渡すらしい。国内の流通を活性化させたいのだろう」


「そりゃまた豪気なことで……ですが、他国との取引には使えませんよね」

「両替証明書というものを用意するみたいだよ」


 金貨十枚を金券に換えたとき、金貨十枚分の両替証明書が発行される。

 外国との取引で金貨が必要になったとき、その両替証明書と金券十枚を持参すれば金貨に戻してもらえる。


「へえ……よく考えられてますな」

「やる気になったタダシくんの発想は恐ろしいほどだよ。うかうかしていると、タダシくん一人勝ちになりそうな気配だ」


「そう言うわりには嬉しそうですね」

「分かるかね? 一年後、二年後、世界がどう変わるのか、楽しみでしょうがないよ」


 正司が「世界の神秘」であることは分かった。

 同時代に生まれたことをルンベックは感謝した。


 そして世界を大きく変えるであろう正司を間近で見られることに、ルンベックはこれ以上ない喜びを見いだしていた。


「あとは後継者かな」

「……それはまた」


「こればかりは、どうなることやら」

「ですね。お察しします」


 ルンベックとネルゼは、互いに頷きあった。



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