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099 新しい産業

 正司の料理を食べたことによって、リーザは怪力を得た。

 怪力だけではない。他にも長時間海に潜れたり、火あぶりになっても火傷しない身体になった。


 これらは正司の〈料理〉スキルがもたらした効果であり、リーザはすぐに正司が人に料理を振る舞うのを禁止させた。


 魔物の肉を食べれば、能力が底上げされるのはリーザも知っている。

 だがその効果は、ほんの僅かなもの。ここまで劇的な症状が出ることはない。


 リーザが食べた肉がG5だったことも関係しているだろう。

 だが、効果が切れるには、早くても半年、ことによったら数年という期間が必要になる。


 底上げされた力は、時間をかけてゆっくりと失われていく。


「なんてはた迷惑な」

 それがリーザの感想である。


 魔物の肉を料理に使わなければ問題ないが、そもそも正司は魔物の肉を簡単に得ることができる。

 それどころか、大量に余らせている。


 事前に分かっていれば力の制御もできるが、知らずに食べて怪力、快速などを得た場合、本人や周囲を巻き込んで、怪我人が大量発生しかねない。


「……はぁ」

 リーザは淑女にあるまじきことだが、正司の顔を眺めたあと、ため息を吐き出した。


「えっと……なんでしょうか」

 正司は困惑した。


 正司としては、何か気にさわることをしたのだろうかと、不安な気持ちになる。


 何かしたのかと問われれば、しているのだが、それは本人も知らなかったことである。

 リーザを元気づけたい、おいしいものを食べさせたいという思いからスキルを取得した。


 そう、これは不可抗力なのだ。

 調理禁止を言い渡されたが。


 結局あの後、屋敷に戻ったリーザは、ルンベックの前で怪力を披露している。

 火の中に繊手を突っ込み、燃えさかる薪を掴み出したりもした。


「熱いことは熱いですけど……この通りです」

 頭痛をこらえる仕草のルンベックがひどく印象的だったと、のちにリーザは語っている。


 目の前で娘が薪をに裂いたり、炎をあげるそれを手で掴んだりしたのを見れば、頭痛のひとつも出るだろう。


 頭痛の種は他にもあった。

 リーザが北の町で見てきたことを伝えると、ルンベックはさらに呻き、「勉強も大事だけど、タダシくんと一緒にいる方が大事だね」と、リーザの行動に優先順位をつけた。


 そういうわけで予定変更。

 リーザは勉強をほっぽり出して、正司とミラシュタットの町にいる。


 町は最終段階に入っているらしい。

 治水は終わり、灌漑かんがいもできた。ためしに畑に水を流したところ、十分な水が行き渡るのが確認できた。


 まだだれも住んでいないが、家が立ち並ぶ一角には井戸も掘った。

「今日は水回りの仕上げをします」


 雨水や生活用水の排水設備を町中に作るらしい。

 それをリーザは近くで見ている。


 正司が黙々と〈土魔法〉で溝を作っていく。

「本当にタダシは器用ね」


「そうですか?」

 とくに難しいことをしているとは思ってないらしい。


 思いついたことをすべて魔法で叶えているのだ。

 魔法使いがこれをみたら踊り出してしまうことだろう。


 作業をしていた正司の手が止まる。

 何かを考えているようだ。


「タダシ、どうしたの?」

「道の端に雨水を集めてそのまま下方へ流すのですけど、これ、大雨が降ると溢れますよね」


「えっ、そういうものでしょ?」


 リーザは豪雨のときは、水が溢れるものだと思っている。

 そのため、正司が何を懸念しているのか分からない。


「一度に川へ流すと氾濫しますし……そういえば遊水池を作っていませんでした」

 一定以上の水量が排水溝に流れたとき、余分な水を逃がす場所がほしいと正司が言い出した。


「遊水池って?」

 リーザはその言葉の具体的なイメージが湧かなかった。

 水を逃がすもなにも、豪雨のときはどこも水浸しだ。


「町中にいくつか遊水池を作ります」

「ちょっと、タダシ? どういうこと? ねえ!」


 思いついたことを実行に移すのはいい。

 ただその前に説明してほしい。リーザは正司を追いかけた。


 正司は町中のまだ家が建っていない場所へ向かった。

「排水が集まる中ですと、ここが広くていいですね」


「何をするの?」

「ここに大きな堀を作ります」


「えっ?」

 正司は、家が何十軒も入りそうなほど大きな穴を掘った。


「……できました。ここに溢れた雨水を集めます。するとここに水が溜まっている間は、町中も川も水が溢れなくなります」

「それはそうだけど……なぜそんなことをするの?」


「一時的に水を溜めておくのは、とても重要なことなのです。つつみを高くして氾濫しないようにするのも大切ですけど、川に大量の水を流さないようにする方法を組み合わせると、もっと氾濫しなくなります」


 遊水池から川への排水は水門を使う。かなり下流の方へ直接土管を通すらしい。

 たしかにそうすれば豪雨のときに便利だろうと、リーザは思う。


 突然、正司は遊水池にふたをした。

「……?」


 リーザは、正司が何をしたいのか、まったく分からない。

 その間に正司は、蓋の上に土を敷いて、草や木を移植する。


 そしてあっというまに公園を作り上げてしまった。

「どうして公園にしたの?」


 リーザの問いかけに、正司はこともなげに「そういうものじゃないですか?」と答えた。


 正司の頭の中では、公園の地下に遊水池を作るのが普通・・らしい。


 もしくは遊水池の上には、公園が必要なのだと。

 もちろんリーザは、その言葉の意味は理解できなかった。


 結局、リーザが頭を悩ませている間に、町内に四つの巨大な遊水池(しかも上が公園)が誕生していた。


「これで排水は完璧ですね」

「……そうね」

 いい笑顔で答える正司に、リーザはもう一度ため息を吐くのであった。




 たしかにこの遊水池という考えはおもしろい。

 あとで説明を受けて、よく考えられているとリーザは思った。


 大雨が降れば川は氾濫するものであり、水辺は溢れるものという認識が覆された。


 正司は川が氾濫しないよう、水が溢れないように対策したのだ。

 普通にやろうとすれば何十年もかかる工事だが、正司ならばほんの一手間。


 土を『保管庫』にしまい、周囲を固めて、水路を通せばいいのである。

 上に公園を作るために多少の時間はかかったが、それでもリーザが見ているうちに作業は終わった。


 発想して即実行。瞬時に完成。これが正司の町作りである。

 自分がいないとき、正司はこうやって町をつくっていたのかと、今さらながらに理解した。


「ねえ、タダシ」

「はい、なんでしょう、リーザさん」


「そういえばこの川だけど、下流が氾濫してもいいんじゃない? ここは未開地帯よ。生活に影響なんてないでしょ?」

 町に降った雨は貯水槽にためられ、時間差で出て行く。


 リザシュタットの町に流れる二本の川は、すでに正司によって護岸ごがん工事が行われている。

 町中でも遊水池を作ったことで、川への排水が制御されている。


 ここまでする意味があるのか。下流は人跡未踏の未開地帯。

 そこまで気を使う必要があるとはリーザには思えなかった。


「この川の下流ですか? 製紙工場がありますので、治水は重要だと思います」

「えっ? なに? 何て言ったの?」


「製紙工場……紙を作っている工場があります。見に行き……イタタタタ、痛いです、痛い、すごく痛い」

「何それ! 聞いてないわよ」


「痛いです、本当に痛いですって……リーザさんは怪力なんですから……嘘です、嘘。これ以上強く締めないでください。リーザさん! 頭、私の頭が割れそうです!」

 ギリギリギリと、リーザは二の腕で正司の頭を締め上げた。


「……タダシ」

「な、なんでしょう?」


「案内しなさい」

「はい」


 正司とリーザが〈瞬間移動〉で向かったのは、町から南へ数キロメートル進んだ地点である。

 そこに一キロメートル四方の更地ができており、大きな建物が複数並んで建っていた。


「ここなの? ここで紙を作っているの?」

「はい。いま試運転中です」


「でも紙を作るには職人が必要なのよ。機械だって……」

「えっと、人と機械はコルドラードさんが全部提供してくれました」


「えっ!? バイダル公が? バイダル公領の紙っていったら高級紙じゃない。どうして……って、あああああっ!」

 リーザはバイダル公の真意に気付いた。


「働く場所はたくさんあった方がいいから、紙づくりを町の産業にしたらどうかって言ってくれたんです」

 いい人ですねと、正司は呑気に言った。


 一方のリーザは、ワナワナと震えていた。

 すでにリーザは、バイダル公の思惑をほぼ正確に見抜いている。


 ちなみに紙作りは、どの国でも行われている。

 自国で使用する紙は、自国で生産している。


 だが、良い木が多く採れるバイダル公領では、製紙技術が一歩も二歩も進んでいる。

 滑らかで書き心地のよい高級紙は、バイダル公領のものが一番だったりする。


 ゆえにバイダル公領から輸出される高級紙の量はかなりのものがあり、主要産業となっていた。


 コルドラードはそれを惜しげもなく正司に提供したのである。

 この自らの主要産業を提供した姿に、リーザは「してやられた」と思った。


 なぜ業界トップの製紙技術をわざわざ他国に渡したのか。

 ライバルを増やしてどうするのか。


 そう考える者は、現実が見えていない。いや、将来を見通せていない。

 コルドラードは正司に大きな借りがある。


 孫息子や孫娘の件だ。もちろんトエルザード家を通してお礼はしてある。

 だが、あれでは足らない。現状、借りになっている感じだ。


 今回、人材を供出することで少しでも借りを返したいという思いもあるだろう。

 だが各国も同じことをしており、さらに最終的には双方の利益となるため、あまり借りを返したという感じではない。


 ここが大事なことだが、もうすぐ正司は建国する。

 今度は、個人と個人の関係ではなくなり、国と国の関係も出てくる。


 国家間の関係で、借りっぱなしというのはよくない。

 大変よくない。国には面子というものがあるのだ。


 できれば「貸し」をつくって、効果的なときに返してもらう方がいい。

 それと製紙技術の供給に、何の関係があるのか。


 実はコルドラードがこの町を見学にきたとき、高速道路を見て顎が外れそうなほど驚いている。


「あれは高速道路と言って、フィーネ公領まで繋げる予定です」

 気負うことなく正司はそう言ってのけた。


「ここから港町まで遠いんですよね。今は時間がないので、あとで高速道路を通す予定です」

 千キロメートル離れていても、正司にはどうってことないらしい。


 たとえばである。

 バイダル公領の町をすべて高速道路で繋げたら、将来にわたってどれほどの益があるだろうか。


 常駐する兵士や傭兵団を減らすことができ、商人どころか、町民さえも自由に町と町の間を移動できる。


 それは理想だ。現実不可能な妄想だ。

 だが、正司の手にかかればどうってことない。


 それだけではない。町を高い壁で覆ったり、魔物が沸かない土地を増やしたりするのも、正司は簡単にできるらしい。


「タダシ殿、儂の町にも高速道路を作ってくれ」

「いいですよ」


 国家間の約束では、上のようにはいかない。

 事務レベルの会談を何度かして、利害関係を調整し、そこでようやく合意を取り付ける。


 国どうしの関係は、なるべく平等であることが望ましい。

 大きな借りがあり、そのうえ毎回借りが増えていくのは、両国間の関係を考えれば、健全とはいえない。


 それにそんなことを続ければ、他国も黙ってないだろう。

 そういうわけで、高速道路は夢物語として忘れるに限る……のだが、一度見てしまった夢は、あまりに魅力的である。


 あれが自分の町にあったらと思う町民が、必ず出てくる。

 かといって、そうそう気軽に頼めない。


「何とかならんか?」

 家臣を集めて、コルドラードは相談した。


「先に貸しをたくさん作っておくのはどうでしょうか」

「それしかないかのう。ならば何が一番よいか、意見を出してくれ」


 そうして考え出されたのが製紙産業であった。

 バイダル公領は製紙業界のトップであることから、それを提供することで貸しがつくれる。


 多くの働き手が必要なので、雇用促進に役立つ。

 紙の輸出が正司の国の産業になった場合、継続した貸しとなる。


 正司の国で製紙業が発展し、バイダル公領がトップから二位に転落したとして、それのどこが問題か。

 正司への貸しに比べたら、些細な問題だ。


 事実、正司が「紙作りですか。それはいい案ですね」と導入を決めたとき、バイダル公家の家臣たちは、裏でハイタッチを交わしたほどである。


 そしてリーザ。

 彼女は、その辺のいきさつまで、ほぼ正確に見抜いていた。


(町から離れたところに工場を作ったのはわざとね)

 大量の水が必要で、使い終わった水を川に流す関係上、町の下流に工場を作るのが望ましい。


 そのような話をして、工場の場所をここへ誘導したのだろう。

 そしてバイダル公家が正司に新しい産業を提案したとて、トエルザード公家に報告の義務はない。


 事実、リーザは知らなかった。ルンベックも知らないだろう。

 リーザとしては、さすが老公と感嘆せざるを得なかった。


(考えてみれば父様も、船乗りの教育を熱心にやっているものね)


 トエルザード家では、いまの流通に少々不備がおこってもいいからと、新規船乗りの訓練を優先して行っている。


 引退した船乗りを高値で雇用した。

 練習船だけではたらず、商船すら使って、希望者に船乗りとしての経験を積ませている。


 これらの訓練費用は、すべてトエルザード家持ちである。

 そんな募集をかけたものだから、希望者はすぐに集まった。


 現在、訓練している船乗りは軽く千人を超えている。

 教官と訓練生は、どこにそんな船があるのだろうと首を捻りながらも日々、励んでいるらしい。


 この国に人材を派遣しているのはミルドラルだけである。

 そしてミルドラルの中で港を持っているのはトエルザード家だけ。


 このあとラマ国からも人材がやってくる。

 それが一段落したら王国からもやってくる。


 王国には港があるので、船乗りも多数いる。

 ルンベックはそれまでに船の乗組員をトエルザード家の者で固めてしまおうと思っていた。


 もちろんバイダル公やフィーネ公には話していない。

 そう考えると、トエルザード家とバイダル家も、どっちもどっちだ。


 互いの得意な分野で正司に協力しているだけともいえる。


(水面下で鎬を削っているわけだけど……でも惜しげもなく産業をひとつ提供するとは思わなかったわ。タダシに対して、これは大きな貸しになるでしょうね)


 そこでリーザはふと思った。「フィーネ公は?」と。

 就任してから日の浅いフィーネ公は、そこまで気が回らないかもしれない。


 だが、こればかりは確かめてみないことには分からない。


「ねえ、タダシ」

「はい、なんですか、リーザさん」


「他に飛び地……というか、こういうことをやっているような場所って、ある?」

「えっと……他ですか? そうですね、ありますよ」


「あるの?」

「ええ……ありますけど」


「どこ? どこにあるの?」

「リザシュタットの町の近くです。たしか、前にルソーリンさんと話したときに作ったんです」


「案内しなさい」

「えっ?」


「いいから、案内して」

「は、はい」


 正司の〈瞬間移動〉で跳んだ先には、やはり大きな建物が建っていた。

「ここはなに?」


「お酒を造る工場です」

「ああ……そういうことね」


 やはりと、リーザは納得した。

 フィーネ公領は、酒の産地として『有名』なのだ。


(さすが前フィーネ公ね。老公と同じ考えに至ったのかしら)


 蒸留酒は北の地で作られる方が旨いと言われている。

 飲んだことがないので、その辺の感覚はリーザには分からないが、皆が言うのだから、そういうものなのだろう。


 他にもエールに使うホップも、寒冷地で育てると聞いた事がある。

 未開地帯の北端ならば、酒造りの環境に適しているのかもしれない。


 結局二公家とも、このような援助を成功させてしまうのだから、正司に隙があるというよりも、彼らが為政者として老練だからであろう。


 いいように正司が丸め込まれたともいう。


「しかしそうすると、町の産業はかなりのペースで確立していくことになりそうね」

「そうですね。海路と陸路をしっかり確保しなくっちゃと思っています」


「海路は父様が頑張って船員を育てているわよ。あの船を使えば、リザシュタットの町からなら、数日でウチの港までいけるし、輸送はかなり楽になると思うわ」


「陸路も、未開地帯の終わりまでは高速道路を作りますので、問題ないと思います。途中の町はまだ開発途中ですけど」


「そうだったわね。途中の町があったわ。あそこにも人が住むのでしょう?」

「はい。できるだけ早く、人が住めるようにしようかと思っています」


 結局、移住者はどのくらいの数になるのだろうか。もはや正司の国は、大陸で一番の大国になる実力を備えてないだろうか。


 リーザは空恐ろしいものを感じたことで、正司がいま話していた内容をつい、聞き逃してしまった。


「えっ、タダシ。いま何て言ったの?」

「あっ、ですから、壁を作ったのです」


「どこに?」

「未開地帯とフィーネ公領の境に……ですけど、イタタタタ、な、なんで絞めるんですか」


 リーザが持ち前の怪力で、正司の頭を絞め上げる。ヘッドロックというやつである。

「か、壁を作ったって、どういうこと? 全部話して!」


 リーザの剣幕に押され、正司はルソーリンとのいきさつを説明することになった。

 高速道路をフィーネ公領の町に繋げるため、当主のリグノワルに話を持っていったのだ。


 すると、一度現場をみてみたいということになった。

 リグノワル以下、何人かが正司が作った中継の町まで跳んだ。そこが一番説明しやすかったからである。


「こんな感じで、町と高速道路を接続します。ただし、国が違うので、町に直接繋ぐのはよくないと聞きました。フィーネ公領に入ったら、町の近くに高速道路を下ろして、そこからは普通の道を作る予定です」


 正司が説明し、みながそれを聞く。

 その集まった中に、ルソーリンがいた。


 高速道路の設置が了承されて解散となったとき、ルソーリンが正司を呼び止めた。


「高速道路の乗り口から魔物が入り込んだ場合、どうしたらいいかしら」と聞いてきたのだ。


 いろいろ考えた末、国境に壁を作ってしまおうということになった。

「えっ? どうしてそうなるの?」


「その方が安全ですし、管理が楽になるってルソーリンさんが言ったのです」

「…………」


「壁の高さは五メートルもあれば十分よ」と言ったらしい。

 たしかに未開地帯のきわは、G1とG2の魔物が中心。五メートルの壁を越えることはほぼ不可能。


 正司は未開地帯の際に五メートルの壁を延々と作り、壁のお返しにと、ルソーリンは酒造りの人材と機材をプレゼントしたのだという。


「これも新しい産業にひとつになるからと言われました」

「…………」


 なるだろう。そりゃなるだろうと、リーザは項垂れた。

 おそらく、ルソーリンは最高の職人を派遣したことだろう。それくらい何でもないはずだ。


(当主が亡くなった混乱をたった一人で静めた女傑、あの時の手腕は健在ね)


 正司がまだ国を作る前。

 個人どうしの貸し借りの段階でルソーリンは事を収めたようだ。


 しかも借りをつくるのではなく、双方貸し借りなしで、まとめ上げてしまった。


 未開地帯との国境に壁を作るのに比べたら、酒づくりの技術提供、技術者派遣など、小さい小さい。

 もし本気で壁を作ろうと思ったら、領の予算を潤沢に使って百年、二百年の大工事となる。


 魔物が沸く場所での作業は、それほど難しいのだ。

 それを口約束の交換条件で、あっさり成功させてしまった。


 正司だって〈土魔法〉で簡単に終わらせたことだろう。

 大した労力ではなかったかもしれない。


 だが国家レベルで考えれば、後世に残るほどの大事業である。

 交換条件を考えれば、「うまい」としか言いようがない。


(未開地帯に張り付けていた軍が丸々浮いたわね)

 そのうちトエルザード家にもその情報が降りてくると思う。


 だが今日帰ったら、すぐにバイダル公の件を含めて報告しなければと、リーザは心のメモに深く記すのであった。


(ラマ国がこのことを知ったら、どう動くのかしら)


 何かの産業とひきかえに、首都ボスワンの町を倍の広さにしてほしいくらい、言い出しそうである。


 そして正司は、軽く引き受けて、簡単に達成させそうな気がした。

「……はあ」


 今日は一体、何度ため息を吐けばいいのだろう。

 遠い目をしたリーザは、空を見上げながら、そんなことを思った。


          ○


「……彼女ならそのくらいするだろうね」

 リーザの報告を受けたルンベックは、苦笑とともにそんなことを言った。


 高速道路の接続先で魔物が湧けば、高速道路の上にまであがってくることもある。


 そう言い出されれば、対策する必要もでてくる。

 リーザが言うように、ルソーリンが「うまく」やったのだろう。


 なにしろ正司の〈土魔法〉は、通常作業の千倍、万倍の効果がある。

 これまで気軽にホイホイ使ってきたことを知っているならば、そういった交換条件くらい持ちかけるだろうと。


「ラマ国や王国は、同じ事を願うと思いますか?」

 正司が相手の言うことを何でも聞けば、国家間のバランスを激しく崩すことにもなりかねない。


「そうはならないんじゃないかな。タダシくんの目的は、以前から変わっていないだろう?」


 虐げられた人を救うために、正司は手段を選ばない。

 他人の私利私欲のために力を使うことはない。


「お父様、私は今回のことで色々と反省しました」


 博物館のオープンにむけて、正司は精力的に活動していた。

 レオナールもいたこともあり、安心して見ていられた。


 戦争が始まり、リーザは自分のすべきことを優先した。

 その間に、博物館はとっくにオープンし、正司がフリーになっていた。


 その結果があれである。町どころか、国までできる始末だ。

 正司の隣には、誰かがいつでもいるべきである。リーザは心底、そう思った。


「そうだ。タダシくんの料理だけど、調べさせたら面白いことが分かったよ」

「なんですか、お父様」


「百五十年くらい前の帝国の話なのだけどね。とある魔物狩人が作る食事に能力増強効果があったらしい」

「それはタダシと同じですね」


「その人は野営で魔物の肉を料理していたようだ。本人は前からその効果に気付いていたようだね。たまたま一緒にそれを食べた人の手記が残っていたんだ」


 その魔物狩人は歴戦の戦士らしく、それなりに高グレードの魔物を狩っていたらしい。

 高グレード肉のドロップ品は、持ち帰る間に腐ることが多いため、その場で食べてしまう場合がほとんど。


 その魔物狩人は、自分で狩った魔物の肉を多数料理して食べていたことが報告されている。

「つまり、自分で狩った魔物の肉を料理し続けると、そういう能力が身につく……わけですか?」


「この手記が正しいことを書いているならば、そうなるね。さもなければ、多くの料理人が同じ能力に目覚めているはずだし」

 レストランで働くような料理人では駄目ということだろうか。


 正司の場合、高グレードの魔物を簡単に狩れるため、より効果が高くなるのかもしれない。

 本当のところは分からないが、そう結論づけてもいいのではないかとルンベックは言った。


「理解しましたわ、お父様。それで……お父様はタダシの料理を食べないのですか? 自分で確かめてみるのもいいかと思うのですけど」


「私は遠慮しておくよ。魔物の中には色々なのがいるからね。私の吐く息に毒が混ざったり、夜に目が赤々と光ったりしたら困るだろう?」


「まあ……それはそうですが。効果が分かっているものならば、安心して食べられるのではないですか?」


「それでも遠慮しておくよ。私は普通が一番だと思うからね」

 そう言ってルンベックは、片目を瞑った。




 そうして日が流れ、ラマ国から人材が派遣される日がきた。

 あらかじめ申請してあった人たちが、〈瞬間移動〉で続々とミラシュタットの町に到着した。


 そして同じ日。

 リザシュタットの港町を発見し、居並ぶ大型船を見て逃げ出した商船の乗組員が王都に到着し、王に面会を求めた。


 これにより、エルヴァル王国内で未開地帯に出現した謎の港町の噂が再燃することとなった。


 乗組員が王に何を語ったのかは、分からない。

 だがこれによって、王宮内で大きな動きがあったのは確かである。




「ついにきたか」

 ルンベックは、深く息を吐いた。


 手には面会希望者のリストが握られている。

「タダシくんをすぐに呼んでくれ」


「タダシ様は、北の町に行っていると思われますが」

「巻物を使っていい。すぐに呼び寄せてくれ」


「畏まりました」

 配下の者は一礼してすぐに向かった。


 相手の予定を無視して呼び寄せるなど、普段のルンベックらしくない。

 よほどのことがあったのだ。


 一時間ほど経ったあと、正司が現れた。

「なにか、急用だと聞きましたけど」


「うん、今日の面会予定者にね、新しい名前があったからね」

「新しい名前……ですか?」


「そう。語り部のおさが代替わりしたんだ。もうすぐ挨拶にやってくる。その時はぜひ、タダシくんに同席してもらいたいと思ってね」


 語り部の噂は何度か聞いたことがあったが、正司はまだ一度も会ったことはない。

「分かりました。会います」


「準備はいらないと思うから、別室で待機していてくれ。来たらすぐに呼びにいかせよう」

「はい」


 正司の運命が、もうすぐ明らかになる。



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