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「スリだ!スリだ!やられたッ!」
「わっ、財布が!」
「おっ、おれのも!」
夢中になって空を見上げていた群衆から上がる叫び声。
ここのルールに、違反する者がいる。
ミアンはすばやくあたりを見回す。
とうさんと暮らしていた日々の感覚がよみがえる。
スリは不審な動きはしない、
周囲の人ごみに溶け込みながら、目立たず離れようとする。
探すのは、怯えと優越感の入り混じった心。
(そこ!)
あたりは人ごみで動きがとれない。
ミアンは近くの石の手すりに飛び上がり、数歩走って、目指した相手の上に飛び降りた。
「うわっ!」
だが、相手は軽いミアンの体重さえ支えきれず、くしゃっと潰れる。
子供。
「何だお前、離せ、こんちくしょう!」
ミアンより少し年上の、汚れた男の子。
ミアンが低く二言三言、子供の耳にささやくと、子供はぎょっとしたようにミアンを見つめた。
きれいな女の子の口から出た、思いもかけない泥棒仲間の隠語。
「お前、何で!」
「ブツ置いて消えな。見逃してやるから」
迷いは、一瞬。
男の子はミアンのスカートの下に何か押し込むと、捕まえようと手を伸ばした男たちの足の間をかいくぐり、石の手すりの隙間を抜け、人ごみの中に消える。
ミアンは立ち上がった。
「あらー、ここにお財布が落ちてますよー」
その派手な動きが、近くの桟敷で上から見ていた貴族の娘たちの目に留まった。
「ねえ、あのお仕着せ、うちの学院のよ」
「ほんと。あんな小間使い、いた?」
「下働きの子よ、あのグレイの服は」
「あら、あの子って・・・」
「え?なになに?」
「ご存じないの?お姉さまがた。あの子って、じつは・・・」
「「「えーっ!!!」」」
『ハルシオンが救って名付けた子ですから』
伝聞とは、怖いものである。
シャーリーンの不用意な一言は、贔屓の騎士の情報は聞き漏らさない良家の子女たちの間では、数日のうちにこう広まっていたのだった。
「ハルシオン様が名付けた子ですって」
「ハルシオン様の名付け子ですって」
「ハルシオン様の子ですって」
・・・・・・・・・・・・。
「えーっ!あの子、ハルシオン様の隠し子!?」
「しーっ!」
「少年の頃、さる貴族のご令嬢との間にもうけられたのですって。
でも結婚は許されなくて、泣く泣く仲を引き裂かれたのだって聞いたわ」
「うわー、あの厳しい騎士様の、青春の証なのねっ!」
「冷たい怖い方だと思っていたのに」
「だって・・・そしたらハルシオン様、十一か十二歳の時!」
「うっわー、早熟!」
「その年で父親は無理よねぇ」
「かわいそうに、親子の名乗りも出来ず、離れ離れなのね」
「ねえねえ、会わせてあげましょうよ」
数日後、式典の跡片付けに追われて大忙しなのに、なんだか西翼に行く用事がやたらと多くなったのだった。




