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「学院の生徒さんたちの邪魔をするんじゃないよ。
目を伏せて脇へ避けるんだよ、いいね」
と、ランタナに言われたのだったが。
エリート意識むき出しの能力者の卵と、お高くとまった良家の子女たちは脇にたたずむ使用人など眼の端にも止めることなく通り過ぎていく。
だが、一人だけは。
ガシャッとバケツがひっくり返る音に、床を磨いていたミアンは振り向いた。
せっかく磨き上げた床が水浸し。立ちすくむ仲間の一人、カナの前に、制服の少女が三人立っている。
「こんなところにバケツを置くなんて、不注意ね」
「ごらん、新しい上履きが濡れてしまったわ」
「もとお嬢様だもの。掃除には慣れていらっしゃらないのよわ」
唇を噛みしめ、こぶしを握るカナを置いて、ほほ、と笑いながら去っていく三人。
「大丈夫?カナ」
近寄ってさしのべた仲間の手を振り払い、
「女中なんて、奴隷と同じよ!本当なら私だって、私だって・・・」
そのまま、駆け出して行った。
「気の毒に、もとお嬢様だものね」
「破産しなければ、あっちの側に居た子さ」
「成金の大金持ちの一人娘だったんだよ。あの地震で家族も財産もなくして」
「残ったのは親の借金だけ」
「金で買った貴族の地位もなくして、また平民に逆戻りさ」
年配の掃除人たちがひそひそささやく。
ミアンは内容の半分もわからない。
わかったのはカナも地震ですべてをなくした子の一人だって事。
言葉も丁寧で、親切なカナ。そんな苦労をしてたなんて。
「会場に飾る花綱がまだ届かないんですっ!」
「おちつけ、ではテーブルのセットを先に」
「後から飾ったらテーブルクロスに花綱のゴミが落ちちゃいますよっ!しみになったらどーすんですかっ!」
「落ち着けって!テーブルだけだ。クロスは後から・・・」
「えー、それじゃ順番がっ!」
みんな殺気立って大騒ぎだ。
復興後五年目の記念式典当日。
長い下準備に追い回された下働きたちの最後の修羅場だ。
しかし、この後の片付けに、また倍も仕事が増えることを思うと、げっそりするが。
「もう、閲兵式は始まってる頃よ」
「騎士団の入場は見られないわねぇ」
と、嘆いていた下働きの女の子たちに、集合がかかる。
「やった、ご祝儀くばりよ」
「行こう行こう。やっと出られるわ」
渡される大きな籠を手に手に、出て行く少女たち。
「はやく行きましょ、ミアン」
面倒見のいいカナが、籠の一つをミアンに押し付けた。
中にはリボンで飾った小さな菓子がぎっしり。
「ご祝儀のお菓子よ。外の式典会場で配るの。
配り終えたら、そのまま見物に回れるわ」
ご祝儀目当てに大人も子供もわっと寄って来る。配り終えた頃には、もう式典は半ばも過ぎていた。
少女たちは笑いさざめきながらよく見える位置を探した。
「ほら、あのバルコニーにおいでなのが、国王ご一家よ」
「ミカイル一世、お若いわね。まだ在位五年ですもの」
「それよりねえ、王妃様のティアラ。宝石じゃなく、生花で作ってあるでしょ」
「王女様方もね。かわいいこと」
「五年前からよ。災害から立ち直るまで、質素倹約に勤めましょうって印だって。
だから、貴族の方々も宝石たっぷりの衣裳で着飾るわけにはいかないんですって」
わざわざ着飾る気はなくても、素晴らしい衣装の皇族、貴族たち、召使いの紋章入りの派手なお仕着せ、騎士達の華麗な鎧と凝った馬飾りをつけて磨き上げられた軍馬。
凄い人ごみに酔ってしまったミアンは、人々の歓声と響き渡るトランペットや太鼓の音に圧倒されて眼を回すばかりだ。
少女たちは話題の人物を目ざとく見つけて、しゃべり続ける。
「国王陛下のお子様は女の子おふたりですものねぇ。
このままお世継ぎが生まれないなら、お婿を取って王家を継ぐのね。
「その第一候補よ、ほら、あそこ」
「レミサンガ家のゲラルド・バトゥ様。軍団の副司令官ね」
「あの方なら申し分ない家柄だわ」
「カトル山の戦いで逆転勝利して、最年少の将軍になった方」
「兵たちの信任も厚いしねえ」
「うーん、騎士たちの誓いの儀を見そこなったわ」
「りんごあるわよ。食べる?」
「摸擬戦、まだかしら」
派手なトランペットの響き。
耳元できゃーという黄色い悲鳴をあげられ、ぼんやりしていたミアンは飛び上がった。
「翼の騎士団の摸擬戦が始まるわよー!」
怖くて叫んでいるのじゃないのか。
少女たちのあこがれ、守護騎士たちが空をゆく。
「ゲイル様!カイト様!きゃー!」
騎士たちが手にした得物は両端を丸くした長い棒だった。
戦では槍を持つのだろう。
鷹のように翼を閉じて急降下し、激しく打ち合っては離れ、自由自在に空を翔ける騎士たち。
棒には色粉が仕込んであるらしく、当たるとぱっときれいな色付きの煙があがる。
白鳥の白、鷹の茶、派手で目立つのは黄蝶のカイル。
様々な守護の翼を拡げ、空を舞う騎士たちの中に、異質な黒い皮革を持つオニがいる。
「ハルシオン様ぁー!」
「なんであの人たちは翼があるの?」
あまりにも常識はずれのミアンの質問に、少女たちはずっこけた。
「あたりまえでしょ、エウロラ王国の華、守護の騎士たちですもの」
「何にも知らないのね、ミアンって」
答えに、なっていない。
「能力のためよ。
飛ぶ能力を持つ騎士たちは少ないから、騎士団の中でも特別の存在なの。
あの翼は性格を反映するんだって聞いたわ。
守護の力の象徴として具現するものだから、飛翔能力とは関係なく、個人の性格が形を作るのだって」
カナが、何かの受け売りらしい説明をしてくれる。
そういえば、カイトさんのチョウチョの羽根は『おもいうかべてぐげんした』とゲイル様が言っていたっけ。
「あの翼は私たち、弱いただびとを守るためにあるの」
「私、ゲイル様の白い翼に守られたいわー」
「私、ラドナ様の青い翼がいい!」
「カイト様はかわいいしー」
蝙蝠の黒は、あまり人気がないらしい。
彼の翼は強さの象徴。弱い人々を守るためにあるもの。
でも、あれはオニだ。




