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翼ある騎士団の伝説  作者: 葉月秋子


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「え?とうさんと、お父様って、同じことなの?」

「なに言ってるの?ミアンは。

 あたしのとうさんも、お貴族様のお父様も、小僧のヤンの親父さんも、みんな同じことよ」


「ばかじゃない、あのミアンって子」

「ほんと。何にも知らないのよ」

「頭いいわよ。何でもすぐ覚えるし、べそべそ泣いてるとこ見た事ないわ」


 ミアンと呼ばれるようになった子供はすっかり混乱していた。

 今まで知って来たはずの、言葉の意味が違うのだ。

『とうさん』は持ち主のことではなく、『アジト』は住む場所のことではなく、『とうさん』から覚えた言葉を使うと、びっくりされるか怒られて、絶対使うなと言われてしまうのだ。


 マリオン様はたくさんの人の住む、この巨大な建物の親分。ランタナ様はその一の子分で、ミアンと同室の少女たちはランタナ様にこき使われる下っ端なのだった。


 建物のどこかにオニがいるけど、オニは鬼ではなく、味方だと。

 それでもやっぱりオニはオニだから、遭わずに越したことはない。

 同室の女の子たちが恋しがる、『故郷』『家』『親』『家族』始めは意味も分からない言葉の羅列に過ぎなかった。

 意味が分かっても、みな実感のないただの言葉だ。

 子供がただ一つ恋しいものは・・・。

 恋しいものは・・・・・・。

 恐怖の波がどっと押し寄せ、子供はぎゅっと思いを閉じ込める。

 黒い蝙蝠の翼が広がり、固めた思いを覆いつくす。

 考えちゃいけない・・・。

 思い出しちゃいけない・・・。


 ひっきりなしにあれをしろ、これをしろと言われ、くたびれ果てて寝床に倒れ込むのは、ゆっくり考える暇がないということ。かえってありがたいようなものだ。

 とにかく覚えなければならないことが多すぎた。


 だが、失敗しても殴られることはないし、すごいことに、一日に三度も食べるものが出てくるのだ。

 食べ物を取り合う必要はない、取り上げる者はいないと、あの人は言った。

 ルールを守れば、安心して食べる事が出来るのだと。

 ここのルールを覚えれば。ここのルールに従えば。


 子供は大きく眼を開き、新しい世界を吸収していった。


 覚えなければならないのは、言葉だけではない。

 使用人として覚えなければならない仕事の数々。


 朝早くからたたき起こされ、掃除洗濯、皿洗い、荷物運びにはてしない床磨き。

 こすって、磨いて、雑巾かけて。

 石鹸、みがき砂、漂白剤につや出しオイル。

 なんでこんなにたくさん道具を使うの?

 またすぐ汚れるのに、なんで何度もぴかぴかにしなきゃいけないの?



 もともと風光明媚なだけが取り柄の夏の別荘地、ナイシアが遷都され、首都から国王の一族郎党と、家を失くした避難民がどっと押し寄せて来たのだ。

 日々の仕事は山積みだった。


 新国王は王宮の整備よりも国民の住居施設を優先したため、下町は建築ラッシュで資材が足りず、職人たちはひっぱりだこ。

 元からある建物はすごく立派だが、別荘仕様なのでどこもやたらに広いばかりで、使いにくい事おびただしい。

 大きく広がった夏の御用邸と、隣り合わせたこれも広大な大蔵大臣シキブ卿の別荘が宮廷となり、同じ敷地内に能力者を集めた王立学院と訓練施設、貴族の子女たちの学院、騎士団の詰め所と道場がいっしょくたに詰め込まれていた。

 いきおい、出会う事が多い。



「すきありっ!」

 シキブ卿の自慢だった回遊式の庭園を歩くシャーリーンとゲイルに、突然襲いかかる人影。

 ゲイルに向かって大上段から剣を振り下ろす。


 しかし、ぱあん、と派手な音がして、一回転した人影は頭から茂みに突っ込んだ。

「黄蝶のカイト。またおまえか」

 口に入った葉っぱを吐き出しながら、まだ幼さの残る金髪の少年はよろよろと立ち上がった。

「ありがとうございましたっ」

 ぎくしゃくと礼をして引き下がる。


 騎士団の騎士たちの序列決定には、いろいろ決まりがある。

 身分、年功、勲功、いろいろな条件が絡んだものを選考し、王へ報告後、決定となるが、選考枝の一つに試合の勝者というものがある。


 自分より上級の騎士に勝負を挑み、勝つことが出来たら得点となるのだ。

 もちろん勝たなければならないが、成功すればけっこうポイントが高いので、腕に自信のある若者は何度も勝負を挑もうとするのだった。


 しかし、このカイトはしつこい。

 最年少の下っ端騎士は、細い外見に見合わず、闘犬のように頑固で負けず嫌いだった。

 不意打ちはいかんという規則はないと、いきなり仕掛けてくるので油断できない。

 なにより不意打ちで一本取られでもしたら、上級騎士の恥さらしである。


「だから不意打ちはやめろって。何度目だよ、これで」

 引き下がるカイトに、同期のタロが声をかける。

「通算三十八回目だ、くそっ」

 カイトは悔し気に枝をなぎ払う。

「なんでいつもゲイル殿なんだよ。

 他の騎士殿でもいいんだろう?

 ゲイル殿の相棒のハルシオン殿だって」

「隙が無いんだよ」

「え?」

「感じないのか?ハルシオン殿はおっかないぞ。

 いつだってびん、と張り詰めてて、まったく隙が無いんだ。

 下手に手を出したら、真剣で真っ向からばっさりやられそうだ」

「そ、そうなのか」

 上昇志向の少ないタロは、のんびりした性格で観察眼も鈍かった。

「ゲイル殿は一見隙だらけなんだけどなぁ。

 どうして一度も勝てないのかなぁ」

 それはそっちの腕が未熟だからさ、とは言わず、

「まあ、あきらめるなよ。そのうち勝てるさ」

「おう!そうさ、見ていろ。

 いつか絶対に一本取ってやる!」

 めげずにガッツポーズを決めるカイトなのだった。



「挑発するのがうまいわね、ゲイル」

「はい?」

「カイトの気配を感じた途端、完璧に脱力するじゃない。

 あれじゃ子供だって打ち込めると思いますよ」

「引っかかる方が悪いんです」

「面倒でしょうに、毎回よく付き合ってやること」

「安全弁のつもりでね。ハルに仕掛けてごらんなさい、腕一本も折られかねない」

 シャーリーンはふう、とため息をつく。

「言えるわね。

 このところ会議や折衝事が多いから、発散させられずにいらいらしていてるわ」

「まだ安定しませんか」

 答えないシャーリーンを宥めるように、肩のチルが足踏みをして、すりすりと小さな頭を女騎士の顔にすりつけて来る。

「大丈夫よ、チル。

 彼はまだ、大丈夫よ・・・」 





 





 


 


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