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翼ある騎士団の伝説  作者: 葉月秋子


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5


 兵士の一人が子供を毛布ごと抱き上げ、大きな建物の玄関に立つ男に渡す。

 男から中の別の男へ、奥に進んで他の男へ、もっと奥に行って女の手へ・・・最後にたどり着いたのは大柄ないかつい中年の女性の前だった。


「ランタナ、シャーリーン様から、この子をここで使ってほしいとの事です」

「またですか、マリオン様。

 やせっぽちの汚い子だこと。

 どうせ身寄りも保証人も無いんでしようね」

「そう言わないで。

 下働きが足りないと、いつも言っているでしょう」

「こんな細っこいのに何が出来るって言うんですか。

 この間やっと仕込んだ子は、台所の小僧と逐電しましたよ。

 銀の大皿を盗んでね」


 ランタナと呼ばれた女に腕をぐっとひかれたので、かけていた毛布がずり落ち、着ていたぼろの汚さに、女二人は息を呑む。

 ついでにぴょん、と蚤が跳ね、呑んだ息は悲鳴に変わった。


「お風呂、お風呂!まったく何を持ち込むことやら、騎士様は!」



 数人がかりでごしごしこすられ、もつれた髪を切りそろえられ。

 丈夫なだけが取り柄の渋染めの茶色の服を着せられて、小ざっぱりした子供は再びランタナの前に立たされた。


 フン、と鼻をならした女は横柄に顎をしゃくる。

「ついといで、こっちだ」


 広い階段を上がり、狭い階段を上り、もっと狭い階段を上って上の部屋につく。


 寝床がわりのわら布団がいくつも隅に重なっている、天井の低い屋根裏部屋。

 だが子供にとっては今まで見た中で一番大きな部屋だった。


「さあ、お前は今日からこの女中部屋の仲間だよ。

 シャーリーン様が拾われた子だろうが、特別扱いは一切しないよ、しっかり働くんだ。

 私は女中頭のランタナ。ランタナ様とお呼び。

 お前の名は?」

「・・・・・・」

「名前だよ!ぼんやりだね!はきはきお答え!」

 名前。

「ハーミアン」

「はっ!

 お貴族様みたいな名だよ!長すぎる。ミアンでいいさ。

 昼食が済んだら仕事を割り当てるからね。

 びしびし躾けるから覚悟しておき。

 先輩たちのいう事をよく聞いて、学院の生徒さんたちの邪魔をするんじゃないよ。

 眼を伏せて脇に避けるんだ。いいね!」


 よくわからないことをさんざんしゃべって、出て行ってしまった。



 数刻後、屋根裏部屋に物を取りに来た女の子は、片隅にうずくまる子供を見つけてきゃっと叫んだ。

「わー、びっくりしちゃった、あんた、誰?

 新しく雇われた子?こんなとこで何してるのよ。

 早く下にいかないと、お昼を食べそこねちゃうわよ!」

 棚から何かを取って、小走りに行ってしまった。


 何を言われたんだろう。

 子供は考えた。


 下。お昼。食べそこねる。


 食べる。


 『くいもの』


 子供はあわてて少女を追いかけて、部屋を飛び出していった。



「こんばんわ、マリオン」

「まあ、シャーリーン様」

「やっと時間がとれたわ。

 昼間預けた子供はうまくやってる?」

「ランタナに渡しましたよ。しっかりしつけてくれるでしょう」


 たかが孤児一人のために、騎士様がわざわざ出向いて下さるなんて。

 シャーリーン様はお優しいから。

 と、学舎監督のマリオンが下食堂に案内すると、三十人近い働き手がせっせと夕飯をかきこんでいる。

 が、あの子供の姿はない。


「あの新入りはどこ?」

 かたまって座っていた少女たちがひそひそくすくすと笑った。

「おしおき中でーす」


「どうしたの、いったい」


「食卓につかせたら、いきなり素手で物をつかんで食べ始めたんですよ」

「フォークを使わせようとしたら、がうってうなって、『オレの食い物に手を出すな!』って。

「骨を取り上げられそうになった犬みたいに」

「ほんとに、あれじゃ、けだものよ」

「どんな育ち方したんだか」

「ランタナ様が襟首つかんでひっぱって行きました」

 マリオンはあきれたように両手を上げた。

 シャーリーンはしまったと額を叩く。

「初めに言っておくべきだったわ・・・」


 ぷりぷり怒ったランタナがシャーリーンを見てさっそく愚痴った。

「いったい何を連れ込んだんですか、シャーリーン様!」

「あの子は?」

「そこですよ。もぐり込んだきり、出てきやしません」

 と、猫足の衣裳箪笥の下を指さす。


 ひざまずいたシャーリーンが覗き込むと、犬のような唸り声。

 奥の暗がりで、眼を光らせた子供が歯をむいた。

「引きずり出そうとすると噛むんですよ。

 まったくの野生児じゃありませんか!

 こんなものどう扱ったらいいんです!」

「怯えているのよ。説得するわ」


「早くしてくださいよ。他の子に示しがつきません。

 出てきたら罰として、三日間パンと水だけ・・・」

「それでは罰にならないわ」

「シャーリーン様」

「その子はずっとつらい暮らしをしてきたの。一日一度パンが出てくるのなら罰にはならないくらいのね」


 楽な姿勢を取ると、シャーリーンは小声で肩の紗矢、チルを呼んだ。

 紗矢はするすると箪笥の下にもぐると、かたまっている子供の鼻先をぺろりと舐める。


「怖がらないで。誰もひどいことはしないわ。

 チルと一緒に出ていらっしゃい。

 おなかもすいているでしょう?

 ここではちゃんと食べ物が出てくるのよ」


 あきれ顔の女性二人を無視して、国王直属の女騎士は腹這いになって箪笥に顔をくっつけ、子供に呼びかける。


「朝は熱いお粥、昼はパンとチーズ、夜はおいしいシチューが出るわ。

 肉と野菜がたっぷり入った煮込み料理よ。いま、下でみんなが食べているわ」

 子供の眼がきらりと光る。小さなお腹がくうう、と鳴る音。

 よし、押しどころはここだ。

「いい匂いがしていたでしょう。お祝いがある日はお菓子もつくわ。

 私たちは使用人を飢えさせたリしない。

 ルールに従えば、食べさせてもらえる」

 子供はしっかり聞いているようだ。


「ランタナのいう事を聞きなさい。働けばちゃんと食事が出来る。

 もう、飢える事はないのよ」



 ごそごそと這い出してきた子供をランタナに預けて、シャーリーンとマリオンはほっと一息ついた。

「悪かったわ、ちゃんと説明しておけばよかった。

 ひどい暮らしをしてきた子なの。

 体罰などしないで、やさしく扱ってやって頂戴」


「いつもあなたには驚かされますよ、シャーリーン様。

 それでは、後見人はあなたという事で」

 何かあったら来てくださいよ、とばかりに横目でにらまれてしまう。


 シャーリーンはちょっと考えて、言った。


「いいえ、後見はハルシオンに。

 彼が救って名付けた子ですから」




 










 



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