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兵士の一人が子供を毛布ごと抱き上げ、大きな建物の玄関に立つ男に渡す。
男から中の別の男へ、奥に進んで他の男へ、もっと奥に行って女の手へ・・・最後にたどり着いたのは大柄ないかつい中年の女性の前だった。
「ランタナ、シャーリーン様から、この子をここで使ってほしいとの事です」
「またですか、マリオン様。
やせっぽちの汚い子だこと。
どうせ身寄りも保証人も無いんでしようね」
「そう言わないで。
下働きが足りないと、いつも言っているでしょう」
「こんな細っこいのに何が出来るって言うんですか。
この間やっと仕込んだ子は、台所の小僧と逐電しましたよ。
銀の大皿を盗んでね」
ランタナと呼ばれた女に腕をぐっとひかれたので、かけていた毛布がずり落ち、着ていたぼろの汚さに、女二人は息を呑む。
ついでにぴょん、と蚤が跳ね、呑んだ息は悲鳴に変わった。
「お風呂、お風呂!まったく何を持ち込むことやら、騎士様は!」
数人がかりでごしごしこすられ、もつれた髪を切りそろえられ。
丈夫なだけが取り柄の渋染めの茶色の服を着せられて、小ざっぱりした子供は再びランタナの前に立たされた。
フン、と鼻をならした女は横柄に顎をしゃくる。
「ついといで、こっちだ」
広い階段を上がり、狭い階段を上り、もっと狭い階段を上って上の部屋につく。
寝床がわりのわら布団がいくつも隅に重なっている、天井の低い屋根裏部屋。
だが子供にとっては今まで見た中で一番大きな部屋だった。
「さあ、お前は今日からこの女中部屋の仲間だよ。
シャーリーン様が拾われた子だろうが、特別扱いは一切しないよ、しっかり働くんだ。
私は女中頭のランタナ。ランタナ様とお呼び。
お前の名は?」
「・・・・・・」
「名前だよ!ぼんやりだね!はきはきお答え!」
名前。
「ハーミアン」
「はっ!
お貴族様みたいな名だよ!長すぎる。ミアンでいいさ。
昼食が済んだら仕事を割り当てるからね。
びしびし躾けるから覚悟しておき。
先輩たちのいう事をよく聞いて、学院の生徒さんたちの邪魔をするんじゃないよ。
眼を伏せて脇に避けるんだ。いいね!」
よくわからないことをさんざんしゃべって、出て行ってしまった。
数刻後、屋根裏部屋に物を取りに来た女の子は、片隅にうずくまる子供を見つけてきゃっと叫んだ。
「わー、びっくりしちゃった、あんた、誰?
新しく雇われた子?こんなとこで何してるのよ。
早く下にいかないと、お昼を食べそこねちゃうわよ!」
棚から何かを取って、小走りに行ってしまった。
何を言われたんだろう。
子供は考えた。
下。お昼。食べそこねる。
食べる。
『くいもの』
子供はあわてて少女を追いかけて、部屋を飛び出していった。
「こんばんわ、マリオン」
「まあ、シャーリーン様」
「やっと時間がとれたわ。
昼間預けた子供はうまくやってる?」
「ランタナに渡しましたよ。しっかりしつけてくれるでしょう」
たかが孤児一人のために、騎士様がわざわざ出向いて下さるなんて。
シャーリーン様はお優しいから。
と、学舎監督のマリオンが下食堂に案内すると、三十人近い働き手がせっせと夕飯をかきこんでいる。
が、あの子供の姿はない。
「あの新入りはどこ?」
かたまって座っていた少女たちがひそひそくすくすと笑った。
「おしおき中でーす」
「どうしたの、いったい」
「食卓につかせたら、いきなり素手で物をつかんで食べ始めたんですよ」
「フォークを使わせようとしたら、がうってうなって、『オレの食い物に手を出すな!』って。
「骨を取り上げられそうになった犬みたいに」
「ほんとに、あれじゃ、けだものよ」
「どんな育ち方したんだか」
「ランタナ様が襟首つかんでひっぱって行きました」
マリオンはあきれたように両手を上げた。
シャーリーンはしまったと額を叩く。
「初めに言っておくべきだったわ・・・」
ぷりぷり怒ったランタナがシャーリーンを見てさっそく愚痴った。
「いったい何を連れ込んだんですか、シャーリーン様!」
「あの子は?」
「そこですよ。もぐり込んだきり、出てきやしません」
と、猫足の衣裳箪笥の下を指さす。
ひざまずいたシャーリーンが覗き込むと、犬のような唸り声。
奥の暗がりで、眼を光らせた子供が歯をむいた。
「引きずり出そうとすると噛むんですよ。
まったくの野生児じゃありませんか!
こんなものどう扱ったらいいんです!」
「怯えているのよ。説得するわ」
「早くしてくださいよ。他の子に示しがつきません。
出てきたら罰として、三日間パンと水だけ・・・」
「それでは罰にならないわ」
「シャーリーン様」
「その子はずっとつらい暮らしをしてきたの。一日一度パンが出てくるのなら罰にはならないくらいのね」
楽な姿勢を取ると、シャーリーンは小声で肩の紗矢、チルを呼んだ。
紗矢はするすると箪笥の下にもぐると、かたまっている子供の鼻先をぺろりと舐める。
「怖がらないで。誰もひどいことはしないわ。
チルと一緒に出ていらっしゃい。
おなかもすいているでしょう?
ここではちゃんと食べ物が出てくるのよ」
あきれ顔の女性二人を無視して、国王直属の女騎士は腹這いになって箪笥に顔をくっつけ、子供に呼びかける。
「朝は熱いお粥、昼はパンとチーズ、夜はおいしいシチューが出るわ。
肉と野菜がたっぷり入った煮込み料理よ。いま、下でみんなが食べているわ」
子供の眼がきらりと光る。小さなお腹がくうう、と鳴る音。
よし、押しどころはここだ。
「いい匂いがしていたでしょう。お祝いがある日はお菓子もつくわ。
私たちは使用人を飢えさせたリしない。
ルールに従えば、食べさせてもらえる」
子供はしっかり聞いているようだ。
「ランタナのいう事を聞きなさい。働けばちゃんと食事が出来る。
もう、飢える事はないのよ」
ごそごそと這い出してきた子供をランタナに預けて、シャーリーンとマリオンはほっと一息ついた。
「悪かったわ、ちゃんと説明しておけばよかった。
ひどい暮らしをしてきた子なの。
体罰などしないで、やさしく扱ってやって頂戴」
「いつもあなたには驚かされますよ、シャーリーン様。
それでは、後見人はあなたという事で」
何かあったら来てくださいよ、とばかりに横目でにらまれてしまう。
シャーリーンはちょっと考えて、言った。
「いいえ、後見はハルシオンに。
彼が救って名付けた子ですから」




