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「私の部屋はどこだったかしら」
不安げな、かぼそい声。
もう肌寒い季節なのに、化粧着に室内履きだけという白髪の老婆は、心細げに階段の踊り場に佇んでいた。
鶴のように痩せ、背筋をしゃんと伸ばした背の高い人だ。
今まで見かけたことはない。貴族ではなさそう。学院の教師だろうか。
階段を磨いていたミアンは、道具を片付け、戸棚から軽い毛布を取り出して、声をかけた。
「一緒にお探ししましょう。
でも、まず食堂で熱いお茶でもいかがですか?」
「ああ、お茶はいいわね。お願いするわ」
肩に毛布をかけ、一緒に食堂の方に歩いていくと、せわしなく歩いてくる学院監督のマリオンと出会った。
老婆の姿を見て、ほっとしたように駆けつける。
「カリアン師。お探ししましたのよ」
「私の部屋が見つからない」
「三階の中央でしたのよ」
「あそこは私の部屋じゃない。
私の部屋は一階で、窓から山茶花の大木が見えるの」
「都は地震で壊滅したのです。
ここは南のナイシアですわ」
老婆、呆然。
「そうだった。忘れるなんて。なんてこと」
マリオンは優しく老婆の腕を取り、階段を上り始める。
「ハーミアン、しばらくついていて差し上げて」
「ハーミアン?院生のハーミアン?
とんでもない弟がいた子だったわね。
あの悪たれ坊主は元気?」
「いいえ、この子は」
「私はミアンといいます、カリアン様」
いいの?という顔で振り向くマリオンに頷いて、たどり着いた部屋の戸を開ける。
「ミアンです。
いま、お茶をいれますね」
部屋にはきれいなお茶道具が揃っていた。
二人になったミアンは卓上コンロに小さな薬缶をかけ、立ったまま部屋を見回している老婆に声をかける。
「どのお茶にいたしましょう?
薄荷、カミツレ、ジャスミン、いろいろありますね」
「カミツレにしてちょうだい。
ああ、まって、その葉は熱湯ではだめなの」
結局自分でお茶を淹れ、抽出を待っている間に髪を整え、ガウンを羽織る。
老婆は一気に上品な老婦人へと早変わり。
上等な薄手の茶碗をミアンにも勧め、かえで糖の小さな菓子を出してくれる。
「私のお茶道具。私の気に入りの椅子。なのに、引っ越した記憶がない。
何てこと。こうして年を取っていくのね」
椅子に座り、また立ち上がり、自分を抱くように腕を回して、部屋の中を歩き回る。
「言われてみれば、地震は鮮明に思い出せる。
逃げ出した後の混乱も、昔の生徒たちの顔も。
記憶が飛ぶのは、その後の日常。
地震はいつだった?三年前?」
「もう五年以上になります」
「・・・・・・」
ふう、とため息をついて椅子に座り、手で顔をおおう。
「引退の時だわ。
でも、学院は教師が足りない。知識階級が大打撃を受けてしまったから。
こうして老いぼれていくより、本の山に埋もれてあっさり逝く方が本望だったわね」
あっという間に気を取り直し、自分を分析し、皮肉な微笑を浮かべる。
年をとっても気丈な人だ。
「迷惑をかけたわね。ミアンといった?
いま、いくつ?
あの時は幾つだったの?七歳くらい?」
あの時。地震の時は。
「もっと小さかったかもしれません。
今は十一か、十二です」
「ご両親は?」
「わかりません。何も覚えていないので。昔のことは」
「昔、か。
子供にとって五年は長いわね。
私には昨日のようなことなのに」
その後の記憶が抜けているのでは、なおさら。
「もう大丈夫。世話になったわ。
ああ、このお菓子、持ってお行きなさい」




