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翼ある騎士団の伝説  作者: 葉月秋子


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1/15

プロローグ と 1

地震から始まってしまうのでご注意ください。







翼ある騎士団の伝説




プロローグ


「どうしたの?もう、ちょーきょーのじかん?」

「いいや、まだ夜明けは遠い」

「ちょーきょーはきらい。いたいの、きらい」

「そうだね。さあ、もう一度お眠り」

「ねむくない。せなかがぞわぞわするの」

「大地のゆがみが凝って来たからだ。

 だが、もう知らすべき相手もすべもない。

 お眠り。楽しかった頃を夢見て」


「きゃあ!きゃあ!なに!どうしたの!」

「地震だ。大きいな。

 大地がゆがみを正そうとしているのだ。

 だが、ここをごらん」

「すきまだ。いたがわれたのね」

「お前なら出られる。逃げなさい」

「いや!いっしょに、いっしょにいる!」

「行きなさい。一人で生きてゆけ。

 決して捕まるな。調教などさせるな。

 お前の心はお前のもの。

 決して、決して!お前が望まぬ相手にその心を開くな!

 決して!」




 漆黒の空に凍りついた新月が張り付いているようだ。

 風の吹き渡る冬枯れの丘、ねじくれた樫の大木に隠れるように、かっては隊商宿だった崩れかけた一軒家があった。

 窓の硝子はとうに失われ、腐った鎧戸が外れた所は板や生皮を打ち付けてふさいである。

 二階の窓に打ち付けた板の隙間から、かすかに灯りが漏れている。


 家の北に位置する山の中腹で、二度、三度、二度、角灯の覆いが外される。

 合図を認めて、暗い空から、翼持つ人影が数体、風にあおられながらも音も無く舞い降りて、無言で散って家を取り囲む。



 ぼろをまとった子供は、壁ぎわに置かれた合切袋からはみ出した、古パンの端を飢えた眼で見つめていた。

 賭け事のテーブルで負け込んでいるとうさんが、すぐには立てないのを確かめ、さっと小さな手をのばす。


 泥だらけの長靴が飛んで来て、わきの壁にドン、とぶつかった。

「とっとと奥へ行きやがれ、このクソガキ!」

 首をすくめ、離すものかとパンを握りしめて、もう一方の長靴が飛んでくる前に、素早く奥の部屋へ逃げ込んだ。


 あとでとうさんに殴られるのはわかってる。

 でも、飢えできりきり痛むこの胃を、今、なだめられるなら。


 片隅に置かれた饐えた匂いのする毛布にくるまり、子供は石のように固いパンのかけらを必死で咀嚼(そしゃく)しようとした。


 眼を上げ、硬直する。


(鬼が見ている)


 盗みをしたな、と、鬼がにらんでいる。



 薄汚い部屋の窓をふさぐ、木の板にすぎない。

 ただ、暇を持て余したかつての客か誰かが、木目節穴を顔に見てて削ったのだった。

 眼をむき出し、牙を見せた恐ろし気な鬼の顔に。


 この部屋に放り込まれた時、とうさんは子供の首筋を押さえつけ、板に向き合わせ、言ったのだ。

「おとなしくしてねえと、この鬼が飛び出してお前を喰っちまうからな」


 わずかに洩れる灯りに浮かび上がり、風に揺られて動く鬼の顔は、今にも飛び出して来そうだった。



 その顔が、こっちを向いた。


「ヒッ!」

 子供は毛布をひっかぶる。


(もうしません、もう盗みません、もう・・・)


 板を打ち付けた鎧戸がゆらゆらと揺れ、開く。



 だが、そこからにゅっと入ってた来たのはやはり・・・。


(オニ!)


 巨大な蝙蝠(こうもり)の翼を持ち、恐ろしい気を放つ、大きく、真っ黒な。


 オニだ。オニだ。オニだ。



 子供は眼も離せず、身動きも出来ない。


 黒い大きな翼が、すう、と鬼の肩に吸い込まれる。

 そして鬼が、鎧戸の鬼と同じように、こちらを向いた。


(見つかった!)


 怖い気がどっと押し寄せる。


 鬼は無言でゆっくりと指を上げ、唇にあてる。

(静かに)


 わかった。


 そして、なぜかわかった。

 この鬼はとうさんを狙って来たのだ。

 とうさんにひどいことをしに来たのだ。


 そしてこの鬼はもっと恐くなる。もっと、もっと、恐くなる・・・。


 ・・・イケナイ・・・


 恐ろしさに震えながら、子供は手をのばし、通り過ぎようとする鬼の長い上着の裾をつかんだ。


 鬼がぎろりとこちらを向く。


「とうさんに・・・ひどいこと・・・しないで・・・」

 必死で声を絞り出す。


 鬼がよく響く低い声で答えた。

「抵抗しなければ、何もしない」

 子供は手を放し、ぎゅっと目をつぶる。


 ていこう・・・きっと、とうさんはていこうするんだ・・・そして鬼はひどいことをする・・・そしてもっと、もっと恐くなる・・・。


 息をひそめて毛布に顔を埋めた子供を残し、鬼は静かに部屋を出て行った。


 怒鳴りあう声。争う大きな音。


 そして、煙が押し寄せて来た。



 

 

 正面の扉を開けて出て来たハルシオンは、眉一つ動かすことなく、手にした布で剣の血のりを拭った。

 肩をゆすって、収めた翼を落ち着かせる。


「また一人だけでやっつけてしまったのか。

 皆、合図を待っていたんだぞ。こっちにも暴れさせろよ」

 近づいた相棒のゲイルが、あきれたように言う。

 白い翼はすでに納めた姿だ。

「相手はたった五人。呼ぶまでもない」

 ハルは答えた。


 二人で丘を下りながら、しょうがないな、とゲイルは頭を振る。


「逃げ出した者はいなかった。草が火を放った。この古家は燃やしてしまおう。

 引き上げるぞ」


 ハルは、はっ、と足を止めた。

「子供がいた」

「なにっ!」


 相棒が振り向くより速く、ハルはあばら家へと丘を駆け戻っていた。


 一階はすでに火が回っている。

 翼を具現させ、入った窓を振り仰いだ時、窓辺に白いものがちらりと見えた。



 オニが来た。オニが来た。オニが来た。

 オニが来てすべてを壊す。

 燃え上がる家、悲鳴、逃げ惑う人々。

 恐怖の記憶に固まっていた子供は、煙を吸い込んで激しく咳き込んだ。

 身体が空気を求めて動き出す。

 オニが入って来た鎧戸を押し開き、涙で物も見えぬまま乗り出し、咳き込みながら夜気を吸い込む。


 いきなり二本の腕がのびてきて、小さな身体を掴み上げた。

 そのまま窓から引きずり出される。


 オニ!!


 オニに捕まった!








 













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