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8

 八頭ザメは俺たちの船に狙いを定めたのか、こちらに向かって全速で向かって来る。


「海の男をなめんなよ!」


 ジーンが慣れた手つきで水中の敵に向かってライフルを放ち、俺やクレア、ダニーもそれに続いて射撃を開始する。


 しかし八頭ザメの勢いは衰えない。船の右舷に向かってまっしぐらだ。


「衝突するぞ、衝撃に備えろ! 頭を庇え!」


 ジーンが船長としての貫禄を感じさせる声で号令し、俺たちはそれに従って姿勢を低くして近くの固定物に片手で掴まりながら、もう片方の手で後頭部を守った。


 そして、その姿勢のまま息を飲み、長く感じられる数秒間に身を投じるも、来るべき衝撃は来なかった。


「なっ……!」


 恐る恐る上を見上げてみると、頭上にあったのは巨大なサメの腹部。


 そう、八頭ザメは俺たちの船を飛び越えて、その先にいるもう一隻の漁船に襲いかかるべく大ジャンプをしたのだ!


 完全に想定外の行動、対ショック姿勢を取っていた俺たちは即座に攻撃することができない。


 しかしキャサリンは違った! 彼女は手にしたチェーンソーを振りかざし、自分の頭上を通過する八頭ザメの首を一つ切り落としてしまった!


 魚臭い鮮血の洪水に飲まれる甲板。動かなくなってもなお貫禄のあるサメの生首が転がる。


 しかし八頭ザメ、首を一本失ってもその殺意と底なしの食欲衰えない!


 七頭になったサメは俺たちの船の左側に着水するや、血の航跡を海に描きながら狙いの漁船に向かってまっしぐらに突進した。


「う、撃てー!」


 漁師たちが銃撃するが、それで怯むなら既に敗退しているはずだろう。


 サメは漁船に全身で体当たりをかまして竜骨を破壊、船底に裂傷を与え、漁船の船としての命を一瞬にして絶った。


 浸水によって次第に沈みゆく漁船の乗組員たちを血肉に餓えた牙が狙う。


「畜生、撃ち続けろ!」

「駄目です船長、効きませんよ! それにもう弾も残り少ない!」

「く、クソ! そうだ、さっき渡された武器があったろう、あれで時間を稼ぐのだ!」

「あんな棒切れでですか?」

「ああ、無いよりはマシだ!」


 漁師たちは木箱から俺が手配した木の棒を取り出し、迫り来るサメに向かって振るった。そうだ、これで勝てる!


 しかしサメは木の棒の攻撃を受けてなお、その覇気を一切緩めることなく漁師たちに喰らいつき、瞬く間に全員を胃袋に納めてしまった。


「どういうことだ、木の棒が効かないぞ!」

「おい、ライアン! お前さんが持たせたっつう武器、全く役に立ってねぇじゃねェか! お前の勧めが無きゃァ、代わりに銛とマチェーテでも載せて、時間稼ぎくらいはできたかもしれねェんだぞ!」


 露にした怒りを俺に向けるジーン。あとになってわかったことだが、今捕食された漁師はジーンと長い付き合いのある友人だったらしい。


「すみません! でも、俺にもわからないんだ! 今まではどんな怪物にも効いてたのに! 昨日だって、確かに効いたんだ!」

「考えてみろ、ただの木の棒が、銃で殺せないヤツに効く訳無ェだろが!」


 仰る通りでありますジーンさん。この上ない正論です。


「あのサメを始末して港に帰ったら、たっぷりと落とし前をつけてもらうぞ、ライアン」


 んなこと言ったって、今まで俺が木の棒使ってた時は効いてたんだから仕方ないじゃないか。


「ライアン、ジーンさん! その話は後にするんだ、サメが迫ってきているぞ!」


 クレアの声で、船上という名の戦場に意識を引き戻される俺とジーン。


 見てみると、サメが船尾側から相変わらず水の抵抗仕事しろと言いたくなる豪速で休息接近してきていた。


「野郎……何しやがるつもりだ……。とりあえず全員、船主側に移動しつつ離脱準備だ! 奴はケツに喰らいついてきやがるぞ!」


 しかしジーンの指示より、八頭ザメの機動性能の方が早かった。


 八頭ザメは勢いをつけて半身を船尾に乗り上げさせながら船尾側の機構を破壊、その衝撃で後部に大きな亀裂を生じた船体は、船首を持ち上げる体制で後ろ向きに沈み始めた。


 甲板が斜面になり、固定されていないものが船尾側に向かって滑り落ちていく。その先に待ち構えるのは、七つのジョーズを大きく開いて餌が自ら飛び込んでくるのを渇望する八頭ザメだ!


「畜生、みんな何かに掴まれ!」


 斜面の角度が大きくなると、踏ん張りも効かなくなってくる。キャサリンやダニー、クレアたちは船橋周辺に既に移動していたのもあって、室内に入って壁に身を預けつつ、固定物に掴まればよかったのだが、後部甲板にいた俺とジーンはそうも行かなかった。


 身体が重力に引っ張られ、濡れた甲板を滑る。


「ち、畜生ォォォオオオ! 死ね、死ねバケモノ! 俺様は、俺様はシャークスレイヤーのジーンだぞッ‼」


 そしてジーンは最後まで抵抗しながら、八頭ザメの二つの頭によって引きちぎられる形で捕食してしまった。何度見ても、いかに安っぽい謎のオーラが放たれていても、見ていて気持ち良くならないであろう光景だ。


 そして八頭ザメは、残ったもう片方の獲物であるこの俺にその怪獣の眼光を煌めかせた。上半身を今一度甲板に叩き付け、何とかへばりついている俺を落とそうとする。さてどうしたものか。キャサリンたちに助けを求めても、彼女らですらこの状況下で優位に立ち回れるとは思えない。


 と、そんな時、俺の視覚がご恒例のアレの存在を認識した。


「見つけたぞ、ボンベだ!」


 船に備え付けられていたボンベが、サメの体当たりの衝撃によって転げ出してしまっていたのだ。これを使わない手はない!


 俺は引っかかっていたボンベを解放し、そして八頭ザメの口の中に向かって甲板上を転がした。見事にホールインワン!


「くたばれ化け物!」


 そしてボンベの咥え込んだ頭部に向かって弾丸を放つ!


 爆発四散! 血と肉片が俺の半身を赤く染める!

  

 頭が六つになったサメはそれでも死んでいない! しかし確かに苦しんでいる! よし、効いているぞ! やったか⁉ 


 サメは確かに苦しんでいた。だが、決して絶命はしていなかった。それが何を意味するか。


 そう、苦痛にのたうち回り、その無秩序な暴力で周囲を巻き込む!


 暴れ回る八頭ザメによって船体は大きく揺さぶられ、そして俺は遂に海中へと投げ出されてしまった。


「く、くそ! 敵のフィールドにッ!」


 海中でもがく俺に向かって、既に船から離れていた八頭ザメが怨嗟を込めて突進してくる。このままでは牙の餌食になってしまう。


「くそぅ、何か武器は無いのか⁉」


 その時、海中をかき回す俺の掌に、安心感のある触り慣れた感触があった。


 木の棒だ! 俺と一緒に木の棒も海に落ちていたのだ!


「こいつを喰らいやがれェェエエ‼」


 俺は肉薄してきた八頭ザメに木の棒を突き立てた。するとサメは酷く苦しがって、いくつもある頭部を何度も振り回しながら方向転換し、俺に尾びれを向けた。


「やっぱり効いた……?」


 さっき漁師が木の棒を使った時は全く効かなかったのに何故今回はちゃんと効いたのだ? 何か条件が違ったというのか?


 そう訝しんでいると、俺の身体は突如として発生した奔流に飲み込まれた。


 全力で立ち去ろうとするサメの尾びれが巻き起こした水流だ。これほどの大型のサメが水の抵抗を踏みにじれるほどの推力を得ようとしたら、とてつもない水流が発生するのだ。


 そして、水流にダイレクトに飲まれた俺は洗濯機に揉まれる衣類のように白泡に包まれながら全身にでたらめなベクトルをかけられる中で、まず平衡感覚を失い、次に上下感覚を失い、そして最後に、意識そのものを失った……。


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