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「……そんな訳で、彼女と一緒に脱出しようと思うんだが、どうかな」


 俺がキャサリンとレベッカにカモフラージュ状態のケイシーのことを紹介すると、やはり二人とも意外そうな顔をしていた。


 当然だろう、こんな小さい少女が鋼鉄の超人だと言われてもピンと来るはずも無い。


「ほ、ほんとにこの娘がそんなに強い超人なんですか? ……あ、すみません、別に疑ってる訳じゃ……」

「……無理もありません。そういうことならお見せします」


 戸惑うレベッカに応えてケイシーが変身してみせる。


 二人は一応はこれで納得したようだ。話が早くて助かる。


「で、ライアン。脱出すると言ったけど、助けを待つってのはどうするの?」


 とキャサリン。確かに、当初は上空に飛行機をいるし、すぐに助けが来るだろうという期待のもとにここに来たのだ。


 だが、実際には一向に助けが来る気配は無い。


「……何かがおかしいと思わないか、キャサリン。これだけ軍用機が飛び交っているのに、救出が始まったとかの気配は全然無いんだ」

「まあ、確かに……」

「武器も準備したんだ、このまま助けが来なかったら自力で生き残るということも想定しなきゃならない」

「同感ね。あたしたちも武装は完了したわ」


 キャサリンたちも伊達に俺たちと同じ死線を潜っていない、既に調達した武器を身につけていた。


 キャサリンは背中に十八番であるチェーンソーを背負い、飛び道具としてはライフルを一丁、そして二本のバールを持っていた。一体バールとどう使うのだろうか。


 レベッカは自分が肉弾戦などできないことをしっかり自覚した上で、拳銃と競技用のクロスボウを持っている。


「全員完璧だな。よし、ならばここに閉じこもっていても事態が好転するとは限らないことを、警備員さんたちに伝えに行こう」


 俺たち五人は避難民たちの集まっているホールに戻る。すると、何やら俺たちが来た時と同じくらいに騒がしく、多くの一般避難民たちが怯えていた。騒いでいるのは当然、あの二人だ。


「ほら見なさいよ! だからこんな粗暴な連中のことなんか信用しちゃいけないって言ったのよ! 今こそ平和的に解決するべきなのよ! キィィィィィイイイイッ‼」

「悔い改めよ! 神の怒りはすぐそこまで来ているぞ! 我が宗派に今すぐ改宗せねば、天罰が下るぞ!」


 最早彼らと議論しようとしている者はいなかった。


 俺はヒステリックな二人を遠巻きに監視しているハリスのもとへと走った。


「ハリスさん、何があったんですか?」

「ああ、君たちか。実はな、屋上で何やら不審な物音がしたという報告があったからカルロスを見に行かせてるんだが……。それが知れた途端、あの二人がエキサイトし始めてしまったんだ」


 まだ事態がどう動くかもわからぬ時点で発狂するとは、本当に迷惑な奴らである。


「しかし、屋上で物音がしたというのは気になる話ですね」

「まあ、ホームレスが住み着いていたとかだとは思うんだが……」


 その時、ハリスの無線機が電子のさえずりを奏でた!


『ハ、ハリス! 緊急事態だ、早く来てくれ! まずい、まずいぞこいつは!』


 屋上を偵察しに行ったカルロスの声だ。軽いノリの彼だが、この声には全くの洒落っ気も無く、純粋に緊迫していた。


「一体何があった⁉ 今行くぞ!」

「俺たちも一緒に行きます!」


 俺たち五人はハリスと共に屋上に向かった。


 最上階から伸びる階段を登った先に待っていたのは、血塗れで屋上に出る扉にもたれかかったカルロスだった。


「カルロス! 一体どうしたんだ⁉」


 ハリスが相棒に駈け寄る。


「ハ、ハリス……俺はもう駄目みてぇだ……」

「何も言うなカルロス」

「そ、そう言えば、カジノでお前に作っちまった三百ドルの借り、まだ返してなかったな……。この時計でチャラにしてくれないか。二百六十ドルだ……ちと足りないが、俺たちの仲だろ……」


 カルロスはゆっくりと腕時計を外してハリスに突きつける。


「今はそれどころじゃ!」

「良いんだよハリス。嫁さんによろしくな……」


 カルロスはそう言って笑顔を最後に見せると、自らの拳銃で頭を撃ち抜いて自害してしまった。


 彼の流した血もマーブル。感染していたのだ。


「おいおい、どういうことだ? 状況から察するに、カルロスは屋上で噛まれたってことか? 最近のゾンビ共は、ロッククライミングのセンスでもあるってのか?」


 かぶりをふるダニー。しかし実際不思議なことである。このホームセンターの屋上は外側から登れる構造ではなかったはずだ。


「とりあえず屋上に出て様子を伺ってみるわよ」


 キャサリンが率先して扉を開け、俺たちもその後に続いた。


「これは……」


 屋上にあったのは、一体の死体だった。顔色は悪い、血はマーブル、口許に血、頭部に銃創。なるほど、どうやらこいつがカルロスと刺し違えたゾンビのようである。


「にしても、こいつは一体どこから来たってんだ……?」

「それなんだが……」


 ここで俺には気になったことがあった。このゾンビの服装だ。


 俺がそのことを指摘しようとした時である。


「……! センサーが上空に人影を感知しました。上から来ます!」


 何かを感知したケイシーが叫んだ! あといつの間にか変身済みだ!


「何だと⁉」


 全員、頭上を仰ぐ。


 すると俺たちの目に飛び込んできたのは、空に咲く数輪の花弁だった。


 中心から外に向かって無数の筋を走らせている淡い色の円。


 それは秒を経るごとに俺たちの視界の中で膨張していく。


「ぎゃぁぁぁあああッ! た、助けてくれ! こいつをどかしてくれ!」


 そして天の花がダニーに覆いかぶさった! 


「待ってろ、今取ってやる!」


 俺はダニーにのしかかったものを天の花びら越しにパイプ椅子で殴りつけた。


 手ごたえを感じると共に、その花弁の中でもぞもぞと蠢いていたものは停止し、ダニーが青ざめた顔で這い出て来た。


「こ、こいつは一体何なんだ⁉」


 と自分に乗っていたものを指差すダニー。


 そいつはゾンビだった、紛れも無く。


 だが、同様に紛れも無く、身体は鍛え上げられ、戦闘服を纏っていた。


 紛れも無く軍人だ。


 そして、そいつが背中から咲かせていた花は――落下傘だ。


「空挺部隊だ……空挺ゾンビだ、パラゾンビだ!」


 そう、この閉ざされた屋上にゾンビが侵入できた訳。それは奴らが空挺部隊だったからなのだ!


「ねぇ、あれを見て!」


 キャサリンがこの施設からやや離れた上空を指差す。


 見てみると、先程からこの街の上空を旋回していた大型輸送機たちが大量のパラシュート部隊を投下しながら同じコースを旋回飛行していた!


「あれ……全部ゾンビなんでしょうか……?」

「ああ、きっとそうだ」

「これでゾンビの発生の仕方がおかしかった原因もはっきりしたわね。まさにエアボーン、安全地帯のど真ん中にあちこちでゾンビが投下された、だから同時発生的にあちらこちらから感染が広がったんだわ!」


 奴らは輸送機から飛び降りると、手慣れた手つきで適切な高度にて落下傘を開いて安全に減速し、そして頭上から生存者たちに襲いかかる。


「クソ! どうして連中、パラシュートの使い方覚えてるんだよ⁉」

「精鋭部隊だからね」


 精鋭部隊だから覚えてるそうである。


 そうこう言っていると、丁度俺たちの頭上の真上を輸送機が通過した。当然、置き土産は空挺ゾンビだ!


「まずいぞ、屋上が占拠される!」


 ハリスが叫んで上空に向かって拳銃を連射するが、そう簡単に命中するものではない。


 空挺ゾンビの一個分隊がホームセンターの屋上に降り立ってしまった!


「ヴァァァアアアア!」


 幸いにしてゾンビが俺たちの脳天に直撃することこそ無かったが、空挺ゾンビたちは非常に手慣れたようすで落下傘を片付けるとすかさず両手を前に突き出した体勢に移行して、俺たちに向かってきた!


 ハリスと俺がまず拳銃で射撃するが、やはり鍛え上げられた精鋭ゾンビだけあってピンポイントでヘッドショットを決めない限りはなかなか怯んでくれない!


「まずいぞ、この屋上はもう駄目だ! みんな、中に入れ!」


 ハリスがこの屋上を捨てることを決意し、俺たちも屋内に駆け込む。


「ヴァ、ヴァァアア……」

「うおっ⁉ 畜生、こっち来るな腐れ野郎!」


 だが最後尾のダニーがドアを閉めようとした時、やはり精鋭だけあって移動も妙に速い空挺ゾンビが半身を扉の隙間に突っ込んで閉鎖を妨害、ダニーに掴みかかろうとしてきた。


「私がやります」


 そこで引き返したのはケイシーだった。



 彼女はヘルメットの力によって増強された膂力を以てして空挺ゾンビの首に掴みかかり、そしてへし折った上で蹴り飛ばしてやった。


 扉が閉められると、この薄い鉄板を挟んだ向こう側の生々しい呻き声とは対照的に、こちら側は奇妙な静寂に包まれた。だが、やらねばならないことは決まっている。


「この扉もじきに突破される……ここを放棄して全員で脱出せねば」


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