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『HEY! みんな乗ってるかァ~? 今日も午後一時きっかり、DJゴールデンジャクソンのレンゴクラジオの時間だぜ! え? 今更ながらレンゴクって何なのかって? んっん~、良い質問だぜぇ! 本当のことを言うとな……俺にもわからん! いやさ、これ日本語らしいんだが、ホラ、レンゴクって、言ってみると何か、ミヤビな響きがしないかい⁉ こいつぁ、俺様のお洒落でファンタスティックなラジオにピッタリ、そう思って採用したんだぜ!』


 反知性主義を政府の枷から離れて自ら体現してしまっているようなDJのラジオ番組が俺たちの車内に響き渡る中、俺たちはドライブスルーで休息をとることとした。それにしても「煉獄」なんて日本語どこで聞いたんだ。まあ、マンガか何かか。


 ニュースタング。ちょうど中間地点より少し向こうに来たくらいのところだ。


『そう言えばみんな知ってるかい? サンタクラム空軍基地で、軍が極秘の実験をやらかしてるってウワサだぜ! んで、その実験で作られたブツを空輸するための輸送機隊がさっき飛び立ったんだってよ! 何でも、モノを運ぶだけなのに精鋭の空挺部隊を同伴させてるって言うから怪しいったらありゃしねぇぜ!』


 本来なら良くある陰謀論だと鼻で笑いたいところだ。でもこの世界ならその手の陰謀もあってもおかしくはない。


「さて、着いたぜみんな。キャサリンたちも起きろ」

「ん? もうキャンプ場?」

「いや、中間地点のドライブスルーだ。ここで昼飯昼寝、不足品の買い足し」


 後部座席で肩を寄せ合って男同士でやるのは憚られる体勢で仮眠を取っていたキャサリンとレベッカを起こしつつ車を降りる。レベッカが思った以上に低血圧なのかキャサリンの肩に張り付いたまま寝言を繰り返していたのは少々意外にも感じられたが、ともあれ何時間も車に揺られてから吸う開放的な空間の空気が美味いのは、この世界でも相変わらずだ。


「ここはホットドッグが美味いらしい。田舎のドライブスルーにしては結構並んでる」


 昼飯を充実させたい気分も山々だが、生憎並んでまで何かにがっつきたい気分でもない。


「んだよ、美味いホットドッグ屋があるんなら事前に調べとけば良かった。今朝食って来ちまったよ。流石に二連続も何だしな」

「ふーん、二人は並ばないの。あたしベッキーは買って食べるわよ。だって並ぶって言ったって十分かそこらみたいだし」


 結局、俺とダニーは女性陣二人を適当なものだけ買って食べて待つこととなった。


「なあ、ライアン。最近日本のマンガ読んでて思ったんだけどさ」


 サンドイッチを頬張りながら唐突に言うダニー。


「どうしてエルフと女騎士はオークに狙われやすいんだろうな」


 どんどんクールジャパンの深部に足を突っ込んでいっているナードがここにいた。


「女騎士やエルフとオークもそうだが、魔法少女と触手も考えてみればメタいが、何でああも狙われるのか」


 いちいちそこまで考えて鑑賞していたとは意外だ。


「なあ、何でだと思う、ライアン?」

「サメがジョックを狙うのに理由なんて必要か? それと同じことだ」

「なるほど。つまりサメとジョックの組み合わせってのはある意味属性的な意味合いも持ってるかも知れねぇってことだな」

「ネタ以外に需要なさそうなカップリングだ」

「あ、そういやジョックと言えば、オレ最近、日本人の真似してWEB小説書こうかなって思ってるんだ。タイトルは『転生したらジョックだった件』。どうだろう?」


 ジョックに転生とか一歩間違えば俺がそうなってた可能性もあるので全く笑えない。もしそうだったら今頃サメの胃袋かナチスの研究所だ。


 そんなどうでもいい話をしながら女性陣を待っていた時だった。


 ドライブスルーの建物の裏手から、女性の悲鳴とガラスか何かが割れる音が聞こえてきたのは。


「何だ、強盗か?」

「それにしては唐突だな。銃声も聞こえなければ、脅迫や要求の言葉も無いぞ」


 俺たちが疑問に思っていると、丁度ホットドッグを買い終えたキャサリンとレベッカが戻って来た。彼女たちも事態の不自然さには気付いているようだった。


「い、今のは何でしょうか……。何か事件でもあったのかも……」

「ライアン、嫌な予感がするわ。警戒した方が良いわよ」

「そうだな。様子を見に行こう」


 俺たちはいざという時にすぐに動けるように身構えながら、店の裏手を目指す。


 数人の野次馬が既にいる。彼らをかき分けた先に待受けていたのは凄惨な光景だった。


 壁と床に飛散した血肉。


その爆心地にいるのは、浮浪者然とした一人の男。酷く顔色が悪く、白目を剥いて鼻血を垂らしている。

彼は何をしているのか? ゴミ出しに出てきていた店の従業員を押し倒し、その首筋に喰らいついて肉を貪ろうとしていたのである。


「キャァァアアアアアアアアッ!」


 レベッカが悲鳴を上げる。無理もない。


 しかし男にはその悲鳴も聞こえていないのか、一心不乱に女性従業員の肉を嚙み続ける。


 すると突如、動脈を噛みちぎられて息絶えたはずの女性従業員の手先がピクリと動き出した。


「な、何だァ⁉ この傷で生きてるのか?」


 従業員が本格的に活動を再開するや、浮浪者風の男は彼女から離れ、おぼつかない足取りで後退した。


「キャーッ! ジェニー、大丈夫⁉ 酷い傷よ、病院に行かなきゃ! ああ、でも死ななくて本当に良かった!」


 血塗れになった女性従業員がふらふらと立ち上がると、彼女の友人らしき他の従業員がが涙目で彼女の下に駈け寄り、抱きしめる。


「ヴァ、ヴァー……」

「ジェニー? どうしたの、キャァッ⁉ ジェニー! やめて! 痛い、痛い!」


 しかしジェシーと呼ばれた従業員は、虚ろな目をしたまま唸り声を上げて、自分を心配してくれていた友人に突如噛みついた。


「キャーッ! ジェシー! 痛い! やめてよ! キャァァアアアアアアアアッ!」


 ジェシーは友人の従業員をそのまま押し倒し、血を吐いて苦しむ友に対して一片の慈悲も見せずに喰らいつき続ける。


 そして浮浪者風の男も、ふらふらとした足取りで野次馬の一人に組み付き、その首筋に歯を突き立てた。


「キャァァアアアアアアアアッ!」

「何てこった! うちの店でこんなことが!」

「け、警察!」


 群衆たちが巣を突いた蜘蛛の子の如く逃げ惑う! どう考えても危機を自覚するのが遅い!


「ひっ……キャサリン、これって……」


 レベッカは反射的にキャサリンの背に隠れた。何か俺たちは落ち着き払っている気もするが、レベッカみたいなのが本来の常識的なリアクションなのだろう。


「ええ、これはいわゆるゾンビよ……噂には聞いてたけど、見たのは初めてだわ。でも安心して! あたしの災害対策には、ゾンビの大量発生ってのも入ってるから! ベッキーはあたしが守るわ!」


 相変わらず頼もしいキャサリン。毎度のことながら、前の二回の戦いで、何で最後に決着つけるのが彼女でなく俺になってたのか不思議でしょうがない。


「おいおい、やべぇぞ。早くこっから離れないと!」

「そ、そうだな。今はまだゾンビは三体しかいない。すぐに車に乗れば普通に逃げられるな」


 俺たちはとりあえず乗ってきた車に飛び乗って、ドライブスルーの敷地を後にしようとした。


 だが、出入り口にはすでに何体ものゾンビが!


「クソ、何でもうここまで広がって来てるんだよ!」

「ダニー、東口がある。そっちから出るぞ」

「おう!」


 東口の方はまだゾンビが周囲に二体しかおらず、しかもその二体はどういう訳か、車を破壊することに熱中していたため、難なく道路に出ることができた。


 頭上からの轟音に応えて空を仰いでみると、空軍の大型輸送機が低空飛行していた。もう救援が来ているとは流石我らが米軍、迅速だ。あからさまに怪しい企業に生物兵器発注しちゃうようなおっちょこちょい軍隊だけど流石だ。


「よし、この道路を真っ直ぐに行けば市街地を出られる。このまま脱出してしまおう!」

「いや、待って! 止まって!」


 ダニーが一気に大通りを突っ切ろうとしてアクセルペダルに足を乗せた時、キャサリンが前方を指差しながら叫んだ。


「おいおい、どうした? まさかここで車内泊でもしようってんじゃねぇよな?」

「あれを見て。二百五十メートル先よ」


 キャサリンが指差す直線道路の先を見てみると、何やら沢山の人影がわらわらしているように見える。だが、遠すぎてそれ以上の詳細はわからない。


「あそこにいるのは全部ゾンビよ、生きてる人は一人もいないわ。この道はもう塞がれてるわ。まだあたしたちには気付いてないようだけど」


 この距離でそこまで正確にわかるとは、この災害対策女子の視力はどうなっているのか。


「おいおい、マジかよ。何でこんないきなり広がってるんだ⁉ 俺たちがこの街に入って来た段階では何も無かった、平和な日常風景だった。さっきのドライブスルーの周辺からつい今しがたパンデミックが始まったんじゃねぇのかよ⁉」


 いくらゾンビという存在が知れ渡っている世界にしても想定外な感染爆発の仕方を目の当たりにして、ダニーが唸り声を上げながらハンドルを叩く。


 俺も同じ気持ちだ。常識的なゾンビ感染の広がり方では、こんな先回りしたような増殖の仕方はそうそう無いはずなのだ。


 と、そこでカーラジオが陽気な音楽の演奏を中断し、厳粛で、しかし切羽詰まった中年男の声を代わりに奏で始めた。


『ば、番組の途中ですが臨時ニュースです。今日午後、このニュースタング市にて、突如として凶暴化した市民によって他の人間が襲撃される事件が発生し、病原体によるゾンビ化の可能性も指摘されています。同時多発的に市内各所で目撃情報が寄せられており、情報が大変錯綜しているのですが、確認が取れた発生現場は……』

「ま、待ってください! 今確認してみます」


 キャスターが現在のゾンビの出現地点を読み上げると、後部座席のレベッカがすかさず地図アプリを起動し、何やら操作を始めた。


「よしよし、ちゃんと実践できてるわねベッキー。生き残るためには常に地形を気にしなさいってのを」


 キャサリンはいつの間にか彼女流のサバイバル技術をこの大人しい少女に教え込んでいるようだった。

強くなるのは構わないが、キャサリン波に人外の域に足を踏み入れるまでいかれるとこっちが怖いから控えめにして欲しい。


「あ、終わりました。見て下さい、この地図!」


 レベッカのスマホの画面上には、今彼女が手書きこんだらしき赤い線で描かれた丸があちらこちらに点在する地図が表示されていた。


「雑ですが今のニュースで言ってた場所に印をつけてみたんです。この街のあちこちで同時にゾンビが出てるみたいで……」

「ふーむ、これは妙だな……」


 普通、ゾンビというのは最初の発生源から同心円状に広がっていくもののはずだ。このように初期段階で一定の範囲内にまばらに発生するという状況は考えにくい。


「でも、これだと脱出するタイミングを見計らうのも難しそうね。どこでどんな風に広がるか見当もつかないわ。気がついたら囲まれててジ・エンドなんてのもあり得るわよ」

「助けは来るんでしょうか……?」

「それだ」


 ダニーが突然車を発進させる。


「どうしたんだダニー。まさか強行突破しようってんじゃないよな?」

「まさか、このオレがそんな特攻野郎に見えるか? 玉砕覚悟の根性は童貞捨てる時のために温存しとくよ。そうじゃなくて、この場合は救援を待ったら良いんじゃねぇかと思ったんだ。上を見ろ、もう既にあんなに飛行機が飛んでる。三日も四日も籠城することにはならねぇだろ。立て籠もれそうな場所を探す」


 なるほど、ダニーにしては合理的な考えだ。


「それあたしも賛成よ。相手の動きが読めない中で下手に動くより、よっぽど安定的だわ。ベッキー、この辺に立て籠もれそうなところはある?」

「今探します……。あ、すぐ先の十字路を曲がって少し行ったところに大きめのホームセンターがあるようです」


 ホームセンターか。確かにそこならば一日や二日立て籠もることになっても食糧や物資は足りるだろうし、武器やバリケードも手に入るだろう。木の棒とガスボンベだってあるはずだ。


「俺もその話乗った。他にも避難してきてる人もいるだろうし、この田舎町じゃあ目立つ施設だ。優先的に救助してもらえる」


 こうして俺たちは籠城と武器調達のご定番である現代の城に向かうこととなった。


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