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私、彼女ですから!


 場違いだ。場違いすぎる、私。

「さすが、お若いのでお肌の張りは充分ですが……。すこーし、乾燥気味みたいですねー?」

 お人形みたいにくるくる髪を巻いた、綺麗なお姉さんが、ちいさなモニターにあらわれたグラフを見ながら、にこやかにほほえんだ。

「たーっぷりと、化粧水で保湿してあげて、そのあと乳液でふたをしてあげるんです。それだけで、あ、もともとお綺麗なお肌ですけど、もっともっとうるおいたっぷりのぷるぷる肌になれますよー?」

 ショッピングモールの一階、化粧品売り場のカウンターにて、私は販売員のお姉さんにつかまって、肌年齢だか肌質なんちゃらだかのチェックを受けている。お姉さんのトークはよどみない。

 そのあとお姉さんはするすると私の肌にスポンジをすべらせた。

「こちらのお色がぴったりだと思いますー。ほら、一段明るくなった。お綺麗ですよー」

 お姉さんはやたらといい匂いがするし、お化粧も、仮面みたいに隙がない。画像処理でもしてるのかってぐらい、一点のくすみもなく、完璧に塗り込んである。メイクを施してもらいながら、私は、自分自身の化粧を完璧にするのも仕事のうちなんだろうな、研修で仕込まれるのかな、とか、いろいろと考えていた。

「お肌が仕上がりましたよ? アイメイクはどうされますか?」

 目を開けてお姉さんが差し出す鏡を見ると、なるほどたしかに肌の色が明るくなって、なんだか、シルキーな感じになっている。ちょっと感動してしまって、アイメイクも続けてお願いした。


 お姉さんがすすめるものをひととおり購入したら、軽く一万円を越してしまった。基礎化粧品と下地とファンデだけなのに。わりとリーズナブルな化粧品ブランドのカウンターを選んだのに。

「綺麗になるのって、お金がかかるんだなあ……」

 化粧品売り場を出て、なんとなく、同じ一階のお洋服のショップを覗いていたらば、ふと、姿見にうつった自分のすがたが目に入った。

 完璧に綺麗にメイクしてもらった自分の顔が、ロゴTとボーイフレンドデニムとビーサンから浮いている。

「うーん……」

 どうすればいいんだか、これ。

 メイクを普段通りの感じに戻すか、洋服のテイストを変えるか。変えるっていっても、さっき散財したから洋服までは買えないし。

 むずかしいな。脱・中学生。

 きのうのことだった。私は中学生に間違えられた。琥太郎先輩とふたりで街を歩いていたら、先輩の男友達にばったり出くわしたんだ。それで。

「木下の妹さん? 中学生?」

 って。言われた。

 私は絶句した。先輩はおなかをかかえて爆笑した。先輩の友達はきょとんとしてた。そのあともずっと、中学生、中学生って言って私をからかうから。ぶち切れて彼を部屋から追い出したのだった。

 朝、講義で一緒になったさえちゃんに、恥をしのんで相談したらば。

「んー。幼く見えるってのはぁー。メイクがやっつけすぎるのが原因だと思うんだよねー。適当にささっと塗ってるだけでしょ? それ、ほとんどノーメイクと変わらないもん」

 と、ばっさり言われて、そうなんだと縮こまっていたら、さらにさえちゃんは続けた。

「服もカジュアルすぎるし。たまにはひらっとしたのとか、ふわっとしたのとか、着れば?」

 そのあと、「さえがコーデしてあげる!」みたいな展開になりそうだったから、やんわり話を変えた。さえちゃんセレクトだと、絶対にピアノの発表会みたいになってしまう。私は部活帰りの中学生かもしれないけど、童顔甘々ガーリイなさえちゃんは七五三……と思ったけど、もちろん口には出さなかった。

 でも。確かに、さえちゃんの言うことは一理あるのだ。地味だ地味だと自分のことを思っていたけど、地味を通り越して、中学生に見えてしまうなんて。先輩の、妹……、に、間違われちゃうなんて。

 私、彼女ですから!

 決めた。やっぱり服も買おう。

 というわけで、店員さんに「おとなっぽい服見つくろってください!」と無茶ぶりし、てろっとして透け感のある素材のブラウスと、タイトめなスカートを試着。前だけ裾をインして後ろは出すという、学内の女の子たちが最近よくやってて、私も気になってたけど自分でやるのはこっぱずかしい、おされ小技にも挑戦してみた。二度と自分で再現できなさそうだから、試着したままお会計をしてもらい、元の服を袋に入れてもらった。

 が、しかし。

「これは……。靴まで買わなきゃだめだな……」

 ぺたんこビーサンはさすがに合わない。やっぱヒールでしょヒール。

 私は背が百五十センチない。バレーボールやってた頃はほんとに気にしてた。言うまでもなく、低身長は致命的なのだ。スパイクをがんがん打つのに憧れてたのにポジションはずーっとリベロ固定。いいんだけどねリベロの仕事に誇り持ってたから……って、なに買うんだったっけ、そうだ、靴だ。 

 というわけで、ヒールのサンダルもここのショップで購入。なんか紐がやたらついてて履くのが面倒なやつ。面倒だなと思ったけど我慢した。おしゃれとは忍耐である!

 そうそう。髪も。

 ポニーテールを解いて髪を下ろす。シャンプーのCMに出てる女優さんをイメージして、さらっと手の甲で髪をはらう。

 よし。これで完璧。私は、オトナの、女性だ!

 うっしゃあとガッツポーズを決めて、帰路についたわけだけど。財布はすっからかんだし、慣れないヒールで足は痛いし転ばないようにするのたいへんだし、スカートがぴたっとしてるから、いつものように大股で歩けないしで、へっとへとのくったくたで、アパートの鍵を開けた。

 ら。玄関に、見慣れた、でっかいスニーカーが脱ぎ捨ててあるのが目に入った。

「緋色ー。おかえりー。遅かったなー?」

 のんびりした声に出迎えられる。

「……先輩……」

 昨日追い出したはずなのに、何ごともないように帰ってきてるし。ていうか合鍵を取り上げたわけじゃないから、可能ではあるんだけども。ていうか、どっちにしたって、呼び出して、華麗に変身した津村緋色を見せつける気まんまんだったわけだけど。

 のっそりと、先輩が奥の部屋から玄関にきた。

「メシ炊いてるから、TKGにしよーぜ。理想のトッピング研究し……、って、え?」

 固まっちゃった。先輩。

 なんだか、恥ずかしくなってしまう。

「あの。えっと……。へん?」

「いやあの。ちょ、びっくりしたっていうか度胆抜かれたっていうか……」

 先輩、目が泳いでる。落ち着かない私は、自分の髪を指先に巻いてはほどき、巻いてはほどき、要するに、もじもじした。

「へん……だよね?」

「えっ……。へんじゃないよ、へんじゃない。えー、あー」

 先輩は頭の後ろをぼりぼり掻いて、私から目をそらし、

「あー。いまからホテル行く?」

 と。言い放ちやがった。

「バカじゃないのっ!」

 スケベ! ヘンタイ! ほかに言うことないのっ?

 バッグを投げつけて、回し蹴りを決めようと足を上げた瞬間。

「あっ」

 びりり、と。いやーな音がして。スカートが……。裂けた。

「いやああああっ!」

 買ったばかりなのに!

 防御態勢に入っていた先輩は、私の惨劇を見るやいなや、ぶふふっ、と噴きだして、ひとしきり笑って。

 上がり框にへたりこんで涙目になっている私の真ん前にしゃがんで、頭を撫でた。

「よしよし。頑張ったな」

「……ひどい。散々笑ったくせに」

「だってさー」

 先輩の口元がゆるむ。あっ、思い出して、また笑おうとしてる。

「いいかげん靴脱いであがれよ」

「あがれよ、って。私の家なんだけど、ここ」

 足首に巻き付いた紐をほどいて、窮屈なサンダルを脱ぎ捨てた。ようやく解き放たれて、楽に呼吸ができる感じ。

 先輩の手が、私のかかとをそっと包んだ。

「痛いだろ? めっちゃ赤くなってるし。皮、むけてるし」

「……うん」

 スカートは破くし、靴擦れにはなるし。あー、情けない。

「まだ若いんだし。無理してオトナっぽくする必要ねーだろ」

「おっさんくさいこと言わないでよね」

 ひとの気も知らないで。

「着飾るのもいいけどさ。ポニーテールはやめないでくれない?」

「なんで?」

「あのな。緋色、色、白いほうじゃん」

「……そうかな? ていうか、それがなに?」

「だからさ、うなじが。怒ったときとか、こう、真っ赤になんの。それが見たい」

「……へんたい」

 にらみつけてやったら、先輩は、にっかり笑った。

「TKGにする? それとも、一緒に風呂でもはいる?」

「バカ」

 ていうか妙に機嫌よくない? 私は散々なのに。

「ていうか誰のために頑張ったと思ってんの?」

「なにが?」

「なんでもない。とりあえず着替える」

 私はようやく立ち上がった。

「破れたスカートのままでもよくね? えろいし」

「バカっ!」

 脇腹にパンチをお見舞いする。

「痛いって。つーか緋色、どんどん凶暴になってね?」

「うるさいっ」

 自分こそ、わざと私のこと怒らせて楽しんでるくせに。と、思ったところで。怒るとうなじが赤くなる、っていう、さっきの先輩の話を、思い出してしまった。

「……もー……」

 えっと。髪、明日からまた、結ぶことにします。

 あーもう。結局、振り出しに戻る。


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