朝(3)
「ちょちょれるびー」
「いまどき、ハナモゲラ語かよっ!」
出番を与えられて、BARの正面玄関から現れた男は、バカだった。
思わずツッコまずにはいられず、ハリセンでスパーンと叩いてしまった。
電光石火のごとき早業にポカーンとしている周囲。
そして、やや遅れて理解が追い付いてきて、この男の護衛二人が銃を構え、条件反射でこちら側のパートナーズたちもほぼ同時に銃を抜いた。といっても、ラムやステアーは食べることに夢中で、メリーは夢の中。ウィンはいたわるようにやさしくお腹を撫でており、仲の良い話し相手の聡子とアットホームな会話中……と、ちぐはぐな空気が漂い始めていることは否定できない。
「ぶわっはっはっは、ホントにハーレムってあるんだなぁ。しかも、こうも緊張感に欠ける空気とか、俺、初めてだよ」
「おいコラ、ハーレムなんて呼ぶな。自分はパートナーズと呼んでいる」
「どう違うんだよ」
「気持ち的なニュアンスだ。自分は彼女たちとともに歩み進む理由があるからな」
「ああ、だから相棒たちなのか」
「そうだ」
「なるほどなー。というわけだ。アイザック、カルメン、銃を仕舞ってくれ」
男の発言に対し、全く納得していないものの大人しくホルスターにしまう二人を見ていて、自分は思い出した。
「あれれ? 君たち、昨日の食堂のカップルじゃん」
「およよ? ナニ、アンタら俺の食堂行ったの?」
「ああ。ガイドブックにおススメされてたからな」
「そいつはありがてぇ。売り上げ、感謝感謝だよぅ。あ、そうだ。ついでに自己紹介済ませちまおう。俺、ジュドー。よろしくな」
「アイザックだ」
「カルメンよ」
ジュドーとの握手を済ませるほんのわずかな間に、護衛二人が挨拶を済ませる。
「にゃ?」
「どうした、ラム」
「マリアがいないのニャ。あの店の名前はじゅどまりなのニャ」
「そう言われれば、そうだな」
ラムの指摘に対し、ジュドーは苦笑していた。
「実はなラムちゃん、俺は今、マリアとケンカしててな。だから、彼女はここにいないんだ」
「ケンカは良くないのニャ。サッサと仲直りした方がいいのニャ」
「んー。そいつはよく分かっているんだが、なかなかなぁ」
「何か問題でもあるのか?」
「ああ、俺たち、こう見えても『虎の会』の一員なんだ」
「虎の会? トラでも見つめるのが趣味なのか?」
「その言いぶりだと、アンタらはこの辺の常識が何も詰まってねぇな」
「アンタら……って。おっと、うっかりしていた。俺の名はフェゴール」
「その妻のイサカです」
「ラムなのニャ!」
「わふー! !!……す、すてあー」
「ワシの名はモナじゃ」
「あたいはベネリ」
「僕の名はライカ」
「シグ」
「もー、シグちゃん。それじゃダメでしょ。私、ベレッタですぅ。シグ&ベレッタをよろしくですぅ」
「お、おおぅ、よろしく……」
「念のために向こう側の残りを紹介しておくか?」
「ああ、頼む」
ジュドーのため息が聞こえた気がしたが、まぁ、置いといて、残りのパートナーズを呼び寄せて、自己紹介させた。
「カムっす。メイドっすよ。相思相愛の本妻2号っす」
カム、どさくさ紛れの下剋上発言がイサカの逆鱗に触れ、隣の部屋に連れていかれた。
アーメン。
「コクコクコク……ハッ! チェ、チェスターですぅぅ」
貞子系メイドチェスターが、いつものように頷いて、名前を忘れていることに気付いた模様。なんかねー、ステアーとかぶるね、君たち。
「むにゃむにゃ。メリー……」
それだけ言うと、再び立ち寝モードに入る。アイザックと真逆のスタンスだが、いざというときはきちんと動いてくれるから、自分は何も言わない。
「ウィンです。よろしく」
「聡子です。お見知りおきを。それとマスター、あとで報告があります」
うん。さっきのウィンの何気ない所作で何となく予想はできるけれど、頷いておいた。
「で、アンドレのそばで震えているボウズは?」
「ああ、あれは拾った。名前が長かったので、カツトシと改名させた」
カツトシという名前に、アイザックがわずかに反応した。
ふむ?
「ああ、カツトシって筋肉男を前に匿ってやったことがあってな。それでだよ」
自分の小さな反応に対し、即、応えるジュドー。
よく言えば、目端が利く。もっと言えば、飄々(ひょうひょう)としているが、タダモノじゃねぇ。
「さあて、自己紹介も済んだことだし、改めて、エメラルド・シティの常識を教えよう」
と、ジュドーの説明が始まった。
ジュドーの情報によると、現在、エメラルド・シティの裏勢力は最大手のタイガー率いる『虎の会』、次にマスター&ブラスターの『バーターファミリー』、ロッチナの『マーティアル』の3つの派閥が日々小競り合いを起こしつつも、均衡を保っているのだそうな。
「質問、いいかな?」
「ああ、いいぜ」
「ガロード・アリティーはどの所属だ?」
その発言をした瞬間だった。ものすごく場の空気が凍った。
特にアイザックとカルメンの、ほぼ殺意と同等の雰囲気には参った。
やべー、虎の尾を踏んだようだ。『虎の会』の一員を前に……なんちゃって。
「アイツは「どこにも所属してないな。ま、あえて言うなら。ギースのところだな」
カルメンが般若の顔つきで何かを言おうとしていたところを、かぶせるようにしてジュドーが回答してきた。
「ギース?」
「ああ、ギース・ムーンだ。普段は墓守なんてガラにもないことやっているが、ときどき裏の仕事をしている。今のところ、俺たちとぶつかるようなことをしていないが、いろんな顧客を持っていてな、これが結構侮れない。今はまだ小さいが、俺は第4の勢力になると見ている」
「なるほど。墓守ってことは、どこかの大きな墓地にいるのか」
「ああ。なぁ、こっちも質問いいかい」
「どうぞ」
「アンタ、ガロードに対してどんな興味を持ったんだ?」
「そうだなぁ。市民権を得た吸血鬼、ってところかな」
「はぁ?」
「地元に戻って、どこかの組を昼間に堂々と潰せば、ガロードみたいになれるかな?」
「いいえ、マスター。警察と組の本部の両方から狙われます。安住の地を追われることになります。推奨できません」
「だよなぁ」
「なぁ、置いてけぼりにされて話が読めないんだが……」
ジュドーの困った顔で現実に引き戻され、弁解することに。
「ああ、すまないすまない。自分も人外だからさ、もっとうまく人間世界に溶け込む方法があったら、ぜひ真似をしてみたいな、と思っててね」
今度のセリフは、ジュドーまで凍らせたようだ。
約1分だろうか。優と身動きが取れていなかった。
早まったか、人外発言。しかし、相手がいろいろと教えてくれているのに、自分が黙っているのもフェアじゃないと思ったからこそだが……。
「アタシの目から見ても、アンタが人外だとは思えないのだけど、アンタ何者なのよ」
「悪魔」
今度はアンドレも固まった。何故かアンドレに隠れるようにそばにいたカツトシも同様である。
「悪魔って、地獄に存在するという――」
「そうそう、その悪魔。まぁ、自分は魔界よりも人間の住む世界ほうが性に合っているがね」
「何しに来たんだ、アンタ?」
「パートナーズを引き連れての慰安旅行。自分の住処でイサカが福引でくじを当ててね。その行き先がここだったんだ。その途中、カツトシの車にケンカを売られたから報復でカツトシ以外を皆殺し。入国して、ガイドブックに載っている観光名所で大勢のチンピラにケンカ売られたんで皆殺し。『ジュドー&マリア』で幸せな時間を過ごした後、宿泊施設になるはずだった『バベル』で遭遇した人外にケンカ売られたからこれも皆殺し。これが昨日の自分たちの足跡だな。
アンドレ、そろそろ朝のテレビが始まっているだろ。点けてみてくれ」
アンドレが言われるままにテレビをつけた。
テレビ放送はちょうど超高級ホテル『バベル』の玄関先を映していた。
この都市の治安警察が遺体袋にいろんなものを詰めているシーンを映したあと、まっくろに焼き焦げているイモムシの人外と脱皮した蛾人間の焼死体が映った。ちなみに、ここは日本ではないので、モザイクはかかっておらず、いろいろとスプラッターな場面が普通に流れていた。
現に、ここにいる面子の誰もが映像を見て、リバースする様子はなかった。
「さっきのあの画像だが、死因は火炎放射器だ。消し炭にしたはずだったが、うまく行かなかったんだろうな。蒸し焼きみたいにして死んでたやつがいたな」
次にカメラは高級車の上でバラバラになっている蛾人間を映した。
「あれは、ガトリングガンで発砲した結果だな」
自分の説明に対し、ジュドーは押し黙っていた。
アイザックとカルメンにはやや動揺が見られた。
アンドレの提案で、一度、休憩をとることになった。
自分はコーヒーをお代わりし、他のパートナーズはめいめい好きな飲み物を注文していた。しかし、数が多いので、カルメンが手伝っていた。
「はい、ジュドー。ピーマン汁よ。これを飲んで、頭をシャキッ整えなさいな」
いろいろ考えていたのだろう。頭をかきながらうんうん唸っていた男は、目の前のビアジョッキになみなみと注がれた緑色のドロッとした液体を、ビールの一気飲みの様に飲み干した。
「うえええっぷ。まじぃ」
その筆舌つくしがたいしかめっ面は、その味わいを伝えるには充分すぎた。
「なぁ、フェゴールさん。あんたが人外だとして、どんな力を持っているんだ?」
休憩が一段落して、ジュドーから質問があった。
「そうだな。本来ならば本当の姿を見せて、力を示すのが筋だが、それはできない」
「何か理由があるのか?」
「俺の正しい名前はベルフェゴールだ。悪魔に詳しいやつに、人間の世界にも伝わっているその力の恐ろしさを聞いてくれれば納得すると思う」
「待っててくれ。心当たりに聞いてみる」
ジュドーはそういうと、どこかの誰かに電話した。
そして、電話の主から説明を受けているのだろう。顔つきが険しい。
「どうだった? 伝承か何かは残っていたかい?」
「ああ、フェゴールさん。あんたが本性をさらすと『何も残らない』ということを聞かされた」
「どういうことだい、ジュドー」
ジュドーの説明が理解できなかったカルメンが質問してきた。
「ゴドーが言うには、フェゴールさんがガロードのように獣じみた顔つきになるとき、すべてを腐食させるガスが出てくるんだ。いいかい、カルメン。『すべてを』溶かすガスだぞ。俺たちの姿はおろか、衣服、空気、魂まで溶かすガスらしい。つまり、何も残らないんだ」
「伝承は残っている。矛盾している」
「そりゃあ、かろうじて視認できる距離から自分の姿を見た奴が遺したんだろうよ」
「ゾッとしないわね」
「人外だからな」
カルメンの心境の吐露に、自分はこう答えるしかなかった。
「なぁ、ベルフェゴールさん」
「フェゴールでイイさ、ジュドー。俺も呼び捨てでいいだろ?」
「じゃ、フェゴール、改めて聞くんだが、アンタの本当の力でない方ならガロードに勝てるのか?」
「優秀な盾役がいたら、勝機はある。本気じゃない俺の戦い方は、せいぜい安全なところで銃をぶっ放して、頭数を減らすことぐらいだからな」
「優秀な盾役とは、このパートナーズの方々を指すのかい?」
「本来ならな。だが、今回は彼女たちの慰安旅行でここを訪れている。だから、慰安中は彼女たちをこき使うことができない。そう云う約束だからな。もし、戦いをお望みなら、俺は俺の命令に忠実で、身体の頑丈な奴を求める。それが条件だ」
「わかったよ。心当たりが一人いる」
「マジかよ。俺の言っている意味が分かっているのか?」
「ああ、身体の頑丈な奴に心当たりがいる」
「違う。いくら身体が頑丈でも、吸血鬼と対峙したときの恐怖心から逃げ出すような奴だと困る」
「大丈夫だ。そいつの心は俺よりもタフだ」
「……そこまで言うのなら、名前を聞いてもいいか?」
「ああ、彼の名はテツ。俺に殺しのスキルを教えてくれた恩人さ」