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朝(2)

 早朝の『ジュドー&マリア』に、一つの人影が近寄った。

 それは勝手知ったる我が家とばかりに裏口へとたどり着き、ノックした。

 ノックの音で誰かを知った食堂の住人が、いくつものチェーンロックを外した後、彼を招いた。


「ハナモゲラ~」


 突如、意味不明な言葉を発して現れた、天然パーマに安物のスーツ姿という出で立ちの笑顔の男への対応に、コックのアイザックと給仕兼会計担当のカルメンは何も言えずにいた。しかも今回に限らず、毎度のことなのだが、どうにも予測のつかないボケが相手では、真面目なアイザックは仕方がないとしても、スマイル担当のカルメンでも無理やり口角をあげて唇をヒクヒクさせるので精一杯だった。


「何だよ~、ノリ悪いな~、お前ら」

「アンタの笑いのセンスが規格外すぎるのよ、ジュドー」

「えー、そうかぁ? 大陸じゃあ有名なコメディアンの必殺の一撃らしいぞ、今の」

「ああ、ジュドー、空気が凍るのは確かだ」

「はぁ……、わかったよ、こん畜生。せっかく、タイガーさんを笑わせるチャンスだと思ったんだがよ~」

(それは……、無理じゃない?)

(無理だな)



 軽い自己紹介をはさもう。


 まずは、ジュドー・エイトモート。

 この大衆向け食堂『ジュドー&マリア』の経営者である。ひと昔前までは、店の玄関口のそばにあるベンチに一日中座り込み、仕事の依頼がケータイで来るのを待っていたしがない『商売人』だったが、いくつかのエメラルド・シティを揺るがす事件に対し、日頃から付き合いのあった『虎の会』の元締めであるタイガーとともに真摯に向き合った結果、絶大な信頼を得、いまや『虎の会』の実質ナンバー2として、精力的に活動しており、エメラルド・シティの住人の中で、その名を知らないものはいない。

 ……なのだが、本人の見た目は天然パーマのグラサンに安物のスーツという出で立ちである。

 ナンバー2にしてはかなり貧相なのだが、幸か不幸か、誰も指摘しない。


 次に、アイザック。

 筋骨隆々の大男で、両眼に機械の義眼をつけているのが大きく目を引く。

 今でこそときどき、この食堂『ジュドー&マリア』のコックとして様々な料理を振る舞っているが、それ以外のときは、ジュドーの腹心&用心棒として恐れられている。


 そして、カルメン。

 陽気な音楽が似合いそうな褐色美人である。この食堂では給仕兼レジ会計を担っているが、彼女もまた、ジュドーの腹心&用心棒である。

 蛇足だが、彼女がアイザックに対して向ける笑顔は恋人同士のそれであり、たまたま開いていた食堂を訪れ、カルメンの給仕に一目惚れした男どもの大半は、彼女のコックとの会話から漂う空気を読んで、ため息をついてしまうらしい。たまに読めない奴もいる。その場合、コックの剛腕フルコースを受け、地面を滑るようにして退出してしまうが。



 この微妙な空気を読んだジュドーが、絶妙のタイミングでテーブル席に座るカップルに対し、数枚の写真を見せつけた。

 手ぶれのまま撮影されたのだろうか。

 あまり写りの良くない写真には、グラサンにスーツの男の姿があった。


「ジュドーの自画撮りかしら?」

「イヤイヤよ~く見てみろって。特に髪型」


 ジュドーの指摘通り、写真の男の髪の毛は腰にまで黒く伸びていた。


「安くないスーツだな。どんな仕事をしているのだろうか」


 ジュドーとの違いに考えを巡らせていたアイザックが、淡々と答える。


「それは今のところ、さっぱりわからねぇ。ただ、わかっているのは、コイツが昨日、エメラルド・シティのあちこちで派手に殺しをやってくれた……ということだけだ」


 『殺し』と聞いて、それまでのくだけた雰囲気を改めて、緊張感を増すアイザックとカルメン。


「まぁ待て待て。お前らのその態度は好きだがよぅ、タイガーさんからの正式な依頼が来るまではナシ。仕舞てくれや、そのぶっそうな気配」

「で、でも、こんなのをのさばらしていたら、いつ、あたしたちにもとばっちりが来るかわかったもんじゃないよ」

「ジュドー、俺たちはいつでも行ける」

「だ~か~ら、早まるなっ、て」


 と、じゃじゃ馬たちの制御にジュドーが苦慮しているところ、彼のケータイが鳴った。

 電話の主といくつかの応答の後、ジュドーは言った。


「アンドレから電話があった。そいつ、ケガしていて、アンドレの世話になっているそうだ」





「トランク署長、事件ですぞっ! 街を大きく揺るがす大事件の予感がするであります」

「あー、顔が近い近い、ゼニー君」

「これは、失礼しました」

「あれだろ? 『バベル』に現れた人外の」

「ハッ! 本官は大陸側なので詳しくは存じませんが、夜の10時以降に一流の超高級ホテルにて現れるはずのない人外が出現し、招待客の一部が帰らぬ者となりました。

 トランク署長、本官を『バベル』の捜査に加えてください」

「ゼニー警部、申し出はありがたいが、君には別件の、これまた重要な任務があると聞いている。そちらの方に専念したまえ」

「署長、人外どもは『夜10時のルール』を破って、建物の中に侵入したのですぞ。このことをきちんと調べなくては」

「ゼニー君。その人外どもはどうなったかね」

「全滅しました」

「……そういうことだよ。たまにはみ出し者がいてもおかしくない。だが、その結末はハッキリしている。それでいいではないか」

「しっかぁーーし」

「ゼニー警部。ここはエメラルド・シティだ。いつまでも大陸側のルールでものを考えるのをやめてくれないか? それともうすぐ仕事始めの時間なんだ。君も正式・・な任務の方を務めたまえ」

「…………失礼しました。美咲くん、帰るぞ」


 かなり釈然としていないゼニー警部でしたけれど、トランク署長の言う通り、私たちは大陸側です。

 そして、ここの人たちは『大陸』と聞くと、初めは大きく驚きますが、次に嫉妬や怒りの表情を見せてきます。ちょっと遅れて理性が追い付いて、最後は愛想笑いでごまかしてきます。

 ここ治安警察の方々は、元は大陸の人々でしたが、不祥事やもめ事でクビの代わりにこちらに左遷された方がほとんどなのだそうです。

 だからでしょうか、私たちに対してよそよそしい……いえ、はっきりとわかる悪意のまなざしで凄んでくる人たちもいます。正直、胃に悪い環境です。

 その環境をものともせず、自分の意見をはっきり通すゼニー警部は素敵です。

 そんな鈍感なゼニー警部でも、今の空気はさすがに良くないと判断されたそうです。

 このセリフが出てきて、私、心底ホッとしちゃいました。

 もし、心の声が聞こえていたら、私、ゼニー警部には嫌われるかもしれません。


「美咲くん、君はもう少しポーカーフェイスを学びなさい」


 建物の外に出てすぐ、ゼニー警部は言いました。


「何のことでしょうか?」

「トランク署長との会話中、君は落ち着きなくそわそわしていた。その中にはワシを気遣っての行動も含まれておったから、トランク署長も冷静に対処できた部分もある。だが――って、どこ行った、美咲くん」


 私は恥ずかしさから、つい飛び出してしまいました。

 ゼニー警部の小さくなった声でふと我に返り、周囲を見渡してみました。

 バラック小屋の数々、舗装されていない道路、あばらの浮き出た犬、こちらを親しみではない警戒するかのようなまなざしで見つめてくる子供たち。さらには子供と同じ目でこちらを見ながら仲間を呼んでくる屈強そうな大人たち……。


 警部、助けて。





「昨夜はお盛んでしたねー、じゃなくて、早朝から頑張りすぎじゃない? ってなんであたしがこんなセリフを言わなきゃなんないのよ、もうっ!」


 開店前のBAR『ボディプレス』にて。

 台所で何やらごそごそしていた後、用意しておいた朝食を人数分、こともなげに運んでくるアンドレがいた。

 ああ、アンドレという名は、さっきのオカマである。


「まぁまぁ、うむ、このコーヒー美味しいな」

「ありがと。次はあたしの自慢のモーニング、食べて頂戴な」

「いただきます」

「「「「「いただきます、ニャー、わふー」」」」」


 もぐもぐもぐもぐ……………。


「うううううんまぁぁぁぁーーーー」


 カリッと焼き上げた食パンにコーヒー、付け合わせのサラダという内容なのに、特に食パンの上に乗っかっているあんこが最高だった。


「俺、正直言うとエメラルド・シティ、軽く見ていた。アンドレ、君のモーニングは最高だ。ありがとう」

「あら、気に入ってくれて嬉しいわ。腕の振るい甲斐があったわ」

「おいちいのニャ。昨日食べたカレーライスよりもおいちかったのニャ」

「そう。ラムちゃんだったかな」

「にゃ」

「どこで食べてきたのかな?」

「じゅどまりなのニャ」

「ん?」

「ああ、『ジュドー&マリア』だ。こいつなんか、カレーライスを7杯もお代わりしていたな」

「……そうなの。なら教えてあげる。アイザックに料理を教えたのは、アタシなのよ」


 と同時にウチのパートナーズから、賞賛の嵐が沸き上がった。

 料理にうるさいのが数人いるが、彼女たちも認めているってことは、相当だ。

 まぁ、れてくれたコーヒー、美味しいしな。


「これで、普通のバーの経営者なら、俺は最高のお客さんになれたんだがな」

「……そうね。あたしがアンタを助けたのはきちんとした理由があるからね。ジュドー、出番だよ」

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