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朝(1) だって、朝なんだもん。

 重いまぶたをゆっくりと開けると、天井ではなく、岩のようにごついオカマの顔があった。

 いや、オカマは目を閉じて唇を尖らせていた。どことなく頬を紅潮させて。

 思わず「ブブーッ!」と唾を多分に含んだ息を吐き、とっさに手を伸ばした先に棒状の何かをつかんだので、ありったけの力で引いて、そっちに移動した。

 途中、背中がベッドから飛び出したことにより、急にバランスを崩すものの、オカマの唇が身体にあたらない程度にはうまく反転できたため、やや息苦しい思いをしつつ、床に無事着地できた。

 ……ここまではよかった。

 だが、着地地点とオカマのあいだにベッドがあり、出入り口はオカマの後ろにあった。


「逃がさないわよ。うふふ」


 目覚めのキスが不発に終わった悔しさからか、オカマは背中からまるで蜃気楼しんきろうのようなゆらりとしたオーラを漂わせながら、レスリング選手が対戦相手にやるような構えのポーズをとってきた。

 制圧圏だったか制空圏だったか。

 とりあえず、顔だけでなく身体全体も巨大なオカマは、手の動きですら室内全域をカバーしており、ケガをしている現在の状況では逃げられる自信が無かった。

 なので、両手をあげて「降参」の意思を示し、大人しくベッドの上に寝転がった。

 オカマは一瞬、呆気にとられていたが、我に返るや「おりこうね、ご褒美よ」と人の頭を軽く撫でてきた。

 キスよりはマシかと思い、撫でられるままにしていたら、いつの間にか再び眠りの世界へと旅立っていった。


「うっわー、ないわー」


 聞き覚えのある女の声を聴いて目覚めると、エルフのウィンがなぜかドン引きしていた。

 目が合うと、ウィンは気持ちの悪いモノでも見るかのような表情で、自分の右ほっぺを指さした。

 何だろう? と思い、右ほっぺに手のひらを触れると、「ぬちゃ」としていた。

 慌てて手のひらを離すと、トラウマ級の大きさのキスマークが引っ付いた。


「あ・の・オ・カ・マァァァァ!!」


 涙ながらには語れない、エメラルド・シティ、2日目の朝だった。



 昨日の夜は、なかなかに激しかった。

 蛾女の、目で補足できる限界を超えた急接近後、首筋にビリッとした痛みと何らかの液体が流れ込む感覚があった。

 経験上、それが毒だと即座に判断できたので、それに備えるために喉元に力を込めたら、蛾女の爪が刺された喉の筋肉に一層食い込み、結果的には蛾女の身動きを封じる形になった。

 これ幸いとばかりに、久しく使っていなかった特技『特性消滅』を発動させた手で蛾女に軽く触れておいた。

 特技は瞬く間に反応し、蛾女は身体の再生能力を失い、身体をバラバラにさせて地面へと落下していった。

 と同時に自分も蛾女の毒が回り始めたのだろう、過去体験したことのない高熱を急に発し、震えの止まらない両手が追い打ちをかけた。ジェットパックの操作がままならず、後を追うようにして落下した。


「おかしいな。イサカやモナによって毒耐性が鍛えられていたはずなんだが」

「どんなに耐性が出来たって、異世界に行けば、未知の毒の一つや二つあってもおかしくないでしょ」

「なるほどなー。で、自分、どうやって助かったんだ?」

「近くの川に不時着したの。みんなで助けて、私が治療している間にみんながバカを一掃していたわ。ていうか、昨日の昼間もそうだったけど、この世界、バカが多すぎるわ」

「犯罪者の住まう無法都市だぞ。ムチャ言うなよ」

「そこを、たまたまさっきのオカマが通りかかって、アンタの様子を見て目の色変えて助けてくれたから、セーフハウスを紹介してもらえたの」

「セーフハウスと言うより、潰れた診療所だけどな」


 現在、自分の専属医であるエルフのウィンが、自分の会話に付き合いつつ、いろいろなメディカルチェックを行っている。会話は続く。


「それはさておき、フェゴール、私たちに隠していること……って、ないよね?」

「……………」

「それじゃ、自白剤の出番かなー?」

「すみません。パートナーズ、もう一人増える予定です」

「……全く。やはりそうじゃないかしら、と思ってたけれど。それで、カワイイの?」

「んー。まだはっきりとこちら側につくとは決まっていないんですよね」

「もしかして、シグのときと同じ症状なの?」

「いや、シグのときよりもっと症状が重いね。拒絶されている」


 話の内容が一方通行なので、補足。

 自分には、『死んだばかりの女の身体』や『訳ありで身体がないが生き返りたいと望む女性』に対し、自分がパートナーズの次に大事にしている愛銃を埋め込んで、死亡から復活させるスキルがある。

 その際、このスキルにかかわった者たちは、目覚めたときから自分に対して『好意』以上の好感度に支配される。これを『チート』とののしる輩が非常に多いが、実際に恋愛をしてみろ。しかも、非イケメンで好感度『敵対視』とされる最悪の状況から。

 果てしない時間がかかることは確実だ。自分は悪魔だから時間がたっぷりあるから、たまにそういう遊びをしてもいいが、今のパートナーズを大勢加えたときは、常に命を狙われている状況だった。多少のチートぐらい大目に見てもらいたい。

 まぁ、ともかく。

 自分のパートナーズの中で『シグ』という名の美少女がいる。

 彼女は死んですぐの復活時に、自分の心の中に侵入してくる目の前の男を好きになってしまう感情に、著しく抵抗したため、『好感度上昇』の効き目が薄かった。

 それでもパートナーズの一員として、ついてきてくれたおかげもあって、毎日のスキンシップで好感度の問題は解決した。


 さて、今回のパートナーズである。

 日本人女性だった。

 その言葉を聞いたウィンが、「うわぁ」と顔をしかめた。


「自分の地位ステータスや、才能ポテンシャルは置いといて、将来の伴侶にスゴイ高望みを求め、飽くなき婚活に人生を捧げる……という、あの日本人女性でしょ?」

「そう、その辺の花売りの熟女の分際で、自分よりはるかに若く、イケメンで、スーパーリッチで、性格は優しく、すべてのわがままを叶えてくれる男しか興味のない……という最悪の、あの日本人女性だ。

 この世界に来る数日前の、久しぶりのドライブでうっかりはねてしまってな。

 その時、『P90』が反応したのだよ……そいつに」

「うっかりはねた、って普通に安全運転してたら早々、人ははねないわよ」

「そうだなぁ。そのときは、あの女、どこかで見かけた中年男性を追いかけていて、それで道路を飛び出してきたからなぁ。不可抗力と言っておく」

「それで? ただ復活させて終わりだったの?」

「うむ。スキル発動時の身体のショック振動時に読み取った生前情報によると、あの女が追いかけていたのは、名のある泥棒でな。射程距離はやや怪しかったが、女の所持銃で逃げ足を封じることに成功し、引っ張ってきて、女の手錠で身動きを完全に封じ、女の意識が完全に戻りそうな時機を見計らってから立ち去った」

「大丈夫なの? その話だと今回のパートナー、貴方のことを何にも知らないじゃない」

「まぁ、自分にはパートナーズが危険に陥ったら、脳に直接、危険信号が飛び込んでくる仕組みがある。昨日、自分が慌ててビルの屋上辺りを目指して飛んでいったのは、そう云う理由だ」

「それで、そのパートナーには出会えたの?」

「いいや。彼女のいる階層に限らず、当時のあのホテルは全階層電源が落ちていて、室内の様子をうかがうことはできなかった。唯一、バルコニーの近くに電源があり、影が見えた。だが、人の形にしては不恰好だったので試しに掃射してみたら、蛾女が怒って爪で首を刺してきた。あとは、さっき話した通りだ」

「あなたって、トラブルに巻き込まれない日はないわね」

「確か、トラブルメーカーという称号があったはずだ」

「筋金入りじゃない……」


 と、長々と話をしていてようやく気付いたが、ウィンの触診はすでに終わっており、普通の会話になっていた。


「今回もありがとう。お礼は何がいいかな?」


 するとウィンは椅子をくるりと回し、背中を見せつけた。


「肩もみをお願い。それと、ついでに変なところを揉まないこと」

「へ? 変なところってどんなとこだろうなぁ(ニヤッ)」

「もー、言った矢先にこれなの? その気になったら責任とれるの?」

「アフタサービスは任せろ!」

「じゃ、お願いするわ。あと、あのへんの害虫駆除も」

「心得た」


 というわけで、この部屋のドアを細心の注意を払ってこっそり開いていたデバカメに、最近、開発したばかりである非殺傷銃『コルク銃』を放ち、お仕置きしておいた。



 部屋の向こう側には、おでこをさすりさすりして痛がるカツトシがいた。


「くっそう、こうなったらビデオを回して脅かしてやるぜ」


 と懐からハンディカムビデオを取り出して、キシシッと笑う、カツトシ。

 カメラに映ればこっちのもの。あとはネットに拡散するぞー! と恐怖を撒き散らかせば、向こうが折れると思っていた。


「これだから、ガキンチョは野暮なのよねぇ」


 とカツトシの背後から例のオカマが、ヌッと現れるや、カツトシのビデオをふとたくましい指で粉砕した。


「そんなに愛情が欲しいのなら、あたしが誠心誠意をもって、心のスキマ、埋めてあげるわよ」


 しなを作り、ウフンッと目配せする超巨大生物オカマ。

 あんまり過ぎるディープインパクトにカツトシの恐怖心のリミッターはすぐ振り切れて、まるでお化けでも見たかのようにその場を離れるのであった。


 そして、邪魔者がいなくなったのを見越したかのように、向こう側からリズミカルな嬌声が聞こえ始めた。

 オカマは優しさに満ちた眼差しで、壁越しの、そこにいるであろう二人を少しの間、見つめた。

 まるで、守るべきものを護ったことへの自負のようでもある。

 だが、素早く気持ちを切り替えると、オカマ声に戻り、壁を軽くノックしながら、「30分後に朝食よ。遅刻厳禁よ」と告げ、その場を去った。 

※赤井作品の用語&人名紹介※


◎アンドレ

 『エメラルド・シティ』シリーズの皆勤賞キャラクター。

 2メートル級の怪力女装家。BAR『ボディプレス』の経営者。

 エメラルド・シティを生き抜いた妙齢の女性ならではの経験を通して、気にかけている(主に若い)男性客にアドバイスを施している。聞き入れてくれるも聞き流されようとも。

 だが、その言葉は、彼女のようにずっしりとくるものが多い。

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