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朝(8) カツトシ改め

 フェゴールとイサカが入浴中のとき、簀巻きにされたカツトシをラムがじっと見ていた。

 何かしらの疑問が生まれたようで、聡子に対して挙手をした。


「どうぞ、ラムさん。どんな疑問でしょうか」

「カツトシって本名は何なのニャ?」


 聡子はニッコリと微笑むと、視線をカツトシに向けた。


「さぁ、カツトシさん。お名前をおっしゃって下さい」

「イブリースだ」

「ニャニャニャ! ニオイでごまかすプシュプシュみたいな名前なのニャ」

「それは、ファ○リーズ!」

「ああ、ハイハイ。さきイカにひと手間を加えると美味しいッス」

「それは、炙りだ!」

「ドレスを着る前の白雪姫だろ」

「それは、灰被り!」

「見込み違いの間違いじゃないですか~?」

「それは、買い被りって、お前ら、わざとだろ!」


 パートナーズの面々は謝罪せず、揃ってウィンクからのベロだし(つまり、てへぺろ)で、その場を誤魔化した。


「それはそうと、そのイブリースが何か問題なのか?」


 バアルが窓からの景色を見ながら、素朴な疑問をぶつける。


「そうニャ。フェゴールは何で、カツトシって名乗らせたのニャ!」

「それは、フェゴール、イサカと私のように神を降臨できる者がその名を語ると呼び寄せてしまうからです。カツトシさんの本名は、またの名がサタンですから」

「サタンって、モロ呼んでるやん」

「フェゴール曰く、一度コテンパンに負かされた相手から呼び捨てにされると屈辱の炎で燃やされる呪いが発動するよう、仕返ししたみたいで、サタンという名前でしたら、大丈夫のようですよ」

「今、3回呼んだよね」

「ええ、わざとですけど。これって、大変な呪いですよね。言われるたんびに身体中を燃やされるんですよ。でも、大昔からフェゴールはサタンに虐められていたようですし、これぐらいがちょうど良い仕返しかな、って思ってます」


 またその名を呼んだ聡子に対して、パートナーズは思った。

 彼女、隠れサディストじゃないのかしらん、と。


「なるほどっす。サタンって言ったらご主人様の仇討ちが出来るとなれば、ここは不肖カムめが一芝居やるっす」

「コクコクコク!(カム、仇討ちだとフェゴール様、死んでるよ!)」


 悲しいかな。ステアーの「わふー」と同じく、聞いてくれる人がそばにいないので、チェスターのツッコミは誰にも突っ込まれなかった。


「サターン、サターン、セ○サターン!」

「からの、セ○サターン・シロ!」


 カムの、一芝居というよりキャッチコピーの丸パクりを、ベネリが追加で応援した。

 何故か、モナがこの続きをやりたそうに、ぴょんこぴょんこと跳ねていた。

 空気を読んだカムが、わかってますよ! とばかりに、小走りでモナに向かって女の子の名前を親しげに呼ぶ。それに対しての、モナ、恋する乙女のような声色で。


「せ○た三四郎さま~」


 その後、アハハウフフの二人の世界を築いて、バスの中をステップを踏むように走り抜けた。

 幸せそうな二人はさておき、周囲の反応は痛かった。


「最後のセリフ、サタンと関係ないやん!」


 シグの何気ない一言に、残りのパートナーズは深く頷くのであった。

 バアルだけ、何の反応もなかったことに心の中で泣いた。



 □■□■



 それから暫くして、フェゴールとイサカが風呂場から現れた。


「何だよ、随分遅かったじゃねーか。お楽しみか、お楽しみだったんだろ」


 シグの不機嫌な発言に対し、フェゴールもまた不機嫌な面構えで返答する。


「女の子は、身だしなみが大事なんだろ。ノーブラノーパンでワンピースを羽織ったら、イサカから説教食らってな。そんで、キッチリと服を着せられたんだ。間違いはない」


 電子タバコの強メンソールを、一息に吸い込むフェゴールをよそに、シグは今日一日のフェゴールが女の姿だったことを思い出して、ばつの悪い表情を浮かべた。


「おいおい、そんな顔すんなよ。普段の俺に問題があるからこそ、心配してもらってんだ。だから、その気持ちはありがたく受け止めておくよ」


 とフェゴールはシグの頭をポンポンと軽く撫でた。

 シグはフェゴールがたいして気にしていないことに安堵し、違和感に気付く。


「お、お前、声が男の声に戻ってるじゃねーか」

「もう、朝も8時をまわってるだろ。16時間切ってるんだし、こんなもんだ」

「フェゴール、夕方ぐらいにはどんな変化となって現れるのじゃ?」

「そうですな、師匠。おっぱいがぺったんこになっているかと」

「何じゃ、おっぱいの方なのか。アレじゃないのか! わしの愛しいしとはまだか!」

「師匠、流石にどっちに反応が起こるかは、わかりかねますな。ですので、それは夕方の楽しみにしてみては如何でしょうか」

「ウヌー、なかなか上手いことを言いおって。よかろう、楽しみにしておこう」


 シグが気付いた異変を、ロリビッチなモナが会話の空気を歪ませるものの、そこは男根と割礼の魔神が上手いこと話を合わせて軌道修正を図った。


「フェゴール、カツトシの本名を知ったのニャ」

「ああ、どうもそうらしいな。まぁ、黙っていてもバレるのが常ってヤツだ。しゃあない。それでだなぁ、どうせなら、その本名をあだ名で呼ぶことにしよう。今のままだとイサカや聡子先生はともかく、特に俺がうっかり本名で呼び出しかねん」


 フェゴールの懸案は充分有り得ることだったので、パートナーズ一同は真剣な眼差しで頷いた。


「わかった。それで、お前の希望としてはどんなのが良いんだ?」


 シグの提案に対して、フェゴールはあごを引いて少し考える。


「なるべくカワイイものが良いな。細マッチョのイケメンなんぞ、俺からすれば女の鍛えた筋肉以下だから、迫力のないラヴリーなネーミング希望」

「わかった。それじゃあ、カツトシの新しい名前を作るのに興味のある人、こっちへ集合~」


 シグが率先して、体格幼少組を引き寄せ、モナ、ラム、ベレッタ、カム、チェスター、ステアーがワイワイわふわふの騒がしさで名前の候補を挙げていった。

 その一方で、体格大人組にあたる、イサカ、聡子、ベネリ、ウィン、ライカ、メリーがフェゴールの下に集う。

 まず、メリーが人間椅子ならぬ竜人椅子を披露して、フェゴールがさも当然のように座った。


「なぁ、本題に入る前に聞いてみたかったんだが、メリーは何時からこんなことをしだしたんだ?」

「きっかけは実家でメリーが護衛していたときに、遊びに来たムチャリンダとアナンタから要人警護の大切さを教えられていたな。で、テレビ見てたらたまたま人間椅子の我慢比べが放送していて、それ以降はこんな感じだな」

「ムチャリンダとアナンタって、どんな人ですか~」

「人じゃない龍だ。サイズはメリーの竜形態よりも遥かに大きいぞ」

「じゃあ、どんな龍なんだ?」

「前者は聖人を、後者は神を警護して名を上げた」



「さて、こちら側のメンツは、コレをみてもらおうか」


 フェゴールはイサカから上等なハンカチで包まれた、卵の形状をした淡い緑の宝石を晒した。

 途端、フェゴールと聡子以外の魔力を有するパートナーズが、針に身体を刺されたかのような反応を示した。


「隊長、コイツ、魔力を吸うぞ! ハンカチで包めっ!」

「やっぱ、そうか」


 フェゴールは丁寧な所作で宝石をハンカチで包んだ。


「知ってたのですか~」

「イサカからの報告でな」


 パートナーズは思い出した。そういえばこの宝石を盗ってきたのは彼女だったことを。


「で、この、お前たちに造ってもらった眼で見た感じ、宝石の中に何かがいるのがわかった」

「何だったんですか~」

「さぁ。俺の木っ端魔力では姿が視認出来ん。そこで本日はタイマー島にて地母神を4体降臨させて、方角に合わせて設置し、地母神の魔力援護を受けながら宝石の中の何かとコンタクトを取ろうかと思っている」

「それって、必要なことなの~」


 本日のスケジュールに対し、エルフのウィンが異議を唱えた。


「無視しても別に俺らは困らない。ただ、明日あたりサタンが目論む計画の一端が宝石を通して実行に移り、ネバーランドの9割の生命が削られるのは確定だろう」

「ネバーランド? 気のせいだろうか、ボクははじめて聞いたね」

「エメラルド・シティはネバーランドという国の一部なんだ、ライカ。まぁ、俺もイサカや聡子先生の説明でついさっき知ったんだが」

「なるほど。話を進めてくれよ、隊長」

「元々はこの宝石、大泥棒で有名だがただの人間なだけのルペンが盗むはずだった。仮にルペンが盗んだ未来を語るとしたら、これだけ大きな宝石をすぐに売り飛ばすようなことはせず、どこかに仕舞うか肌身離さず所持していた可能性が大だ。それも人混みに紛れていた方が都合が良い。しかし、宝石にはルペンの事情など知ったことではない。ルペンが宝石を盗めなくても大勢の人間が集まる場所で、ひとりひとりの量は大したことはなくても溢れかえるほどの人間から魔力を吸い取ることが出来ればそれでいい。

 そうして膨大な魔力を吸収し、宝石の中から何かが出てくる。それが次に行うのはエメラルド・シティを中心に居座る四大勢力とその配下の者達との決戦だ。ここでかろうじて生き延びた人間のほとんどが死に絶える」

「四大勢力だって?」

「吸血鬼、ウイッチ、人造人間、狼男からなる派閥が、エメラルド・シティを中心に闇を支配している。夜の10時以降におぞましい異形のモノが溢れかえるのは、派閥の子分どもによる縄張り争いだな」

「決戦ってどういうこと~?」

「宝石から生まれてきたソイツが、この派閥を死滅させる。そして、新たな闇の支配者となる」

「お前、それじゃ、サタンに何の得があるんだよ」

「サタンは泥門と名乗っていたときに、エメラルド・シティを足がかりに様々な事業を展開していきたいようなことをカツトシが招待されたパーティー会場にてアナウンスしていたようだ。

 それを踏まえて、5日目の惨状を照らし合わせたら、何と! エメラルド・シティの、くせ者しかいない住人と古い闇の支配者のほとんどが消え失せて、泥門遠忌デイモン・エンキにとって都合の良い者達しか残っていないという夢のような環境が出来上がっている! と来た」


 何だかシグがフェゴールに質問してきたような感じがして、視線を感じた方にくるりと振り返ると、体格幼少組がキツい視線を送っていた。


「ウチらもパートナーズの一員なのだから、話の輪の中に入れるのニャ!」


 ラムのもっともな言い分に、シグ・ベレッタ・モナ・ステアー・カム・チェスターが揃って頷いた。

 フェゴールは、まず立ち上がり頭を下げ、スマンと詫びたのち、メリーに座り直しステアーを呼んだ。

 意を察したステアーは狼形態に戻ると、フェゴールの膝に器用に寝転んだ。

 ちょうど良い肉布団の感触に程良い温かみまでプラスされ、フェゴールの機嫌は申し分ない。


「さて、何処まで話をしたのやら」

「ルペンが宝石を盗んだと仮定してのアナザーストーリーですよ。5日目は、ネバーランド国のほとんどの生き物が死滅するという状況とサタンの置かれた立場を照合しています」

「ますたー、どうしてサタンさんはいっぱい人が死ぬことをしようとするんですかぁ」

「さぁな。そろそろカミサマにでもなりたくなったんじゃね?」

「え?」

「俺らが住んでいる世界でも異世界でも、カミサマってのは全てを一からやり直すために、今を生きているヤツを全滅させる。そして新しく生み出した生命体に自分を崇拝するよう仕向ける。

 カミサマってのが誕生したときから存在しているサタンが、ここネバーランド国で何を感じたのかは分からんが、自分を崇拝する者だけを残してあとをキレイさっぱり死滅させるというのであれば、そんな考えが浮かんだ。違うかもしれんが」

「そんなこと、本当の神様が許すはずがありません!」

「とはいえ、その本物のカミサマは現在、引きこもりを疑うレベルでどこぞへ隠遁中だ。だからこそ、神に成りたかった人間・ファックがサタンから力を借りて神に成りすました。まぁ、ファックは女とヤルことしか脳ミソがなかったから、どこかの誰かに討伐させられた」


 フェゴールはパートナーズから生暖かい視線を感じ、居心地悪そうだった。

 咳払いをして、気分を変えると、話を続けた。


「とにかく、予知夢通りの大惨事を避けるためにも、皆さんのせっかくのバカンスだけれども、貴重な一日をお貸し願えたらと思います。どうかお願いします」


 フェゴールは再び立ち上がると、またも頭を下げた。


「話を詳しく聞かせてくれないか」


 パートナーズではない、男の声が掛かり、不思議に思ったフェゴールが頭を上げると、ガロードと目が合った。


「何でアンタがここにいる」

「自分たちの住んでいる場所が無くなると耳に入って、それでも他人のフリなんて出来ますか?」


 ガロードの背後から、紫色の髪の小さな吸血鬼がひょっこりと姿を現した。ルルシーだ。


「もう少し詳しく話を聞こうじゃねぇか。俺の商売に障るようなことがあっちゃあ大赤字だからな」

「フェゴールさん、ボクはクリスと少しでも長い月日を過ごしたいのです。だから、ボクたちも出来る範囲ですけれど、お手伝いさせて下さい」


 ゴトーがガハハと豪快に笑い、バーニーはクスリと微笑んだ。

 クリスはややむくれていたが、バーニーの判断には賛成らしい。


 思わぬ好意を向けられて、フェゴールはガラにも無く胸の奥にじんわりと温かいものを感じた。そして、感情の高ぶりに涙が頬を伝う。


「大変な一日になりますが、よろしくお願いします」


 フェゴールは、みたび頭を下げて、感謝の意を示した。


「それはさておいて、シグ、カツトシのあだ名は何になったんだ?」


 その切り替えの早さに、ガロードを除くエメラルド・シティの面々がガクッと膝から落ちたが、そういう日常を過ごしているパートナーズは呼びかけに応じた。


「イヴリンだ」

「イヴリンか。確かにラヴリーだな。良かったな、イヴリン」

「全然ちっとも良くねーよ!」


 カツトシ改め、イヴリンの怒号がバスの中で木霊するのであった。

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