朝(7) なぞのオッサン、現る!
それは、元刑務所からマルコたちのいる寂れた修道院までをバス移動中のときだった。
窓際で(ここ最近)メリーの腹部に椅子のようにもたれかかることに慣れてきた自分が、狼形態に戻ったステアーの肉布団を膝に掛けて外の様子を眺めては和んでいるときのこと。
ラムが近寄ってきた。心なしか表情が硬かった。
「どうした?」
「お前に聞きたいことがあるのニャ」
「続けて」
「女のお前は、未来を視ることが出来るのかニャ」
「どうしてそう思った?」
「しらばっくれても無駄ニャ。さっき、刑務所での会話、全部聞こえていたのニャ」
確かに、つい先程まで、自分とマットは明日についての会話を少しした。相手にやや緊張感を走らせる程度には物騒なことを言ったかもしれない。それが、この猫獣人には大事に聞こえたのか。
「そうだな。最悪の結末を視た。自分たち以外の生存者がいない、焼け野原が視えた」
「どうしてそうなるのニャ!」
ラムは尻尾を逆立ててご立腹だった。
次に、エルフのウィンが珍しく口を挟んできた。
「その光景って、ガロードさんでも例外ないんですかー?」
「そうだなぁ……」
と、自分が視た未来の映像について言葉にしかねていると、聡子先生が自分の頭にローションのような液体を塗りつけた後、映像機から伸びている孫悟空の頭に付いている輪っかのようなモノをはめた。
するとたちまち映像機から、夢で視た景色が現れた。
まず、エメラルド・シティの商業地区の建物が軒並み焦土化していた。
部分的な人体のパーツがところどころ焼かれずに転がっている。
大半の人間の形をした者は生前の動作中の姿で炭化していたり、上半身や右半身といった部分が何かしらの事情で大破した状態で無造作に転がっていた。もっともそれは、炭化しているモノもあれば、生焼けだったり、生きたまま食われたであろう生々しいのまであったが、死んでいるのは共通だった。
「ベイビーちゃんの教育に悪そうな映像ですー」
ウィンが心底気持ち悪そうに身を屈めた。
夢の中身をそのまま映していることもあり、モザイクなしのむき出しの映像だ。
ウィンは自分の世界で散々、グロ映像に近い命のやり取りをしていた世界に生きていたこともあり、死体の状態に対しては耐性がある。しかしながら、ウィンは自分の故郷が似たような状況になって、そこから立ち直るのに苦労した過去があるため、その過去を思い出しての体調不良だろう。
良かれと思って便利な機械を用いた聡子先生には悪いが、輪っかを無造作に脱ぎ捨てた。
すでにイサカが後部座席から紙袋を取り出して、ウィンの背中を優しくさすっていた。
美少女エルフの吐瀉シーンというレアな出来事に出くわして、思わず感動してしまった。
甲斐甲斐しく世話するのが、虐殺の女神さまというアレな状況というのも、イイ。
「ああ、今日は何て素晴らしい日なんだ」
ちょっとばかり自分の世界に浸っていたら、不謹慎だとばかりにシグ・ベレッタ・ラムにタコ殴りにされた。
身体のあちこちは痛かったけれど、聡子先生のしょぼくれた姿も見られたので、プラスマイナスゼロ!
要は、平常運転ということだ。
■□■□
「旦那、前方に頭のおかしなヤツがクラクションを鳴らしてもどきやがらねぇんですが」
「だったら、異世界転生送りして差し上げろ」
「へへっ。旦那は話がわかりやすくてありがてぇや」
自分の無責任な指示に、アンキモはアクセルペダルを勢いよく踏んだ。ちっとも戸惑うような仕草がないのだが、まぁ、元は人形だしな。仕方ないか。
改めて確認するドライバー視点のカメラにはオムツに裸の眼鏡にバーコードという哀愁漂う中年の姿が映されていて、バスが急接近しているにも関わらず、逃げる素振りもなかった。そして、次の瞬間、信じられないことにバスの方が衝撃で吹き飛ばされて、3回転後にどうにか起き上がれた。
ちなみに、どうでもいいことだが、このバスはイサカの用いた空間魔法にて、どういう仕組みかはよく分からんが、バスの外装甲が上下左右に激しく転がろうとも内部は影響を受けないギリギリの範囲で切り離されているらしく、座ったままの姿勢でいられるので、全員にケガはなかったりする。だがしかし、運転席はクラッチやペダルの仕組みと切り離すわけにはいかないので魔法の範囲外となり、床に天井に幾度も身体のあちこちをぶつけ、ぐったりとした感じで横たわるアンキモの姿があった。まぁ、元が車両事故の衝撃ダメージを調査する人形なこともあり、ムックリと起き上がるや、肩や手足を回して元気そうにしていた。
「旦那、ありゃあ、旦那の世界で見かける種族じゃねぇっすかね」
「自分の世界って言ったら、ファッキン勇者だが、アレが?」
アレと自分が指さした男は、未だにどういう世界に跳ばされたのかも分からず呆然としていたが、ほぼ全裸にオムツと革靴だけ履いたバーコード中年が勇者というのには、抵抗があった。
いやいや待てよ。最近は勇者のパーティーから追放されたオッサンが実は最強の……という設定で、好き放題暴れているらしい。だから、別におかしくないのか。
しかしまぁ、よりによってエメラルド・シティにこんなのが現れるとか完全に想定外。
……強いんだろうか。甚だ、面倒くさいのだが。
トントントン。
アンキモと外のキチガイのことをどうするか考えていたら、キチガイの方からこちら側へとやって来て、バスの出入り口を叩きはじめた。
「アンキモ、ドアを開けろ。とりあえず、ちょっと話をしてくる」
「一人で大丈夫ですか? せめて、イサカさんでも付けてみては如何で」
アンキモの不安もよく分かる。自分は交渉事の類いが苦手だ。
イサカいわく、我慢が足りないらしい。何せ、相手が心理戦を仕掛けてきたらすぐ撃つからだ。これで、大抵の交渉相手は恐怖に怯え口がきけなくなるか、逆に激昂して口をきかなくなるか。いずれにせよ、交渉は破綻してしまう。
「イサカ、頼む」
「わかりました」
たったこれだけで、特に何も言わずに付いてくれる嫁さんに感動してしまった。
イサカの自分を見る目があたたかく、勇気を貰えた。
自動ドアが開くと、中年オヤジが開口一番「怖かったよ、ママン。あ、ぼくの名はオムツ五郎でちゅ」と言いながら、抱きつかれようとしてきた。
昨日までは男だったが、それでもなんか生理的にキモさを感じた自分は、脊髄反射で殴った。
殴ってから、いつものようにイサカの反応を伺ってみた。
「こっちのママンは初心でちゅたか。こっちのママンはどうでちゅかねー」
殴られた中年はたいして動じてはおらず、むしろ自分の反応を楽しんでいる。そして、そのキモい眼差しはイサカに対しても等しく向けられ、彼女は無言の蹴りを中年オヤジに対して放った。その蹴りは加減した自分のパンチとは違い、殺す気満々であり、中年オヤジは緩んだ腹をくの字に曲げて、数歩分、よろけた。
どうやらイサカも生理的に受け付けない類いのようだったので、イサカと自分はアイコンタクトを取ったあと、一斉に動いた。
自分が強弱のパンチを使い分け、イサカがキックを矢継ぎ早に叩き込んだ。
成す術もなく、有り得ないほどの数の拳とキックの殴打を受けたあと、それぞれの渾身の拳と蹴りを浴びて、ほんの数秒だけ、身体が浮いた。そこを更に畳みかけるようにシンクロ動作した自分とイサカは左右のアッパーカットを中年オヤジのがら空きのアゴにジャストミート!
中年オヤジの顔はその場で砕けることもなく、代わりに異様な高さで吹き飛んでいった。
共同作業を上手く成し終えた自分とイサカは高揚した気分もあってか、その場で抱きしめ合った。
「アレ、知っているニャ。真・昇○拳なのニャ」
「二人でやってるから、双○拳じゃなくね?」
「どっちでもいいですけどぉ、息ピッタリでしたねぇ」
バスの中でラムとシグとベレッタがちょっとした小話をしていた。
あのときは無我夢中だったが、少し離れたところから見れば、そう映るか。
「あの中年さんの飛ばされた方向、計算してみると私たちがこれから向かうタイマー島に不時着するかもしれません」
「うげー。それって、再開する可能性もあるよね?」
「何かと物騒な島のようですから、その可能性は低いですけど、ありますね」
仲良し聡子先生&ウィンの不穏な会話が聞こえてきた。
「案ずるな、少年! その時はワシがまもっちゃるけぇ」
「ウェーイ」
「ウェーイ」
ヒマだったからか朝から飲んでいるモナ師匠とベネリが出来上がっている。
給仕を務めていたバーテンダーのライカが調子よく合わせている。
「汗臭い。風呂……入る」
「わふー、わふー、わふー!」
いつの間にか毛布と椅子が……じゃなかった、ステアーとメリーがやって来て、提案してきた。
ステアーは元が狼だからか、鼻がよく利くようで、ちょっと困った顔をしている。
「女の子は、身だしなみが大事なんです。さぁ、行きましょう」
そんなに臭うのか? という疑問系の表情は、イサカによって断じられた。そして、手つなぎのまま、設置されているシャワー室へと向かうことに。
「不肖、この愛人2号が全力でシャワー室を守るっす。死守っす!」
「コクコクコク」
頼んでもいなかったが、チェスターとカムの意気込みを買い、お任せする。
脱衣室へと足を運ぶ前に、自分はクルリと反転すると、指先をカツトシに向けて、ひとこと。
「覗きはダメよ、ゼッタイ!」
「しねーよ、バカ!」
威勢のいい返事とは裏腹にガツガツしている眼差しが正直な青年に、含み笑いをした後、脱衣室へと向かった。
案の定、衣擦れの音を立てているあいだに、ドスンドスンと乱闘の音がした。




