朝(4) タイマー島とは!
>ゴトーショップの応接間にて
自分が煙草をふかしているあいだ、イサカによる軽い解説が行われた。
まずは、性別変換について。何度も同じことを説明するのもアレなので割愛する。
そして、説明を聞いた諸氏の反応。
「………………」
「悪魔ってヤベェ!!」
バーニーはニコニコ笑顔だったが、ゴトーは沈黙。クリスに至っては軽蔑の眼差しである。
「で、大体、どのぐらいの期間、女のままなんだ?」
ゴトーがごく一般的な疑問を口にした。
「ま、このぐらいの奇跡なら、一日かなぁ」
自分は今吸っている煙草をひとふかししたあと、答えた。
イサカが淹れてくれたコーヒーを口に含むと、その瞬間、驚きに包まれた。
その表情のままイサカと視線を合わせると、ニッコリとした反応が返ってきた。
味わいが普通のコーヒーになっていた。
その昔は、墨汁のような泥水のような飲料のようなナニかだっただけに、その見違えるような進歩に驚きを感じずにいられようか。
「次にタイマー島への説明を行わせていただきます」
「その前に、ゴトー、外で待たせているウチのパートナーズに買い物させていいか?」
「それは構わないが、お前、現金は持っているのか?」
「ああ、支払いに関しては今度は問題ない。銀行強盗してきたからな」
「昨日、デイモン系列とマモン系列の銀行を狙った連続強盗の犯人はお前か!」
「そうだ。無ければ有るところから奪う。どうせなら敵対しているところを脅かす意味合いも込めて」
ゴトーは唸らずを得なかった。
確かにゴトーは昨日、言った。
エメラルド・シティでのクレジットカード支払いは、偽造の疑いが常にあって信用がないから現金で払え、と。だが、今回ばかりはジュドーの信用を担保にカードでの支払いを受け付けると。
その結果が、大陸とエメラルド・シティの金融区を巻き込んだ銀行強盗へと繋がった。
そして、その理由が「無ければ、盗る」というシンプルすぎる行動原理である。
ゴトーは思わず机に突っ伏した。
「……お前、マネーロンダリングって言葉、知っているか?」
突っ伏したまま、ゴトーは一番大切なことを思い出し、尋ねた。
「自分は知らん。だが、パートナーズは違う。キチンと適切な処理をしているだろう」
「現物、見せてくれ」
「イサカ」
「ベネリを呼び寄せました」
程なくして、グラサンを付けたシークレットサービスのような風体のきびきびした動作をとるベネリが現れた。ジュラルミンのケースを片手でやすやすと運び、机にドンと鈍い音を立ててそれを置くや、流れるような所作でケースを解錠していく。
「一億ギルダン、確認頼むぜ!」
ビシッと均一に整った札束を前に固唾を飲むだけのクリスをよそに、ゴトーはさも当然とばかりに百万ギルダンの束を一掴みすると軽く検査していた。
「信用しよう。これは安全だと」
(買い物の許可が出たぞ。一億円ぶん、海で必要なものを買って、残った金額で好きなのを買えよ~!)
自分が念話で許可を出すと、十人十色の返答が一斉に返ってきた。
途端に店がガヤガヤと騒がしくなる。
札束を元の位置に手直ししていたゴトーが、その賑わいに思わず頬を緩めていた。
「商売人だったら、たとえ小口の取引でも賑わった方が嬉しいんだよ」
ゴトーは、バーニーたちがびっくりするぐらいにレアな表情を見せてしまったことにむくれつつも、正直な気持ちを吐露していた。もしエメラルド・シティが比較的安全な場所だったら、恰幅のいい笑顔の絶えない商売人だったかもしれない。
「さて、タイマー島についての説明だったな」
「はい。聡子さんのドローン情報によると……」
あのバスでの移動中、聡子は飛行型ドローンを島全体にすでに数機ほど飛ばしていたようだ。
「タイマー島は現在、確認出来る範囲では少数民族がひっそりと暮らす小さな島といった感じですね」
「イサカ、上空から見た限りではひょうたんの形をしていないな」
「ええ、フェゴールには残念でしょうけど、事実です。あと、島全体の移動もありませんから」
「チクショーメ」
自分は思わず鉛筆を放り投げた。
ゴトー、バーニー、クリスの三者が自分の突然の行動に対して困惑していた。
「ハイハイ。ここの人たちに当たらない当たらない。隊長は今回はあたいをソファ代わりにするといい」
自分の個人的に小さな怒りに対して、ベネリが小さくなった自分を捕まえるとその身に寄せた。
後頭部にちょうど良く広くて柔らかな感触を得、瞬く間に機嫌が治まった。
分かる。今ならナデポヒロインの気持ちが分かる。
そして、痛い。ベネリに対して甘えれば甘えるほどにイサカから発せられる嫉妬の視線が。
ちなみにどうでもいいが、自分がいつも利用しているメリーの柔らかサイズは程良く、温かいので、ついつい睡魔に隙を与えてしまう。赤ん坊が母の胸の内で熟睡するのもよく分かる。
「で、若者に人気らしいけれど、どの辺が?」
「きれいな空気、開放感あふれる浜辺、夜には見渡す限りの星空が……」
「まぁ、それは建前だよね」
「あれだろ、隊長。夏の夜の浜辺で若い男女が酒と花火とでヤンチャするのの島版」
「どうだろうか、イサカ?」
「身も蓋もない言い方をすれば、そのとおりです」
聡子ドローンの更なる情報提供によると、クリスが持っていたライブチケットの示すとおり、タイマー島の北側に音楽機材等の持ち込みや大勢の若者の大陸からの移動が確認されている。ただ、それがスタッフその他の関係者なのか、ただの来客なのかまでの判別はわかりかねた。
「とりあえず、開催日は明日の夜か。イサカ、浜辺は北側にしかないのか?」
「いいえ、南側にもあります。ただ、北側ほど横に広く浜辺が広がっていないのと、エメラルド・シティ側に近いせいか、幾つかの異能生命体が確認されています。また、付近に原住民と思われる部族の村も存在しています」
「南側でバーベキューをすると、いろいろなヤツのやっかみを受けそうだな」
「そんときゃ、隊長、排除するか?」
「立ち塞がるのならな。話が通じるのなら、一緒に飯を食うか!」
「ああ、それでいいぜ」
「ちょっとベネリさん、あなたの意見がまるでみんなの総意みたいな発言やめてくれます?」
「なら、多数決を取ればいいじゃないか。なぁ、みんな」
買い物をしていたはずのパートナーズがいつの間にか集合しており、ベネリの意見に同調するように、それぞれが手にした商品を「ウェーイ」と掲げながら、はしゃいでいた。
自分は多数決で決まったことをスマホを通して、アンキモに伝えた。
ゴトーショップでのやり取りはここまでだろう。
自分はイサカを労うと、バーニーに声をかけた。
「じゃ、会計を済ませようか」
□■□■
ゼニー警部と彼をこよなく尊敬する機動隊の部下たちによる仁義なき朝飯争奪戦のあと、ゼニー警部は相棒の久住刑事と共にマモンのプライベートエリアへと招かれた。
招かれた場所では水着姿のマモンがビーチパラソルの影でチェアーにて優雅に横たわっており、その肉付きのよい体軀に、ゼニー警部はつい、目を奪われた。
すかさず、久住刑事による厳しい意見が飛び交い、ビンタまで貰うという失態を犯した。
「まぁまぁ、久住さん、ゼニーさんも反省しているではないですか。私はさほど気にしていませんわ。男の方のそういう視線はむしろ、女として喜ばしいのですから」
「……わかりました」
同じ女として、思うところのあった久住刑事は機嫌を直した。
「それよりもゼニー警部、こちらの葉っぱをご存じですか?」
マモンが指をパチリと鳴らすと、程なくして年若い執事が現れ、ふたりに皿の上に載っているものを示すようにそばのテーブルにそれを置いた。
それは手のひらの形をした葉っぱで、異様な赤みを帯びていた。
早速、ゼニー警部が葉っぱを手に取って、確信を深めた。
経験の浅さからか、それが何かを気付けないでいる久住刑事をよそに、彼は断定した。
「デビルハンド、ですな。これの加工後の商品は大陸で随分と荒稼ぎしております」
「流石は世界を股にかけるゼニー警部ですね。加工前のモノを見てそれが何かをピシャリとお当てになって。痺れますわ」
久住刑事は会話の流れから何となくそれが何かを読み取った。
「では、この葉っぱの生産地がこの何の変哲も無い小島だということは、ご存知かしら?」
「罪の自白ですかな」
「とんでもない。私はこの植物の実の部分で新しい商売を始めるつもりですわ」
「け、健全な事業なのですか」
「当然ですわ。口で説明するよりも実際に食してみた方が早いでしょう。あれを」
ゼニー警部と久住刑事の厳しい監視の中、先程の執事が眉一つ動かさない冷静な所作で果実を運んできた。
それは、メロンだった。
「デビルハンドを成長させていくとこのように立派な果物が出来上がります。現地の人々の間ではタイマーメロンという名称のようですわ。ご覧なさい、透き通るように白い果肉を」
ゼニー警部は切り分けられたメロンを眺め回し、匂いを嗅ぎ、マモンに促される形でスプーンを手に取ると、メロンを口に運んだ。
「うむ」
ゼニー警部はそれだけ発言し、以降、黙ってしまった。
美味しいのかそうでないのかがわかりにくい表情だ。なので、久住刑事はたまらずスプーンを手に取ると同じく、メロンを味わった。
「うわわ、わわわ」
仏頂面のゼニー警部と違い、久住刑事の表情は『恍惚』に包まれていた。
美味しいのは確かだが、それ以上の何かが久住刑事の脳内を駆け巡っており、彼女はその魅力から抜け出せずにいた。
そこへゼニー警部の仏頂面が久住刑事の前にヌッと現れた。
「美咲くん、手荒なことをしてすまないと思っている」
ゼニー警部は始めにそう彼女に断ると、鳩尾に正拳突きを浴びせた。
すかさず襲ってくる衝撃が、久住刑事の胃の働きを狂わせて、彼女はその場で嘔吐した。
「どんな商売をするのかは知りませんが、一般人に対して使用するというのなら、ワシは黙って見過ごすことは出来ませんぞ」
「大丈夫です。相手は一般的な快楽では満足を得られない方々ですから」
嘔吐に苦しみながらも、久住刑事は『では、どんな相手が顧客になるの? 収益あるの』という疑問を抱いた。だが、そんな疑問に対して、マモンは笑顔で微笑むだけで質問に答える気はなさそうだった。
「では、具体的な要件をどうぞ」
「ええ。実は北側の浜辺を拠点に活動しているある団体が葉っぱの方の育成を拡大するという動きがありまして……」
何やらきな臭いことになりそうな雰囲気に、久住刑事は辟易した。
とはいえ、刑事の仕事は犯罪を取り締まることだ。
頭の中では理解している。
でも、目の前に広がる青い海に白い砂浜を見せつけられて、陰気くさい仕事に打ち込むのも何だかなぁ、と久住刑事は思った。
そして、一つの考えが妙案とばかりに浮かんだ。
久住刑事は着替え室に直行し、水着姿になると海へと直行した。




