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朝(3) ベルフェゴールのミッションインポッシブル!

 ゴトーショップにて。

 何の気なしに玄関の扉を開くと、扉に設置してあるベルの音で来客を察知した二人が妙な動作をした。

 具体的には何かの受け渡しをしていたところ、急に彼女のクリスが渡そうとしていたものを引っ込めて、一人漫才のようにドタバタしていた。


「いらっしゃい」


 ゴトーショップの看板男であるバーニーが、いつもの気さくな笑顔で応対してきた。

 こっちもいつものように挨拶を返そうとして、ふと気付いた。

 そういえば、目の前の青年は自分の本当の姿を知らないな、と。

 自分の知っている情報屋によると、クリスとバーニーはゴトー公認のカップルだそうだ。しかし、何かと物騒なエメラルド・シティという土地柄もあってか、お隣の大陸でよく見かけるようなバカップルのような……とまではいかなくても、プライベートでもイチャイチャしているところを見かけたことはないようだ。

 というか、そういう隙を見せないだけではないか? と思うのだが、無愛想な顔がトレードマークのゴトーでさえ、あのカップルは本当に付き合っているのか? と疑うぐらいにカップルしていないらしい。

 いや、でも、さっきの動作はどう考えてもどこかへ遊びにいくときのお誘いのような態度だった。

 クリスがわかりやすい誤魔化し方をするので、却って分かりやすい。


「ここは初めてですか? お嬢さん」


 少し間を置いたのが良くなかったようで、ちょっと警戒されたかもしれない。

 アタフタとしていたクリスが不審人物に対して、目付きを鋭くさせている。

 ええい、ままよ。成るように流されてみるか。


「ごめんなさい。ここがどんなところかわからなくて、興味本心で入ってみたの」


 随分と長いこと女の振りをしていないので、ほぼやっつけながら、ウィンやシグが自分に対して媚を売るときのような仕草を真似してみる。

 途端に脳内で吹き荒れる『ぷーくすくす』と、ウィンとシグの憮然とした反応から、物真似は上手くいった模様。


「ここは、ゴトーショップ。いろんな商品を取り揃えています」

「そうなのですか。それでしたら、どんなものを売っているのですか?」

「どんなものでもお売りできますよ。しかしながら、このお店はある特徴があるのです」

「何なのかしら、イケメンさん?」

「誰かからの紹介がないとこの店を訪れることが出来ない仕組みになっているのです。迷い込んで訪れるということは難しいのです」


 そういえば、ジュドーが言ってたか。

 一昔前のゴトーショップはバーニーがひとりで店頭販売をやっていたそうだ。イケメンのバーニー目当ての客がひっきりなしだったが、その一方で、クリスタルをキメ過ぎてマトモに戻れなくなったヤク中や強盗からもたびたび狙われ、バーニーが大怪我をしたのをきっかけに店頭販売をやめ、護衛としてクリスを雇い、ひっこんだ場所に店を構え、紹介制にした、と。


「お嬢さんはどちらの紹介で、こちらへ?」


 うん。こりゃ、何気にピンチだな、おい。だが、こちとら悪魔。

 息を吸うように嘘をつこう。


「私、フェゴールの紹介で来たの。私の名前はベル。よろしくね、店員さん」

「バーニーと申します。こちらこそよろしくお願いします。ベル様」

「様づけとか窮屈だわ。ざっくばらんで良いわよ」

「それでは、ベルさん」

「そうそう、それで良いわ。それと思い出したの」

「何をですか?」

「ここは『どんなものでも取り揃えている』のよね?」

「はい」

「だったら、バーニー、私、貴方とデートしたいの。如何かしら?」


「え?」

「そこの女! いきなり現れたかと思ったら、なに言ってやがんだ」


 グフフ。案の定、爆弾発言をしてみたら、バーニーは固まり、クリスが吠えた。

 やはり、この二人、カップルである。


(底意地の悪いお願いですわね。振り回される方はたまったもんじゃないわよ)

(だな。ああ、そうか。悪魔だからああも無責任なことが言えるんだな)

(良いじゃないか。修羅場泥棒どんとこい。ついでに恋が実ればオールオーケー)

(うは、寒いですわー)

(相変わらず、いてー)


 まぁまぁ、そんなことはさておき、恋の女神ベルねーさんは一肌脱ぎますか。


(フェゴール、大丈夫だとは思いますが、実際に脱がないで下さいね)


 イサカちゃんのチクリとした一言がすかさず入った。わかってます。わかってますとも!


「だってほら、せっかくどんなところか来てみればさぁ、かわいい男の子がぶっきらぼうな女の子と大人しく店番やっているじゃない。そんなんじゃ、人生、詰まらないわよ~。

 ねー、バーニーさんさえ良ければ、今すぐ、デートしましょう。私、美味しいお店いくつか知ってますの。楽しいランチをご馳走して差し上げますわ」


 ということで、善は急げとばかりにバーニーの腕をグイグイと引っ張って、店の外へと運ぼうとした。

 すると、ズドンと聞き慣れた音が響き、玄関口の手前で銃弾の穴が出来上がった。

 クリスが愛用するショットガンで、自分の逃げ場を封じたのだ。やるな。

 あんな拡散率の高い弾を被害の少なそうな場所に当てるとか、なかなか出来ることじゃあない。


「渡さん。バーニーはお前にはゼェッタイに渡さねぇ!!」


 クリス、カウンターをひょいと身軽に乗り越えるや、鬼気迫った表情でこちらにやって来た。そして、手持ちのショットガンを銃剣代わりに振り回し、自分とバーニーが繋いでいる両手を執拗に狙う。

 うぉおう。女の嫉妬、こええ。マジ、こええ。

 まぁ、いつも、自分がイサカたち相手にやっていることだけれども、やはり身内と他人じゃ、緊迫度がダンチな気がする。下手すれば、刺されて死ぬレベルだ。いや、相手は銃を持ってるから、頭をバァンかも。


「だったらさ、バーニーくんに決めてもらいましょうよ。世界基準レベルのあたしとそこのガサツな芋女とどっちが付き合うのにふさわしいか!」


 銃剣乱舞のラッシュに疲れたクリスが肩を上げて息をしているところに、落としどころを入れてみた。

 これでバーニーがクリスを選択すれば、晴れてミッションコンプリートである。

 そのためにも、自分を鼻持ちならないプライドの高い女風にして、クリスを貶めているので、バーニーなら絶対、クリスを選ぶだろう。

 グフフ。我ながら、何て完璧な計画だろうか。


「ああ、いいぜ。その話、俺が乗った」

「ああ?」


 人様の完璧なミッションを、よりによってゴトーが邪魔してきた。

 どうでもいいが、このおっさんといい、ジュドーといい、いきなりフラッと出現するのは勘弁してくれないだろうか。心臓に悪いぜ。


「ゴトーさん。ぼくは……」

「皆まで言うな。お前さんの気持ちなんて鼻からわかった上での提案だろ。ったく、クソ悪魔の考えそうな頭の悪い選択に真面目に付き合う必要はないさ。こういう抜け道を用意しておくのが、大人の付き合いってやつだ。バーニー、もっとズルくなれ」

「話が見えん」

「ハンッ、そこの頭の悪そうな女悪魔にでもわかるように言うとだな、既にクリスという彼女持ちのバーニーの代わりに俺がお前さんの相手になってやるということだ。さぁ、どこに連れていくのかは知らんが、ついていってやる。バーニー、今日はもう店じまいだ。クリスを連れてお前も用意しろ」

「用意って、何を……でしょうか?」

「それはモチロン、海にいく準備! 何故かおっさんまで釣れたけど、本当はあの提案のあと、バーニーとクリスをタイマー島へとご招待する手はずだったの」

「タイマー島だって!」

「な、なんであんたの口からそれが出てくるんだよ」

「なんだなんだ、なんで若いやつがビビってるんだ。おい、ベルフェゴール、説明しろ」

「え? ベルフェゴールさんて、昨日は男でしたよね。何で今日は女なんですか?」

「わかった。女装だろ、この変態」

「いいや、話は単純だが、こんがらがってきたのはゴトー、お前の一言だからな」


 まったくもう、と思いながら、自分は指を鳴らした。

 念話で一部始終を見届けていたイサカが召喚に応じ、ゴトーショップの床に描き出された魔方陣から出現してきた。


「まずはみなさま、お茶にしましょう。クリスさん、給湯室はどこですか?」

「ああ、ああ、こ、こっちだぁ」


 あ、クリスがイサカを相手に顔が真っ赤だ。

 そう言えば、孤児院でも一部の女の子の顔が真っ赤だったな。

 頼れる万能女執事だからなぁ。そういうオーラが溢れているんだろうな。

 それがわかる人には後光が射したように見えるのだろうな。


 それはさておき、困ったときにいつもイサカえもんを呼ぶのが自分の悪い癖だが、今回も盛大に失敗したな。

 まぁ、『ベルフェゴールの計画』だなんて、失敗の代名詞だしな。

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