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朝(1) そうだ、海へ行こう!

 いつものように朝食をとる。

 ジュドーの経営しているホテルのレストランは、人外&異能の客であっても構わず受け入れる点が好感触だ。そして、レストランの料理長が風変わりな人で、自分の正体を知った上で『異世界好み』のメニューを取り揃え、我々を楽しませてくれている。

 例えば、エメノワール。メニューで見掛けてしまい、誘惑に勝てず注文してしまった。

 食後のコーヒーと共に運ばれてきたそれはホイップがエメラルドだった。

 なるほど、だから、エメノワール。無茶ぶりが過ぎるな。

 肝心の味わいは、噛めば噛むほどモキュモキュという音のする不思議な食感のメロンだった。

 料理長曰く、エメラルド・シティを離れた場所にある手付かずの離島の住民と昵懇じっこんで、毎月決められた量のメロンが届く。それをVIPにのみ調理し、提供するのだとか。

 今のところ、人外&異能の誰からも味わいに対しての不評はない模様。


「自分は、人外&異能とはまた別の存在だが……」

「存じております」

「これは確かに美味い。仲間がエメラルド・シティのどこかで商売しているらしいから連絡がとれ次第、勧めてみよう」

「光栄でございます」


 料理長も人の子。名前が売れるチャンスとあってか、喜びが顔に出ていた。

 少し思うところがあり、ダメもとで料理長にその離島の場所を聞いてみた。

 途端、料理長の顔に影が差した。警戒されたとも言う。


「おいおい、自分が商売人のそいつだったとして、お前さんの用いるメロンの出所がどんな場所にあって、どういうものかをその目で見たがるのは当然だと思うぞ。それに、人外&異能以外のごく普通の人間相手に子の料理を広く伝えたいという気持ちがあるのなら、なおさら、その食材がどういうものであるかを晒さなくては誰だって安心して口に運ばないぞ? まぁ、自分は悪魔だから気にせず食べたがな」


 最後の一言は余計です、とイサカが念話で釘を刺してきた。

 (むぅ。また、やってしまったか!)

 そんな思いが、つい顔に出てしまった。しかし、念話のことを知らない料理長は、さっきまでニコニコしていた自分の表情が途端に曇り始めるという豹変ぶりから、料理長本人が思っている以上に対応が不味かったのかとオロオロし始め、目先の将来への打算を案じるあまり、小耳に挟む感じでボソリとその場所を教えてくれた。

 気分はイエーイ! である。

 ことわざで言うところの『災い転じて福と成す』だな。


 ■□■□


「お前って、本当にラッキーだよな」


 ホテルを出て、アンキモが待機させていたバスに乗り込んだ直後、シグがそう言った。


「自分が幸運というより、向こうが愚かなのだよ」


 自分は流行りの電子タバコを取り出すと、加熱スイッチを押しながらキメて魅せる。


「あれぇ? ますたー、いつもの葉巻は吸わないんですかぁ」


 残念ながら決まらなかったようだ。まぁ、こんなときもあるさ。


「女の姿で葉巻はドン引きだろう。それに妊婦さんに最大限配慮してみた結果だ」

「本当は吸わないでほしいのですけどねー」

「それがなぁ、吸わないと落ち着かないんだよ。あ、誰かおっぱいでも……」


 ウィンの一言からとっさの閃きが浮かんだ。

 一緒に乗り込ませた野郎二人が思わぬイベントを考え付いた自分に感謝するように顔色を上気していたが、突然の下ネタに不愉快な表情を隠さないイサカが(きっと自分に渡すつもりであった)手のひらに幾つか載せたパイン味のアメを無言で自分の口に無理矢理ねじ込んできた。

 その時のイサカの表情は、第三者から見れば般若のように見えただろう。

 アメの幾つかが喉の奥に貼りついてそれでモガモガと苦しむ自分の姿を見て、野郎二人はアッサリと甘い夢を捨て、窓から映える青い空に癒しを求めていた。お前らこういうときだけ仲良いよな。

 自分はパイン味のアメの甘酸っぱさにイサカとの初夜を思い出した。

 あの頃のキミは、うぶだったねぇ……。


 ■□■□


 離島の場所はGPSナビに登録したので、あとはそこへ向かうだけなのだが、料理長が教えた情報によると地上の楽園とか極上リゾートといった言葉がピッタリの場所らしい。となると、この面子でプライベートビーチを楽しむのもアリだが、どうせならもっと賑やかな方がいいかな、と思った。


「というわけで、孤児院の子供達やガロードたちも招待したいのだが、反対のヤツ、挙手」


 パートナーズに反対者はいなかった。


「フェゴールにしては気が利いてるのニャ。あいつらもきっと喜ぶのニャ」

「わふー!」

「スヤァ」


 ラムが何故か誇らしげで、ステアーは目を輝かせていた。

 メリーは相変わらずお休み中である。それでも寝言で返事とは何という高等技術。まるでかの眼鏡で泣き虫の爆睡少年の再来を思わせた。


「アイツのことだ。絶対、どこかで何か企んでるんじゃね?」

「でも、シグちゃんは反対しなかったですよねぇ。何故なんですかぁ?」

「こんなこともあろうかと、前から考えてた極秘ミッションを実行するためにだなぁ……」


 シグがベレッタに対して何やら説明している。それも楽しそうなので、放っておこう。


「正直、そっとしておいて欲しかったですけどー」

「あら、ウィン、そんなことでは生まれてきた赤子の情操に問題が出るそうですよ。今のうちからたくさんの子供達の相手をして少しずつ慣らしていった方がベビーちゃんも喜びますわ」

「聡子さん、それ、ソースはどこからですか?」

「もちろん、グングニル先生ですわ」

「えー。私の医療知識よりもネットの方を信用するとかないわー」


 まぁ、あの二人はあんな感じが平常運転だから、そっとしておこう。


「ほぅ。これは、ボクの利き酒がまた冴えるというわけだね」

「やったぜ、隊長。昼間っから酒を飲み放題とか太っ腹! ヒューヒュー♪」

「うむ。ならば、せめて酒のつまみぐらいは現地調達で極上を揃えんとなぁ」


 男装、爆乳闇エルフ、幼女の何ともチクハグな3人が揃って酒の話で盛り上がっている。

 何を持っていくかどうかの話が出てきたので、焼酎と吟醸酒の注文を追加しておいた。


「あのー、質問があるッス」

「コクコクコク」


 最後にいつも不満を言わずにメイドの仕事をこなしてくれるカムとチェスターから意見が。


「何だろうか?」

「連れていくのは、ガロードさんたち、孤児院の子供たちだけッスか?」

「希望があるのかね?」

「ッス!」

「コクコクコク」

「じゃあ、連れていきたい人たちをチェスターの口から直接述べよ」


 カムがチェスターを庇おうと異議を唱えようとするのを遮って、自分はチェスターの発言に注目する。

 パクパクパクと魚が口を開閉するのを何度か見届けたあと、チェスターの瞳に活が入る。


(しかけやさんたちとごとーしょっぷのひとたちもしょうたいしてください)


 それはそれは小さな声だった。だが、不思議と心にじんわりと温かみが伝わる声だった。そして、それは他のパートナーズにも同じ気持ちが共有されていた。


「許可する。アンキモ、ルートを変更だ」

「聞こえてましたぜ、旦那。了解でさぁ」


 アンキモがハンドルを切り、方向指示器の音が鳴った。

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