早朝(3) 女の子になったのだから!
シャワー室にて。
壁に設置してある液晶テレビからCMが流れた。
プヨプヨした身体つきの冴えない男が、次の画面になるや、マッチョマンになって雄叫びを上げていた。
ちょうど、ベネリとモナと一緒にその映像を観ていたので、真似してみた。
まず、自分とベネリが己の身体に対して自信の無いポーズをとる。モナは子供体型で恥ずかしがる。
何処からともなく大量の湯気が発生して、すぐさま跡形もなく霧散する。
美乳を強調するようにポーズをとる自分、爆乳をごく自然にさらすベネリ、大人体型になって魔乳で悩殺するモナがそれぞれのセクシーさを競ってみた。
「はっ!」
「どうした、フェゴール」
「美乳、爆乳、魔乳の三姉妹! レオタードを着れば、今日から泥棒猫レビューできるじゃん」
「そういや、隊長、妙にしつこい刑事に追いかけられてたよな」
刑事と聞いて、昨日の人の話を聞かないトレンチコートのおっさんを思い出した。
「イケメンじゃないじゃん」
泥棒猫たちの活動には、ちょっと間抜けなイケメン刑事が対決するという様式美がある。
「あれはフェゴールが男の時の担当じゃろ。ワシ等たちのレビューは別物じゃ」
「それもそうだな。じゃ、どんなヤツが出てくるかな~。楽しみだな、隊長」
「よし。そうと決まればあとでレビューに備えて、秘密の特訓よ、貴女たち」
「エイエイ……「「「オー!!!」」」
「いい加減にしなさい、貴女たちは!!」
その後、イサカに、長風呂が過ぎると怒られ、三人で土下座をする破目になった。
シャワーを浴び終え、着替え室に戻ると聡子先生が待っていた。
頼んでいた衣服が出来上がったのだ。
さすが聡子先生、仕事が早い。まいっちんぐである。
ただ、衣装を身に付けたあとの化粧や装飾品のノウハウは皆無なので、イサカに手伝ってもらい、何気に時計をみて驚いた。
時間の進み方の早さに。早いのなんの。
女の子は身だしなみに時間をかけるのではなく、どうしても掛かるものなのだと納得がいった。
「で、姿が変わってもサングラスは外さないんだな」
「アイデンティティーだからな。ま、エメラルド・シティは常夏の島だ。サングラスをかけていても特におかしくはない」
「それなら、もっとかわいいものを着けるのですぅ。イメチェンなのですぅ」
シグにサングラスのことを指摘され、ベレッタが提案をする。
特に異論はなかったので、ファッションは全面的に彼女らに丸投げした。
まるでお人形さんのように好き勝手いじられた気がしたが、まぁ、いい。
どんな時も堂々としていればいい。それだけのことだ。
仕度を終えると、いつものようにドアノブに手をかけ、カツトシたちが待つ世界へと戻った。
戻った。
大事なことなので2度言う。と言うのも、私と13人のパートナーズは、ジュドーの好意でホテルの最上階で寝泊まりしているが、如何せん頭数が多い。
ホテルの部屋を横並びに借りればいいのだろうが、問題が起きた。
メンバーを部屋に割りふる際、メンバーの相性問題で大いに揉めた。
パートナーズとは自分のためのチームなせいか、必ずしも個々の面々がみんなと仲良しこよしという訳ではない。
例えば、エルフのウィン。
彼女は機械生命体の聡子先生と非常に仲が良いものの、ダークエルフのベネリとは元々の敵対種族という間柄もあってか距離がある。
一方のベネリはダークエルフとしては変わり種らしくエルフをそこまで嫌ってはいない。せいぜい、面倒なやつだな、という認識だ。しかし、機械生命体というファンタジーの世界ではほとんど見かけることの出来ない存在であろう聡子先生が、本能的に苦手のようだ。
それでもまぁ、自分が連れてきた当初と比べると、人間に似せて造り直したこともあってか、だいぶマシ……という状況には改善されているが。
まぁ、こんな感じなので、部屋割りが上手くいかなかった。
次に、カツトシである。
あれは思春期の坊っちゃんである。
つまり、暇さえあればパートナーズの裸を覗きたがる。
2日前は、自分が朝からウィンと致しているところをカメラ撮影して弱味を握ろうとしていた。幸い、アンドレが気を利かせてカメラを握りつぶし、彼の肝っ玉も潰されたのだそうな。
以降、パートナーズのカツトシへの警戒度は常にマックスという。
イサカ曰く「ムッツリスケベの視線は気持ち悪い」のだとか。
ふぅん。見た目は害のなさげなイケメン少年でも、陰湿な性格は嫌われるのか。
参考になるな。
ちなみに衣服脱ぎ捨てジャンピングを実行するぐらいにドスケベが相手だと、パートナーズ的にはあしらいが楽だから、そこまで毛嫌いはしてませんよ、とのこと。
パートナーズから信頼されてる?
どうだろうなぁ。手を出すたびに普通の人間なら軽く死ねる位のカウンター攻撃を気軽に放てる相手だからこその発言と受けて止めておこう。
とまぁ、前口上が長くなったが、要はジュドーが用意したロイヤルな大部屋は、ドアを開くとエデンにある私の家へとワープする仕組みになっている。ちなみに、エデンだが死んだ妹のために創った死者の国であるタギリロンとはまた違う、オリジナルのユートピアである。
そこから『戻った』わけである。
カツトシは懲りもせず、ドアの鍵穴を覗いていた。
彼曰く『ときどき、誰かと誰かがエロい事をしている』ようで、止められないのだそうな。
あまりにも間抜けヅラをしながら覗きに夢中になっているのを、バアルが老婆心から口を出したことがあったが、激しい暴行をくわえて黙らせている。
力を失ったバアルからすれば、誰と誰のエロい行為であるかを説明できないカツトシの状況に魔力操作の臭いを感じたからこその指摘だったのだが。
ともかく、今回も夢中になってドアに再接近していたため、ドアが開いた瞬間の身構えができずにいた。つまり、勢いよく開いたドアに顔を強打され、カーペットの上でのたうち回っていた。
「よ、起きていたか。二人とも」
自分が声をかけるとバアルからは『エーッ』という微妙な反応があった。正体がわかっているからこその反応だろう。一方のカツトシはダメージから素早く回復すると、紳士のオーラを醸し出しつつもしっかりとイケメンアピールをし始めた。
それでいて、特に胸のあたりにねっとりとした視線を感じる。顔もたまには見てくれるけれど、メインはおっぱいである。
自分も昨日までは男だった。だから、つい胸に視線を移す気持ちはよく理解できる。しかし、今の自分は女の姿をしている。言いたいことはきちんと伝えた方がいいだろう。
「カツトシくん」
「はい、なんでしょう。新しいお嬢さん」
新規加入のお嬢さんが、どうして君の本名じゃないほうの仮名で呼びかけることに一切の疑問を挟まないのだろうか。そんなに些細な問題なのだろうか。君の国の族長だったら激怒するところだが。
「さっきから私のおっぱいばかり見ているよね。きんもー☆」
予期しない、突然の罵倒に固まるカツトシをよそに胸を両手でクロスガードした自分は側にいたモナと一緒に『エロい視線ってイヤだネー』と顔を見合わせて頷き合った。
「な、なにを根拠に」
「根拠もなにも、カツトシくんの視線はいつもおっぱいばかり見ているよ。イケメンなのに、残念な子」
狼狽えるカツトシに、小首を傾げながら覗きこむような姿勢で反応を見てみる。
サマードレスと肌の隙間からチラリと見えているだろうおっぱいの部分に、猛烈な視線を感じる。
「おい、餓鬼をからかうのはその辺にしておけ、フェゴール」
カツトシの眼鏡に叶うほどの美女だと認識した上での『むっつりすけべは最低』発言にショックを受けたカツトシが、ムッツリスケベだと思われたくないあまりに煩悩と戦っているところ、自分が上目遣いでグイグイと密着するような姿勢で欲望をほどよく刺激していて楽しんでいたら、バアルから雰囲気を壊す一言が。
その名を聞いたカツトシが白く固まった。
次に首をギギギと動かして、涙あふれる目が「マジっすか?」と訴えている。
「マジぴょーん。ベルフェゴール、本日、女の子になっちゃいました。テヘペロ」
お茶目な仕草で笑いをとってみたら、カツトシの魂が抜けていた。
どうやら燃え尽きたようだ。




