夜(11) 決着
ゆっくりと目を見開いてみた。
「ギャハッハッハ。お前らの攻撃には焦ったけどよ、この溜めていた力を再吸収すれば、ケガはこの通り、ピンピンだぜぇ」
パートナーズとの感動の再会を期待していたが、待ち受けていたのは、クソ悪魔の嘲笑だった。
まぁ、こんなもんか。むせる。
「そうか。お前、もうひとつ、とんでもないのを忘れてるぜ」
「ああん?」
自分のハンドサインに気付かなかったクソ悪魔は、それまで滞空していた竜をようやく認識して、目を見開いた。
メリーの全長は、確か、10メートルはあったと思う。
その超物体が超重量と化して、クソ悪魔を下敷きにした。
大した断末魔もなく、クソ悪魔は地中に埋もれた。
「……終わったのニャ?」
ラムが地鳴りのあとに、終戦宣言を尋ねてきた。
「半分だな。今から、ちょっとやることがあるからな」
正直、説明をする時間も惜しいので、今から必要なパートナーズを呼び出すことにする。
「モナ、ルルシーの遺灰の入った瓶を寄越してくれ」
「何をする気じゃ?」
「ルルシーを復活させる。そして復活には自分の血を用いる。意味はわかるよな?」
「意味はわかるが、お前の血は副作用があるじゃろうが。反対じゃ」
「仕方ない。モナの懸念を振り払うためにも、作戦を変更するか。
メリー、そのクソ悪魔を掘り出して、こちらに放り投げてくれ」
想定通り、ここにいるモナ・シグ・ベレッタの初期パートナーズは自分の血の効能と副作用を理解しており、顔を険しくしてクレームのひとつでも言いたそうだった。
血肉を用いて作られた次の世代のパートナーズであるメリー・ラム・ステアーには、まだ教えていないこともあり、キョトンとしている。
暫くのち、クソ悪魔との同化が進行しているガロードの身体が宙を舞った。
メリーはきちんと仕事をしてくれている。
自分は地面を固く踏みしめると、腰を据えて、片手を、放物線を描くガロードに向けて撃った。
いや、正しくは片腕の柔らかい部分から複数の蛇の骨の塊が飛び出して、ガロードの身体を貫いた。
いや、喰い破った?
まぁ、表現はさておき、身体を貫通した蛇骨の頭はパカリと八等分されるとヤマタノオロチ化してアンカーの反り返しのように貫通した身体の向きとは逆方向にアゴを開き、ガロードをガッチリと固定するかのように噛みついた。
それだけなら、伸縮自在なドラウプニル辺りでも適当に投げて拘束すればいいだけだ。
大事なのは、何のために蛇でなくてはならなかったのか、だ。
簡単である。
自分の身体の中で生成されたある毒液を蛇の牙からガロードに染み渡らせるためである。どうせなら、一頭の蛇がじわじわと毒を流し込むよりは、八頭の蛇が一斉に流し込んだ方が効果が高い。また、その毒液は人間には効果の薄い毒だが、人外度が上がるにつれて毒の濃度が跳ね上がる効能があった。
だから、吸血鬼にも多少は毒の効果はあるのだが、人外中の人外を極めたモノ……いわゆる悪魔には絶大な威力があり、クソ悪魔は中毒死から逃れるために必死になってガロードの身体から分離した。
というか、口の中からエクトプラズムを放出するかのように黒い靄のようなものが飛び出してきた。
そして、ある程度、定まった形を取ったところに、クソ悪魔が自慢していた神の力いわゆるの神聖力の詰まった閃光弾をぶちこんで、霧散させた。
辺りに生命反応がないことを確認して、フッと銃口に息を吹き掛け、この争いに幕を下ろした。
次に、蛇骨を引っ張ってガロードを引き寄せた。
自分の注入した毒によって若干弱ってはいたが死ぬほどではないので、モナからルルシーの遺灰の詰まった瓶を譲り受け、そのまま握りつぶした。
ガラスが自分の手のひらを傷つけ、少なくない血量がルルシーの遺灰に吸収される。
ほんの3秒ほどでルルシーの身体の外郭が出来上がってきたので、遺灰の塊をガロードの胸板になすりつけて、あとは放っておいた。
というか、ルルシーの視界に入らないよう急いで場所を移した。
ギースがルルシーたちを構いたそうにしていたが、無理矢理、連れてきた。
「ほらよ。服だ」
テツの様子が気になって移動していたとき、シグから衣服を手渡された。
そういえば、クソ悪魔の破壊攻撃で衣服が木っ端微塵になっていたんだった。
すっかりダメになったネクタイを外し、自身を余すことなく写してくれる長鏡を取り出してきたメリーにお礼を言いつつ、その場で着替えることにした。
「ちょっと待つのじゃ」
「何でさ」
「ケアチェックがまだなのじゃ」
「大体のケガは治ったが?」
「小さなケガはまだ、じゃろう。そのままシャツを着てみぃ。血が滲んで洗濯が大変じゃろう」
シャツに袖を通そうとしたとき、モナからストップがかかった。
確かに、攻撃が止んだことにより、持ち前の再生能力はケガを完治させつつあった。
だが、大事には至らないと判断された微細な擦り傷や切り傷はそのままだった。そこで、ウィンが皆に持たせた傷薬をよく染み込ませた脱脂綿が、イタズラ好きの少女たちによって次から次へと突貫攻撃を仕掛けてきた。
そのひとつひとつがムチャクチャ染み込むので、顔が歪みっぱなしである。
それが面白くて、モナとシグとラムは治療? を止めない。
日頃の意趣返しだろうか。
まぁ、考え方を変えるなら、おっさんの痩せぎすな身体を少女たちが健気に看病しているわけで、それはそれはロリコン的には僥幸なことなので、傷からの出血が引くまでの間は、されるがままにしておいた。
「お前さんも好きだな」
「うむ、たぎるね」
この様子に対し、ギースが一言。
対して、自分は偽らざる心境を吐露。
ギースはくるりと背を向くと、手のひらをヒラヒラさせて離れていった。
視線を追うと、抱き合って涙しているルルシーとガロードたちの面倒をかけに行く途中のようだ。
あんたも好きねぇ。
「はい、コーヒーですぅ」
ベレッタがコーヒーの入ったティーカップを寄越した。
受け取って、一口。
ウィンから好みの風味を聞き出していたのは知っていたが、きっちりと同じ味を整えてきたことに驚いた。
ゴクゴクと飲み干して、「ごちそうさん」と告げておいた。
ベレッタの返す笑顔が眩しい。
コーヒーを飲み終えた頃には、少女たちによる治療もメドがついた。
さっきからずっと鏡を持って待っているメリーに一言お詫びを言ったあと、急いで着替えた。
意味のないムーンウォークをして、意味もなくターンを決めて、着替え終えた。
◇◆◇◆
「クソがっ!!」
テツは、タールのような粘着性のある黒い液に全身を蝕まれ、身動きがとれずにいた。
以蔵と栗栖の蘭学者ペアが原因を探っているが、難航しているように思えた。
「どうかな、調子は」
「芳しくないですね。この不可解物質が、刃物も溶液も何もかもを吸収するので手がつけられませんね」
経験上、物事に夢中になっている栗栖に声をかけてもスルーされるため、以蔵に聞いてみた。
以蔵はストレートに匙を投げてきた。
「フェゴール、お前も最初に同じ攻撃を受けただろうが」
「まぁ、あのあと、常人なら6回は死んでいるような魔法攻撃がやって来たからね。どれかの攻撃を浴びて、その物質が剥がれたんじゃないかな」
「なるほど。それでしたら何らかのダメージは通るようですね。どんな魔法攻撃が飛んできたか、覚えていますか?」
「ふーむ。確か……」
以蔵の事情聴取に応じる形で、普段、使わない頭を捻ってうんうん唸っていたときのことだった。
ぞわりとした悪寒が走り、何の気なしに上空を見ると、クソ悪魔がいた。
上空千メートルぐらいのところで浮いていた。
先程の閃光弾のダメージからその存在は希薄であったが、片手に持っていたものがやばかった。
核弾頭である。
どこで手に入れたとか入手経路はともかく、クソ悪魔はこちらを道連れにする覚悟でそれを地表に叩きつけんと、なけなしの魔力か何かで推進力をつけるための準備を行っていた。
困ったことに、この事に気付いているのは自分だけのようだ。
クソ悪魔を撃ち落とすことは問題ない。だが、クソ悪魔のもとを離れた核弾頭の爆発に巻き込まれたら……となると、面倒極まりない。
そのことが微かな迷いとなって、顔に現れたのだろうか。
「チッ」
とテツが舌打ちしたような気がした。
と同時にクソ悪魔の出現場所に謎物質をくっ付けたままのテツが移動していて、クソ悪魔を吸着させる。
「あばよ」
テツはそれだけ云うと、姿を消した。
核爆弾を持っていたクソ悪魔と共に。
まさか亜空間へと突入できる特技を持っているとは思わなくて、しばし、呆然としてしまった。
「おい、以蔵。あの男がいつの間にかいないのだが」
目の前のテツに対して集中していたはずの栗栖が、以蔵に疑問をぶつけた。
以蔵は栗栖がまた隠れて阿片でも打っていたのかと腕をまくろうとして振り返り、確かにテツがいないことに驚いていた。
「テツさんは何処へ?」
「テツは死んだ」
一部始終を見届けることとなった自分としては、これが精一杯の発言だった。
さらば、テツよ。




