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夜(10) 突然ですが、作戦会議です。

久々のフェゴール回。

 タギリロン。

 ベルフェゴールの本拠地のひとつ。死後の世界にある。


 実を言うと、シグが確認する前に自分はほんの瞬間、死んだ。

 その理由は、タギリロンへと赴くためである。

 決して、パートナーズへの誓いを忘れたわけではない。本当だぞ。


 ◇◆◇◆


地獄タギリロン八起やおき署・署長室


「それで、本題とは何なのですか」

「そうですね。……とその前に軽く自己紹介を済ませましょうか」


 何かがやって来るのを感じたベリーニが特に慌てる風でもなく、傍に設置してあった空の椅子を指差す。

 程無くして椅子に光の物体が降臨し、形作られた。


「やぁ、ルルシーちゃん。私がベルフェゴールだ」

「お前に親しげに呼ばれる筋合いはないのです」


 出会い頭早々、激情に支配されたルルシーちゃんが襲いかかってきた。

 発明の魔神として培ってきた自分の経験と機械神(聡子)の技術力とハイエルフ(ウィン)の魔術が合わさった傑作『神の眼』が、本来ならば目にも止まらないほどの素早い伸びた爪での攻撃をやすやすと捉え、自分はその辺を軽くステップを踏みつつ、上半身を揺らす。

 何も知らない人がこの光景を見たら、まるで漫画のような回避の仕方だ! と思ってくれるであろう。

 そして、今回は非殺傷でこの場をおさめなくてはならないため、カウンターがてらにのど輪を決めて、そのままのどをつかんだ状態で床に叩きつけた。


「これで勝ったと思っているのですか?」

「いやいやいや、ただ話を進めたいだけさ、ルルシーちゃん」

「あなたにちゃん付けで親しくされるいわれはありません」

「これは失礼した。では、ルルシー、のど輪をはずす条件に大人しくこちらの話を聞いてくれないか?」

「……いいでしょう」


 というわけで、軽くこの場をおさめ、我々は椅子に座り直した。


「話は何なのですか?」

「ああ、君を生き返らせることなんだが、

「出来るのですかっ!」


 それまでのイラついた雰囲気がなりを潜めたかと思うと、ルルシーから驚きと期待の混じった感情がぶつけられた。


「吸血鬼は例え灰になってもヒトの喉元の血を振りかければ復活するんだが。知らなかったか?」

「知っているです。でも、今、あの状態で誰がそれをやってーーまさか、ギースさんの血を使う気ですか。止めてください。私が復活してもギースさんを失ったらガロードは深く傷つくのです」

「あ、それ一般論な。今回、振りかけようと思っているのは自分の血だから」

「は?」

「自分の魔神の血をもって、君を復活させたいのだが、良いだろうか?」

「あなたのそのマジンの血は、ヒトとどう違うのですか」

「一番のメリットは太陽の光を浴びても灰にならないことかな。自分の血を浴びた時点で、ルルシーは吸血鬼としてのランクが上がる。自分の血でどの程度上がるかは未知数だが、少なくとも太陽の光が脅威にならなくなるのだけは保証しよう」

「どうしてそこまで私に肩入れをするのですか?」

「まぁ、一つは罪滅ぼしだよね。自分がルルシーを殺さなければガロードも悪魔に心を支配されることはなかったかも。だが、今の段階を冷静に考えるとだね、やはり、君が一番ガロードの弱点になり得る。

 今回、君を殺さずともどこかで君を太陽の光に触れさせるような脅しをかけるような事態が起これば、どっちにしたってガロードは君を助けたい一心で悪魔に心を売り渡すケースが出てくるだろう。

 それだったら、いっそ、自分の血を君に与えて、君自身を強くさせた方が何の憂いもなくなる。

 そう判断した上での提案なのだよ」


「えっ、それって……」


 突然の提案に動揺するルルシー。

 話がうますぎるからだろうか、それとも血を入れられるのが嫌なのだろうか。

 しかめ面をして、親指の爪先をあま噛みしている様子から心境を読み取ってみるーーとは言ったものの、女心がわかるほど気の利いた悪魔でもないので、やっぱりわからない。


「いい提案だと思いますよ、ルルシーさん」

「ベリーニさん?」


 ここで、今まで沈黙を保っていた警察署長(ベリーニ)が口を開いた。


「大将、血を入れられることで何か副作用のようなものがあるのですかな」

「どうだろうな。同じ闇の住人とはいえ、悪魔と吸血鬼だからな。多少は何かしらの影響はあるかもしれない。だが、それが何かを特定する……あっ!」


 特定で思い出した。そもそもこんなことを考えたのは、前例があるからだ。

 その前例は、自分の血を用いての死肉からの生き返りだったり、骨からの組成だったり、魂からの転生だが、ひとつだけ共通していることがある。


「すごく独占欲が強くなる」

「あなたに対してですか?」

「いや、復活して初めて目にした対象に対してだな。自分にとってのステアーメリーラムがそうだ」

「それなら……やっぱり、いらないのです。私はガロードだけで充分なのです」

「んんー。じゃ、仕方ない。当初の予定でいくか」

「……念のために窺いますが、何をする気ですか、大将」

「ガロードを殺して、ここに連れてこよう」

「ちょっと待った!! その計画は反対ですわっ!」


 とドアが勢いよく開かれた。

 ベリーニが念のため、鍵までかけた特別製の扉だったが、やすやすと破られた。

 ベリーニが条件反射で腰の物を抜き、構えるが、自分がハンドサインでそれを中止させる。

 扉の外からは愚兄弟におんぶしてもらった、この国の女王にして妹のアシェラトが現れた。


「おおっ、シェラ。久しぶりだなぁ。元気そうでなによりだ」

「お兄さまもお変わりなくて。でも、戻ってきたのなら真っ先に挨拶に来て欲しいものですわ」

「いや、今回は正式に死んだわけではなく、ちょっと魂抜けたばかりだからなぁ」

「そうなのですか。少し、残念です。ですが、挨拶はこの辺にして、本題に入りますわ」

「ふむ。わざわざ制止するぐらいだ。なにか考えがあるのかな?」

「はいですわ。お兄さま、たとえ吸血鬼でも灰からの復活には多少の時間がかかります」

「そうだな。10秒あるかどうかの短い時間だが」

「10秒もあれば充分ですわ。お兄さまはその間にガロードさんを悪魔から引き離して、ルルシーさんの目の前に置いておけばそれで万事オーケーですわ」


 室内に微妙な空気が流れた。

 そりゃそうだ。

 何かしらの秘策があるかと思い、真面目に清聴してみれば、夢物語みたいなことをさも簡単に言う妹がいた。


「いや、な。シェラ、お前のアイディアにケチをつけるわけではないが、どうやって引き剥がすかと云うのにアイディアを使ってほしかった。それなら殺す方が早い。二人にはここタギリロンで余生を過ごす方が」

「それじゃ、ダメなんです」


 何だろう。シェラがいつになく本気だ。まるで二番手だとダメみたいな言い方までして。


「いいですか、お兄さま。この映像を見てください」


 と突如として空間から現れたモニターから映った人物を見て、開口一番、「ゲッ」と自分は本音を漏らした。

 刑務所の外ではとうの昔にくたばったはずの本物のバアルが、宴会を開いてご機嫌だった。

 そんでもって、恐らくバアルを復活させないといけない事情があったのだろう、パートナーズが酌をさせられ、踊らされ、歌を唄い、不興を買わないよう心を尽くしていた。

 バアルはバアルで、酒に酔ってはいても手を伸ばさないところの自制心は今のところあるが、どうだろうか。このまま酔いが進めば怪しいところだ。


「パートナーズの貞操が危ない!」


 確かにガロードを殺す話ではない。というか、ガロードを悠長に殺す時間がない。

 それだったらシェラが言うとおり、あの悪魔からガロードをひっぺ剥がす方がずっと早い。

 だが、どうやって?


「おじさん」

「おじさん」


 と愚兄弟から自分に対して何かを手渡された。

 改めてよく見ると、それは特撮物のDVDだった。


「これ、かっこいいよ」

「これ、かっこいいよ」


 と愚兄弟がお勧めする作品のシーンが映る。パイルバンカーを片手に装着した主人公が、対象者の外皮に付着している悪魔に対して対象者の心臓目掛けて迷いのない一突きを浴びせていた。悪魔は対象者に取り憑いているだけなので、巻き込まれて死ぬのを回避すべく慌てて肉体分離する様子が滑稽に描かれていた。


「こ、これだっ!」


 た、確かにこのやり方なら多少、身体がボロボロになるかもしれないが、ひっぺ剥がすことは可能だ。

 なぁに、ガロードもそこは吸血鬼。多少欠けた身体は時間をおけば復活するさ。


「ナイスアイディア、ジョーガンとバリンボー」

「どういたしまして」

「どういたしまして」


 自分のサムズアップに対し、ニコニコ笑顔で応えてくれた。

 やはりこの兄弟は、気持ちいい。



 よおおし!

 プランがはっきりと固まったぞ。

※自作品の用語&人名紹介※


◎シェラ

 拙作本編『フェゴールとファッキンファンタジー』にて登場した。

 元ネタは豊穣神バアルの妻にして妹のアシェラト。

 バアルの死後、落ちぶれて身寄りをなくしたが、ベルフェゴールが創って長らく放置していた魂の世界に安住の地を得て、現在、死後の世界の女王を務める。


◎豊穣神バアル

 ベルフェゴールのオリジナルの身体の持ち主。

 大昔、地球の神様と戦って負けた際に身体と心をバラバラにされた。

 その際に生まれたのが、力の大きい順にベルゼブブやベリアル色々と続き、最後に残ったしわくちゃの皮と骨と体液がベルフェゴールだった。

 ベルフェゴールの本体が老人の姿をしているのはここに由来される。

 説明するまでもないと思うが、全盛期のバアルは若く美しくたくましい存在である。

 今風に例えるならば、能力に溢れたイケメンで選ばれるべくして生まれた主人公と云うヤツか。

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