夜(8) 愛は生きているか! 前編
※前の話より少し時間がさかのぼります。
≫ギース・ムーン
あのクズがルルシーを撃った瞬間、俺は咄嗟に動き、義手となった右腕を突き出していた。もちろん、その忌々しい顔に渾身の一撃を見舞ってやるためだった。
だが、俺の一撃は隣にいた幼女が構えたライフルによって、勢いを大きく逸らされた。
「立つのじゃ。時間はない。はよせい」
無様に地面に顔を擦り付け、痛がる俺に対し、幼女は俺を立たせるために檄を飛ばした。
ティータニアほどの美女ならともかく、幼女に命令されて「はい、わかりました」と従える俺ではないため、思わず反抗心から、聞く耳を持たずにいた。
それよりもガロードだ。
何よりも大切なルルシーを失う、というショッキングな瞬間を目に焼き付けて無事であるほど、あいつは強くない。第一、そんなガロだったら、俺はエメラルド・シティに見切りをつけて、大陸に戻っている。そうならなかったのは、強化兵士に吸血鬼という破格の戦闘力に見合わない、人間臭い心……それは誰もが持っているはずの当たり前の心を失っていなかったからだ。
だが、その弱い心は、このエメラルド・シティでは命取りに繋がる。要はこの二人は非常に危なっかしくて、俺の世話好きを刺激してやまなかった。
そんなお似合いの伴侶のひとつが欠けた。
今、ガロは地面に屈して号泣している。
本来なら、俺が駆けよって、慰めにもならなくてもガロに呼び掛けなくてはならないんだが、それを隣の幼女はさせてくれなかった。
「これを渡す。ルルシーの灰が入っておる。無くすなよ」
どこからか取り出した小瓶には、みっちりと灰がつまっていた。
俺の考えがまとまらず、質問をひねり出そうと頭を使っていると、それは起きた。
ガロから目を離した一瞬の間に、ガロは別の姿に変貌していた。
それは俺が子供の頃、大陸で読んだことのある漫画のキャラに似ていた。
青白い身体に頭部だけコウモリっぽくて、背中に身長に見合った翼を生やした大男はなにが楽しいのか笑いを止めなかった。
ようやく笑いを止めると今度は自身の爪をフェンシングに用いる武器ように伸ばし、嘲笑と共にクズ相手に突き刺してきた。
クズは微動だにせず、その攻撃を受けきり、耐えきった。
「何だ? 俺を助けたのか」
「思い込みの激しい奴じゃのう。そんなわけあるか。今から悪魔と悪魔の戦いが始まるのじゃ。お前を野放しにしておいてはそこの悪魔の餌食じゃ。お前まで失ったらガロードを正気に戻す奴がいなくなる。じゃからワシが監視兼保護の役割を負って、フェゴールがワシとお前を全力で護るんじゃ」
幼女の説明が終わると同時に、激しい爆発音と爆風がやってきた。
爆発時の閃光で詳しい様子はわからないが、ガロに乗り移った悪魔とやらの攻撃が激しさを増したということだ。それに対し、俺たちは幼女が言ったように、不可視の壁が爆音と爆風から俺たちが本来受けるであろうダメージを肩代わりしていた。ただ、爆風から派生する危険な熱を伴わない衝撃波ばかりは不可視の壁でも防げず、準備の気構えができていなかった俺は吹き飛ばされ、壁に後頭部を打ち、再度、地面に顔を打ち付けた。
「言い忘れていたぞい。フェゴールの防御壁は致死性のダメージ以外のエネルギーは通すからな。さっきの衝撃波みたいな、な。しっかり踏ん張れよ?
それと、ルルシーの灰の入った瓶を何処かへ飛ばされて無くすようなヘマはするなよ」
言われて俺は咄嗟に胸ポケットにしまっていた瓶を確認する。
大丈夫だ、割れていない。
「次が来るぞぃ。構えろ」
ホッとするのも束の間。
ガロに取り憑いた悪魔から第2の爆風と業火のフルコースがやってきた。
「アチチッ!」
今度は心構えができていたので、衝撃波は地面に踏ん張ることで耐えられた。だが、次の、日差しを充分に吸収した熱砂のような高熱を発する地面に思わず小躍りした。踏ん張る際に地面に接するように近付いていただけに余計に暑さを感じた。
その一方で、幼女は涼しげな表情で俺を哀れんでいた。
「なんでお前はダメージを受けないんだ」
「ワシはフェゴールの愛人じゃからのぅ。とびっきりの加護をもらっておる。じゃから、お前よりもダメージを味わわんで済んどる。それだけじゃ」
「そうかい」
この調子だと、もしルルシーが生きていて同じ状況になったとしても、ルルシーも俺と同じ苦しみを受けていた可能性がある。いや、熱や風ぐらいではなんとも思わないだろうが、問題は光だ。
悪魔の攻撃は暴風、業火にとどまらず、氷結、電撃、念動、核熱といった攻撃があった。
その一番最後の攻撃時、とてもまばゆい光が俺たちを包み、それだけでなく身体全体が熱っぽかった。
俺はそれだけで済んでいたが、ルルシーはどうだっただろうか。
不可視の壁がこの強烈な光を通したってことは、俺たちだったらまぶたを閉じれば耐えられると判断したからだろう。だが、吸血鬼にこの光はどうだろうか。
何よりも、身を隠す場所のない結界のなかで、この光である。
ガロには悪いが、ルルシーは今の状態で正解だったと思う。
何よりも、この結界内で灰になった場合、その灰はすべて回収できたかどうか怪しい。
核熱攻撃は、高温・暴風・極めて眩しい光の三点セットである。
俺はもとより、加護を受けている幼女ですら核熱の光と熱にブツクサ文句を言っていた。
そんなに余裕がなかった、ということである。
外で耐えているあいつはもっと酷かった。
不可視の壁が面するであろう背中を除いて、他の身体全体がマグマのように赤く腫れ、皮膚の至るところから血を流していた。そして、何かしらの毒を身体のなかに入れてしまったのか、弱々しく震えている。正直なところ、それでもなお直立不動でいられるのが不思議なぐらいだった。
「正直、私はあなたを侮っていました。たいした活躍もせず『原罪魔王』の座に居座っているあなたが憎くて悔しかった。だが、あなたの司る『怠惰』の力も相当なものです。私の最大級の攻撃の数々をこうも威力を減衰させるとは。どれも即死級の攻撃魔法でしたが、あなたは生きていますし、あなたが守っている人たちに至れば、無傷です」
悪魔があいつを誉めていた。どうやら、一つ一つがおっかない攻撃だったようだ。
「ですが、さすがに次の攻撃は頼みの原罪効果も発揮できませんよ。
何て言ったって、神の攻撃ですから」
悪魔が神を謳っていた。
おいおい、何をバカなことを言っているんだ、この悪魔は……ぐらいにしか俺は思っていなかった。
だが、それを聞いた幼女はいきなり祈りのポーズをとり、何かに祈り始め、外のあいつは今以上にガードを固くして身構えていた。
いったい、今から何が始まるんだって言うんだ!?




