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夜(7) 魔虫、転じて福来る。

>刑務所門前にて


「残念でした。せっかちは嫌われるぜ、お嬢さん」


 イケメンは生きていました。いいえ、正確には吹き飛ばしたイケメンは影武者で、実物はあのゾンビ大軍団の中のどこかにいるようです。とんだチキンです。


(聡子さん)


 私はとっさにバスのなかで待機している仲間に念話で呼び掛けました。


(私を含め、みんな無事ですよ)

(そう、それはよかったわ。ところで聡子さん、あのゾンビたちの正確な数はわかるかしら)

(少しお待ちになって、えっ、何かしら、ウィン)


 ウィンの息遣いの乱れを聞き取った私は、とっさにバスの外側を見渡しました。

 さっき瘴気の浄化を行ったばかりだというのに、既に濃厚な瘴気がバスを包んでいました。

 普通、大地はこうも簡単に瘴気による汚染を受けません。

 何故なら、そのエリアに住まう地母神により大地は守られており、仮に百年にわたる大戦争が起こったとしても、地母神が大地に染み込んだ憎しみや恨みといった負の感情をその都度、浄化して正常な大地に戻しているからです。


≫もしも、このエリアに地母神が存在しなかったとしたら?


 ちょっとした閃きから、私は女神だけが反応する信号を送ってみました。

 残念ながら、反応はありませんでした。

 何時からかは知りませんが、エメラルド・シティは地母神の加護を失っていました。

 夜の10時から怪異が歩き回るという不思議な現象は、このことが原因の一つかもしれません。

 原因そのものと言いきれないのは、夜の10時きっかりに怪異が現れるからです。

 これは、別の何者かによる支配の影響が考えられます。

 それが何者であるかは、今はいいでしょう。


「ベネリ、この大地は魔界の力でかなり汚染されているわ。だから、ゾンビの数を減らしても、大地がゾンビを呼び込んで際限なく生産(・・)するの。よって、

「大地そのものの浄化だな。かったりーな、畜生め」

「だが、それ故にやりがいがあるというもの。一番手、ライカ、正義の楔をここに打ち込まん」


 ライカはエペで十字を切るとその切っ先を天に掲げます。

 既に垂れ込んでいた暗雲から、幾条もの白い雷が発生し、大地に向かってスコールのように降り注ぎました。

 それらはゾンビたちを瞬く間に塵状に変え、真っ黒な大地に干渉します。

 大地が揺れました。

 神聖属性を持つ白い雷に、大地の内部にいるものが反発した結果です。


「ベネリ、何かえるかしら?」


 このチームのなかで唯一の闇の眷族けんぞくであるベネリに、割れた大地のなかにいる何かを調べてもらいます。


「むむむむ…………しゃらくせえ。ゴーレム、いっけえーー」


 ベネリはその何かを凝視していましたが、特定には至らなかったようです。とうとう、いつもの短気を起こして、待機させていたフレッシュゴーレムを大地の割れ目に向かわせました。

 ゾンビ数百体分の人肉で造られた巨大ゴーレムが、歩く度に激しい地響きを起こします。

 今、この瞬間でさえ無限湧きしているゾンビ達が、地響きの度に足をとられ頭から地面にぶつかっていくのですが、地味に私の笑いのツボに入ります。


「イサカってさ、ときどき変なところで笑い始めるよな」

「うむ。フェゴールが言っていた『スイッチが入る』というやつであろう。ああなると、止まらぬらしい」


 ちょっと、そこの二人、聞こえてますわよ。



 その間にもフレッシュゴーレムは大地の割れ目に近づいていました。

 あと数歩で到着する予定でした。

 過去形なのは、割れ目の方からフレッシュゴーレムに襲いかかるようにして物体が飛んできたからです。


 それは、ぬめりを伴った非常に大きな黒ヒルでした。穢れた魔力がその身から溢れているところからして、ただのヒルだったものが魔力の吸収をきっかけに中型犬サイズにまで巨大化したようです。

 黒ヒルはいの一番に吸血行為に入ります。

 ヒルは、血が好物です。

 ゾンビとはいえ、数百体用いて作られているせいかそこそこ新鮮な人肉が残っているのでしょう。

 ヒルはゴーレムの抵抗を受けましたが、殴られたぶんの仕返しなのか、より一層の激しい吸血行為により、空気の抜けていく風船のようにゴーレムの身体を萎ませていきます。そして、ついにはカラカラになったミイラの山が積み上がるのでした。

 黒ヒルは丸まると太った身体をどうすることも出来ず、右に左にと転がっていました。

 その、帰りたくても帰れない様子が、なんだか切なく見えて、また笑いがこみ上がってくるのでした。


「イサカ殿がああでは、我々で動くしかないな。ベネリ殿、大地の汚染具合は如何かな」

「そうだな。ヘドロが数センチ積もっていたのが、数ミリ程度減ったぐらいだな」

「ふぅむ。先が思いやられるな」

「そうだなー、どうにかしてこのゾンビどもを一ヶ所に集めて、まとめて地肉の池みたいなのを作れば、その臭いに釣られた残りのヒルどもが一斉に出てきそうな……そんな気がしているんだが、良い方法が思い付かないな」

「ふぅむ。ベネリ殿、良策とは言えないだろうが、くだらない考えが浮かんだ。聞いてくれるか?」

「ダメかどうかは聞いてみてからだ。どんな案が浮かんだ? ライカ」

「うむ。実は、カクカクシカジカである」



 ライカの作戦に従い、ベネリは先程のゴーレムよりも3倍はありそうな巨大なフレッシュゴーレムを造り上げました。名称も、フレッシュジャイアントゴーレムだそうです。


「どう? 私たちのゴーレム。おっきいでしょう? もし、あなたが私たちのよりも大きいのを作れたら、潔く降参して、あなたの好きなようにして良いわよん」


 そして、その巨大な手のひらの上で、私たち3人は薄着姿になって色気を振り撒きながら、イケメンに呼び掛けました。

 イケメンは再び狙撃されるのを恐れてか、ノーリアクションでしたが、私たちを『好きなようにする』という誘惑はてきめんだったようで、瞬く間にゾンビ達が一ヶ所に集まっていき、人肉ゴーレムの形を作っていきます。

 そして出来上がったゴーレムは、私たちのジャイアントゴーレムよりも遥かに高く大きな存在でした。


「フハハハ。これぞ究極の人肉ゴーレム、その名も『フレッシュタイタンゴーレム』だ」


 そう威張り散らす声がゴーレムの中から聞こえると思ったら、心臓に近い部分にイケメンの姿がありました。また、人肉と一体化しており、試しにベネリがバズーカを撃つと人肉のなかに姿を潜り込ませ、バズーカのダメージをやり過ごしたあと、「無駄無駄無駄」と連呼しつつ楽しそうに強がっています。


「次は、私たちのゴーレムと対戦してみて」

「望むところだ。タイタン、お前の力を示してみろ」


 ライカの結界のなかで、私たちは事の一部始終を観戦していました。

 ジャイアントゴーレムとタイタンゴーレムの熾烈な殴りあいが始まります。

 夥しい量の血が飛び散り、その臭いが周囲を赤く染めていきます。

 お腹いっぱいの黒ヒルがその臭いに反応して、無機質な鳴き声を発生させました。

 これに合わせるかのように、大地の割れ目からたくさんの黒ヒルが出現しました。

 そして、一目散にふたつのゴーレム目掛けて吸血行為にいそしむのでした。

 最初のフレッシュゴーレムと違い、ふたつのゴーレムは大きい分だけ、激しい抵抗をしました。

 その手のひらや足裏でたくさんのヒルが潰されていきます。ですが、潰されたヒルの臭いに呼応するかのようにさらにたくさんのヒルが大地の割れ目から現れ、ふたつのゴーレムへとさらに襲いかかります。

 そのうち、ジャイアントゴーレムの方が黒ヒルの山に包まれました。

 ほどなくして、タイタンゴーレムも餌食になりました。

 たくさんの黒ヒルが丸まると太り、動けなくなり、無数のミイラがいくつもの山をつくりました。


「作戦成功。まずは第一段階だけどね」

「次は、豊穣神を呼び出す踊りか。アレ、あたいあんまり覚えてないんだよね」

「ベネリ殿、躍りなら私が覚えている。だから、真似をしていれば良い」


 そう。

 次は、穢れた大地を豊穣神によって実りある大地へと戻す儀式を行わなくてはなりません。

 本来は、私たちが選定した巫女達が踊るのですが、今回は私たちしかいないので代役で踊るのです。

 儀式に必要な丸まると太った生き物は、本来は牛なのですが、今回はこの黒ヒルで代用です。

 巫女装束に着替え直した私たちは、キャンプファイヤーに用いるような大きなかがり火の前で踊り始めました。

 演奏役が不在なので、大地を踏みしめるときのステップがリズムの代わりです。

 初めはたどたどしかったベネリも幾度となく踊るうちに勘を取り戻したようで、動きが俄然なめらかになりました。


 豊穣神の登場のタイミングは、巫女の精神状態が緊張から恍惚としてきたそのときに、篝火の中から現れます。

 棍棒を持って現れたいにしえの豊穣神バアルさまは、棍棒を振るい、丸まると肥えた黒ヒルを潰していきます。ただただ潰すのではなく、私たちの踊りに合わせて、まるで冒険譚で活躍する英雄のように雄々しきステップで呼応するように。


 豊穣神と私たち地母神の力の作用からか、潰された黒ヒルたちは乳白色の噴水をその身から溢れさせました。

 乳液はまず大地に染み込みました。染み込んで早々、緑が生まれ、大地に潤いを与えます。次に木々が生え、淀んだ空気を浄化していきます。今度はたくさんのミミズや昆虫が現れ、ミイラたちを捕食し、分解していきました。

 大地に更なる栄養が行き渡り、様々な植物が姿を表します。

 穀物や果実が現れ、動植物が生まれてきます。

 その中で、丸まると肥えた牛がウィンの手のなかで安らかに絞められました。

 聡子が瞬く間にその牛を解体し、カムやチェスターがばらされた牛肉の塊を宴の中心へとせっせと運びこみます。

 アンキモとカツトシとお春さんは宴の用意におおわらわでした。

 肉を焼く用意をし、酒の入った大きな壺を持ち運び、人数分の準備が出来たかのチェックに余念がありません。

 踊りが一段落した私たちは水浴び場へと移動し、バアルさまは牛肉を焼きはじめます。

 私たちが戻ったのを機会に、バアルさまは立ち上がると、酒杯を掲げつつ告げました。


「永らく不浄であった大地が、元の姿を取り戻した。今宵は無礼講である。乾杯」


 私たちは原始の月明かりに照らされながら、酒宴を盛り上げるのでした。

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