夕方 観光巡りしてたら、熱烈な歓迎を受けたよ。
※注※ 以下の軌跡は、深夜の事件発生数時間前のことである。
まっすぐにホテルに行くのも味がない。
なので、自分たちは手持ちのガイドブックに載っていたエメラルド・シティの観光名所を巡ってみた。
まずは、『エメラルド・シティ』を代表するべき場所を選んだ。
そこは何の変哲もない、こじゃれたビル街だった。
ガイドブック曰く『あるギャングが、生ける伝説に虐殺された場所』らしい。
「え~、ナニナニ。このビルの前の所持者だったとあるギャングが、大切な仲間を殺されて復讐の鬼と化したガロード・アリティーによって一味もろども虐殺された場所である。
……って、一人に?」
「その通りでしょう。ギャングは若者による不良集団に用いられる言葉ですから」
「じゃ、マフィアは?」
「そちらは、ギャングが成長して、組織としての規模が大きくなった時に用いられます」
なるほど。さすがは万能執事・イサカである。似たようなニュアンスでいて、意味の違いに対するレクチャーも完璧だ。
「ふーん。チンピラ集団に対して返り討ちが可能だったってことは、チンピラが弱いのか、そのガロードという人物が強かったかのどちらかだな」
「でも、それだと『生ける伝説』とまでは呼ばれないだろ?」
結論付けようとしたところ、ベネリ(昼間のバズーカ女)が疑問を呈した。
それもそうだな。
ただのチンピラ同士の小競り合いで、ここまで話が大きくなるわけでなし。よっぽどの無茶苦茶な状況での逆転ホームランがあったに違いない。
それがどういう状況だったのかの記載がないのが悔やまれる。
まぁ、気になるなら、聞けばいいだけのことだが。
「何なら、素直に警察に聞いてみるのが無難かな」
「その必要もなさそうな気がするニャ」
パートナーズのなかで一番、直感力に優れたラムがそう言った後、きな臭い空気に囲まれた。
否、薄汚れた服装にざんばら頭、手にはパイプや角材、ナイフ、ハンマーといった片手武器を所持した、ホームレスにしては体格と威圧感に恵まれた……手っ取り早く云えば、チンピラもしくはギャングの連中が「でへへ」「うへへ」とか言いたげな好色のまなざしで彼女たちを物色している。
これが、裏路地ではなく表通りで平然と行われ、周囲を見渡すと先ほどまでの――こちらを時折、怪訝なまなざしで見ていた――人だかりがウソみたいに引いていた。
「このあたりじゃ見かけない顔ぶれだな。クククッ、それもバカみてえにきれいなネーちゃんたちを侍らせてやがるぜ。お前、バカだろ?」
「総員、射撃開始。ただし、自分が足を撃った生存者一名だけを残せ!」
早速、交渉役とばかりに群れから飛び出してきた出っ歯のネズミみたいな顔をした中年男が不毛な会話をしてきたので、宣言通り撃ち、地面に転がせた。
あとは、各自のスタイルに沿った射撃音がやむまで待っておいた。
瞬く間に死臭漂う、おどろおどろしい雰囲気になったところで、少し深さのある血だまりに中年男の顔を寄せて、『生ける伝説』の話を聞くことにした。もし、反抗的だったときは、血だまりの中に顔を突っ込ませる予定だ。水と違い、ドロッとしているので、さぞかし器官に詰まってもだえるであろう。
「旦那ぁ、お願いでやす。それをしゃべり終えたあかつきには生かして欲しいでやす」
「いいだろう。思う存分語れ」
ねずみ男はまず最初に言質をとってきた。何はさておき、命の算段である。こりゃ、何かあるな。
まぁ、生殺与奪の権限はこちらにあるので、とりあえず、許可しておこう。
すると、ねずみ男、途端にホッと安堵したらしく、ペラペラと饒舌に語り始めた。
個人的には、”血だまりゴボッガババ”をやりたかっただけに肩すかし気味だが。
まぁ、いい。
「へぇ、あの話ですね。そのギャングの名はドラゴといい、その頃、急成長してきた成り上がりのギャング団でした。元々、このシマには『虎の会』『ゴメス』『オトワ会』をはじめ様々なギャング団があり、ドラゴはマスターのシマ以外を乗っ取って勢力拡大してました。詳しい話はあっしごときにはわかりませんが、ガロード・アリティーはドラゴの怒りを買って仲間を失い、吸血鬼化して復讐を果たしたそうですぜ」
「吸血鬼だと?」
「ああ、旦那は知りませんか。エメラルド・シティには『Z地区』という人外の住処がありやして、大方、どうにかしてそこへたどり着いて、知り合いか何かにガブッとやってもらって力を手にしたんじゃねえですかね」
「なるほどなー。吸血鬼になれば、普通の銃や刃物は効かないな」
「ええ。それはそれは一方的な暴力による惨殺ショーだったそうですぜ。なんせ、ロケットランチャーによる爆風にも耐えられるような化け物相手にただのチンピラがどんな抵抗を見せられると?」
ようやくことのあらましを理解して、うんうんと頷いていると「カタッ」と物音がした。
条件反射で手持ちの銃を音のたった方向に移動させる。
そこには、視点の定まっていないボロボロの服を着た小汚いガキがいた。
「おなか……すいたよ、とうちゃん……」
「バカッ野郎! こんなところにまでついてくるんじゃねぇ。大人しく家に戻れっ」
どうやらこのねずみ男、父親らしい。息子は幸か不幸か出っ歯ではなかった。汚らしい恰好は一緒で……あと、異様に痩せている。もっと踏み込んで言えば、餓死寸前のような、薄い肉をまとい動くしゃれこうべと言うべきか。
こいつも痩せてはいるが、子供ほどではない。
それどころか、さっきから酒の匂いと動物の脂の臭いの混ざった口臭がときどき風に運ばれて、何度か不愉快に思うことしばしばである。
……なるほど、子連れではあるが、この男は息子に対して、そこまで愛情はなさそうだ。
「なぁ、お前。あの坊主、俺が引き取ろうか?」
「マジですかい、旦那ぁ。旦那は初め見たときから『いい人』だと思ってましたが、あっしの目には狂いはなくてなによりですぜ。……で、いくらで引き取ってくれますか?」
おいおい、金をせびるのか。この状況で。
エメラルド・シティの住人、神経太いな。
「そうだな。鉛玉をやろう」
自分は何のためらいもなくトリガーを引き、子供に安らかな死を与えた。
「ひぃぃぃっ、人でなし。何しやがるんですかい」
「いや、いきなり売りつけるお前よりはまだマシだと思うがな」
「せっかくの金づるがぁ。アンタは鬼か? いいや、悪魔か」
「おお、正解」
「はひ?」
「俺の名はベルフェゴール。魔界じゃ、ちょっとばかり名の知れた悪魔さ」
軽く自己紹介しておいたが、ねずみ男には理解できなかったようだ。
まぁ、いい。
「イサカ、魔界行きのゲートを開いてくれ」
「了解しました。早速、準備します」
「まかい?」
「ああ、魔界。別名・地獄。
おめでとう。君は約束通り、生きながらにして地獄行きの切符を手に入れたよ」
「じゃあ、ミックもですかい?」
「ミック?」
「このクズの息子じゃないかい?」
自分の疑問にベネリが推測する。
正直に答えるのもいいが、この男には大きな絶望をもっと与えるか。
「俺の息子になったアイツは今頃、俺の国に着いてるだろうさ。俺は悪魔をやっているが、死者の国の王様でもあってね、ミックには生前何もできなかった分を次の転生までのあいだ、楽しんでもらう」
「だ、だだだ、だんだん旦那、旦那ぁ、聞いてくだせぇ。あっしも元々はごく普通のサラリーマンでした。ですが、ある日、見知らぬ女からこのクソガキを連れてこられて、認知を求められる日々が続き、拒否しまくってたら、会社をクビになって人生を棒に振ることになったんです。あっしは悪くねえです。むしろ、あっしの人生を破滅させたクソビッ……
話が終わる前にイサカが召喚した魔界行きのゲートが開き、ねずみ男はあっという間に吸い込まれた。
「エメラルド・シティ、業が深すぎるぜ……」
自分は懐からマレボロを取り出すや、一服した。