夜(5) ない。それは、ない。
>地獄・八起署にて
「なっとく、いかないのです」
ジョーガンとバリンボーの兄弟が肩車で連れてきたルルシーお嬢ちゃんは、ここが地獄だと知って、開口一番、激情を交えながらそう答えた。
「ジョーガンとバリンボーは、良い人たちなのです。なのにどうして天国行きではないのですか!」
ルルシーお嬢ちゃんがそう怒る理由もよく分かる。
ジョーガンとバリンボー兄弟は、ガロードとルルシーお嬢ちゃんを助けるために自らを犠牲にして、大勢のギャングたちを前に怯まず、その拳が動かなくなるまで時間を稼いだことを。そのお陰で、ガロードとルルシーは地下道へと逃げ延び、現在があることを。
「説明できるのですか、あなたは」
「ベリーニ署長と呼びなさい、お嬢さん」
ルルシーお嬢ちゃんの剣幕に、ディーン君が釣られて怒気をはらんだ受け答えになる。
ジョーガンとバリンボー兄弟が、急に変化した居心地の悪さに顔を見合わせオロオロしていた。
「失礼しました、ベリーニ署長さん」
「ベリーニでいいさ、ルルシーさん。説明の件だが、まずは連れてきた兄弟に冷たい飲み物をいいかな?」
「ぼく、コーラ」
「ぼくも、コーラ」
兄弟たちはよほど飲みたかったみたいで、わざわざ挙手をして欲しい飲み物を要求した。
おじさんは、おじさんの机の横に設置している冷蔵庫から2リットルのペットボトルを2本取り出すと、兄弟たちに振る舞った。
兄弟たちは目をキラキラさせて、蓋をはずすと、威勢の良い飲みっぷりを見せた。
ルルシーお嬢ちゃんは、おじさんの予想通り、兄弟が美味しそうに飲む様子を見て、心が癒されていた。あのまま説明に入ったところで、理不尽なあの世の仕組みに対し、より一層、場の雰囲気は荒れただろうから。
ー
「再生医療の夜明けぜよ~~」
「はぁ……」
目の前の着流しの医者・栗栖さんはハイテンションな方でした。
待ち合わせの場所で、いきなり両の手を掲げて、意味不明なことを言ってくるのですから。
「すみません。栗栖先輩は先日、再生治療の勉強を始め、始終、あんな感じなのです。あ、申し遅れました。わたくしの名は以蔵。お見知りおきを」
同じく着流しなのにインテリのオーラ漂う以蔵さんの方は、しっかりした印象を受けました。
「おい、多助。見ろよ、年頃の南蛮娘がいっぱい居やがるぜ」
「龍さん、鼻の下を伸ばしているところ悪いんですが、あの女たちは皆、いまから会いに行く依頼人の情婦ですよ。あきらめなさいな」
「けっ、十三人もこさえるとは、良い趣味してやがるぜ。きっとろくでもないヤツだぜ」
「まぁ、うちらがお世話になっている地獄の大将ですからねぇ。このぐらい数を揃えないと満足しないんじゃないのでしょうかねぇ」
「んだとお! ますます許せんなぁ、ソイツは」
あの龍さんと呼ばれた筋骨隆々のお兄さんは、朴訥な印象があったのですが、口を開けば、年頃の青年でした。それを多助と呼ばれた年配の男が相手をしているという感じです。
「うああっ、草むらが、草むらが無いっ」
突然、三度笠を目深に被っていた女性の渡世人さんがうろたえていました。
「草むらが無いとなぜ駄目なのニャ?」
「……っわたしは、草むらに忍んで、相手の隙を撃つのが仕事なんだ。だから、草むらが無いと仕事にならないんだ」
「だったらこれを貸してあげるのニャ」
うちのラムが、女渡世人さんにギリースーツを渡していました。
ただ渡されただけでも使い方がわからなかったようで、ステアーが彼女の目の前でスーツを着てみて、寝転がりました。
目の前には、彼女が欲した草むらが出来上がりました。
女渡世人さんは涙を浮かべながら、ラムとステアーを抱き寄せ、お礼を述べるのでした。
良い話です。
あと、この現場に居ないのは、政吉さんと左内さんという方でした。
政吉さんは、お春さんが言うには蕎麦屋の旦那さんで、左内さんはお侍さんとのことです。
「政吉さんはこの辺りの賭場で時間を潰すと伝言がありやしたぜ」
「八丁堀は手頃なカモを探すのに忙しい、だとさ」
多助さんと龍さんの言葉から読み取るに、情報収集でしょうね。
それにしても、仕掛け屋さんというのは、随分と個性的な面々なのですね。
ウィンは一体、どういう縁があって、知り合ったのでしょうか。
「ああ、それならフェゴールがウィンに紹介してたぞ。そもそもは私が同じ正義の匂いを嗅ぎ付けてフェゴールに調べてもらうよう頼んだのがきっかけだがな」
自信満々に、自慢のエペを構え、ライカがそう答えました。
そして、ライカは多助さんと向き合い、互いに抜刀したまま、勝負事に興じています。
いつもの事ですが、本当にこの人は、暇さえあれば仕合をしてますね。
「オフ、オフゥ。……ウゴッ!」
その一方で、先ほどの龍さんが、ベネリと仲良く地面の上でグレコローマンです。最初のうちは、お互い密着する関係上、ベネリの胸の柔らかさを堪能していたようですが、その隙に関節を極められて瞬く間に青い顔を浮かべ、唯一空いた片手で地面を盛大にタップしています。ですが、ベネリに許すつもりがないのを悟り、慌てて片手を握りしめて殴りかかろうとしていましたが、時すでに遅し。胸の密着による窒息で気絶していました。
ベネリに挑戦する男たちによくある光景です。
小休止。
仕掛け屋さんたちをバスに乗せ、私たちはフェゴールたちの決闘場へとやってきました。
お春さんとウィン、カムとチェスターをバスに残し、降り立った私たちは、まず、ぞわりとした背筋に入り込む悪寒のような瘴気の洗礼を浴びました。
仕掛け屋さんの面々は気合いを込めて振り払い、私たちは自身の内面に宿る神性を顕在化することにより、浄化します。
例えば、私ことイサカは天使の姿に戻ることで、他の面々は獣人化、竜化、闇の衣を具現化し、それを身に纏うことで闇と同化する等々です。
「解錠の時間ぜよ!」
私たちの準備が整うタイミングを見計らってか、ジャストな感覚で栗栖さんが次の行動を示唆します。
そう。
いま、私たちの前には、刑務所正面玄関の重苦しい扉が立ちふさがっていました。
見た目こそ、やや錆び付いていますが、そこは正面玄関。セキュリティに抜かりはありません。
最新式と見せかけて、その裏をかいた魔法によるギミックが私たちを襲いました。
※赤井作品の用語&人名紹介※
◎栗栖
『闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜』に出てくる登場人物の一人。
仕掛け屋の以蔵と知り合い。かつては日本の医学の未来のために日夜研鑽に余念がなかった。
どこをどう道を間違ったのか、阿片売りへと落ちぶれ、仕掛け屋の抹殺対象となる。
死してなお医療への未練をくすぶらせるも、聞き上手の南蛮人に乗せられ、タギリロンへと入国し、死後の世界とはいえ、紛れもない先進医療に進んで関わり、以蔵と共に知名度を得た。
以蔵の紹介で、再結成された仕掛け屋へと加入し、今に至る。




