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夜(3) 悪魔、覚醒

 大粒の涙を浮かべたガロードは、地面に四つん這いになると植物が地面から栄養を吸収するかのように、エメラルド・シティの大地がこれまで吸ったであろう、憎悪の血、憤怒の血、慟哭の血を身体全体に取り入れはじめた。いや、自分の目からはそういう風に見えるだけだ。

 テツには、ガロードが悲しみから立ち直りつつあるのに対し、何故か己れの額から大量の汗が吹き出てくるほどのプレッシャーを感じているようだった。


 改めて自分の目で観察するに、ガロードの周囲にはそういった負のエネルギーが集まり、光すら吸収する暗黒の繭のようなものを形成し、ガロードを包み込んだ。と同時に、ガロードの身体全体にエネルギーが一斉に流れ始め、苦悶とも絶叫とも違う意味不明な叫び声がわずかに聞こえはじめた。

 自分の本能が、かつてない危機警報を鳴らしていた。

 一方のテツは、生まれ変わるガロードの未知数の力に対し、両手をボキボキ鳴らし、再コングが鳴り響くその瞬間を見据えていた。

 自分はそんなバトルジャンキーに呆れつつも、スマホを取り出すのだった。

 




 おじさんのアノヨphoneがメロディを奏でた。

 指定着信音は『トーヤマの暴れん坊大将』。普段は遊び人のゴールドマンさんが非常時には巨悪を銃撃で穴ボコにしていく勧善懲悪ドラマのテーマ曲だ。

 お気に入りの曲のひとつだが、なかなか鳴ってくれない。もっとも、頻繁に掛かってくる相手ではないので仕方がないし、電話が来たら来たで、面倒くさいことを頼まれるんだよねぇ。


「はい、ベリーニです」

「べりりんであるか。大変である。至急、サンズノカワに赴いて、ついさっき、死んだばかりの吸血鬼の少女を確保するのである」

「あのー、大将、その声で命令を下すのはやめてくださいよ。……昔を思い出すじゃあないですか」

「あー、わりぃわりぃ。マリアがベリーニの事を語るときの熱っぽさがツボだったんでな。ちょっと真似してみた。感想はどうだ?」

「似てないですね。口調だけを真似したうわべだけの演技ではしらけます」

「そうか。あの平身低頭のベリーニさんも出世した途端、言うようになったなぁ。まぁ、いいや。例の件、実行よろしく」


 言うだけ言って、あの人は勝手に電話を切った。

 やれやれ、である。しかし、大将にはああ言ったが、マリアは元気にしているのだろうか。生前、みんなで出かけたピクニックにておじさんが作ったサンドイッチをおいしく頬張る姿に和まされたなぁ。


「ベリーニ署長、出撃命令でありますか?」


 ビシッと最敬礼! が、いい加減慣れたディーン君の声で幸せな気分から意識を引き戻された。空気が読めないよなぁ、ディーン君は。ま、ディーン君の真面目さを非難する気はないけれど。

 やれやれとばかりに立ち上がったおじさんは、署に設置してあるレーダー装置の前に立ち、端末に情報を打ち込んだ。

 死んだばかり、吸血鬼の少女、サンズノカワ……で検索すると、ピコーンと頼もしいヒット音と赤い光点が反応した。それと同時にウチの署の警官を示す青い光点が2つ輝いていた。

 あれは、つい最近、おじさんがスカウトした二人組だった。

 おじさんは例のAphoneを取り出すと、彼らに連絡を取った。





 今日はフェゴール抜きでホテルで晩ごはんなのニャ。

 イサカやベネリといった体格大人組はバーのカウンターに集合して酒を飲んでいるのニャ。

 あたちやステアー、シグ、ベレッタたちは円形のテーブルに集合して、オスシを食べてるのニャ。

 みんな、無言だったのニャ。

 昨日のヤキニクのときの方が、みんなでワイワイだっただけに、すごく寂しいのニャ。

 ステアーなんて、さっきから鼻を鳴らしながら泣いていたのニャ。

 あたちが今までずっと頭を撫でてやってるけど、もうダメっぽいのニャ。


「♪~~」


 そのときなのニャ。ステアーのスマホに電話が鳴ったのニャ。

 着信メロディは『ワンワンパニック』ニャ。大喰らいのお化けなんて知らないのニャ。

 電話はフェゴールからだったのニャ。

 さっきの悲しみが嘘のように、ステアーが飛びついたのニャ。


「わふー♪」

「お、ステアーにかかったか。まぁ、いいや。イサカに伝言してくれ」

「わふー?」


 ステアーが電話の声が漏れていることに首をかしげたのニャ。

 それはあたちがこっそりスマホをフリーハンド状態にしたからニャ。

 何てったってこのバカワンコは「わふー」としか言わないのニャ。これぐらいは許されても良いのニャ。


「みんなを集めて街外れの元刑務所に集合すること。そして、本気モードになっておくこと。具体的なことは現地で説明するから、とにかく急いで来てくれ」

「わふー♪」


 ステアーは言われた通り、まずあたちたちに視線を移したのニャ。


「お前の言いたいことはみんなわかっているのニャ。お前はまずオスシを食べるのニャ。腹が減っては本気なんて出せないのニャ。分かったのニャ」


 食べ終えた者から順に支度を始めているのを見て、バカワンコは慌てて手付かずのオスシを食べて、案の定、のどに詰まらせたのニャ。





 漆黒の繭が破れた。

 中から猛禽類の爪を思わせる鋭く伸びた爪が繭を破った。

 そして、コウモリのフォルムが見えた。すわアメコミかと戦慄したが、それは頭だった。

 だが、コウモリを模した頭に青白い肌、怒りを表現したような燃え盛る背中の羽を見て、かの悪魔男を連想せずにはいられなかった。


「ガッハッハッ、それがお前の本気の姿か。楽しみだわぃ」


 こっちのことはお構い無しに、身体のツボに刺激を入れるテツがいた。

 ああ、なるほど。そうやってあの仁王テツが出来たんだね。

 再び仁王の姿になったテツがガロードに襲いかかった。だが、ガロードは鋭い爪をフェンシングのように構えると、次の瞬間にはテツの心臓めがけて貫いた。


「それで終わりと思うたか。若造」


 心臓を失ったにも関わらず、テツは腰に力を込めた。

 渾身のパンチを浴びせる気マンマンだった。だが、叶わなかった。

 ガロードが貫いた手を持ち上げた。

 テツの鋼のような筋肉は障子紙のように易々と引き裂かれ、テツの頭は茹で玉子のように輪切りにされ、地面にボトリボトリと落下した。

 ちょ、瞬殺にもほどがある。

 まぁ、テツには再生能力があるからあんまり心配はしないが。

 それでも気になるので、チラリとテツを様子見してみた。


「…………」


 気のせいだろうか。いつもの再生能力が発動していないような。

 いや、爪で傷つけられた身体の部分だけ、再生していない。

 ガロードは単純な力だけを得たわけではなく、再生能力封じとも言える特殊能力まで得ていた。

 こ、これは厄介だ。


「次はお前だ」


 自分の内心の焦りをよそに、ガロードは自分を指差してきた。

 ヒィ、ヒエェェェェ!!

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