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夜(1) 顔合わせ

※一部『ソルジャー・ブルー』からの引用があります。

 自分とモナはガロード&ルルシーと一緒に彼らが住処すみかとする、町外れの刑務所を訪れた。

 まずはじめにトーチカを思わせる堅牢なコンクリート壁が目についた。


「この刑務所が現役だった頃は、多くの札付きのワルもまたいっぱいだったんだ。エメラルド・シティ特有の能力者どもでな。だからか壁の厚さが大陸よりも分厚いのさ」


 モナと一緒になって壁をさわっていると、どこからともなく声をかけられた。

 振り返ると、壁に上半身の半分を預けながらこちらを見ていた男がいた。

 右腕が義手で、スカした笑顔が特徴の優男……ギース・ムーンだ。


「ふむ。大陸の刑務所の壁の厚さまで知っているのか。経験者か?」

「さぁな」


 答えははぐらかされたが、大事なのはそこではない。

 ギースは壁から身を離すと、自分に対して握手を求めてきた。


「ギース・ムーンだ。ギースでいい。アンタのことはフェゴールでいいか?」


 ほぅ、と自分が返答するよりも早く、モナが反応した。


「フェゴール、お前の名も知る人ぞ知る存在になったよのぅ。お前の愛人として鼻が高いぞい」

「そうだな、お嬢ちゃん。他にもいろいろ見聞きしているが、全部聞いていくかい?」

「大変嗜好をくすぐる話ではあるが、今日という日の重要性を忘れてはおらぬ。遠慮しておこう」

「理解があって助かる。決闘場はこっちだ。案内するぜ」


 しばらく歩いた後、やや錆び付いてはいるが重厚な錠前とこの刑務所の正門に出くわした。

 正門を抜け、まず思ったことがひとつ。


「電気、通ってないんだな」


 もと刑務所ならば、電気ぐらい通っているはずだ。しかもよほどの出来事さえなければ、簡単にインフラが死ぬような状況に陥らないだろう。


「この刑務所のボロさを見て、多少は考慮してくれ」


 ギースの発言を受け、建物の状態をもう少し詳細に見やってみた。

 外側の重厚なコンクリート壁とはうってかわって内側の施設の傷み具合は酷かった。

 この施設が現役だった頃、収容された囚人たちは凶悪犯に異能者どもだったらしい。となれば、誰しもが容易に考えるのが『脱獄』だ。それこそ様々な異能力が施設の壁や扉・牢獄に向けられたのだろう。怪力を振り回してつけられた扉などの隔壁へのへこみはもとより、経年劣化にしては尋常ではない腐食や焼失のあとがあちらこちらに見受けられた。


 外が薄暗いからだろうか。

 いつの間にか差した月明かりが、墓石のようなものを照らすのが見えた。

 近づいて、一番大きくて二つ並んだ墓石に石板が繋がれていた。


『ジョーガンとバリンボー、ここに眠る。彼らは魔神のような強い肉体と、天使のような美しい心を持ち、出会った全ての人間を幸せにした。彼らは友人たちが危機に陥った時、自らの命を差し出して友人たちを助けた。彼らこそが真の勇者であり、ヒーローなのだ。我々は語り継がねばならない、彼らの勇気を。そして、彼らの海よりも深い愛を――』


 そう読み進めていくと、モナが自分の袖口を引き、注意を促した。

 周囲を見渡すと、ガロードは哀しみをこらえるようにして唇を噛み、ルルシーは涙ぐんでいた。どうやら、部外者が簡単に踏み込んではいけない、彼らだけの出来事があったようだ。


「すまなかったな。戦いを前に邪魔をするようで」

「お前さんは部外者だ。だから今回の件は仕方がねえという部分がある。次は気を付けてくれ」

「ああ、わかった」


 そう返事をし、おとなしくギースのあとを追うことにした。



 ギースが決闘場に指定した場所は刑務所の運動場だった。

 見渡す限り、障害物足り得るものが何一つなかった。


「ここなら余計な邪魔が入りづらいだろうし、何よりモノがさらに壊される心配もない」


 せいぜい、ガロードかテツかがグラウンドに投げつけられたとき、地面にヒビが入るぐらいだろう。


「勝負の内容は聞いているのか?」

「ああ、お前さんとテツのペアでウチのガロードと対抗するという話をな」

「どちらかがくたばるまでの『デスマッチ』だぞ」

「ああ、問題ない」


 一応、念を入れてみたが、ギースの表情は涼しいものだった。

 ガロードの実力を信じて疑わないのか、ハッタリポーカーフェイスなのか。


「それよりも挑戦者のほうが遅刻しているぜ。こりゃ、敵前逃亡かもな」


 ギースの指摘により、自分は腕時計を確認してみる。

 約束の19時はとうに過ぎている。

 ガロードが自分に対して身構え始めた。


「おいおい、自分に格闘の経験はないーーーー

「俺の見知った情報によると、フェゴール、お前さんはジョンやビリー、あのマルコとも渡り合ったというじゃないか。役不足を感じる必要はないさ」


 ギースがそう言い終わるや、ガロードが突進してきた。だが、獣の一直線な突進ではなく、ステップを交えている。

 試しにホルスターから銃を抜き、顔を狙って一発撃ってみた。

 案の定というか、強化兵士だった頃の才能から吸血鬼の感覚が上乗せされており、銃弾の軌道が読めるようで、軽くスウェーするだけであっさりと回避しつつ、距離を詰めてきた。

 こちらも咄嗟のバックステップで距離をとろうとするが、日頃からあまり動かさない身体の挙動では移動に手間がかかり、あっさりと距離を縮められた。

 ガロードの腕が伸びた。

 つかもうとする指先の狙いは、自分の首先だ。

 とっさになけなしの防御姿勢をとるも、戦闘のプロは軽くいなし、片手でやすやすと持ち上げられる。


「ジ・エンドだ」


 ともうひとつの片手で手刀を作り、自分の心臓めがけて最後の一撃が繰り出されるその瞬間だろうか。

 手刀を握りつぶさんばかりに別のゴツい手がガロードの腕を包んだ。いや、ガロードの腕は握りつぶされ、無惨にも折れた。

 今度はガロードが後ろずさり、距離をとった後、「何者だ」と聞いてきた。


「へへっ。お前の真の対戦相手、テツ様とは、あっ、俺のことよ~~」


 となぜか歌舞伎役者のような物真似をして、どこからともなくテツが現れた。


「相手が誰であろうと、仕留めるだけだ」


 まだシュウシュウと音は立てているが、折れた腕は吸血鬼の再生能力で元に戻っていた。

 そして、自分と向き合ったときと変わらぬ表情で戦闘態勢に移行している。

 対するテツは、ガロードの、戦う者の目付きに対し、着流しをはだけ、上半身をあらわにさせた。

 どう説明しようか。

 とにかくおびただしい筋肉の塊がそこにあった。

 あえて例えるなら、仁王。

 血気盛んな若い鬼に対して、実力を見定めるかのような余裕を感じさせる仁王の姿がそこにあった。

※赤井作品の紹介※


『ソルジャー・ブルー』


 拙作にも登場するガロードがエメラルド・シティにて名を馳せるまでの軌跡が記されています。しかしながら、昨今のなろうの流行りにあるようなサクセスストーリーは微塵も感じられず、ただただ人が死んでいきます。ですが、そこには小さなドラマがあり、熱い血潮が悲哀が文脈に染み付いており、ついつい何度も読み返してしまう、中毒性の高い作品です。お薦めします。

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