夕方(3) 貴方の手が私に触れたとき
※妄想逞しい方は、ほどほどのイメージ力で読まれると良いかと思います。
>バー『ボディプレス』にて
テツはまだ白いままだった。
最初は放っておこうと思ったアンドレだったが、営業時間前のちょっとした準備を整える度に、呆けたままのテツが視線に入り、次第になぜかイラつきを覚えた。
そして、とうとう、アンドレは行動に出た。
「ちょっと、テツ、あんたいい加減にしなさいよ」
そう言うと、アンドレはテツをひっぱたいた。
こう表現するとなんでもないかもしれない。だが、テツは身長が2メートルに届きそうな筋骨隆々のハゲ。かたやアンドレは身長が2メートルを超え、体重も100㎏を優と超えた巨漢のオカマである。
その手のひらはちょっとした野球のグローブぐらいの大きさで、そんなモノが無防備な男の頬をとらえると、有無を言わさず吹き飛ばした。
テツはスツールから転げ落ち、壁に背中を激しく打ち付けた。
「何するんだよ、アンドレェェ!」
背中の痛みから我に帰ったテツがスクッと起き上がった。
そんなテツに対し、アンドレは真顔で向き合った。
距離の近い巨漢オカマのただならぬ気迫に、テツはたじろいだ。
「アンタ、按摩の修行をして来たそうじゃないか」
「アレは修行じゃーー
「お黙り」
一瞬、悪夢が甦りそうになったテツをアンドレは制すると、テツに背を向けた。
「なに、呆っとしているんだい。テツ、アタシの肩を貸してあげるから修行の成果を見せてくれ」
「おい、お前、自分がバカなことを言っている自覚があるのか?」
テツは生まれつき握力が尋常ではなく、握力を必要とする按摩ですらやすやすと患者を握りつぶしたり、圧死させた過去がある。
「アンタこそバカなことを言ってるんじゃないよ。アタシがアンタごときの握力で音をあげるとでも? 見くびられたもんだわねぇ。さぁ、ゴタゴタ言っていないで、やってごらんなさいな。
アタシの勘が正しければ、その馬鹿げた内容の修行でもアンタには効果があると踏んでるから」
テツはアンドレの自信に半信半疑だったが、それでもアンドレのガッチリとした体格はテツの握力でもそうそうは壊れないだろうという気はしていた。なので、アンドレに言われるまま、その肩をつかんだ。
その日、イチは開店早々に酒が飲みたい気分だった。
勝手知ったるなんとやら、扉を開き、カウンターのスツールに腰かけた。
「……」
なんか調子狂うな、と思えば、いつもカウンターの向こう側で色気を振り撒いて近づいてくる巨漢のオカマが珍しく居なかった。
あのオカマが開店時間をすっぽかすなんて珍しい。
これは何かあるな。
イチのエメラルド・シティで鍛え上げられた直感がそう告げる。
となると、怪しいのはオカマが出入りする奥の部屋しかない。
イチは、抜き足差し足で部屋の扉まで近寄ると、念のために気配を殺してドアノブを回した。
「ああん。いいわ、ソコよソコ」
「ここか、ここがいいのか? アンドレ」
「いいわぁ、人を喜ばせるのが上手になったわね、テツ」
「気持ち悪いことを言うな。だが、お前の身体、大体把握したぜ。これはどうだ?」
イチはこの世でもっとも見てはならない光景を目にした。
汗だくでお互い半裸のアンドレとテツが、にこやかに楽しそうに会話をしつつ、身体を揺らしていた。
積極的なテツに対し、受け身のアンドレが時おり身体をのけぞりながら、イヤンイヤンとばかりに首を振る様には、腹の底から高濃度の放射能が降りかかったかのような気持ち悪さを催した。
「はぅうう。いいわ、いいわ、この人殺し。もぅ、もう気が変になっちゃう」
「裸になれよ。何もかも投げ出す気持ちに……
これ以上この場にいては気が触れる!
そう判断したイチはそのまま静かにドアノブを回し、扉を閉めた。そして、そそくさと『ボディプレス』から立ち去った。途中、酒が飲みたくなったという同じ気持ちでいたジュドーを必死の形相で説得し、回れ右させた。
「しっかし、アンドレとテツがそんな仲だとはなぁ。わっかんねぇなー」
「おい、ジュドー。変な想像はそこまでにしておけ、酒を飲む気が失せる」
「へいへい」
「今日はお前んとこで飲むぞ。焼酎ぐらいはあったよな?」
「おいおい、いったい何時の時代の話をしてるんだ。エメラルド・シティの発展に合わせて、あの定食屋のメニューも少しずつ変化しているんだぜ」
「そうか。じゃあ、期待してみようか」
と、こういう経緯があって、ジュドーとイチは『ジュドー&マリア』へと足を運んだ。
その一方で、イチとジュドーの会話に聞き耳を立てていた者がいた。
ソイツは思わぬ特ダネに歓喜し、特別料金の情報としてエメラルド・シティ中に『アンドレとテツ』のことを流し、荒稼ぎした。だが後日、その噂を聞いたアンドレによって人知れず闇に消えたのはまた別の話。
「今日はヒマねぇ。いったい、どうしたのかしら」
その日の晩、テツを見送った知らぬが仏のアンドレは、閑古鳥が鳴く店の様子にため息をつくのだった。
※赤井作品の用語&人名紹介※
◎按摩を行う二人
赤井さんが連載中の『闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜』にて、按摩の多助が同じ殺し屋稼業の龍を相手に按摩をするわけですが、そのときの紛らわしい台詞回しは、必読ですよ。
妄想力が逞しい方なら、ビックンビクンです。ぐひひ。




