夕方(1) 揉みたい両手
男とは厄介なもので、関わったイベントに全力投球したにも拘らず、身体の火照りが抜けきれないときがある。
そういうときの解消法は、3つ。
食べる、寝る、ヤる。
自分にはどの解消法が適切か真面目に考えた場合、「ヤる」のが自然に思えた。
なぜなら「食べる」は、行動に移す気がなかった。つまり、今は食欲がないのだ。
かといって「寝る」は、ぐっすり眠ればそれだけ地球を衰弱させてしまう。
だから、「ヤる」のだ。
一応、テツに夜の集合時間までの間の予定を聞いてみた。
「そうだな。俺は『ボディプレス』で適当に時間を潰すさ。お前は?」
「ひと揉みしてくるわ」
「アアン?」
「だから、モミモミしてくる……って言ってるだろ」
「………………あ、なるほど。2階に用事があるのか」
自分が声を荒げたことに驚いたテツは、わずかばかりの沈黙のあと、両手をポンッと軽く叩いて何かしら合点し始めた。
「おいおい、そういう美味しいことをするなら、俺も混ぜろよ」
と、テツは自分に対して、盛んに手首を動かして誘っていた。
「やる気はマンマンといったところだな」
「あたぼうよ」
仕方ないので、テツも連れていくことにした。
問題は、うちのハニーちゃんたちがテツを受け入れてくれるかどうかだ。
ま、なるようになれ……か。
時間が惜しいので、懐から任意の場所へと転移するときに用いる、通称・どこでも○アの鍵を取り出すや、空間に対してドアの鍵を開けるのと同じ要領で鍵を回した。
普通のドアと同じ感覚で空間のドアが開き、ひたすら真っ黒な空間の様子にテツが驚いていた。
そんなテツに構うことなく、自分が先にドアの奥へと進んだ。
振り返ってみる。
テツがあとをついてくる様子がない。やはり、未経験からくる恐怖心のようなものに囚われていた。
「ドア、閉めるぞ? 十数えて動かなかったら本当に閉めるからな」
ドアから首だけ出して、テツに行動を促した。
カウントが5を切ってから、ドアの向こう側に変化が起きた。
異空間の穴が少しずつ狭まっているのだ。これはワザとである。でないとテツは何時まで経ってもその場から身動きできないような気がしたからだ。だが、異空間の穴のサイズがテツの身体では厳しいかな? というギリギリのラインにまで縮んだとき、ようやく茫然自失から立ち直ったテツが気合いを込めた掛け声と共にドアを潜った。
>エデン
エデンとは、基本的に自分とパートナーズだけが暇なときに足を踏み入れるプライベート惑星である。
外見こそ地球を模倣しているものの、ファンタジーな生き物が多く住まうのが特徴だろうか。
ちなみに人間は存在しない。アレは、最終的に住みかであるはずの惑星を滅ぼすまで自分たちの好きなように搾取するだけの下等生物だ。
だから、念のために普通の人間には耐えられない環境を創り、ファンタジーで見かけるような生命力溢れる生き物たちを住まわせているのである。
ちなみにテツだが、自分の頭のなかでは彼は人外という認識なので、連れてきた。
多少、鼻がむずむずするようなことを言っていたが、ほんの数分で持ち前の再生能力で以て、花粉症を自力で治癒していた。うむ。心配する必要はなさそうだ。
まぁ、そんな訳で、我々は現場に到着した。
場所は見渡す限り、ひたすら地平線しか見えない平原だ。
そんな原っぱの中央にちょこんとだけ施設と休憩所を兼ねた建物があった。
「来たか、同士」
自分等の姿を確認し、建物からずんぐりむっくりだが、筋骨隆々でたっぷりのあごひげを蓄えた老人が現れた。老人は、片手に人数分のパイプ椅子をもう片手には搾乳用の巨大な容れ物を持ってきた。
途端にテツが全てを悟ったかのような渋い表情を浮かべた。
「おい、まさかとは言わないが、今から『揉む』ものって……」
「その通り。乳は乳でもウシの乳だ。数は3,000ほど。なあに、ひとりにつき1,000頭で分けるから、そこまで大変ではない。仕事に取りかかるとしよう」
「ふっ、ふざけるなぁぁっ!」
まぁ、予想していたけれど、案の定、テツは激昂した。しかし、自分は誓って言う。
一言も人の胸を揉むようなことは言っていないとね。
それにだぁ、テツ。
あまりご婦人を待たせない方がいい。
何故ならば、期待を裏切られたことへの怒りから、テツの方へと割り振られた乳牛の皆さま方が二足歩行に移行して、両手にハルバードと呼ばれる長槍の矛先に斧がついた得物を持ち始めた。
「な、何だってーー!!」
テツが牛たちの怒りのオーラに触れて振り向くや否や、ハルバードの一撃が飛んできた。
テツは難なくかわしたが、一頭一撃とばかりに他の残った牛たちからの攻撃が続いた。
牛たちは自分たちの作業の邪魔にならないように配慮するようにテツを向こう側へと追い回し、荒れ狂った。
如何にテツが怪力無双であろうとも、地球の常識が通用しないエデンの牛たちにはビクともせず、死なない程度に痛め付けられて、自分たちがせっせと搾乳しているエリアへと連れ戻された。
そして、すっかり疲れ果てたテツに自分が搾乳のレクチャーを施し、テツはノルマが片付くまで両手を動かし続けていたのだった。




