昼(9) オムニバス
① あの時の小悪党たち
エメラルド・シティ。
世界各地の無法者が集い、にぎわい、発展していく悪徳の無法都市。
だが、そんなワルの街にも、もう一つの顔がある。
人外という、この世の常識の外から来た連中だ。
その大半は、手練手管の悪人たちをもただのエサとしか見ていないモンスターで占められるが、どういうわけか『夜10時前までに家の中へと入って行った連中だけは襲わない』という決まり事だけはしっかり守っていた。
だが、それも昨日までの話さ。
なぜなら、今日、昼の3時という時間帯にもかかわらず、やつらは現れた。そして、夜10時に平然と行われていることを誰にはばかることもなくやりやがった。
何を? と間抜けが訊いてきたから、俺は後ろを振り向くよう教えてやったよ。
のんきに後ろを振り向いた間抜けは、何もわからぬまま地面から現れたミミズのようなウネウネした動きを見せるでかい虫に頭からまるっと一飲みされ、喰われていった。
「ねぇねぇ、いったいどういうことなのかしら、二千」
「んなモンこっちが訊きてぇよ、ブジコ」
と俺は、止せばいいのにそばの喚く女を安全な場所に突き飛ばして、リボルバーをぶっ放す。
喉に大きな穴をあけた虫と人の中途半端が、思わぬ反撃に驚いた顔つきのまま、道路の上に倒れた。
ラクショーと思われていたのかは知らねぇが、他の似たような半端モノが俺の銃の威力に驚き、来た道を返す素振りを見せたが、俺のリボルバーはそこまで優しくはねぇ。
残りの残弾数と同じ死骸の数が、追加で横たわった。
……ふぅ。この辺の始末は終わったか。
俺の名は、二千大介。噂の大泥棒、ルペンの相棒だ。
ちなみに俺の隣でギャアギャア喚いているのは、ヒザブジコ。
自称・ルペンの恋人とのことだが、俺から言わせれば、ただの泥棒猫だ。
そして、そのブジコを優しく抱きかかえつつも、さりげなくブジコの体臭にクンカクンカさせて興奮している変態浪人が、石川五千衛門。
剣の達人という触れ込みだが、昨日といい今日も腰に何も帯刀していない。
いったい、どんな剣の達人なんだろうな。
「んーーもぅ、30分も人を待たせておいて、予告時間には現れず、代わりに人外たちをご招待とか、いったい何を考えているのかしら」
五千に肘鉄を喰らわせ自由を取り戻したブジコが、ブリブリとした文句とともにこちらに怒りをぶつけてきた。
俺はたまらず五千を盾に、ブジコからの手当たり次第な投てき行動から逃れる。
五千は五千で、何やら真面目くさった顔をし始め、ビルの屋上をじっと見ていた。
「あれを見よ」
五千に釣られて、差された指の先を見ると、バベルの天辺にステルス爆撃機の姿があった。
とっさに双眼鏡で様子見すると、爆撃機の背中の上でライフルを振り回す女の姿が見えた……ような気がした。
あり得ない上にクレイジーな光景だった。目をシパシパさせてあごひげをさすっていると、俺の双眼鏡をブジコが強奪し、俺の代わりに同じ場所を眺め見ていた。
「天使?」
ブジコはブジコで別の妙なモンでも見てしまったようで、髪の毛が逆立たんばかりにビックリしている。
五千は、集中していた。そうすることにより、彼の視力は双眼鏡並みに見通しが良くなるようだ。
「ちち、しり、ふともも。何なんだ、あの女人集団は。……ムムッ、アレはっ!」
最初のつぶやきはともかく、俺の呆れのまなざしからか真面目に集中した五千は何かを見つけたようだ。
「二千、天使とやらが包んだ布から例のブツを取り出しているぞ」
確かにそれはバベルの展示品で、今日ルペンが盗む予定の『魅惑の口づけ』だった。
時価総額3兆ギルダンだ。ルペン以外の同業者が狙っていたとしても何らおかしくはない。だが、あの女の背中から生えている羽は、女の行動を妨げないよう自由自在に動いていた。
女は靴を脱いで玄関から上がるかのような自然な動作で爆撃機の中へと入って行った。ならば、あの羽は作り物ではないだろう。となれば女は人外ということになる。
ブジコが天使と名付けていたが、言いえて妙とはよく言ったものだ。
それはそうと、それならば人外が欲しがるとは、どういうことだ?
『魅惑の口づけ』はただの宝石ではないのか?
② ゼニー桑田
ワシが意識を取り戻すと、まず見知らぬ人たちのすすり泣きと怒号が耳に入った。
すすり泣きはともかく怒号の方はワシの身体をシクシクと痛めるため、ワシは立ち上がり、怒号をまき散らす男に対し、説教をくれてやろうと思った。しかし、起きたばかりの時と違い、状況を確認するにつれ、ワシの身体の痛みの方も覚醒し、怒れる男を叱りつけるどころではなくなった。
「いつつ!」
仰向けのままが辛かったワシは身体を横にしようとして、身体の奥からやってきた鈍痛に顔をしかめた。だが、ワシの身体を包んでいる包帯は過剰なほどに巻き巻きされているためか、見た目こそ悪いものの衝撃をある程度軽減しており、結果、時間こそ『普通の』何倍かはかかっているものの、立ち上がれた。
大粒のしたたる汗をあえてそのままに、一歩一歩慎重に、かつ未だに怒号する青年のもとへ近づいた。
フルスイングのパンチをストレートで振りまわせる距離にまで近づいた時、ワシは今まで溜めてきたうっぷんを解消すべく、青年に話しかけることなく後ろから彼の頭をポカリと殴ってやった。
「ああんっ? 何すんだよ、オッサン」
案の定、そこまで気合の入らなかった拳では青年に確実な気絶を与えることはできず、むしろ、青年の怒りがこちらに向き、一転してピンチを招いた。
「警部! 目覚めたのですね」
ちょうどそのころ、買い物袋を提げていた美咲くんに声をかけられた。
「おい、ねーちゃん。こんなオッサンはほっといて、俺と楽しくやろうや」
青年はさっきまでの怒りをどこかへと置き捨て、美咲くんに絡み始めた。
美咲くんはよほど大事なものが買い物袋に入っているのだろうか、(買い物袋を)床に放り投げてまでしてチンピラの処理をしようとしない。それでまごまごしていたため、よけいチンピラが調子づく結果を招いてしまった。
ワシは身体中の痛みを押し殺しつつも、気合を溜めた。
そして、一撃必中の正拳突きを掛け声とともに放った。
口元から血が漏れ出し、身体中が「痛い痛い」と叫ぶものの、肉を切っただけの効果はあり、青年は、渾身の一撃をモロに食らい、白目を回して床に倒れていた。
「警部、無理しないでくださいっ!」
すかさず駆け寄ってきた美咲くんとワシの顔……いや、視線が合った。
美咲くんは大粒の涙をボロボロと落としながら、ワシに抱きついてきた。
それは青年を殴りつけたときよりもさらに痛い締め付けだったが、まぁ、痛いなりに悪くない感触もあるので、せっかくだから、このままの姿勢で会話をすることにした。
「美咲くん、ワシは何で助かった?」
「昨日知り合った子たちがゼニー警部を助けてくれたのです。きっとそうです」
「きっと?」
「ハイ。エメラルド・シティに私たちの知り合いはいませんから。昨日、私が警部に伝えた子たちなら、不思議な力で以て、警部を助けてくれたんだと思います。あ、ちなみに警部は私たちが避難した場所の隅っこにポツンと今のように治療を施された状態で寝かされてました」
「そうか。いつか、その子たちに出会ったらお礼を言わないとな」
とこの辺で、美咲くんは今の状況がどんなことになっているのかをようやく飲み込めたようで、慌てて距離をとった。
次に美咲くんは先程の買い物袋からリンゴと果物ナイフを取り出したかと思えば、まぶしい笑顔とともにウサギの形をしたリンゴを差し出してきた。
美咲くんが『あーん♪』と勧めるも、ワシは反応に困り、固まってしまった。
これはイカンと思ったワシは、軽く咳払いした後、話を変えることにした。
「あ、あーーあーーあーー、美咲くん。宝石の方はどうなったのかね?」
「多分ですけど、私が警部を看病して身動きが取れなくなっている隙に宝石を持っていったと思います」
「バッカモーーン! 警察が任務を簡単に放棄してどうするんだ」
「冗談言わないでください! 私には宝石よりも警部の命の方がよほど大事なんです」
その後、小1時間ほど、ワシは美咲くんから命の大切さについてみっちりと説教を受けた。
説教が終わり、げんなりしたところで改めてリンゴの『あーん』がやってきた。
半ばヤケクソだったワシは、大人しくリンゴを食べた。
やや茶色に変色していたが、リンゴは甘くておいしかった。
それで、ついほおが緩んでいたのだろうか。
美咲くんの『あーん』は、リンゴがなくなるまで続けられた……。
③ ????
今日もいい天気だ、空気が美味い……なーんてな。
次に意識を取り戻したところは太陽の失われた世界だった。
おじさんの仕事は何の因果かパトロールで、向こう岸とこちら側をうろうろしている奴がいたら、とりあえず呼びかけて、話が聞けそうなら相談に乗って、ダメだと判断したらとんずらする。
生前みたくバンバン撃ってもいいんだが、正直なところ、痛いのは勘弁なんだよな。
ま、そんな冗談はともかく、仕事仕事だ。
前の世界と違い、この世界は働く者には報いるシステムが出来ている。
労働時間はきっちり8時間。週休3日制。有給もボーナスもキチンと『働いている』ことが認められていられれば、至れり尽くせりさ。
おっと。
おじさん、今日も発見しちゃったよ。
川を渡るべきかそうでないのか分かっていない、真面目そうな青年だ。
ま、真面目そうだからこそ、自分がすでに死んだ自覚がないのかもな。
「おーーい、キミ。どうしたんだね?」
おじさんが声をかけると、青年はホッとした表情を見せてくれた。
おじさんも思わずホッとしたよ。身体の色が変色したり、急に暴れたりしなくてね。
さて、この青年、いったいどんな悩みがあるのかな。
「ここはどこですか?」
うん。その質問に正直に答えるのは経験上良くないな。
だから、まず、青年の名前を聞くことにした。
「僕の名はディーンです」
「ふむ。ディーン君か。よい名だ」
正直なところ、名前を褒めたところでどうなのかと思うけれど、そんなことは顔に出さず、ここへ来て、必死になって会得した『人当たりの良いおじさんの笑顔』でウンウン頷いておこう。
「それでディーン君は何を悩んでいたのかね?」
「悩み? ですか」
「うむ。おじさんにはそう見えたのだが、違ったかね?」
「悩み…………そう、ですね。僕は死んだのでしょうか?」
「なぜ、そう思うのかな」
「確か、僕は先程まで先輩と一緒に張り込み現場に居たはずなんです。それなのにいつのまにか意識が途絶え、目が覚めたと思ったら真っ暗ではないですけれど、薄暗くて、魚も泳いでいないほど澄み切ったきれいな川、河原にはいくつも積みあがった小石の山が、昔、おばあちゃんから聞かされた地獄を思わせるんですよ」
ディーン君のおばあちゃん、かわいい孫に地獄の話を聞かせるとか興味深いなぁ。多分、当時の彼がやんちゃ坊主か何かで罰を与える意味で怖い話を聞かせた――というオチだろうけどね。しかし、その話を覚えているというのもすごいなぁ。どこかの国のことわざにある『三つ子の魂百まで』ってやつだな。
どうしようか。
手札を切るのは早すぎる気もするが、ま、この周りの状況に対して、『ドッキリの舞台裏』とか言いつくろってごまかすのも苦しいな。
「その通りだよ、ディーン君。ここは地獄の一丁目~煉獄~だね」
ディーン君、途端に身体が石化したかのように固まった。早まったかな。
「うううう。うわあああああああっ! どうして、僕がこんな目に。理不尽だ、酷い」
自分の気持ちに折り合いがついた途端、ディーン君はその場で泣き崩れた。
よくある光景なので、正直なところ、新鮮味はない。だが、ここでは必要以上泣くのはいけない。
だからおじさんは、彼の背中を優しく撫でて、落ち着いたところで懐からスキットルを取り出して、グィと一飲みすることを勧めるんだ。
こんな世界でもアルコールの力が上手く働くのはともかく、度数の強い酒のおかげで理不尽に対する怒りは残っているものの、涙がすっかり引いたことにはホッとした。
なんてったってここは煉獄だからね。
ちなみに煉獄ってところは、強い悲しみに囚われた魂が刑期を終えるまでのあいだずっと悲しむ場所。だから、このエリアで涙を必要以上にこぼすと、死んだ自覚のない死者の罪が煉獄で確定しまう。
おじさんは、まだこの青年の生前の話を引き出していない。
少ない可能性だけど、ひょっとしたらこの青年は「使える」のかもしれない。
「ちょっと場所を変えようか。おじさん、この辺にいい店を知っているんだ」
というわけで、おじさんはディーン君を連れて、ファミレスへと足を運んだんだ。
死者の世界の食べ物を食べるとよほどのことが無い限り復活することが出来なくなるけど、適当に注文したメニューの食べ物をディーン君は、まるで猛禽類のごとくがっついた。
デザートまでしっかり食べて、〆はブラックのコーヒー。
お腹が膨れて、まぶたが重たそうにうつらうつら――しているところを空手チョップ。
そんなに痛くはしていないが、ディーン君、頭を揺らしたことでスイッチが入ったようだ。
「僕はエメラルド・シティを浄化したかったんです。だから、治安警察官になりました」
うん、何とも珍しいタイプが志願してきたね。でも、結構煙たがられたでしょ。
「はい。先輩たちは皆そろってやる気がなく、初日のパトロールで僕を担当した先輩はエメラルド・シティの裏側を充分に見せつけて、僕のやる気をへし折りました」
ま、それが普通だよ。それで?
「ある日、先輩が僕のやる気をへし折った先輩が、街の浄化作戦を僕に持ちかけて来たんです」
ふむ。臭いね。
「先輩はボクのやる気を問いただすために敢えてエメラルド・シティの裏側を見せつけて、それでもなおこの作戦に加わるかどうかを試すような物言いでした。発奮された僕に断わる気はなく、先輩の言われるまま、作戦の現場となったギャングの集まる倉庫の目の前で僕は………………そこからの記憶はありません」
辛いだろうけど真実を語るならば、その状況から考えるに君は大勢のギャングの銃口を一身に受けて、痛みを感じるまもなく絶命したんだよ。
「…………それって、先輩は僕を的にしたんですよね。浄化作戦なんて嘘っぱちだったんですね……」
エメラルド・シティの治安警察を長くやってきた先輩なんだろ。
腐ってはいても、決してまともじゃない。君は間抜けだったんだよ。
泣いては困るので、キチンと煽ることは忘れない。
すると、案の定、ディーン君は殴ってきた。
おじさんは、ニコニコ笑顔で大人しく殴られ、ディーン君の動揺を誘った。
ニコニコ笑顔は思った以上に効果があったみたいで、ディーン君の殴ったこぶしが震えていた。
ん? 痛み?
確かに痛いのは嫌いだけど、拷問の痛みと比べたらまだマシだよ。ハッハッハ。
「殴られたのに、悔しくないんですか!」
おじさんは軽く咳払いをした後、両手を組み、そんなディーン君に道を示すことにした。
「キミのその正義感を見込んで、おじさんは仕事をあっせんしたいんだが、聞いてくれるかな」
「あなたも僕をだます気ですか?」
「ハッハッハ。エメラルド・シティという最低の環境で最悪の裏切りに遭ったばかりだ。そう思ってしまうのも自然なことだね。だが、ここは死者の世界であって、エメラルド・シティなんかじゃない。君もそろそろ考え方を変えるべきだ」
ディーン君は腕を組み、黙考した。
いや、そこまで真面目に考えることでもなくないと思うんだが。
でも、ま、ここは彼のペースに合わせよう。
ここは死者の世界。時間ならたっぷりある。
「何をさせたいんですか?」
食いついてきたことに対し、内心小躍りしたいのを抑え、おじさんは胸のバッジを見せた。
「この世界の保安官のバッジさ。なり手が少なくてね。君の生前の考え方だったらすぐになれると思うんだが、どうかな?」
「仕事内容はどんなんですか?」
「基本はパトロールさ。たまに今回のキミのような死んだ自覚のない死者を見つけ、話を聞き、死を自覚させ、然るべき場所へと案内するんだ。ま、ときどき困った奴らもいるんだけど、そん時は遠慮なくバンバンやっても問題ない。でも、この仕事は自分の善の心という高いプライドをかけて行う業務だ。見境のない殺人だと判断されたら、すぐさま職を失い、罪を背負い、責め苦を受けることになる」
生前の『正しい』おまわりさんであることを誇りに思うことがあったならば、そう難しくない。
たとえ生前がエメラルド・シティの治安警察官であっても、問題ない。
「すごい自信ですね。その言いぶりからして、貴方も治安警察だったんですか」
「ああ。俺の名はベリーニ。その先輩から噂話の一つぐらい聞かされなかったかな?」
「い、異能者6人殺しの……治安警察官ただ一人の良心の鑑……」
な、なんだそりゃ。
ジュドーもとんでもない噂を広げたな。ま、悪い気はしないけどさ。
「ベリーニ先輩、ご指導のほどよろしくお願いします」
前言撤回。途端にディーン君の目がガラスの瞳みたいにキラキラし始め、こんなファミレスの場だというのに最敬礼で迎えてきた。
やめてーー! 悪目立ちしてもいいことないんだから。
生前が生前だけに、さ。
……とまぁ、こんなことがあったけど、死者の世界、たまにはいいこともあるのさ。




