夜 事件の余波
2015/05/31 加筆修正。
ベルフェゴール一行がエメラルド・シティへと入り、最高級ホテル『バベル』へと向かうまでの数時間、大陸とエメラルド・シティを結ぶ高速道路には、警察が事故の原因を探っていた。
「こりゃまた派手にぶっ壊してくれたもんだ!」
ベージュのソフト帽とトレンチコートに、長身で顎が割れた中年男性が、事故現場に到着するや否や、派手なリアクションを演じていた。
「警部、焦げた車の燃えカスからパスポートと思しき証拠を見つけました」
「警部、タイヤの形からして現場から立ち去ったのは観光旅行用の大型バスかと思われます」
「警部、高架下に引っかかったヘリの残骸から……」
「ええい、お前ら、そろって真面目さんだな。誰か一人ぐらいワシのリアクションに反応せんかっ」
怒りの矛先を向けられた彼の部下たちは、刑事の命令に従い『わー、ビックリ(棒)』のリアクションをとり、すぐさま職務へと戻っていった。
「警部、コーヒーの差し入れです」
ふと現場にそぐわないアニメ声がかかり、刑事が声の主に対して振り向いた。
アニメ声の期待を裏切らない、愛嬌たっぷりの女が微笑とともに刑事に缶コーヒーを差し出していた。
「おお、美咲くん。ありがとう」
刑事は缶コーヒーを受け取るや、「アチッ」と言いつつ、慣れた手つきでふたを開け、ゴクリゴクリと瞬く間に飲み干した。
「さっすが、ゼニー警部です。コーヒーの飲みっぷりも様になっていますね!」
「飲みっぷり……というか、ワシは喉が渇いていただけだが……」
「無糖コーヒー苦手な私にはちょっとハードル高いけれど、立派な刑事になるためにはクリアしなきゃいけないんですよね」
「ああ、美咲くん。そんなことよりも事故現場の話をしよう」
本日配属されたばかりとはいえ、よくしゃべる新米の彼女のペースに任せていたら、いつまで経っても現場に居残らなくてはならない気がしたゼニー警部は、現場から後方の、何もない空を指さした。
「お空がだんだん暮れてきますね。そうです、警部。知ってましたか? この高速道路の中心ってエメラルド・シティに負けないぐらい夜空がきれいなんですよ。ねぇ、警部。今度、私とデートしませんか?」
思わぬ爆弾発言に、それまでコツコツと作業していた刑事の部下たちが手にした道具を取り落とし、様々な音がアスファルトの上で奏でられた。
「ちーがーう。ワシが言いたいのはそう云うことではないぞ、美咲くん」
ゼニー警部はさっきの彼女の言葉を一切合財聞いていないのか、やや怒気を含んだ声で指さした先の意味を語り始めた。
その光景を目にした部下たちは『さすが、ゼニー警部、パネェ』と一安心したそうな。
「今はワシらが通るために端に寄せたあの車たちだが、ちょうどワシが指差す空間から、いきなりバスが現れたと同時にクッション代わりとしてつぶされた、と事情聴取に応じてくれた一般市民のコメントだ。
美咲くん、どう思うかね」
「ちょっと信じられないですね。でも、高速で移動していますから道路に何故かジャンプ台があれば、出来ないことはないと思います」
「そうだな。わしも似たような考えだ。くぅぅ、これはもう少し証拠が欲しいな」
ゼニー警部、腕を組み、ふむぅ……と唸った。
そこに、彼の部下がやってきた。
「警部、先ほどのパスポートと思しき証拠からフラムドール王国を示す紋章が発見されたそうです」
「うむ」
「警部、ヘリの生存者からの情報によりますと、彼はフラムドール王国の皇太子の救助要請に応じて出動したようです」
「警部、警部の予測通り、皇太子の行方が分からなくなっております」
「うむ。至急、フラムドール王国に連絡を取ってくれ。これは誘拐事件だ」
「ええっ、本当ですか!」
ゼニー警部の断定に、驚きで答える美咲刑事だった。
―
その日の深夜。
ある建物の地下に住まう一組のカップルの彼女が、彼氏が見守るなか、突然目を覚ました。
「どうした、ルルシー。おねしょか?」
ルルシーと呼ばれた彼女が一瞬だけ彼氏をきつく睨みつけるも、すぐさま目を閉じると、何かの気配を感じ取るようなしぐさを見せた。
キョトンとする彼氏。
だが、集中する彼女は徐々に額から脂汗をかき始め、その直後、今まで息を止めていて、急に吸い始めたかのような荒々しい呼吸とともにベッドの上で丸くなった。
「ルルシー、大丈夫か!」
さきほどとは違い、真剣なまなざしで近寄る彼氏に対し、彼女は何も言わず彼の胸に抱き抱えられ、その力強い心音に励まされるようにして、落ち着きを取り戻していった。
「もう大丈夫なのです。ありがとう、ガロード」
そう言いつつ離れようとするルルシーであったが、彼氏ことガロードは離れようとしなかった。
「教えてくれ。何をしていたのかを。それが分からないと離せない」
「ふふふ。これだから、ガロードはいつまでも甘えん坊さんなのです。でも、今はとても温かいのです」
「ルルシー」
「ガロード、今から私が言うことは冗談でも何でもないのです。きちんと聞いてくださいね」
ガロードの真剣さに、それでもなおルルシーが確認をとった。
ガロードはこくりと頷いた。ルルシーは一呼吸ののち、語った。
「悪魔の気配を感じたのです。悪魔は私たち吸血鬼と同じ夜の眷属ですが、強い悪魔ともなると昼の陽射しを普通に浴び、十字架も効かず、銀の武器も何もかもが通用しないのです」
「ルルシーが感じたのは強い悪魔なのか?」
「よくわからないのです。さっきは、一瞬だけでしたがとても強い気配を感じたのです」
ルルシーはいつも通りの口調だったが、ひとたび恐怖を感じた身体は違った。
ガロードは恐怖に囚われたため、小刻みに震えるルルシーに対し、護る意思を伝えるかのようにもっと抱きしめた。
抱き寄せられたルルシーはガロードと、もっと密接した。
二人の顔が接近する。
ルルシーはガロードの唇を求めた。
ガロードは驚いたが、気持ちを拒むことなく受け止めた。
(おっと、こいつはいけねぇ)
彼らの部屋の半開きだったドアを、好奇心でチラ見をした義手の男は、ルルシーの気配察知に引っかかる前に、そそくさと地上へと来た道を戻るのであった。