昼(8) バベル頂上の害虫駆除 / 泥門邸襲撃班は見たっ!
ステルス爆撃機内部にて。
操縦桿の前にて、シグとベレッタが並んで座っていた。
その面持ちに緊張している様子はなく、特にシグはお気に入りのストラップである『白狼ユージ』を目の前に寄せ、指で絡めては終始笑顔だった。
「ますたーと一緒に取っただけあって、喜びもひとしおだものねぇ~」
「ち、ちげーよ。オレには念願のレアアイテムが手に入った喜びしかねーよ。第一、アイツが余計なことをするから取れちまったじゃねーか。あと少しでオレの力で手に入ったんだよ」
ベレッタがにこやかな笑顔で事実を告げると、途端に困惑しながらも否定的な意見を言いはじめるシグ。
本当のところは、手持ちの持ち合わせが尽きて絶体絶命のワンチャンスを意識した途端、シグは遊技機のボタンを押すことにためらい始めた。
シグの言う通り、あともう少しでダクトのそばに念願のストラップが寄ってきていた。だが、物事はときどきおかしなもので、ゴールに近くなる時ほど通常、意識していない『あり得ないこと』が降りかかる。
あとほんのわずかな振動で落ちそうであるそのプレミアムアイテムは、意外な粘りを発揮し、3千ギルダン分重なっていた銅貨は次から次へと投入口へと飲まれていった。
そんな中、手のひらにいっぱいの汗をかいたシグの気持ちも考えず、フェゴールはシグの後ろから彼女の手を引っ張り、一緒にボタンを押していった。
タン、タンと何の考えもないようなアームの動きだったが、シグのそれまでの綿密な計画をあざ笑うかのように、ストンとアイテムはダクトの中へと落ちていった。
念願のアイテムが手に入ったシグはその喜びから、フェゴールをハグし、チューまでしていた。
そのことをようやく思い出したのだろう。
シグはベレッタには見えない角度に顔を背け、真っ赤になった顔をブルンブルンと振るわせていた。まるで熱でも冷まさせるようにして。
(まったく、素直じゃないんだからぁ)
ベレッタはそんなシグの仕草がかわいくて仕方がなかった。
『取り込み中すまんのじゃがな、お客人が来なすったぞ』
と無線が入った。一緒に爆撃機の中で待機していたはずの幼女からだった。
彼女は今、爆撃機の背中の上にいる。
ベレッタがドローンを操作し、外の様子を窺うと、幼女の周りを初日出くわした蛾の人外ではないものの、似たような昆虫人が飛び回っていた。
「あれ? 今、夜の10時か?」
「たった今、昼の3時を過ぎたところだよぅ」
シグの疑問にベレッタが簡潔に答えた。
『フェゴールが言った通り、このビルの持ち主は人外を操れるようじゃの』
そう結論付けた幼女は事前に打ち合わせたとおり、手のひらを天に向かって掲げた。
それが合図となって、シグとベレッタは爆撃機のエンジンを再稼働させた。
一方、幼女の掲げた手からは光が発された。
それは幼女の全身をくまなく包み、光が霧散したころには体格が大きく変貌した大人の女がスナイパーライフルを構えて、近くを飛び回っていた虫の人外に狙いを定めた。
ワンショットワンキルとばかりに、撃たれた瞬間に虫の人外どもが力なく墜落していった。
「さぁ、露払いの始まりじゃ!」
モナの宣戦布告を合図に、人外どもが一斉に爆撃機へと向かっていった。
―
「ヒャッハー、汚物は消毒だぜーっ!」
使い古された感はあるが、これ以上にわかりやすい言葉もそう存在しない。
あたいは爆撃機に搭載されていて、今しがた発射されたミサイルの行方を追っていく。
目的地である泥門邸の建物の一部が派手にぶっ壊れて、内部の様子をむき出しにしてくれた。
爆発地点がどういった使われ方をしているのかは不明だが、泥門に雇われたのであろう多くの兵士たちがその部屋の中で命の灯火を失っていくのが見えた。
「全滅したか?」
「まだ、地下にはそれなりの数がいますね」
「だったら、これの出番だよな」
とあたいはイサカたちも使用したであろう、バンカーバスターの発射ボタンをためらいもなく押した。
狙い先が地下だからか、地上のようにわかりやすい激しい爆発はなかったが、成果はあったようで、多くの魂が昇天していくのがわかった。
おっと。
ここまでの経緯が明らかになっていなかったな。
簡単に言うと、下調べとして放った聡子のドローンからよくある金持ちの家とは違う人種がいっぱい家の中にいて、それぞれが同じ軍服を着込み、銃火器に身を固めていた。
まるで襲撃されるのを事前に知っていたかのような防衛体制だ。だが、こちら側が爆撃機でやってくるのは想定して無かったようで、搭載ミサイルを前にして、大して役にも立たぬまま、その多くは死んだ。
そして、いま、泥門の屋敷はミサイルで穴ぼこだらけになった。
とても金持ちの家とは言えない。幽霊でも住んでいそうな変わり果てた廃墟へと姿を変えた。
パラシュートによる降下後は、散発的な交戦が待っていた。
あんなに火薬が詰まった爆弾でも徹底して殲滅するほどの力はないらしい。
だが、その交戦もあたいを満足させるほどの技量を持つ兵士はいなかった。唯一、段ボールに身を隠していた兵士がばれないつもりで周囲の景色と同化していたが、今どきの段ボールはマークの対象なんだよな。
中に人がいることを想定して、確実に殺る撃ち方で狙うと、段ボールが徐々に血によって赤黒く染まっていった。
他にもいくつかの段ボールがあり、不自然なほどに横一列に並んでいたやつなんかは、念のために白燐手りゅう弾をプレゼントしてやったら、声にならない叫び声と目まぐるしい動きのダンスが見れた。
『どうだ?』
あらかたを殲滅したので、無線でライカに聞いてみる。
ちなみに今回の襲撃の打ち合わせは、あたいとライカ、メリーが襲撃して、聡子とウィンが爆撃機の中で待機している。
『ボクが12でメリーが11だった。まぁ、戦果としては悪くないね』
『あたいは人を斬った数を聞いているんじゃないよ。金庫はあったのかい?』
『ないけど、地下へと続く隠し通路を発見したよ』
『……くさ……い』
『確かにドアの隙間から肉の焼けたようなにおいがするね。これって、さっきベネリが撃ったミサイルの影響かな』
『確かに、あの時、多くの魂が空に昇ったな』
ためらいもなく撃っておいてなんだけど、地下には一体どんなのがいたんだろうか。
と、その時、変な声がその地下から聞こえた。
あたいにはそれが映画で見たような、得体のしれない怪物の声に聞こえた。だから、2人にサッサとその場を離れるように指示した。だが、遅かったようだね。
ライカの所持するストライカーがバンバン放たれる音と、メリーの威勢のいい斬首音が、怪物の喚き声と合わせて聞こえた。
あたいは2人の無事を祈る気持ちを胸に、泥門邸へと入っていった。
―
かつてベルフェゴールは多くの天使を相手に両腕にミニガンを装着した姿で多数を葬ったことがある。
そのときの再現というわけじゃあないが、愛しい人にできて、愛人のワシに出来ないということがあろうか。もちろん、両腕にミニガンを装着するということは真似できぬ。だが、ワシの相棒であるスナイパーライフルは人の頭なら軽く吹っ飛ばせる威力じゃ。
虫の頭は割と固くて苦戦するが、別にヘッドショットにこだわらず、身体の柔らかいところを狙い撃ちすれば弾の威力が期待に応えてくれる。
ワシは迫り狂う虫どもを片っ端から撃った。撃った。撃ち殺した。
リロード時のわずかなスキを突かれて距離を迫られたのは焦ったが、シグたちの機転により足場の爆撃機が浮上し、動き始めたので、虫どものいくつかは頂上のコンクリに頭を打ち付けておった。そして、動きを止めているところを見逃すワシじゃあない。キッチリと始末はつけたぞい。
その後はイサカたちと合流するまでのあいだ、動く爆撃機の背中の上で楽しく刈らせてもらった。
やれ、空気が薄いところで人はそんなに動けないだの、爆撃機のスピードに吹き飛ばされずに人が立っていられるか! との意見が飛んできそうじゃが、んなモン、ワシを人間扱いするとそうなる。
ワシは、人じゃない。異星人じゃ。
よその惑星からこの地球にやってきた。
ワシはこの地球に来るまでのあいだ、何度か自分の乗っていた船がトラブる度に宇宙服なんぞ着ずにそのままの格好で機械いじりをしとった。放射線? なんじゃそりゃ。
ま、いわゆるの規格外というヤツよ。
じゃから高度空域でも息が出来るし、スピードによる見えない障壁に屈することもない。
(美少女は作品に愛されてるからなぁ)
以前、一緒に見たアニメをフェゴールがそう言っておった。
フェゴールは主人公と思しき少女の細腕が、筋肉ダルマのほっぺたに触れるやバカみたいに吹き飛ぶ現象に納得いかない感じであったな。
ま、それと似たような現象かもしれん。
じゃがワシはフェゴールに嫌われておらん。ワシがきちんとフェゴールを愛しておるからな。
どこぞの作品から与えられた能力で以て、天狗にならんのがワシの良いところよ。
天狗になったら、じゃと?
今回、フェゴールが始末しに行った相手のようになるのじゃろうな。
最後の一匹となった、空中の最奥で働き蜂どもを指揮していた女王蜂を撃ち落として、ワシのミッションはコンプリートと相成った。
イサカたちとの合流後は、帰還ではなく、次の襲撃地を告げられた。
耳を疑うあまり、本気かどうかを尋ねたぐらいじゃ。
じゃが、イサカの瞳に迷いはなかった。
もっとよく聴けば、この作戦にはフェゴールが全面支持しているとのこと。
次から次へと面白いことを企むやつじゃ。
その分、敵も増えるわけじゃが、なに、そんなことはずいぶん前からじゃし、その度に殲滅しとる。
ワシらはぎらついた瞳を抑えることなく、次の目的地に向けて、気分を高めたのじゃった。
―
泥門邸地下には、研究施設があった。
中には大量の実験サンプルと思われる人間の死体と研究員の死体、そして数少ない怪物の死体が転がっていた。否、怪物の方はあたいたちが転がせたのだが。
ちなみに怪物の姿だが、人間をベースに虫の身体の一部もしくは全体が虫化していた。
滞在初日夜に隊長やあたいたちの乗るバスを襲った連中も、ひょっとしたらここ出身なのかもしれない。
そんな疑問をもとに、残されたデータから結論付けるなら、研究内容は”命令をよく理解する強化兵士”という代物だった。
どこの世界に行ってもよくある研究で、面白みに欠けた。
”恐るべき云々”といった3人の胎児とか、顔に包帯を巻いた所属不明の兵士がいないかどうかも、念のために調べてみた。
杞憂に終わってホッとしたけれど。
コイツはいかねぇ。隊長の影響か、ときどき、余計なことを考えてしまう。
怪物の方は、すべて胸のところに宝石が埋まっていた。
呪術的儀式っぽい匂いがしたので、念のため、聡子にデジカメで宝石の様子を見せ、彼女の遠隔操作に成功した研究施設の機器の一部が、宝石を分析した。
あたいの勘は嫌な方向に当たる。
肝心のギャンブルはさっぱりだが、今回もビンゴだった。
宝石は呪われており、どこの馬の骨かわからない生き物の魂が、魔術紋とともに埋め込まれているという。
魔術紋と云われて、あたいの経験がピンと反応した。
「ライカ、メリー、その宝石に触れるなよ。その宝石は触れたものの魂を奪い、閉じ込める性質がある」
間一髪。興味津々だった2人が慌てて伸ばした手を引っ込めた。
わかる。そこに魅力的なぐらいキラキラした宝石があれば、触りたくなるのは。
だが、薔薇の棘みたいなもので、魅力的なものには大抵、落とし穴がある。
改めて、宝石を眺めてみた。
今度は鑑賞として眺めるのではなく、呪術的な視点で、だ。
宝石が呪われるのも至極もっともな話だった。
一つ一つの宝石に心を奪われた魂の数が尋常ではなく、魂たちは解放を願っていた。だが魔術紋の性質上、解放はあり得ず、新しい魂を吸収するたびに宝石はより魅力的に魔力的に輝いていく。
そうして生まれた宝石の持つ魂の力を、泥門ことサタンは何かに転用したかったようだ。
そのアイディアの一部がこの兵士計画なのだろう。
だが、本当にそれだけのためにこんなことをしたのだろうか。
「そう云えば、あの怪盗が狙っていたというバベルの宝石の価値は3兆ギルダンだったよな」
ライカも同じことを考えたのか、あたいよりも先に疑念を口にした。
「ラム……ステアー……イサカ、危ない」
そうだった。アイツら、隊長の代わりにあの宝石を強奪するのがミッションじゃないか。
すぐさまこの宝石のことを聡子に知らせ、ここにあった宝石は施設内にお約束のようにある自爆装置を起動させて、この世から消し去ることにした。
案の定という言い方は変だが、施設内の起爆装置に組み込まれた爆薬量は普通ではなく、あたいたちが撃ちこんだミサイルの10倍ぐらいはあるんじゃないかという爆発が起き、その爆風で逃げ延びていたあたいたちの爆撃機も傾くほどに揺れた。
すべてを消し去りたいのはわかるけれど、加減ってのがあるよな、普通。
金持ちって、頭、おかしいんじゃないの? って、思った一幕だった。




